キャロ・ル・ルシエは走っていた。
何度か転びそうになり、一回転び、すれ違った同僚に心配されながら走り続けた。
目的地は取調室。ようやく見えてきたその部屋への扉を開け、中から漏れ聞こえる会話を聞いた。
「もう一度お聞きします。あなたはあそこで何をされていたのですか?」
「散歩です」
「嘘を言うのもいい加減になさい」
「本当なんです」
見知った顔が二つ。
職場の先輩と手錠をかけられた男性。
キャロは叫ぶ。
「すいません! その人知り合いです!」
二人の視線がキャロに向く。
一人は顔をしかめ、もう一人は笑顔で手を振っていた。反射的にキャロも振り返す。先輩に睨まれてすぐやめた。
◇ ◇ ◇
「お久しぶりです、ユウさん」
「ああ、久しぶり」
キャロの知り合いだと言う事実に加え、通信越しにフェイト・T・ハラオウン執務官の弁護も合わさり、ユウは無罪放免となった。
しかし施設内を自由に歩き回る許可は下りず、フェイトが迎えに来るまで取調室にいるように指示されていた。
「キャロは相変わらず可愛いなあ」
「そうですか?」
ユウのセクハラ紛いの発言を、キャロは子供の純真さでスルーする。
「何歳だっけ?」
「9歳になりました。もうすぐ10歳です」
「そうか。すくすく育ってくれよ」
ほんの少しだけトラウマが刺激されたユウはゆっくりと息を吐いて気持ちを落ち着かせる。ロリコンの誹りが脳裏に蘇っていた。
そんなユウに不自然さを感じたキャロは、保護世界への無断立ち入りの件に絡め、念のために確認する。
「一応聞きますけど、こんなところで何をしていたんですか?」
「散歩」
「……本当ですか?」
「本当」
「密猟とか、してないですよね?」
「動物には興味がない」
手錠が外された手首を擦りながら、ユウは何も悪いことはしていないと自己弁護を行う。
残念ながらそれを証明する手立てはなく、キャロも庇いこそしたものの内心では信じ切れていない。ユウが捕まったことを知り慌ててフェイトに連絡をした結果、何となくそう言う流れになってしまったと言うだけである。
「植物を摘んでもダメなんですよ」
「摘んでない。身体検査もされたぞ」
言う通り、ユウの所持品にそれらしきものはなかった。デバイスすら持っていなかったため、余計怪しまれることになってしまったが。
「本当に散歩なんですか?」
「散歩だね」
「隠してることはありませんか?」
「ありませんね」
「本当ですね?」
「本当です」
キャロは追及を諦めた。
フェイトに取り次いだだけとは言え、印象としてはキャロ自身がユウの身元を保証したようなものだった。もし何らかの犯罪が発覚した時には一蓮托生と諦める他ない。
フェイトの知り合いが犯罪に手を染めているとは考えにくいと言う意識もある。まあ大丈夫だろうとそう思うことにした。
「どっかで見た気がしてたんだよなあ。自然保護世界だったかあ。そうかあ」
「……」
「知らなかったなあ。保護世界だったとはなあ」
「……」
「全然分からなかったもんなあ」
ユウは独り言を繰り返している。
その姿に嘘臭さを感じてしまうのは、聞いてもいない言い訳を延々と繰り返しているからだろう。
キャロの疑いの眼差しに気づき、にこっと笑みを浮かべたユウは、茶番は終わりとばかりに口調を元に戻して訊ねる。
「聞きたいんだけど、この辺って全部保護世界になってるの?」
「そうですね。希少な動植物が多いですから。周辺の世界は纏めて指定されています」
「ふーん」
ユウは何か考えている。
「……ま、わざわざ保護世界に作る理由もないか」
「なんですか?」
「もうこの辺は来れないなって思ってさ」
「来るときは許可が必要になりますから、申請してください」
「気軽にキャロに会いに来れないのは悲しいな」
「言ってくれれば会いに行きますよ?」
「じゃあ今度ご飯でもどう?」
「……いいですけど……奢ってくれます?」
「フェイトにもらったお金が大量に余ってるから大丈夫」
キャロは愛想笑いを浮かべた。
子供心にそれが普通の発言ではないと理解していた。
「ユウさんは働いてないんですよね」
「そうだね。恥ずかしい大人だね」
「そこまでは言ってませんけど……」
しかし、働けるにも関わらず働いていないのは、一般常識に照らし合わせれば異端とは言えた。
「働く気はあるんですか?」
「あるよ。あるけど、地球とミッドチルダを行き来してる間は無理だな」
「大変ですね……」
キャロはユウの事情は知らない。知らないが、こうして話していると少し同情してしまう。
「保護隊でよければ紹介できますけど」
「それは地球からでも出来る仕事?」
「いえ……ここに滞在しないと無理な仕事です……」
「じゃあ無理だね」
特に惜しくもなさそうな顔で言い切ったユウに、キャロもそうですねと同意する。
実際、ユウがどれほどの魔導士なのかキャロは知らない。散歩に来たと言うのが本当なら、デバイスなしで転移魔法を使用出来ることになる。けれども、そんな人間が無職であるのはおかしいから、誰かに連れてきてもらったのではないかと思った。そうすると、誰に、どういう目的で、と言う疑惑が浮かんでしまうので、深くは考えないようにした。
「フェイトが来るまで暇だなあ。その辺散歩してきていい?」
「だめです」
「じゃあ一人で帰っていい?」
「だめです」
「デートしようよ」
「だめ……えっと……」
「冗談だよ」
揶揄われていることを察したキャロは頬を膨らませる。
「一応、仕事中ですから」
「仕事中じゃなかったらいいの?」
「いえ、その……」
「この後、暇? 仕事終わりに食事でもどう?」
「……暇、と言えば暇ですけど……」
「じゃあ決まり。やったー。キャロと食事だー」
押し切られてしまった。
キャロは溜め息を吐きたくなり、ユウの手が自分の頭に置かれたことに気づいて顔を上げる。
「嫌ならきちんと嫌だって言わないと駄目だぞ」
「……」
「全部冗談だよ。食事はフェイトと行けばいい」
それだけ言って、ユウは頬杖を突いて壁を見つめ始めた。
何を見ているのかとその視線を辿っても、そこには何もない。考え事をしているのだと察して、キャロも無言で椅子に座り続ける。
どれだけの沈黙が流れたか、唐突にユウは尋ねた。
「保護世界で研究施設が見つかったことはあるか?」
「え?」
突然の質問にキャロは困惑する。
「文明世界の遺構のことですか?」
「いや、最新の研究施設。ミッドチルダの科学技術で作られてるやつ」
「保護世界にわざわざそんなものを作る理由はありませんけど……」
仮に動植物の研究がしたいのなら、管理世界に持ち帰って研究することになる。わざわざ保護世界に滞在して行うとなれば、それなりの予算と人員が必要になる。そこまで費やして得られるものがあるかと言うと、恐らくないだろう。
「そうか。ないならないでいい」
「はあ……」
会話は途切れる。
暇な時間が過ぎていく中、色々と考え事をしていたキャロは、そわそわと落ち着かない様子を見せ始めた。
それに気づいたユウが質問する。
「どうかした?」
「あ、いえ。その……」
言いづらそうにするキャロに、何かを察したユウは皆まで言うなとばかりに頷く。
「トイレなら行ってきていいぞ。逃げないから」
「違います」
「そうか違うか」
デリカシーがないとキャロに睨まれたユウは、その視線に変態性を刺激される。理性を総動員して荒ぶる内心をおさめにかかった。
「恥ずかしがらなくても、いいんだぜ」
「はい?」
「すまん。ちょっと出た」
ふーっと深呼吸に乗せて全てを吐き出したユウは、理性でもって言葉を発する。
「で、なに? 仕事のこと? フェイトのこと?」
「え、あ……フェイトさんのことです……」
「ふーん」
言い当てられて、恥ずかしそうに頬を染めるキャロを観察しながら、その内心を当てに行く。
「久しぶりに会えて嬉しいって?」
「そ、そうですね……」
「本当に食事に行けるかもってそわそわしてるわけか」
「なんで分かるんですか……?」
「女心を知るために磨き上げた観察眼。あんまり役に立たないけど」
女心は秋の空なんて言うしなあとひとりごちる。子供心だから分かったのだろうと内心で付け加えた。
「確かに、フェイトは忙しいから食事に行ってる暇はないかもな」
「やっぱりそうですよね……」
残念そうにするキャロを見て、ユウは協力することにした。
「そんな君に秘策を授けよう」
「秘策?」
「上目遣いに、もう行っちゃうんですか? って言えばいいよ」
「こ、こうですか?」
「そうそう。出来ればもっと目をウルウルさせて……そんな感じ。両手は握りしめて胸の前に。言う時は出来るだけくっついてだな」
演技指導を受け、キャロはフェイトを落とす術を学んでいく。
「リピートアフターミー。私、フェイトさんともっと一緒にいたいです」
「わたし、フェイトさんともっと一緒にいたいです……」
「感情籠ってていいねえ。そんな調子でアタックすれば食事行けるよ」
「でも、フェイトさんも忙しいでしょうし……」
「忙しいとか関係ないよ。寂しがってる女の子がいるのに、それを無視して仕事を優先するなんて、そんな心の分からない奴じゃないから」
「でも……」
「たまにはいいでしょ。キャロも寂しかったんだろ?」
「……はい」
「じゃ、いいよ。誰が許さなくても俺が許す。言っちゃえ」
キャロはまだ迷っていたが、フェイトが到着した連絡を受け、慌てて立ち上がる。
「よーし。練習の成果を見てみよう。大丈夫。俺がいるから、何も恐れず行ってきなさい」
「は、はい!」
「行け、キャロ!」
「はい!」
キャロは突撃していく。
その様子を、ユウはニヤニヤしながら見守っていた。