小学校を卒業して中学生になった時、ユウとその幼馴染五人はクラスが分かれた。
ユウが一人で、その他のクラスに二人、三人で固まることになる。
自分一人しかいないクラス表を見ながら、珍しいとユウは思った。
小学校の六年間、誰とも同じクラスにならなかったことはない。他の五人がそれぞれ固まっていることを考えるに、単純に運が悪いと言えた。あるいは、これが普通なのかもしれないとも考えた。
何にせよ、気に入らないクラス編成だからと言って、子供のように駄々をこねるような精神は持ち合わせていない。粛々と受け入れ、新しい学生生活を送らなければならない。
「じゃ、そう言うことで」
淡々と自分のクラスに向かうユウを、幼馴染たちは複雑な表情で見送る。
一人だけ違うクラスでかわいそうだと言う種類の視線ではない。端的に言えば嫌な予感がした。良くも悪くも、ユウと言う人間の交友関係は限定されていた。独占していたと言ってもいい。
それに風穴が開けられた。全く予期しなかったことではないが、しかしいざ直面するとどうしていいか分からない。
離れていく背中に、「昼休み空けときなさいよ!」と叫ぶので精いっぱい。
振り向きもせず手を振るユウを見送り、五人は顔を見合わせた。
◇ ◇ ◇
小学校高学年になった辺りから、一部の男子生徒と女子生徒の仲が険悪になった。
特別何かがあったと言うわけではなく、ただ思春期になったと言う理由である。
低学年の頃、昼休みには男女混ざって遊んでいたグループも、この頃には同性同士で集まるようになっていた。男子は男子。女子は女子。当然のグループ分けがなされていた。
互いに異性と言うものを意識し、クリスマスやバレンタインデーと言ったイベントに恋愛の二文字が付随する年頃である。
早い者では小学生で恋人を作る者もあらわれた。果たして、本当に恋と言うものを理解していたのか甚だ疑問ではあるものの、そう言った者たちは周囲から先んじているが故に、おだてられて得意になっているものが多い。
一人で席に座り、何をするでもなくぼうっとしていたユウに話しかけたのも、そういう人間であった。
「ちょっといいかな」
声のする方を見ると、机の側に女子生徒が立っていた。
ユウは一目見て、その女子生徒から自信を感じた。胸を張りながら歩く姿に迷いはない。ユウと視線を合わせて、しっかりと見返すその顔には勝気そうな笑みを浮かべている。失敗を恐れず立ち向かう。そんな印象だった。
「なに?」
言いながら、誰だと思った。同じ小学校を卒業し、エスカレーターで中学に入学した同級生であったが、ユウには全く見覚えがない。
「相談したいことがあるんだけど、放課後空いてる?」
断られるとは微塵も思っていなさそうな顔で、その女子生徒は尋ねていた。
放課後の予定は得にはない。しかし、だからと言ってこの女の子のために時間を割くかは別の話である。
視線を外し、机に目を落としながら尋ね返す。
「相談って?」
「いやー、それはちょっと……ほら、ここで言うのは恥ずかしいし……」
口ではそう言いつつ、恥ずかしがってるようには見えなかった。
聞かれたくないと言うのは本当なのだろうと推測する。言外に、察しろよと言う傲慢さを感じ取った。
相談の内容は知らないが、切羽詰まっているわけではない。ならば好き好んで相手をする必要性もない。
あらぬ方に視線を向けて考える。
答えは出ない。応じるにしても断るにしても理由がなかった。
焦れた様子の女子生徒が身を乗り出して強い調子で問う。
「だめなの?」
「ダメではない」
「じゃあ、いいってことね。帰らないで待っててよ」
言うことを言った後、踵を返した女子生徒は友達の元へ帰っていった。
キャーッというはしゃぎ声が聞こえてくる。
さてさてとユウは思う。
大した相談事じゃないだろうなと見透かしながら頬杖を突いた。
◇ ◇ ◇
「相談って言うのは恋愛相談なんだけど」
帰り道。
幾多の視線を背中に感じながらクラスを出た。
廊下の最中で現れた高町なのはに「相談だって」と一言告げて別れた。
校門を出て、とりあえず自分の家に向かおうとするユウに、その女子生徒は何も言わずに着いてきた。
人通りの少なくなった頃を見計らい、ようやく相談の内容を話し出す。
「恋愛」
「そう。最近、彼氏と喧嘩しちゃってさ。どうしようかなあと思ってるの。ユウ君モテるでしょ? ちょっと意見聞かせてよ」
「モテる?」
誰がとユウは真面目に問い返した。
女の子は「ユウ君」と真面目に答える。
「だって、バニングスさんにハラオウンさん、月村さん、高町さん、八神さんっていっつも両手に花じゃん。モテないってことはないっしょ」
花?と内心でそれぞれの顔を思い浮かべる。
そんな簡単な単語一つで言い表せられる関係ではなかった。良くも悪くも魅力的な女の子たちだった。
「あいつらは花なんかじゃない」
「え? なに? 本気で言ってる? よくある物の例えでしょ」
「俺はあいつらを所有してない」
「あー、つまり?」
ユウは言葉を選び直す。
「誰とも付き合ってない」
「ふーん?」
その相槌の裏に隠しきれない好奇心が顔を覗かせている。
ユウは真っすぐ前だけを見て隙を見せまいとした。痛くもない腹の中を探られるのは、無害ではあるが不愉快ではあった。ましてや、相手は顔も名前も知らないどこかの誰かだ。
「それで、喧嘩って?」
「うん。別に大したことじゃないんだけど……」
女子生徒は口ごもる。
少しばかりの考える時間を置いて、訥々と話し出す。
「どうでもいいことで喧嘩しちゃうんだよねえ。この前はドラマが面白かったとか面白くなかったとか。あれが美味しいと思って伝えたらあっちは不味いって言ったり。なんか疲れちゃうんだよね」
別に好きでもないんだろとユウは思った。
お互いに相手のことなんかどうでもよくて、自分の意見を押し通したいだけなんだろうと。
「倦怠期ってやつ? こういう時どうすればいいのかなーって。ユウ君なら知ってるかもって思って」
ユウはすぐには答えなかった。
倦怠期のワードチョイスは明らかに間違っていたが、そこには触れずに質問する。
「仲直りしたいの?」
本音では、別れたいのかと聞こうとした。
不思議なことに、出力された言葉は遠回しな表現に変わっていた。
「うーん。まあ、そりゃあね」
曖昧な返答を受けて質問を重ねる。
「自分が折れるのは嫌か?」
「えー? なんで折れなきゃいけないのか分からないし。一々突っかかって来るのはあっちだし。適当に合わせるのも疲れるしさあ。こっちはあんたの母親かっての」
「じゃあ別れろ」
遠回しな表現は出てこなかった。
直截的な言葉に女子生徒は面を食らう。
「お互いに相手を思いやる気持ちがないのなら、とっとと別れろ」
「いや、ちょっと……」
「恋愛の真似事がしたいだけなら相手はたくさんいる。誰であろうと次を探せばいい。大して惜しくもないんだろう」
「……なに? 怒ってるの?」
初めてユウは女子生徒を見た。
髪をサイドで纏めている姿はなのはに似ている。自信に満ちた態度はアリサに似ている。
それだけだった。他に見るべき点はない。
「いや? そう見えるか?」
「……」
その女子生徒は恋愛相談などと言ってユウに話しかけてきたが、すでに答えは出ているように見えた。ならばこうして話している時間は無駄でしかない。
背中を押してほしいのか、別の目的があるのかはユウには分からないが、どんな理由にせよそれに付き合う義理はなかった。
「家はどっちだ?」
「は……?」
「君の家はどっちだ」
女子生徒は無言で来た道を指さす。
「俺はこっちだ。話は終わり。それじゃあ、気を付けて」
別れを告げて歩き出す。
どうやら、女子生徒の家は逆方向にあるらしい。
よく分からないなとユウは思う。
何がしたかったのか。何を言いたかったのか。
今度誰かに相談しようと思った。
機会があって、その時にまだ覚えていればの話ではあるが。