恋愛相談に乗った夜、珍しく八神はやてから夕飯を誘われたユウは、八神家でカレーをご馳走になった。
「ご馳走様」
「お粗末様」
家にははやてとシャマルの二人がいた。
ヴィータとシグナム、ザフィーラは仕事で留守にしていると言う。
「最近忙しくてなあ」とはやては笑って語っていた。
「なのはちゃんもフェイトちゃんも忙しゅうて、私も明日からしばらく出張やから、ちょっとユウ君のこと気にかけておこうかと思うてな」
「なんで?」
「だって、一人だけクラス違うやん?」
「それが?」
「ちゃんと馴染んどるかなあって心配なんよ」
「いつも通りに過ごしてるよ」
「話できる子ぐらいは出来たん?」
「女の子が一人話しかけてきたな」
皿を片付けていたシャマルの動きがぴたりと止まる。
ニコニコと笑顔のはやてが尋ねた。
「なのはちゃんが言うとったなあ。相談受けたんやって?」
「恋愛相談だった」
ごくりとシャマルが唾を飲み込む。
「彼氏と喧嘩したらしい。どうしたらいいかって相談を受けたんだが」
思い出しながら語る。相談と言いながら相談ではなかった。その思いは今も変わらない。どうせだから、はやての意見を聞いてみることにしようと詳細を話すことにした。
「相手のことはもうそんなに好きじゃないような気がした。別れても別れなくてもどっちでもいいって態度で、俺に相談を持ちかけたのも別の理由があったのかもしれない」
「なんや、複雑な話やね」
「面倒だったし、はっきりと別れてしまえと言ったんだが、何かまずかったかな」
「ええんちゃう。それ以外にユウ君に出来る言うたら寄り添うことぐらいやろ?」
「寄り添うって?」
「私にしたみたいなことをその子にしてあげることやね」
はやてにしたこと。
同じ屋根の下で暮らし支え合った。それと同じことをあの女子に対してやるかと問われれば、答えは否だった。
「しないよ、そんなこと」
「ならええんちゃう。はっきり言ってあげるのも優しさやで。求めてなかったかもしれへんけど」
はやての言っていることにも一理あった。
しかし、あとから思い返せば反省点も多かったのではないかと思う。
「もう少し上手く出来たんじゃないかと思ってる」
「ん。どういう意味?」
「つまり、もっと穏便に相談に乗れたんじゃないかと思ってる」
はやては首を傾げた。
「まあ、ユウ君は誰に対してもはっきり言うからな。喧嘩になったん?」
「空気を悪くしたって言うのが正しいな」
「んー……脈がなかったで終わる話やと思うけどなあ……」
ぼそりと呟いたはやての言葉はユウにも届いていた。
そう言うことだったのか?と今更ながらに思い至る。だとしたら少し悪いことをしたかもしれないと罪悪感を覚えた。
「まあ、ええわ。ユウ君がそう思うなら教えたる。社会で生き残るための処世術」
「中一が語ることか?」
「こう見えても管理局の幹部候補や。嫌がらせなんてしょっちゅうやで」
ユウは眉をひそめてシャマルを見た。
あははと愛想笑いを浮かべるシャマルを見て、時空管理局への印象を悪くする。
「ええか、ユウ君。何はともあれ笑顔や」
「笑顔……」
「いついかなる時も笑顔や。退屈な自慢話を聞く時も、くっだらない嫌味を浴びてる時も、常に笑顔。疲れた時もむかつく時も朴念仁を相手にしてる時も笑顔や!」
「朴念仁……」
「そこは聞き飛ばすところやで?」
はやては人差し指で自分の口角を引っ張って笑顔を作った。
「ほら、ユウ君も笑ってみいや」
「……」
見よう見まねで、ユウもにこりと笑顔を作ってみる。
「全然ダメや。目が死んどる」
「あー、これは多分表情筋が固いんですねえ」
はやてに続き、シャマルが一言述べて食器をシンクへと持っていく。
目と表情筋のどっちが駄目なのか。ユウには判然としなかったが、はやては手を伸ばしてユウの頬を揉み始めた。
「おー、やわらか……」
「……」
はやてがもみもみと頬を揉むのを、ユウは黙って受け入れた。
シャマルが戻って来てもしばらく揉まれて、「もういいんじゃないですか?」と口を挟むまでそのままだった。
「おっと……じゃあユウ君、笑ってみ」
にこりとユウは笑う。
反応は同じだった。
「やっぱり目が……」
「作り笑いも経験ですからねえ……。鏡を見ながら練習するしかないんじゃないですか?」
そんなに駄目なのかと内心でショックを受けるユウを他所に、はやてとシャマルは原因を探る。
「目は口ほどに物を語る言うからなあ。内心が全部出とるんや」
「でもあまり笑わないって言う印象もありませんよ? 確かに、無表情の方が多いんでしょうけど」
「ユウ君、普段どんな時に笑ってるん? ちょっと思い出してみいや」
ユウは考える。
どんな時に笑っているのか。
「面白いと思った時」
「それがいつなのかを聞いとるんや」
最後に笑ったのはいつかだったか。笑うことなど普段意識してないから、思い出すのは難しいような気がしたが、答えはすぐ目の前にあった。
「あー、分かった。多分大丈夫。でもちょっと協力してほしい」
「ん? なに?」
「笑ってほしい」
はやては人差し指で口角を引っ張る。
「そうじゃなくて、心から笑ってほしい」
「突然すぎひん? いきなり言われてもちょっと難しいで、それ」
「例えば、ヴィータがアイス食べたいって駄々こねてるところとか、シグナムが腕がなまるとか言ってフェイトに試合を申し込もうとしたとか、ザフィーラに間違って本物のドッグフードをあげた時とか、そういうことを想像したら笑えないか?」
「なんやそれ。笑うに決まってるやろ」
心から笑ったはやては、作り笑いのようにどこか無機質な表情ではなく、ただ幸せそうだった。
それを見てユウも笑う。心からの安堵と幸せのおすそ分けを貰ったから。
「そう、それです!」
シャマルがユウを指さす。
その勢いがあまりに強かったため、指されたユウは片眉を上げた。
「ユウ君の笑顔はこれです。大体みんなが楽しそうにしてるとこうやって笑ってますよ」
「あー、まあ、そうやね……」
「それで、ユウ君はどうして笑ってるんですか? 私に教えてください!」
なぜか興味津々と言う体でシャマルは問い質す。
わざわざ聞かずとも分かるだろうという態度でユウは答えた。
「はやてが笑顔でいてくれるのが嬉しくて」
「はい! そうですよね! やっぱりそうです! 当然です!」
パチパチと拍手をするシャマル。
それをやめさせようと、はやてがか細く制止ししていた。
「何か問題があるのか?」
「ありません! 全くありません! これからもその調子でお願いします!」
はあと相槌を打つユウ。
大きな咳ばらいをしたはやてが、少しばかり大声を出す。
「つまりユウ君は相手が笑顔でないと自分も笑顔になれへん言うことやな! これからは人を笑顔にする努力をせなあかんで!」
「なんだそれ」
「どんな方法でもいいから人を笑顔にせえ言うとるんや!」
照れ隠しをかねて、はやては無茶なことを言い出した。
ユウは考える。会う人会う人に冗談でも言えばいいのだろうかと。
「それと感情を隠すのもやめえや! 痛かったら痛い、苦しいなら苦しいってちゃんと言えや! 分かりづらい!」
「隠してるつもりはないけど」
そう言うなら、今度からちょっと大げさに反応すればいいかと思う。
多分、人に比べて心が鈍いだけだろうから。
そんな調子で八神流の処世術を学んだユウは、一先ずそれを心に留めて帰路につく。
果たして使う機会はあるのだろうかと思っていたが、その機会はすぐに訪れた。
◇ ◇ ◇
翌日、登校したユウの元に昨日の女子生徒が近づいてくる。
その女子生徒は開口一番「昨日はごめんね」と謝罪した。
「なんか、相談に乗ってもらったのに好き勝手言っちゃってさ。ユウ君気分悪かったでしょ?」
それを聞いたユウは一度視線を外した。
まさか謝られるとは思っていなくて、どう対応すればいいか悩む。昨日学んだ八神流処世術を思い出したユウは、試してみるかと、心の中に幼馴染たちの顔を思い浮かべた。
「いや、こっちこそごめん。かなりはっきり言っちゃったから、傷ついたんじゃないかって気にしてたんだよね」
心は嬉しい気持ちで満たされている。
昨晩は目が死んでいると言われた作り笑いだが、女子生徒の反応を見る限り、きちんと笑えているらしい。
「お詫びにどうかな。美味しいシュークリームのお店があるんだけど」
何を言っているんだと自分で思った。
明らかに言いすぎだった。ただ幸せな気持ちに満たされているだけでこうまで変わるのかと自分でも驚いている。
「あー、でも家の方向逆か。それなら……」
「いや、全然。全然大丈夫。うち門限とかないし。ちょっと家帰るの遅くなるぐらい問題ないから」
「そう? それならよかった。あ、お詫びだから俺が奢るからね」
「そんな悪いから! 私も悪かったし、払うって、シュークリームぐらい!」
「大丈夫だよ。そんなに高くないし」
奢ると言うユウに対し、頑なに断り続ける女子生徒。
そりゃあそうだよなとユウは思う。
「じゃあ、今回は俺が奢るから。次奢ってよ。それでどう?」
「あ……うん。わかった。次ね……」
次ってなんだ?
ユウは自分で自分が何を言っているのか分からなくなった。
「じゃあ、放課後に」
「うん。放課後」
背後で聞こえる姦しい声を聞き流しながら自分の席に座る。
ユウは考えた。
これが八神流処世術かと。