放課後、ユウと女子生徒は真っすぐ翠屋に向かった。
道中で会話は少なく、特にその女子生徒は落ち着かない様子でしきりに周囲を見渡していた。
「どうかした?」
「……あ、ううん。なんでもない」
通りがかった公園の前で足を止めた女子生徒に、ユウは努めて優しく声をかける。女の子は我に返った様子でユウの隣に並んだ。
その様子が奇妙に思えて、ユウは自分から話題を振ることにした。
「もうすぐ着くよ。美味しいシュークリームを出してくれる店」
「へえ。ケーキ屋さん?」
「いや。喫茶店」
喫茶店なんだと女の子は呟く。
ユウは何を話すべきだろうかと、話題を考えながら口を開いた。
「軽食もあるけどね。一番人気はシュークリーム」
「そんなに美味しいの?」
「甘さ控えめで美味しいって評判だね」
ユウ自身、何度となく食べたことがある。
それほど甘くないと言う評判はその通りだと思った。美味しいと言う感想には自分のことのように嬉しくなる。
小学校を卒業するまで、ユウは高町家に居候していた。させられていたと言うのがより正しい表現だが、その縁もあり、家族意識のようなものが出来上がっているのかもしれなかった。
ダメだなあと内心で呟く。家族でも何でもないんだから、と自分に言い聞かせた。
「食べたことないの?」
「あるよ。コンビニのより美味しいのは保証する」
「なにそれ」
女の子は笑い、ユウも笑った。
作り笑いではなく自然な笑みが零れていた。
「見えたよ。そこ」
指さした先には、翠屋と書かれた大き目の看板。
通りに面して大きな窓ガラスが設けられており、何かのお店であることは一目でわかるようになっている。通り過ぎ様に中を覗くと、学校帰りの女子高生らしきグループがテーブル席に座っていた。
「こんなとこあったんだ……」
「ああ。今日も混んでる。人気みたい」
スタッフとして給仕に立ったこともあるユウとしてはいつも通りと言う印象だった。
あの集団には近づかないようにしようと心に決めながら扉を開ける。
過去、もみくちゃにされた経験から、女子高生はユウにとっては天敵と言えた。
「いらっしゃいませ……あら?」
「こんにちは、桃子さん」
会計を終えたばかりの桃子がユウを見て驚く。
「ユウ君久しぶり。本当に中学生になったのね」
「なんでそこを疑うんです?」
「だって全然顔見せてくれないんだもの」
冗談めかしてそう言って、ユウの後ろに立っている女子生徒に視線を向ける。
「いらっしゃいませ。翠屋にようこそ」
「は、はい……」
緊張で固まる女の子に、桃子は優しく微笑んだ。
「お召し上がり? お持ち帰り?」
「お召し上がり」
「お好きな席にどうぞ。テーブル席がいいかしら?」
「別にどこでも」
油断すると笑顔が消える。口調もぶっきらぼうになる。
それを自覚しながら、ユウは一番近いテーブル席へ向かった。
慌てたように着いてくる足音を背後に感じながら、この後の展開を考える。
言ってしまえばシュークリームを食べさせて帰ってもらうだけだが、その間の会話はどんな話題で繋げばいいのか。
恋愛相談の続き以外に思いつかないユウとしては、それが一番の難敵だった。
先に席に着き、鞄を横に置く。
少し遅れて対面に座った女子生徒は、物珍し気に周囲を見ていた。
「おすすめはシュークリーム。だけど普通のケーキもあるから、お好きなものを頼んでね」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
メニューをめくる女の子を見ながら近くの女子高生を警戒していたユウの元に、桃子がお冷を運んでくる。
「どうぞ」
「あ、どうも……」
ユウの前にもコップを置いた後、桃子はひそひそと耳打ちをした。
「今日、なのははいないんだけど……」
「知ってます」
その返答を聞き、何故か桃子は少し困ったような顔をした。
そんな顔をする意味が分からなくてユウは首を傾げたが、二人の様子を見ていた女子生徒が伺うように尋ねてきた。
「……知り合いなの?」
「もう随分長く通ってるから」
「へえ……」
ユウ自身に親がおらず、長い間居候していたことについては言わなかった。言う必要もないことだった。
「決めた。やっぱりシュークリームにする。ユウ君のおすすめだし」
「飲み物は?」
「お、オレンジジュース……」
恥ずかしそうにオレンジジュースを選ぶ女子生徒を不思議に思いながら桃子を呼ぶ。
「シュークリーム一つとオレンジジュース。あとはコーヒーをください」
「はい。少々お待ちください」
カウンターの向こうに消えていった桃子の背中を見送って、ユウは恋愛相談について切り出すことにした。
当の本人は、未だに落ち着きのない様子で店内を見回している。特に近くにいる女子高生が気になるようだった。
「彼氏とはその後どう?」
「え、あ、うん……実はまだ連絡してないんだ」
えへへとはにかむ少女は、失敗を誤魔化す子供のように見えた。
中学一年生。十三歳。ひと月も遡ればランドセルを背負っていた年齢だった。
「そう言えば、いつから付き合ってるの?」
「えっと、去年の夏ぐらい? 向こうから告白されて、それから……」
彼氏の方はともかく、この子の場合は何となく付き合い始めたのだろうなと見透かしてみる。
本人なりに真剣に考えたのかもしれないが、何となくそう思ってしまう。子供だと言う印象が拭い切れないせいかもしれなかった。
ユウはそう言う自分の考えをおくびにも出さないように気を付けながら、流れに乗って会話を続ける。
「連絡しにくい?」
「うん……なんかね、ユウ君は別れた方がいいって言ってくれたけど、踏ん切りがつかないと言うか、なんて言うか」
ユウに女の子の心理は分からない。だから積極的に別れようとは思っていないと言うことしか理解できなかった。
どういう理由でそう思っているのか。肝心のそこは想像もできない。
「何か不安でもあるのかな?」
「んー……わかんないけど。別に嫌いでもないし」
「……そうなんだ」
丁度その時、シュークリームが届く。オレンジジュースとコーヒーもテーブルに置かれた。
「わあ! 美味しそう!」
そう言う彼女の手にはスーマートフォンがあった。
パシャリと撮影音。手慣れた様子に、普段から写真は撮っているのだろうと考える。
「甘いものは好き?」
「え? ああ、いやあ、そんなに好きって言うほどではないけど」
そんなことを言いながら、シュークリームを目にした直後から、その顔は緩み切っている。
甘いものは好きなのだろうと察する。正直に言わないのは恥ずかしいから。
「そう言うユウ君は飲み物だけ?」
「今はそう言う気分じゃないから」
「ふーん……コーヒー飲めるんだね」
カップを手に取ったユウは、黒い液体に自分の顔が写っているのを見た。
「ああ。確かに苦いね。でも慣れちゃったから」
「ミルク入れないの?」
「あってもなくてもどっちでもいいかな」
ミルクを入れる手間を考えれば、入れないまま飲む方が多い。
内心でそう思いながら一口飲む。慣れ親しんだ味が口の中に広がった。
女の子に視線を戻すと、どことなく悔しそうな顔をしている。
不思議に思い、初対面の印象を思い出す。勝気。つまりは負けず嫌い。それを思って、ユウは無意識に微笑んでしまう。
「コーヒーは飲めるけど、紅茶はあまり好きじゃないかな。そっちは?」
「紅茶なら私飲めるよ! 美味しいと思う!」
「そうなんだ」
紅茶を飲むと言うと、ユウの頭の中にはすずかとアリサのイメージがあった。
実際、二人が紅茶を飲んでいる姿はあまり見たことがなかったが、なぜかそう言う印象を抱いている。滲み出る雰囲気のせいだろうかと考えた。
それから、二人は好きなものや嫌いなものについて話をした。
意外と女の子は嫌いな食べものが多く、それに合わせる形でユウも嫌いなものを提示した。そのほとんどは嘘で、実際のところユウに嫌いなものはほとんどなかったが、どこかで聞いたことのある理由を述べて誤魔化した。
そうしてある程度話をしたところで帰宅を促す。
もう暗くなるからと言う理由で。
「今日は奢ってくれてありがとう。シュークリーム美味しかった」
「口にあったのなら良かったよ。気が向いたら買ってあげて」
「うん。今度近くまで来たら買うかも」
多分買わないだろうなとユウは思う。近くに来る予定も早々ないだろう。
「じゃあ、また。明日学校でね」
「ああ。また明日」
帰っていくその背中を見送って、ユウも帰路につく。
恋愛相談に進展はなく、ただ女の子と話をしただけだった。
一体なんのための時間だったのかと、内心不思議で仕方がなかったが、処世術の練習にはなったと無理やり自分を納得させる。
二度目は出来れば遠慮したいなと思い、そのために多少なり努力をするつもりだったのだが、翌日に全く別の女の子から恋愛相談を持ちかけられてしまい、無警戒だった故に頷いてしまった。八神流処世術の出番だった。