恋愛相談は二人目、三人目と続いて行く。
相談を持ち掛けてくるのはやはり話したこともない女の子たちだった。
困惑しつつ、全員翠屋に連れて行く。シュークリームが食べたいのかとそんなことを思っていた。
実際に話してみると、恋愛相談などと言ってはいるものの、大した内容ではなかった。
違うクラスの誰かが好き。告白しようか迷っている。付き合ってる人はいますか。そんな内容。
告白したければ勝手にしろ。付き合ってる人はいません。
回答としてはそれ以外にないのだが、ストレートに伝えれば角が立つのは分かり切っていたので会話に専念する。
自分のことを話すより相手の話を聞く方が楽であることに気づき、相槌を打ちながらたまに質問することで話を続けた。
会話の内容は、もっぱら好きなことについて。
好きなアイドルのライブに行くのが趣味だとか、テレビ、アニメ、漫画が好きなんだとか。そう言う話を聞いた。
女の子たちは自分の好きなものについて話しているときは饒舌で表情は明るい。ユウ自身も自然な笑みで相槌を打つことが出来た。
繰り返す内にユウにも余裕が生まれた。
アイドルや漫画など、ユウには全く分からない世界だったが、だからこそ新鮮な気持ちで対応できた。
話をしている途中で少女漫画を差し出された時には面を食らったが、実物を見て、少女漫画ってこういうものなのかと実感することが出来た。
「なるほど。格好いい男の子だね」
「その人が主人公の相手役。強引で粗暴なんだけど、たまに見せてくれる優しさに惹かれちゃうの」
パラパラとページをめくる。
粗暴だと言う女の子の言葉通り、その言動には不良っぽさが感じられた。
昔読んだ小説ではこういう人間は大体悪い奴として描かれていた。今はこういうのが好まれるのだろうかと首を傾げる。
「こっちの男の子は?」
「そっちはもう一人の相手役。優しそうに見えて腹黒で、でも相手を思いやる優しさはちゃんとあって、家庭環境が複雑なんだけど……」
女の子の話を聞きながら最後までめくり終える。
ふーんと呟きながら表紙を眺める。
「女の子はみんなこういうのが好きなのかな?」
「嫌いな人はいない! 断言する! 女の子はね、王子様に憧れてるの! 連れ出してくれる王子様! 強引で、ちょっとお馬鹿で、でも優しい男の子! ああ、どこかに私だけの王子様いないかなあ」
「ほうほう」
もう一度ページをめくる。
たまたま見せられた巻が最終巻に近かったため、登場人物たちは主人公に対し積極的にアプローチしている。
好きと言う言葉が乱舞していた。強引にその手を握りしめ、愛を告白しているキャラもいた。過激ではないかとユウは思ったが、女の子はそんなことないと否定する。それぐらいして当然だと。女の子はそれを求めているのだと。
へえと頷き、書かれている文字を追っていく。普通であれば顔をしかめるような言動が散見される。
まあ、漫画だしと理解を示しながら、何となくその描写は記憶にとどめておくことにした。
◇ ◇ ◇
四人目の相談を終え、五人目を控えたその日の昼。
アリサがユウのいるクラスにやってきた。現れた瞬間に空気が変わる。ユウを睨むその視線は人殺しの目つきと言って過言ない。
アリサの背後に控えるすずかが冷や汗をかきながら距離を取っていた。それだけで事態の深刻さが窺い知れる。
「ユウ」
「……何かあったか?」
また何か事件が起きたのだろうかと緊張感を滲ませながら立ち上がったユウの元に、アリサはつかつかと歩み寄る。険しかった表情を一変させて笑顔になった。
綺麗な作り笑いだった。参考になるなとユウは思う。
「最近、派手に遊んでるらしいじゃない?」
「うん?」
心当たりのないユウとしては首を傾げるしかない。
とぼけるなとばかりに距離を詰めるアリサは笑顔のままだったが、その身体から発する圧力は常人のそれと一線を画していた。
「毎日違う女の子をとっかえひっかえでデートしてるらしいじゃない。良いご身分ねえ。羨ましいわあ」
「羨ましいのか? じゃあお前も来るといい。今日も会う予定が……」
胸ぐらを掴まれた。
すでにアリサの顔に笑顔はない。般若がいた。金色の髪の美しい般若が。
「あ、アリサちゃん、暴力は」
「すずかは黙ってなさい!」
すずかの制止も振り切られた。ギリギリと首元を絞められて呼吸が苦しくなってくる。
ユウは訳が分からず目を丸くした。
「人の目が届かなくなった途端に遊び惚けるなんて信じられない……」
「俺にとってはただの苦行で、ある意味修行なんだが」
「なに? 言い訳? 言ってみなさいよ。どんな面白い言葉が出るか聞いてあげる」
アリサは激怒している。それぐらいはユウにも分かった。
こういう時、何を言っても無駄だと言うことを経験で知っている。
アリサが満足するまで言葉の暴力を受けるだろう。それはそれで別に構わないのだが、度重なる恋愛相談で蓄えた知識はユウに新しい語彙力を与えていた。
「……アリサは怒っていても可愛いなあ」
棒読みだった。感情は一切籠らなかった。別に心にないことを言っているわけではないのにと思う。
火に油を注ぐだけかなと思った。けれども、効果はあった。
「……え」
ぽかんとアリサは固まる。
追撃を加えてみた。
「アリサは可愛いなあって」
攻勢は止んだ。
停止するアリサの背後で、すずかが目を丸くしている。
ここが攻め時だとユウは判断した。
「手入れされた髪は綺麗だし、吊り上がった目つきは意志の強さを表してて好きだ。言葉はきついことがあるけど大体は照れ隠しだし、そうでないときは多分俺が悪いし、気丈に見せて結構気弱なところもあるけど、ひっくるめて全部好き」
「待って!」
アリサは叫んだ。
すずかがアリサに寄り添って「大丈夫?」と声をかける。アリサは首を横に振っていた。
「……一つだけ聞かせて頂戴」
「なに」
「それは、私に告白してる?」
「違う」
アリサの表情が固まった。
すずかが責めるような目つきでユウを睨んでいる。
「どういうこと?」
「はやてにもっと感情を表に出せって言われたから、試しに思ってることを言ってみた。なんか機嫌悪いみたいだったし、これで機嫌直ったらいいなって思って」
すずかが目を点にした。
救いようがないと言わんばかりに首を振り、アリサと言葉を交わす。
「アリサちゃん……」
「大丈夫よすずか。私は大丈夫。でもこいつは大丈夫じゃないわ」
「そうだね。ユウ君はもう駄目だね」
「本当に死ねばいいのに」
不評だった。
言い方がまずかったのだろうかと反省する。どこをどう直したらいいのかわからないので意見を求めた。
「不快にしたなら教えてほしい。何が駄目だったのか言ってくれ」
「殺されたいなら正直にそう言いなさい。今すぐ殺してやるから」
アリサから殺気が漏れている。
今まで感じたことがないほど濃密な殺意だった。
「あのねユウ君、女の子に綺麗だとか好きだとか、軽々しく言っちゃダメだよ」
「冗談でもなんでもなく思ってることを言っただけだが」
「余計悪いよ……」
そうなのかとユウは頷く。
頷きつつ、反省はしていない。一定の効果は確認された。いざと言う時の切り札にはなりそうだった。綺麗だとか好きだとか言えばいいだけなのだから、とても簡単なことだった。
「とりあえずあんたは今からお説教よ」
「なぜ?」
「女心の分からないあんたに女心を教えてやるって言ってるのよ」
「わかった」
ユウは素直に頷いてアリサと共にクラスを出て行こうとする。
そこに待ったをかけたのは、一番最初に恋愛相談を持ちかけた女子生徒。
「ゆ、ユウ君?」
なぜかとても動揺しているその女の子は、顔に笑顔の成りそこないを張り付けていた。
「うん? どうかした?」
咄嗟に、ユウは八神流処世術を披露する。
突然声音と表情が柔らかくなったユウのことを、アリサとすずかが信じられないものを見る目で見ていた。
「バニングスさんと付き合ってるの……?」
「いいや。付き合ってないよ」
「じゃあ……好きなの?」
ユウは考える。
好きじゃないと答えること。それはとても簡単なことだったが遺恨を残しそうだった。
こうしている間もアリサはユウを睨んでいたし、すずかもユウを睨んでいた。好きでないはイコールで嫌いに繋がりかねない。
未来の暴力を防ぐため、今この瞬間に機嫌を取るのが最善だと思い、ユウはその質問を肯定することにした。
「そうだね。好きだよ」
クラスが騒然となる。
ざわざわとうわさ話が広がっていく。
「あ、そうなんだ……」
アリサに引っ張られ、すずかにも引っ張られ、ユウは廊下に連れ出される。
「あんたってやつは本当に……!」
「これはもうお説教じゃすまないよ。お姉ちゃんにお願いするからね! 本気だから!」
一先ずは人のいない場所に移動しようとする三人の後ろを足音が追いかけてくる。
野次馬が来たのだろうとアリサとすずかは気にしなかった。ユウだけ振り向き、直前まで話をしていた女子生徒と目が合った。
「待って!」
三人は立ち止まる。
女子生徒はアリサのことを睨んでいた。当のアリサは面倒そうな顔をしている。
「どうしてあなたたちばかり……」呟かれた言葉は三人の耳に届いていた。すずかが目を伏せる。
「聞いて、ユウ君」
女の子がユウを睨むように見る。
挑むかのような視線だった。どんなことでも受け入れると言う態度に見えた。初めてあった頃のフェイトを思い出す。
「私、あなたのことが好き。ずっと好きだった。付き合ってくれない?」
口調の端々に軽さを滲ませて、しかしその視線は真剣だった。
ユウははやての言葉を思い出す。「脈がなかったで終わる話」
考えるまでもなく、答えは一つしかない。それをユウは言おうとして、その前に男子生徒が駆け寄って来る。
誰だと思ったのもつかの間、その生徒は女子生徒に食って掛かった。
どういうことだとかうるさいだとか、二人は言い争っている。
それだけのやり取りで二人の関係は知れた。どう考えてもまずいことになった。
ユウは顔をしかめて、その二人と話をすることにした。