結局、ユウが二人に対して出来ることは何もなかった。
ユウ自身が声をかけるのは丸っきり逆効果で、どのような態度で接したところで女子生徒は泣き続け、男子生徒は怒りのあまりユウに掴みかかる始末。
混沌となった場を治めたのはアリサで、女子生徒を慰めて男子生徒のことは殴っていた。
いても邪魔なだけだからとユウはその場から遠ざけられ、アリサとすずかを含めた四人はどこかへ行ってしまった。
ヒソヒソと噂されながら自分の席に着き、アリサたちが帰ってくるのを待つ。
昼休みも終わる間際になって女子生徒だけが戻ってきた。
明らかに泣き腫らした瞼で、しかしクラスに戻ってきた時には涙は止まり前を向いていた。
何か声をかけるべきだろうかと迷い、アリサからのメールで思考を止める。
放課後に時間を作ること。その時に告白に答えるようにと指示が出された。
ユウはこれを今は何もするなと言う意味だと受け取って、声をかけるのはやめることにした。
放課後の恋愛相談は、当然ながら延期するつもりだった。
◇ ◇ ◇
放課後、日も暮れた公園で一人、ユウは何をするでもなく座っていた。
そこは家から少しだけ離れた小さな公園で、わざわざこんなところにいる理由と言うものは特にない。ただ風に当たりたかっただけだった。
あの後、女子生徒からの告白は断った。ユウにとってその答えは考えるまでもないことだったが、「ありがとう。ごめんなさい」と言われたことだけが心に引っかかっている。
それ以上の言葉は交わさずに別れた。それで全てが終わった。
女子生徒と男子生徒の関係についてはユウは首を突っ込むべきではない。これ以上関係を拗らせるわけにはいかないし、首を突っ込んだところで何が出来るわけでもない。
あくまでも当人同士の問題であって、強いて言うならアリサが何かするかもしれないと思った。それも想像でしかない。
たかだか少し話をしただけの人間と、ここまで拗れてしまうこともあるのだなと思う。誰が悪いのかと言うと、多分自分が悪いと思うが、どこがどう悪いのかと問われると答えに詰まる。
原因がはっきりしない以上、同じことを繰り返さないためには、少なくとも恋愛相談は受けないようにしなければならない。人との関係そのものを見直すべきかとも思った。
女子生徒の泣いた顔が脳裏に蘇る。泣かせたのは自分だった。正直に言って、理不尽な気持ちがないでもなかったが、しかし事実としてはそうだった。
あんなことを二度と起こさないためにはどうするべきか。他人にどうにかしてほしいと思うのは傲慢だった。ならば自分が変わるしかない。
ため息を吐く。
気づけば十三歳になっている。出会った頃のクロノが十四歳だった。
思えば、クロノは人間が出来ていた。当時は融通の利かない堅物と認識していたが、その年齢に近づくにつれて見えていなかった部分に気付くようになった。
彼はアースラの中核としての立ち位置を確立していた。プレシア・テスタロッサの捕縛に向かう際は、武装隊と共に先陣を切って突入した。
闇の書事件の際には過去の因縁に蹴りをつけ、管理職員としての使命を全うした。
思い返すに大人だった。
中学生になって早々、人間関係に苦労している自分とは大違いだ。
中学生と小学生で環境に大きな違いはない。
通う校舎は変わったかもしれないが、そこに通う人間に違いは生まれなかった。
ユウが覚えていないだけで、同級生たちは幼馴染とまでは言えなくても、幼い頃からの知り合いと言っても過言ではない。きっと、二言三言言葉を交わした者も大勢いるはずだった。
中学生になってまだ一か月も経っていない。
ユウ個人の感覚としては小学生の頃と何も変わっていないが、しかし周囲も同じであるとは限らない。
特にこの年頃の女の子は早熟だった。きっとユウの気づかないところで大人になろうとしていたのだろう。
いつもの五人に甘えすぎていたのかなとユウは思う。この数年間、交友関係はそこで完結していた。
それが当たり前ではないのだと今更気付かされた。
とりあえずは、親元を離れるような気持ちで頑張ればいいのかなと考える。
親のいないユウにその気持ちが分かる時は一生来ないけれども、それっぽい気持ちでいればそれらしい感慨は抱けるだろうと思った。何をどうすると言うのは追々決めて行けばいい。
反省会を終えて、ユウは空を見上げる。
公園とは言え周囲には灯りが無数に存在する。見える星は少ない。
足音が聞こえる。
聞き覚えがあるような気がして視線を向けた。公園の出入り口から高町なのはが歩いて来ていた。
「こんなところで何してるの?」
「散歩」
端的にユウは答えた。
わずかに首を傾げたなのははその嘘に気づいていた。
「家に行ったのにいなかったから探したよ。携帯電話ぐらい持っててほしいんだけど」
「何か急ぎの用事でもあった?」
「ゆうくんのこと」
なのははいつものごとくユウの隣に腰かけた。
ユウは少しだけ距離を取る。その動きになのはは気づいていた。
「仕事が終わって家に帰ったら、またゆうくんがおかしなことしたって聞いて。正直疲れちゃった」
「本当にごめん」
心からユウは謝った。ちらりとその横顔を伺うと、別段怒っている様子は見受けられない。
「会って来たよ」
「誰に」
「ゆうくんに告白した子に」
ユウは黙って話を聞く。
何がどうなったか。聞く義務があると思った。
「色々あったけど、でも、良いところに収まったと思う」
「……つまり?」
「仲直りできたよ」
どういうことだとユウは考えた。
初めて話をした時からここまでの経緯。仲直りとは恋人関係の継続を意味している。そんなことは無理だと思っていた。
「相手の子が頑張ったから。正直、ゆうくんの百倍格好良かったかも」
「……それはそうだろう」
0に何をかけても0だと言うのが正直な気持ちだったが、それを今言っても仕方がない。
「じゃあ、俺は当て馬にでもされたのかな。二人が仲良くなるための」
「うん」
そっかとユウは呟いた。やっぱり女心は分からんと内心で思った。
「まあ、でも、うまくいったなら嬉しいよ。別に、俺をどう使おうと幸せならどうでもいいから」
「そんなこと言ってるけど、ちょっと怒ってるでしょ?」
「思うところがないでもないけど、でも泣かしちゃったからな。泣いた分幸せなら別にいいよ」
目を瞑ればその顔が浮かぶ。
もう解決したと言うのに、ユウの心には残り続けている。
「今回のことは本当に反省した。だから少し頑張ろうと思う」
「頑張るって何を?」
「まともな人間になることを」
なのはは訝し気な目を向ける。
ユウはそれを見返して真剣であることを伝えた。
「俺がもう少し普通なら、多分誰も泣かなかっただろうから」
「うーん……」
良いことを言っている。言っているのだとなのはは思う。
結局のところ筋金入りだからなとユウを見た。多分無理だろうなと見透かす。それが出来るなら、最初からこんなことにはなっていない。
「ゆうくんがそう言うなら、少しだけ教えてあげる」
そうは思いつつ、本人の意思を削ぐような真似をするつもりのないなのはは、伝えるつもりのなかったことを語り始めた。
「ゆうくんは、もう少し人の顔を覚えた方がいいよ」
「物覚えが悪いのは自覚してるよ」
「そうじゃなくて」
言わんとしているところが分からず、ユウはなのはを見る。なのはは視線を下に向けて足元を見ていた。
「自分が助けた人の顔ぐらいはちゃんと覚えててあげて」
その言葉で、ユウはなのはの言わんとするところを察した。
「別に、今さらゆうくんが火に跳びこもうと水に跳び込もうと、それで死ぬなんてありえないから、私はどうでもいいんだけど、でも、助けられた子にとってはとても大事なことだから、せめてそれぐらいは覚えておいてほしいな」
虚空を見つめるユウは記憶をたどった。それらしき顔は浮かばない。当然だなと口の中で呟く。
「覚えられないんじゃなくて、覚えないようにしてるんだよ」
知らず、漏れていた声はなのはまで届いた。
一度出した言葉を引っ込めることは出来ず、全てをさらけ出すことにした。
「俺が清廉潔白な人間じゃないことは知ってるだろ?」
「そうだね。どっちかと言うとクズ寄りだよね」
一瞬、言葉が途切れる。
「……だから、もし助けた人の顔を覚えていると、きっと傲慢になっちゃうから」
それの意味するところが分からず、なのはは首を傾げた。
「俺は正義の味方じゃないし、無欲でもない。この人俺が助けた人なんだなって一度でも思っちゃったら、ずっとそれが付いて回る。そうしたらきっと態度に出るし、言葉にも出ると思う。そもそも俺は自分が助けたいから助けてるだけで、それは俺の都合でしかない」
薄っすらとユウの言いたいことが理解できた。
「……立派だと思うけど」
「そうやって立派だ立派だって褒めはやされたら歪むと思うんだ。感謝されたいから助けるとか、お礼を受け取るために助けるとか、そうなっちゃったらもう目も当てられない。今でも十分歪んでるのに、これ以上歪んだら大変だろ?」
「自覚があるなら直してほしい」
「これから頑張るよ」
ユウは笑った。
なのははそれが作り笑いであることに気が付いた。
以前とは違い、ほんの少しだけ柔らかくなった口調も、纏う雰囲気が若干変化していることにも、全て気が付いていた。
「また迷惑をかけるかもしれないけど、その時はごめん。今のうちに謝っておく」
立ち上がり、振り向きながら言ったその言葉も、浮かべていた笑みも、全ては作られたものだった。
それが良いことなのか悪いことなのか。なのはには判断がつかない。
社交辞令なんて社会に出れば普通のことで、管理局で仕事をしているなのはたちにはごく当たり前のことだった。ユウもまたそのための準備を始めたに過ぎない。そう思って立ち上がる。
「迷惑をかけたって思うなら、料理当番変わってほしいかも」
「……別に構わないけど、なに? お前の家に行ってお前の代わりに料理すればいいの?」
「うん。お願い」
とりあえず、目を離さないようにしようと思った。
しばらくは家に居てもらうことにする。幸いなことに、ユウが使っていた部屋はまだそのまま残っている。
◇ ◇ ◇
結局、ユウとその女子生徒はその後、会話らしい会話をしないまま学年が上がり、その際に別のクラスに別れた。
その子の顔と名前はユウの記憶の中にあったが、二度と使われることはなく、記憶のタンスにしまわれた。
しばらく後、ユウはその女子生徒が度々翠屋に訪れていることを知った。
お目当てはシュークリームで、たまにケーキを買っていくらしい。最近、コーヒーにも目覚めたとか。
彼氏との仲は順調なのかと聞くユウに対し、なのはは知らないと答えた。そこまでプライベートのことを聞くほどの仲ではないらしい。ただ、特段不幸そうには見えないとのこと。
そうなのかと頷いたユウは薄く笑みを浮かべた。作り笑いではない心からの笑顔だった。