「うまく冗談を言えるようになるにはどうしたらいいだろう」
昼休み。幼馴染六人が屋上で弁当を食べている時、ユウが唐突にそんなことを言い出した。
つい最近、恋愛相談を受けた挙句、泥沼の修羅場を経験したばかりの男の言葉である。
幼馴染たちは一様に胡乱げな表情を作った。
「そない簡単なことなら私が教えたる」
「お前はもういいよ。引っ込んでろ」
「曲がりなりにも先生に向かってその言い方はなんや?」
「何が先生だ。むしろ狸だろ。人を騙して楽しんでるだけだ」
「ユウ君も言うようになったやろ? 私が育てたんよ」
ここ数日、はやてに冗談とは何かについて英才教育を受けていたユウは、すでにはやてのことを見限っていた。少しばかりの口の悪さはその成果である。
他の面々はそんなことをしていたのかと呆れ、余計なことをしやがってと言う気持ちになる。
「冗談を言ってどうしたいの?」
「場を和ませたい」
フェイトの質問にユウは答える。まじか……と言う視線が集まった。
「俺が場を和ませたらダメか?」
「似合わない。あんたは唯我独尊でしょ」
「それはお前の方だろ」
「覇道を歩んでると言ってほしいわね」
アリサの言い様に、ユウはマジかと言う顔をした。
それを見て、アリサは付け加える。
「冗談よ」
「……なるほど」
そう言う冗談もあるのかと一人勝手に納得している。
「それで? はやてはこいつに何を教えたのよ」
「大したことは教えてへんよ。ただ、前々からうちの子たちと仲良くなってほしかったから、冗談にかこつけて女の子の誉め方とかを教えてあげたんよ」
「女の子の誉め方?」
フェイトが興味を示す。
にやりとはやては笑った。
「ヴィータとシグナムを相手にな、長所を20個言わせてみたんよ。面白かったで。シャマルと二人で一生懸命考えとったからな」
ユウが虚ろな表情で呟いた。
「……あいつらに長所なんかねえよ」
「そういうところがダメなんよ。ヴィータ怒っとったやん」
はやての言う通り、ヴィータは怒っていた。よくわからないことに巻き込まれたから当然と言えた。
事情を説明しても今一理解出来ず、変わる必要がどこにあると言う態度を取りつつ、面倒くせえなと文句をこぼしながら協力したと言うのに、目の前で長所を延々と考え続けるその姿には、いかな聖人と言えども気分を害するだろう。最終的に、ヴィータはユウに掴みかかっていた。
「ヴィータちゃん可愛いのに」
「うん。シグナムは格好いいし」
なのはとフェイトがそれぞれ長所を挙げる。
そんな二人をチラリと見て、ユウは口をへの字に引き結んだ。
「我儘で気難しいだけだろ」
「そんなことないよ。ヴィータちゃんああ見えて大人だもん。私も仕事で何回も助けてもらってるし」
「シグナムも仕事のできる大人って感じだよ? 現場での指揮は適格だし、予想外のことがあっても慌てないし」
管理局での仕事を例に出されてもユウには分からない。
ただ、前線での戦いっぷりについては、あれほど頼りになる奴らもいないと言うのは同意した。
この件についてこれ以上話したところで平行線を辿るのは目に見えていたので、ユウは話題を元に戻すことにした。
「それで、冗談の上手い人誰か知らない?」
「私」
「狸は山に帰れ。車にでも轢かれてろよ」
「なんてこと言うんや」
その場の皆は一様に頭を悩ませる。冗談が上手いと言われても、そんな人間に心当たりはなかった。強いて言うならエイミイだろうか。でもちょっと違う気がするとフェイトが考えている最中、ユウはすずかに水を向ける。
「すずかは? 誰かいない?」
「え……ごめん、心当たりはないや……」
すずかは答えた。
愛想笑いを浮かべながら、内心に浮かんだ顔を必死に振り払っていた。
「ふーん?」
「あはは……」
「……」
「……」
こんな時に限って、ユウの視線が外れない。
嘘を吐いたことが見破られている。それをすずかは察したが、だからと言って紹介することは出来なかった。なにせ紹介相手はあの月村忍である。食後の晩酌をこよなく愛し、時に昼間から酒を呷り、笑えない下ネタと親父ギャグを得意とする身内の恥だった。会わせられるわけがなかった。
「なあ、すずか」
「なに? ユウ君」
「何か心当たりがあるんじゃないか?」
「ないよ?」
「嘘つくなよ」
「嘘なんかついてないよ?」
すずかはニコリと作り笑いを浮かべる。応じてユウもニコリと笑った。すずかにとって、それは見たことのない笑顔だった。
「すずか」
「なあに?」
「頼む」
「頼まれても……」
普段の能力がどれだけ優秀であっても、酒癖の悪さと下ネタの多さ、極めつけは性格の悪さから、間違いなく月村忍は劇物と言えた。そしてユウと言う少年もまた別の意味で劇物だった。
劇物に劇物を混ぜるとどのような化学反応が起きるだろうか。想像が出来ない以上、紹介したくはなかった。
「どうしてもダメか?」
「うん……ごめんね。ユウ君のためにならないと思うから……」
「そうか」
ユウは頷く。納得してくれたかと一瞬思った。しかし錯覚だった。
ユウは立ち上がり、その場に正座する。
「……やるんやな? 今ここで」
そんなことを言っているはやての表情にも、そこはかとない真剣さがある。
すずかは嫌な予感がした。止める間もなく、ユウは額を地面に押し付けていた。
「ユウ君!?」
「ちょっ!?」
土下座だった。
「頼む」
「やっぱり、何度見ても引いてまうわあ……」
どこまでも真剣なユウとそれを見ながら引いているはやて。
他の四人は呆然とし、いち早く我に返ったアリサが怒鳴る。
「はやて!!」
「ちょっ、私は何もしてへんよ!? どこからかユウ君が学んできたんや。私も被害者やって!」
学んだと言うよりは開き直ったと言う方が正しかった。ユウ個人のプライドより、自分が変わることを優先した結果である。下げられる頭があるなら下げてしまえと言う自暴自棄にも似た気持ちから来る行動だった。
「ゆ、ユウ君? そんな風に頭を下げられても、ダメなものはダメだから……」
「俺は本気なんだ」
「そう言われても……」
すずかの脳裏に忍の顔が浮かぶ。グラスを片手に高笑いしていた。目の前には土下座するユウがいる。諦める気はなさそうだった。
ぐるぐると思考が巡る。紹介したくない。したくはないのだが、土下座までされてしまった以上、断り切ることは難しい。
本人に諦める気がないのなら、一度経験させた方が早いかもしれない。一度だけなら致命傷は避けられる気がした。取り返しのつかないことにはならないだろう。身内の恥を晒すだけだ。それが一番耐え難いのだが。
「……一回だけだよ?」
「いいのか?」
「……一回だけなら」
「ありがとう」
頭を上げたユウはいつも通りの表情をしていた。たった今、土下座をしたことを何とも思っていないかの様な態度で元居た場所に戻る。
その様子をすずかを始め五人全員が複雑な表情で見つめていた。
「すずかちゃん……」
「……なのはちゃん。その、今のうちに謝っておくね、ごめんなさい」
すずかはなのはと視線を合わせられなかった。
アリサともはやてとも合わせられなかった。
しきりにユウのことを心配するフェイトと、それに対し大丈夫と答えるユウを見ていた。
大丈夫である保証は全くないのだけどと心の中で思っていた。
◇ ◇ ◇
「やっぱりねえ、うんちとおちんちんが一番ウケると思うのよ。特に小学生には馬鹿ウケ間違いなしね」
「俺はもう小学生じゃないし、突然そんなことを言う奴はただの馬鹿ですよ」
「いいじゃない。どうせ君は馬鹿なんでしょ?」
「ほう……」
すずかは後悔した。
やっぱり会わせるんじゃなかったと思い知った。
一体どうなってしまうんだろうと、これからのことに頭を抱えた。