紐になりたいといったな。あれは冗談だった。   作:紺南

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クリスマスが終われば、1週間ほどで正月を迎える。

いかに受験生と言えど、正月ぐらいは気を抜いていいはず。

そうと思ってしまうのは、受験生なら誰もが患う正月病。

ご多分に漏れず、ユウもぬくぬくと過ごしていたところに、一本の電話がかかってきた。

 

「あんた、今日一回も通知来てないけど、まさかサボってたなんて言わないわよね」

 

「……」

 

中学生になってからの3年間、ユウの学生生活は必ずしも順風満帆だったわけではない。

 

幾度となく挫け、幾度となく逃げ出した。

本気で転校を考えたことは数え切れない。

そんなユウが学生生活で2番目に悩んだことが、勉強の難しさであった。

 

一年生の時点で三年生の授業が行われていたことに始まり、一部の授業に至っては明らかに中学の範囲を逸脱し、高校生の範囲を学習していた。

それだけでも挫けかけていたところに、アリサとすずかの勉強会である。

 

勉強会と聞けば思春期学生たちの微笑ましいものを想像するが、実態としては死体に鞭打つようなありさまだった。

あまりに辛すぎて、逃げ出したこと十数回。

その度に包囲網が敷かれて連れ戻された。

連れ戻される度に監視はきつくなり、勉強をする際のルールが定められていった。

ルールの一つに、勉強を始める際と終わる際に通知しなければならないと言うものがある。

 

これは、サボり癖の出来てしまったユウに対して、いつだって見ているぞと教え込むためのものであり、勉強の成果に関しては翌日に提出しなければならなかった。

 

勉強時間と成果品を見比べて、明らかにサボっていると見なされれば、アリサとすずか、どちらかの家に連行され、強制的に勉強をさせられる。

それは、ユウに言わせれば最早刑罰である。

特にアリサの家が酷かった。参考書とタイマー以外何もない部屋に閉じ込められ、時間が来るまで出してもらえない。監視カメラも付いているので、サボっていたらすぐ分かる。

多分、受刑者と同じ環境にいるとユウは思った。

 

「あんた分かってるの? もう時間がないのよ? 休んでる時間なんてないんだから」

 

淡々と叱られるユウ。

拝聴を余儀なくされ、辛い時間が過ぎていく。

 

「私もすずかも三が日は忙しくて面倒見てあげられないけど、きちんと勉強するのよ。わかった? じゃあね」

 

通話が終わり、ユウは携帯電話を置く。

その場で座禅を組んだ。南無妙法蓮華経を諳んじる。

読経が終わった後、ユウの心は晴れやかになっていた。

 

立ち上がり、上着を羽織る。

 

逃げよう。

 

携帯電話を置いて、ユウは家を出た。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

どこに行こうか。

ユウは迷う。目的地はなく、気の向くまま歩いている。

正月はほとんどの店が閉まっていて、暇を潰せる場所はそう多くない。

デパートや神社などは一年で一番賑わっている頃だろうから、近づくのも嫌だ。

 

そうなると、知り合いの家に行くのが無難だろうと考える。

思いつくのは三人。

フェイト、なのは、はやての三人だ。

 

フェイトの家は、正直行きづらい。もう少し時間が欲しいのが正直なところ。

なのはの家は、行ってもいいが、多分行ったところで誰もいない。初詣に行ってると見た。

そうすると残ったのは、はやての家ということになる。

 

はやてかー、とユウは考える。正直、なのはの家と同様に行ってもいそうにないのだけど。

まあ、行ってみるかと足を伸ばす。もしかしたらお雑煮食べられるかもしれないしと食欲を理由にして。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「で、お餅食べに来たんか」

 

はやてが言う。

その目の前には焼けたばかりの餅を砂糖醤油に浸しているユウがいた。

 

「正直、いるとは思わなかった。初詣は行かなかったのか?」

 

「行ったで。年明けきっかりに」

 

なるほど、とユウは頷く。

炬燵に入っているユウの両隣にはシグナムとヴィータがいて、特にヴィータはしょぼしょぼとした目でおせちを突いていた。

 

「そういうユウ君は行ったん?」

 

「行ってない。興味ないし」

 

「なんや。もったいないなあ。一年の計は元旦にありって言うやん。福が逃げるで?」

 

「どんなに神に頼んでも、無理なことは多いし」

 

「でも、いつかは叶うかもしれへんよ?」

 

「俺、欲しいものはすぐに手に入れたい派なんだよね」

 

さよか、とはやては答える。

ユウは餅を咀嚼しながら室内を見渡した。

はやての隣で数の子を食べているシャマル。なぜか犬の姿でドッグフードを齧っているザフィーラ。自分の両隣にいるシグナムとヴィータ。合わせて五人。それ以外はどこにもいない。

かつて、はやてが両親と暮らしたこの家で、今は新しい家族と共に暮らしている。

不幸なことは多かったが、少なくとも今は幸せなのだろう。この六年間は、不幸よりも幸福の方が多かったと信じたい。

 

ユウはお餅を飲み込み、ゴロンと横になってテレビをつける。大して面白くもなさそうな正月特番が映っていた。

 

「なんだこいつ、自分の家かよ」

 

「食べてすぐ横になると太りやすいと聞いたぞ」

 

ヴィータとシグナムがそれぞれの言い方で苦言を呈す。

しかし、そんなものはユウには効かない。

 

「安心しろ。俺は太らない。なぜなら俺だから」

 

「意味分かんねー……」

 

「まあ、ユウ君ですし」

 

かつての経験から、諦観の籠もったシャマルの言葉に、さもありなんとシグナムが頷く。

やはり面白くもなかったテレビを眺めて、ユウは炬燵で丸くなった。

 

「ユウ君、今日は泊まっていくん?」

 

「いや、夕方までに帰る」

 

「じゃあ、お夕飯は食べていくんやろ?」

 

「それもいらない」

 

おせちの中で、自分が食べられそうなものを探していたヴィータの箸がピタリと止まる。

 

「何だよ、食っていかないのか? 食ってけよ。沢山あるんだから」

 

「お前が俺に優しくしてるってことは裏があるな。シグナム、どう言うことだ?」

 

「このおせちと言うものは種類こそ多いが、普段食べないものが多いからな。中々箸が進まん」

 

「食べず嫌いは駄目ですよー、ヴィータちゃん?」

 

「せやなー。心配せずとも、明日の夜まではおせちやからなー。慣れる時間はたっぷりあるで」

 

蛙の潰れたような声を出すヴィータ。

はあとため息を吐いて呟いた。

 

「いいよなあ、ザフィーラは。毎日好きなものだけ食べられて」

 

ユウは炬燵の中で体勢を変えてザフィーラを見る。

ザフィーラはとっくに食事を終えて食休みに入っていた。

今の声も聞こえていたはずだが無視している。

 

ヴォルケンリッター内でも色々あるんだなと、ユウは欠伸混じりに考えた。

 

「ユウ君。帰るんやったら、その前にちょっと付き合ってくれへん?」

 

「それは愛の告白か?」

 

「違うわ。散歩に付き合ってくれへんって聞いとんのや」

 

ゴロリと再び向きを変えたユウが小さな声で呟く。

 

「ここで照れんなよって言ったら怒られるかな……」

 

「やめておけ。目に見えているだろう」

 

「ほんと懲りないよな、お前」

 

一応声を小さくしたシグナムと、特に気にすることなく普段通り喋ったヴィータ。

それはそれとして、はやての耳には全て聞こえていたので、炬燵の中で蹴りを数回浴びることになったユウ。

 

「そんなことをしても俺は喜ぶだけだぞ」

 

「なんやあいつ。無敵か?」

 

「私鳥肌立ちましたよ」

 

二人の反応を受け、亀が頭を引っ込めるように、ユウは炬燵の中に沈んでいく。

 

「うわぁ!? こっち来た! なんかこっち来た!?」

 

「こっちにも来ました! 足首掴まれてます!?」

 

「ちょっ、ちょちょちょ、洒落になってへん! ほんま洒落になってへんって!!」

 

足首を掴まれ、炬燵の中に引きずり込まれそうになる二人。

抵抗のため、掴まれているのとは反対の足で蹴りを浴びせるのだが、響く打撃音とは裏腹に効いている様子はない。

 

「ほんまふざけんな! なんで私の時だけ魔力使っとんねん! なんかあるんか!? 私にだけ魔力使っていいってルールがあるんか!?」

 

「ああ、私もうダメそう……」

 

すでに首まで引きずり込まれていたシャマルの最後の言葉がそれだった。

直後、その全身が炬燵に引きずり込まれて姿が消える。

 

「シャマルーっ!! もう許さへん! ヴィータ、シグナム!! とっととユウ君引きずり出してや!!」

 

「わかっております主! さあ観念して出てこい!」

 

「いい加減にしろてめえ!! はやてに何してやがんだ……お、おい、何してる……やめろ、おい!? シグナム! シャマルが裏切ったぞ!!」

 

「な、なに!? はっ!? しまった、足首を!?」

 

裏切りの騎士、シャマルの助力を得て、ヴィータとシグナムの足首を掴むことに成功する。

 

「なんなんもうー。なにがしたいん? なんで炬燵に引きずり込まれなあかんの? 勘弁してやー」

 

抵抗の無意味さを悟ったはやてが引きずり込まれたところで茶番は終了。

暑さに耐えかねたシャマルが脱出。

次いで、ユウとはやても炬燵から這い出た。

 

「新年早々汗かいてもうたやん。何がしたいん?」

 

「元旦から汗も滴るいい女が見れたら、きっと良いことがあるんだろうなって思って」

 

「嘘やん。絶対思ってないやつやん」

 

「ああ。本当ははやての笑顔が見たかった」

 

一瞬空気が固まる。

 

「……なんや、愛の告白か? モテる女は辛いわー」

 

「照れてんのか?」

 

「怒るで」

 

「お前が幸せだったら、俺はうれしい」

 

会話の最中、はやてとユウは二人揃って天井を見上げていた。

シャマルもヴィータもシグナムも、二人の会話に口を挟む真似はしない。

はやては少しだけ困った顔をして身体を起こす。

両手の人差し指で口角を引っ張って笑顔を作った。

 

「ほら、笑顔」

 

「あら、可愛い笑顔。お嬢さんモテるでしょ?」

 

「当たり前やろ。私を誰やと思ってんねん」

 

くすりとユウは笑う。それを見て、はやても自然に笑っていた。

 

「はやて、一つ頼みがあるんだが」

 

「なんや改まって。この空気でふざけたこと抜かしたら出禁にするで」

 

「この炬燵、掘り炬燵に改造していいか?」

 

「出禁や。帰れ」

 

三日間の出禁を食らったユウは、汗をかいたからとごねにごね、シャワーを浴びて帰って行った。

 

ユウが帰った後、炬燵に突っ伏しながら、八神はやては虫の鳴くような声で呟いた。

 

「ほんま勘弁してほしいわ」

 

その呟きに、ヴォルケンリッターの面々は黙っておせちを突いていた。

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