紐になりたいといったな。あれは冗談だった。   作:紺南

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朝起きた時に枕元に人が立っている。

しかも、見るからに敵意を持った人間がそこにいる。

手には縄。スタンガン。暴漢撃退用の催涙スプレー。

そんなものと対面することになったユウは動けない。直前まで眠っていた。無防備なほどにぐっすりと。人の気配に気付かないぐらいの熟睡で。

 

起きたらそれが立っている。人を殺しそうな目つきと剣呑な雰囲気を漂わせながら。

ユウは思った。やっぱり今日が命日か。

とりあえず、頭まで布団を被り、現実から目を逸らすことにした。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

元旦に八神はやての家を出禁になったユウは、次なる逃げ場所を求めて高町なのはの家に赴いた。

 

「なのはー。俺だー。匿ってくれー」

 

「何事なの?」

 

なのはが尋ねる。何があったのかを。

ユウは語る。アリサの連絡を無視して逃避行の最中だと。

 

「せめて三が日だけは……三が日だけは……!!」

 

みっともなく懇願するユウ。

そんな幼馴染のことが屠殺直前の家畜にしか見えなかったなのはは、死ぬ前に餅ぐらいは食わせてやろうと家に招く。

 

なのはの両親と新年の挨拶を済ませたユウはお雑煮をご馳走になった。

そのまま三が日を高町家で過ごし、3日の夕方に帰宅して荷造りを終える。

 

恐らく、明日を命日に控える我が身を案じ、ユウは22時に就寝した。張り手で起こされたのが明朝の5時過ぎだった。

寝ぼけ眼を擦りながら目を開けると、金髪の少女アリサと、黒髪の少女すずかが枕元に立っている。

 

アリサの手には縄が、すずかの手にはスタンガンが。二人の腰には暴漢撃退スプレーが差してあることを確認したユウは、「まだ朝早いじゃないか」と言葉を残し、布団の中に消えていった。

 

布団に潜り込んだユウの様子を見て、アリサとすずかは顔を見合わせる。

逃げ出したものとばかり考えていたユウは自宅にいて、抵抗の意思も逃走の素振りも見せない。

部屋の隅っこには準備万端の旅行セットが置いてある。

どうやら、この道具類の出番はないらしい。

 

アリサはため息を吐いて布団を蹴り飛ばす。中からうめき声が聞こえた。

 

「起きなさい。勉強会に行くわよ」

 

もぞもぞと動く布団。

もう一度蹴飛ばして脅しをかける。

 

「さっさと起きないと何回でも蹴るわよ」

 

嘘ではないと証明するように、言い終えてすぐに蹴りを放つ。

「ご褒美だ!!」とくぐもった声が聞こえたことに目眩がした。横にいたすずかが遠慮がちに足先で布団をつついてみる。布団のミノムシがクネクネと脈動した。

 

息を深く吸って、吐き出した。

気合を入れなければならない。

他ならぬ自分自身に。

 

この気色の悪いミノムシを連れ出して、勉強会という名のお仕置きを食らわすのだ。

 

「起きろー!!」

 

アリサは近隣の迷惑も考えず絶叫し、それを聞いたユウが飛び起きた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

黒塗りのリムジンが道を走る。朝の6時前という時間帯もあって、車の通りは少ない。

車内に運転手の他は三人。

落ち着きのない様子で窓の外を見るユウは、直前までアリサに土下座をしていた。車が動き出した途端にシートベルトを着用したあたりに遵法意識を感じさせる。

 

「三が日ぐらいゆっくり過ごしたかったんだ……!」

 

土下座の代わりにそんな慟哭を聞かされたアリサに情けの心は浮かばない。

「じゃあゆっくりした分は休みなしだね」と笑顔で言ったすずかは鬼だった。

 

悲しみを背負って車内を見渡したユウの視線がアリサで止まる。

対面に座っているアリサは高級なコートを着込み、脚と腕を組んで目を瞑っていた。

その姿は15歳という年齢が信じられないほどに大人びて見える。

ショートパンツから伸びる脚が艶めかしく、クリスマスパーティ以来の切り札を切りたくなった。

 

視線を外して、隣に座るすずかを見る。

こちらはロングスカートにセーター。ジャケットと言う服装。

纏う雰囲気と言い、着慣れている感じと言い、こちらもやはり中学生には見えない。二人揃ってどこの大学生だろうと言う印象を抱かされる。

 

これに比べると、なのはやはやては年相応と言う感じがした。

フェイトに関しては、どちらかと言うとアリサ側の人間ではあるのだが、着ている服のおかげで大学生に見られることはないだろう。お洒落よりは可愛いものが好きな年頃であった。

 

幼馴染の中で一足早く成長してしまった二人を見て、小学生の頃が懐かしいと、ユウは目を遠くする。

あの頃は皆年相応の子供だった。アニメ調のキャラがプリントされたパンツを履いていた時期だ。

それがいつの間にか大学生もどきに成長していた。今や履いているのはパンツではなくパンティなのだろう。

 

時間の流れは早いなと、一点を見つめ始めたユウに気づき、すずかが「どうしたの?」と尋ねた。

「いや……」とユウは言葉を濁し、聞かなければならないことを聞く。

 

「……すずか様、今日はどちらのお屋敷に向かうのでしょうか」

 

「どっちだと思う?」

 

ユウにとってはこれ以上ないほど意地悪な質問だった。一見優しげな微笑みから嗜虐感が漂っている。

 

ユウは胸に手を当て神に祈った。初詣に行かなかった分を今ここで祈る。

アリサは駄目。アリサは駄目。アリサは駄目。アリサは駄目。

 

「答えは私の家だよ」

 

「Whoooo Hoooo! やったぜぇ!!」

 

「行き先変更して。私の家」

 

「やめてぇっ!!」

 

目を瞑ったまま、ユウを地獄に叩き落とそうとしたアリサ。

シートベルトも遵法意識もかなぐり捨て、ユウはその足元に跪く。

 

「脚、舐めましょうか?」

 

「あんたって本当に気持ち悪いわね」

 

切り札が通じず、「アリサの家行きたくないよー」と駄々をこね始めたユウをすずかが慰める。

「大丈夫だよ。苦しいのはすぐ終わるからね」と励ます様子を見ながら、アリサはため息を吐いた。

 

頬杖をついて窓を眺める。

未だ薄暗い街には街灯が灯っている。

薄暗さの中にある静寂。正月特有の空気感。日常へ戻っていくことへの裏寂しさ。

 

様々な情景と共に過ぎていく街並みに、アリサの心はさほど動かず、気づけばユウに視線を戻していた。

すずかに頭を撫でられながら、窓に額を押し当てているその横顔に、記憶の断片を重ねてしまう。

 

アリサは自分が天才だと知っている。生来からの能力の高さはもちろん、家柄の良さも分かっていた。

人生において、考え得る限りほとんど全ての物を持っていて、ただ一つ、魔法と言う力だけは持ち合わせておらず、それを持つ幼馴染たちは空を飛んでいた。

 

自分に出来ないことをしている幼馴染たち。

嫉妬を感じなかったわけではない。

ずるいと思ったことは何度もある。

ただ、それでも……。

 

魔法を知ったあの日、その記憶だけはいつだって鮮明で、いつまでも色褪せない。

気がつけば、アリサはユウのことを正面から見つめていた。

ユウはその視線に気づかない。気づかないふりをしているのかもしれないとアリサは思う。

代わりに、ユウの隣にいたすずかがアリサのことを見ていた。

 

「ユウ」

 

「ん?」

 

呼びかけた声に応じて顔が向けられる。

何かを言おうとして口を開き、何も出てこないことに驚いた。

代わりに出てくるのは思ってもいない憎まれ口。

 

「あんた馬鹿なんだから、3日サボったら5日頑張らないと取り戻せないわよ」

 

「なるほど。言われてみれば確かに……いや、待て。まさかと思うが、120時間も勉強させる気か?」

 

「死にはしないでしょ?」

 

「死にますけど?」

 

何言ってんの? と正気を疑うユウに対し、アリサは鼻で笑って言い放つ。

 

「死ぬぐらいで受験に受かるんだったら喜んで死ぬべきね」

 

「死んだら受験もクソもないんだよなあ」

 

新手のいじめか何かかな? とありもしない妄想を広げるユウに対し、アリサは人生で何度目かになる言葉を投げかける。

 

「私と一緒の高校に行くんでしょ? 死ぬ気で頑張りなさい」

 

「これ以上の死ぬ気は地獄への片道切符になりかねないんだが」

 

「大丈夫よ。たぶん」 

 

「たぶん?」

 

それ絶対大丈夫じゃねえだろと半分呆れているユウを、アリサは楽しげに眺める。

途中、すずかが無言で自分のことを見つめていることに気がついた。

一瞬見つめ合って目を逸らす。

「私」じゃなくて「私たち」だったなと心の中で訂正した。

 

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