紐になりたいといったな。あれは冗談だった。   作:紺南

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病院に連れて行かれる予定だった犬が、突如ドッグランに連れて行かれたかのような過程を経て、リムジンは月村すずか邸へとたどり着いた。

 

犬、もといユウの咆哮が木霊する。

勝利の雄たけびだった。時刻は6時を過ぎたばかりだった。

躾のなっていない犬に暴力を浴びせることに、何一つ躊躇のないアリサの教育的指導が炸裂する。

ユウの旅行セットを手に持ったすずかが先導した。

 

ユウがこの家に訪れたことは数え切れない。

小学生の頃より始まり、中学生になってからは回数が増えた。

 

一般に想像する金持ちの家をふた周り大きくした外見のその家は、家というよりは屋敷であり、より正確に言うなら洋館だった。

 

何十人と過ごせる広さに反して人の数は少なく、本人とその姉、使用人が数人である。

使用人の少なさと家の大きさ。手の届かない場所など数え切れないほどあるだろうに、何度来ても清掃は行き届いていた。窓縁に埃が溜まっていたことすら一度もない。

大したものだなと、ユウは感心していた。

 

一度部屋に荷物を置いた後、家主への挨拶に赴く。

すずかの姉は忍と言った。年は離れていて、高町なのはの兄と同じ大学に通っている。

外見はすずかによく似ていたが、すずかが清楚なお嬢様なら、忍はアグレッシブなお嬢様だった。

 

アリサと新年の挨拶を交わした忍は、開口一番呆れ声を上げる。

 

「また来たの?」

 

「来たくて来たわけじゃないのです」

 

ユウが抗弁する。

 

「勉強サボったって聞いたよ」

 

「正月ぐらいゆっくりしたいじゃないですか。三が日ぐらい、ぬくぬく過ごしたっていいじゃないですか」

 

「わかる」

 

同意を得たところでユウは蜜柑を手渡した。

何日滞在するかは知らされていなかったが、世話になるのだからと買っておいたものだ。

ありがとうと受け取った忍は、代わりと言わんばかりに、ポケットから取り出したお守りをユウに手渡した。

 

「なんですかこれ」

 

「どうせ初詣行ってないんでしょ? あげる。合格祈願のお守り」

 

「神頼みはしない主義なんですが」

 

「私もしないけど、人生で1回ぐらいはいいんじゃない?」

 

ユウは手の中の合格祈願の文字を見つめる。

少し困ったが、あって困るものじゃないし、なにより貰い物だからとポケットにしまい込んだ。

 

「それじゃあお姉ちゃん。ユウ君しばらく泊まるからね」

 

「うん。……あれ、どれくらいいるんだっけ?」

 

「冬休み中いるよ」

 

ユウの顔が苦渋に満ちる。

始業式が3日後であることを考えれば、そうなるだろうとは思っていた。

三が日休んだ分を3日かけて取り戻す。理屈には適っている。

 

「あ、始業式の日は午前中で終わるから、その次の日までいてもらつもり。制服は一回取りに帰ってもらって……」

 

「ちょっと待ってもらえないか」

 

思わぬ期間延長にユウは待ったをかけた。

 

「始業式を迎えてまで勉強会を続けるべきだろうか。俺はそうは思わない。だって始業式は冬休みじゃない。そうだろう?」

 

「それはそうだけど……でも、半日で終わるし。それに勉強もはかどるよ?」

 

サボったんだよね? と攻撃的な念の押され方に、ユウは反論を封じられた。

このままでは勉強会そのものが途方もなく延びそうな気すらした。

そんなことを認めるわけにはいかなかったユウは、その場しのぎの嘘をつくことにした。

 

「悪いけど、始業式あたりは予定が入ってるんだ」

 

「予定? どんな予定? 誰と?」

 

すずかは問い詰める。

ユウの交友関係は狭すぎるが故に、幼馴染たちはその全容を把握していた。

いつもの五人以外には遊びに出かける人間などおらず、そうでなくても受験生だ。遊びになど行かせない。

 

「誰と……」

 

「うん。誰と?」

 

「……ちょっと待ってくれ」

 

携帯電話を持って部屋の隅に移動したユウが、おもむろに電話をかけ始めた。

 

「よう、俺俺、俺。……え? ……オレオレ詐欺じゃない、俺。……うん、そう。……あ。……ごめんなさい、まだ朝6時だもんね……。……あ、うん……えっと、なのはさ、始業式あたりで俺となんか用事なかったっけ? ……ない? そんなことはない。あったはずだ。……え? ……いや、違います。……ホントに違います。……はい。はい。……はい。お時間いただいて申し訳ありませんでした。失礼します」

 

電話を耳から離して、数秒の沈黙。

黙って見守るすずか達の前で、ユウは再び電話をかけ始めた。

 

「もしもしはやて? ……え? なに? ……出禁? 電話かけるのも駄目なの? ……いや、もう掘り炬燵のことは言わないから。……うん。掘ってほしいなんて言わない。約束する。ああ、約束…………でも来年ぐらいにはちょっと考えてほしい……あ、出禁? はい。……1週間? はい」

 

電話を切ったユウは天井を見上げて大きく息を吐いた。

目頭を揉んで考える。

十数秒の沈黙のあと、意を決して電話をかけた。

 

「もしもし、フェイト? 朝早くごめん。今話せる? ……うん。うん。……ううん、全然。……急にかけてごめん。……いや、そんな……俺の方こそ……。……フェイトは何も悪くないよ。悪いのは俺の方で……うん、わかってる。……うん、その話も………………ごめん、すぐには答えられない。少し考えさせてほしい。ちゃんと考えるから。……迷惑じゃないよ。嬉しかった。ホントに嬉しい。……ありがとう。それじゃあ、また」

 

通話を終えたユウがすずか達の下へ戻ってくる。

待っていた三人を前にして、ユウは開き直った様子で口を開いた。

 

「予定なんか最初からなかった」

 

怒るなら怒れと言わんばかりに胸を張るユウに、すずかとアリサは何も言わない。

沈黙だけが過ぎていく。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

月村すずか邸には猫がいる。

全て飼い猫で、数としては人間よりも猫の方が多いほど。

 

扉を空けた瞬間に、その内の一匹が三人に駆け寄って行った。

先頭にいたアリサを無視してすずかの下へ一直線。足元に縋りつき、抱き上げろと言わんばかりに後ろ足で立ち上がった。

 

「なにー? 抱っこしてほしいのかなー? そんなに寂しかったのかにゃん?」

 

抱き上げた猫に頬ずりするすずか。

「かわいいにゃー」と追加の一言が発せられる。

 

最後尾で一連の流れを見ていたユウは、目が血走るほどにすずかのことを見つめている。

アリサはそんな二人と一匹を無視して勉強部屋に直進した。

 

ユウの部屋と呼んでも過言ではないその部屋には、簡素な勉強机と座椅子、一枚の布団が置いてあり、クッションと猫の遊び道具が散らばっていた。

 

アリサは持っていた参考書を机に叩きつけ、「すずかのことばかり見てないで、今すぐ勉強しなさい」とユウを叱りつける。

叱られたユウは心外だと言う顔で反論した。

 

「俺が見ているのは語尾ににゃーがついて可愛いすぎるすずかであって、普段の可愛いすずかばかり見ているのではない。そこを間違えるな」

 

「どうでもいいのよ、そんなことは……!!」

 

「可愛いって言われたにゃあ」

 

にゃーにゃーと猫に喋りかけているすずかを無視し、アリサはユウを無理やり座椅子座らせた。

 

「遅れた分取り返さなきゃいけないんだから、さっさとしなさい!」

 

「なんか強引だなぁ」

 

「今日のアリサちゃんは怖いにゃあ」

 

「すずかもいい加減にゃあにゃあうるさい! 大声出して疲れたから飲み物出して!」

 

「はーい」

 

猫と共に部屋をあとにしたすずかを見送って、ユウは筆記用具を取り出す。

ノートと参考書を開こうとしたその手元に、紙の束が置かれた。

 

「なんだ?」

 

「私が作った模試よ。今から解いて」

 

「作った?」と聞き返しながら紙を巡る。どのページにも見たことのある問題は一つもなく、本当に一から作ったのだとユウは察した。

 

「模試だから、本番と同じ通りにやるわよ」

 

机にストップウォッチが置かれる。アリサはユウに人差し指を突きつけながら脅迫した。

 

「いい? 3日もサボったあんたがどれぐらい解けるか見てあげる。もし酷い点数だったら……分かってるでしょうね」

 

これは気合を入れないとダメなやつだと悟ったユウは、本気を出すためにまずは上着を脱ぐことから始めた。

「休み明けから学校に行けるといいわね」と追加の脅しは聞こえないふりをした。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

日が暮れて、大抵の家庭で夕食を済ませた時分。

「仮眠をとる」と横になったユウは、すずかの膝の上で寝息を立てている。

 

布団に寝転がっていたアリサがスマホを片手にユウを横目に見る。「そろそろ起こしましょうか」と時計を見ながら告げた。

「もう少しいいんじゃない?」とすずかがユウの頭を撫でながら答える。

 

「もう30分経つわよ」

 

「今日は朝から頑張ってたんだから、もう少し寝かせてあげようよ。模試の結果も悪くなかったんだから」

 

アリサは不満そうな顔をしつつ、無理に起こそうとはしなかった。

いつもならもう少し言い争いになるのだが、今回に限って大人しく引いたのは、模試の結果が大きいのだろうなとすずかは思う。

あの内容であの点数なら安全圏だ。すずかはそう思い、アリサも同じ考えだった。だから、無理に勉強させようという気持ちは薄れている。

 

再び寝転んだアリサは暇つぶしにSNSを巡回し、今しがた投稿された呟きを見つける。

 

「……なのはが呟いてるわよ」

 

「なんて?」

 

「『知り合いの幼馴染が死に急いだ。最後に食べたのは餅だった。かわいそう』……ですって」

 

「ユウ君、なのはちゃんの家にいたんだね」

 

「そうみたいね」

 

アリサはなのはの投稿を遡る。

投稿する際にはそのほとんどで写真を載せるなのはだが、極稀に文章だけ投稿することがあった。

その場合、内容は「幼馴染」のことばかりだ。ユウと言う名前は一度も使われていないし、ユウの写真すら一枚も投稿していない。

 

なのはのアカウントは鍵がついているため、内容を見られるのは知り合いだけだ。魔法関係者と思しき人物からのコメントも複数ある。

今更個人情報に気を使っているとは思えず、そのくせ「知り合いの幼馴染」などとぼかした書き方をしているのはどういう理由だろう。

 

皆目見当がつかず、一体何がしたいのかと、アリサは鼻を鳴らした。

 

「もうそろそろ時間かな?」

 

すずかが呟く。

先ほど、アリサが起こそうとしてから5分程度しか経っていないが、すずかがそう言うなら反対する理由もない。

 

寝ているユウに張り手を食らわして叩き起こす。

 

「時間よ、起きなさい。……寝るな!」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

ふとアリサが目を覚ます。

勉強を教えている途中でいつの間にか眠っていたらしい。

部屋の明かりは消えていて、小さな卓上ライトだけが机を照らしていた。

 

小さな灯を頼りに、寄り添うように人影が二つ。

ユウとすずかは身体を寄せ合って会話を交わしていた。

 

耳を澄ませばアリサの耳にも届いてくる。

問題の解き方と分からない点。アリサを起こさないようにと小声で話し、声を聞き取るために二人の距離はとても近い。

 

アリサはそんな二人の姿を眺めていた。

やがて眠気に負けて瞼を瞑る。

 

午前0時。

夜の帳が降りきって、夜明けは遠く、話し声だけが聞こえてくる。

楽しげに話す友人の声を聞きながら、アリサは再び眠りの世界へ落ちていった。

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