TS少女は野蛮な世界を塗り替えたい 作:きうりの魂
「ところであんた、何で嬢ちゃんを領主って呼んでんだ? 話を聞いた感じだと顔見知りみてえだが」
もう話すことはないとばかりにネモが去った後、男は犬仮面に質問を投げかけた。領主というあだ名が付けられるに至った経緯が気になったからである。
男は、少女が犬仮面へ親しげに殺害予告していた様子から、彼女も犬仮面と同じように異能を持っているのではないかと考えていた。領主というあだ名の由来も、その異能の作用から来たものではないかと。
「それは僕の話を聞けば理解できるはずだよ。君が聞きたがっていた、魔王の話をね」
犬仮面は水で薄められた安酒を一息で飲み干し、一瞬で話題を切り替えた。グラスが音を立ててテーブルに降り立つ。
「あだ名と魔王に何の関係があんだよ。あの嬢ちゃんが魔王って訳でもねえだろうし」
「関係はあるさ。少し前までここに居た、あの少女が正真正銘魔王その人なんだから」
何事もないように放たれた言葉に男は目を剥く。その言葉が事実であるのなら犬仮面と会話をしていたあの少女は、この街一番の異常者と名高い魔王になってしまう。
男は、己と言葉を交わし一晩の宿を手配してくれた少女が化け物であると思いたくなかった。
「あの嬢ちゃんが、闘いを抑え込んで殺人を禁止する魔王? 冗談だろ⋯⋯」
「これで分かったかい? 僕が彼女を領主と呼ぶ理由」
「理解は出来たが⋯⋯」
放心気味な男を前に犬仮面は小さく微笑んだ。話を引っ張ったお陰で、随分良い反応が見れたと。
「確かに彼女は人でなしの外道だ。けれど、悪いのは彼女を止められない弱者さ。彼女が秩序を乱そうと抗う力を持たないなら従うのが正しい。そういう世界に生きているのが僕たちだよ」
昼食を取った後、私は自分の家に帰ってきていた。パーカーをハンガーに掛けながら、室内を見やる。いくつかの人型と、見覚えのない紙束が机に積み上がっているのが見えた。別に不審物って訳じゃない。
ゲームをやったり不審者と交流してる間に、朱雀へ送っていた実体化異能が戻ってきてたんだよね。戦争をおっ始める為に、確認が必要な情報にはしっかりと目を通しておきたい。
しかしこの山積みになっている書類はどうやって処理しようかね。誰かを呼んで手伝ってもらおうかと思ったけど、あいにく書類整理の手伝いをしてくれる人間には心当たりがない。
ウツギくんはもう帰ったよ。御土産を早急に保存したいとかなんとか。テンは事務作業に向いてないから無理だ。酒入ってるし。
「一人か⋯⋯」
私は切実に事務職を欲していた。贅沢は言わないから、私と同じように常識を持っていて読み書きできる事務さんが欲しい。
まあ、ないものねだりしても仕方ないから作業を始めるか。先ず実体化異能を取り込んで、彼らが見てきたものを共有させてもらおう。立派な建物で聞いた話から食事処で語られた噂話まで。本を読んだみたいに、情報が積み上がっていく。
全部が全部役に立つ訳じゃないけど、些細な事からも案外情報は拾えるものだ。あって損はないはずと、一度に取得した情報を脳内の一角に纏めておいた。まだ詳しく見てないから書類と一緒に処理していこう。
机の上の紙束に関しては、上の方から半分ほど拾い上げ、残りを端の方へ寄せる事で対処する。書類が少なく見えるトリックだ。実際減った訳じゃないけれどモチベが違えば効率も変わるもの。
要らない野蛮書類はゴミ箱行き。例えばこの人間撲殺大会企画書なんかは全く要らない。暗号が仕込まれてたりするなら大したものだけど、企画の作り込み具合を見るにそんなことはなさそうだ。
ガタガタのグラフが貼っつけられた食糧動向のレポートは避けておく。銃の流通に関する書類も同様に。今は必要ないけどあとで使うかもしれないからね。
結構大雑把に集めたっぽいから戦争に関係ない内容の物が多い。五枚捲れば、その内二枚は工芸品の広告チラシといった具合に。実体化異能はそこまで賢くないから纏めて取ってきたんだろうけど、チラシはお求めでないのだ。頭蓋骨の帽子って誰が使うんだよ。
要らない物と今は使わない書類、それから抗争関連書類に目を通しながら数時間。山のようにあった紙束は、今や数センチ程度まで減っていた。窓から見える空は暗い。
冬はすぐに暗くなっちゃうから気が滅入る。クリスマスと年末の雰囲気は好きなんだけど、この世界の年末行事はちょっとね⋯⋯
久しぶりに立ち上がって、照明のスイッチをポチる。これで明るくなったから仕事を続けられるぜ。ちょっと疲れたから休憩挟むけど。
何なら早めの夜ご飯も検討中。昼は枝豆くらいしか摘んでないから、今の私は腹ペコ少女。ラーメンの一人前を一人で食べられそうだ。仕事は夜でも出来るし先にご飯にするか。
そうと決まれば早速動こう。洗面台でヘアブラシを回収し、乱れ気味の髪にブラッシングをお見舞いする。無理やり梳かすと痛いから力加減には気を付けんといかん。アバウトに梳かしたら、長い黒髪を一つに集めてヘアゴムで纏める!
私が料理をする時は、髪を整えてからって決めている。もうちょっと小さい頃、煮物を作っていたら髪に引火して学んだのだ。髪を火に近付けてはいけないと。衛生的にもこっちの方がいいし。
いわゆるポニーテールを作ることができて満足した私はキッチンへ向かう。献立に迷うことはないよ。何を作るかは最初から決めていたから。
ラーメンだ。本格的なやつじゃなくて袋麺ね。流通量が少ないから結構な高級品。北の方から流れてくるからそっちに工場があるのかな?
鍋に水を入れて、火に掛ける。ボコボコ沸き立ってくれば麺を入れて待つだけだ。前世と同じ作り方。気を抜いていても簡単に作れるからありがたい。味に関しても、悪いものでは無い。
小突くと麺がほぐれ始めたので、くるくると箸を動かして更にほぐしスープの元を投下。これで殆ど完成だ。色合いが寂しいので、冷蔵庫から大葉を取り出して乗っけてやる。
私の夜ご飯、大葉塩ラーメンの完成である。
野蛮人から離れて一人飯。心地よい一時が過ごせそうだ。鍋敷きを敷いて、ぱっぱとラーメンを輸送した。麺が伸びちゃう前に食べようね。
ちなみに犬仮面の言う赤い少女が出てくることはなかった。朱雀の幹部情報は時折記載されていたが、千の槍を打ち消して万の兵を皆殺しにする様な力を持った人物に関する書類は全くない。
力を隠しているのか、はたまた姿を隠しているのかは分からない。だが、犬仮面が言っていたような強力な力を持っているなら朱雀でそれなりの地位に就いているはず。
組織を逸脱する力は、朱雀を支配する上で邪魔になる。抗争に負けて殺されたか、名を残さない状態で組織と関わりを持っているか。
異能力者が一人増えたところで私の優位は揺るがないだろうけど、絶対ではないからなあ。不意打ちで攻撃を通される可能性もあるし、襲撃方法を変えた方がいいかもしらん。
空から爆撃して反撃を待つ。実体化異能を組織の主要拠点に突っ込ませて自爆させる。川を氾濫させて浮いてきた人間を狙撃する。
色々思いつくけど人道的な案なのか? これは。
私は文明人だから、そんな野蛮な事は出来ないなぁ。拠点爆破はやるけどそれくらいだ。朱雀を再起不能にして滅ぼしたい訳じゃないから、全域に致命的被害を及ぼす作戦は取れない。
朱雀の異能力者、集結せよ! とか呼び掛けたら一網打尽に出来たりしない? 無理?