TS少女は野蛮な世界を塗り替えたい 作:きうりの魂
家々が並ぶ住宅地に紫色のスライムたちがにじり寄る。青い振袖の少女は道路をかすめるように一歩退き、そのまま宙へ浮かび上がった。
「チッ⋯⋯難儀な相手やなぁ。黄ィ、あんたもしっかり働けや!」
突如地が抉れ、スライムを巻き込みながら街の一角が虚空に呑まれたかのように消滅する。それを見ていた青年は目立った反応も見せずに、周囲を見渡し口を開く。
「勿論でーい。ただ、僕は相性がでな。増援が無い感じ、魔王本体に情報は行ってないっぽいぜ」
「そんなん言われんでもわかってる。それより紫はどこで遊んでんねん。緊急事態だっちゅうのに」
住宅の立ち並ぶ道を二人の人間が歩いていた。一人は青い振袖を着た勝ち気な少女で、もう一人は薄い黄色の服を羽織った青年である。
彼らの征く道は、普段の数倍賑やかな街並みとなっていた。提灯が照らす道の上では、死体を埋めようとする住民の列や、住居に火を付け壁に穴を空けていく人間で溢れている。
ここまでは普段の朱雀なら当たり前に見ることのできる光景だが、今日は様子のおかしい何かが紛れていた。
黒い人型だ。光を吸い込む黒達が、道を彷徨いている。見たことのない生物に興奮し襲いかかる住民を、異能で捌きながら歩いていた。
「面倒な能力やな。わざわざ正面からやる必要はないし、後ろから握りつぶしたろか」
「異能の動かし方を見るに広場から動いてなさそうだなあ。僕も青ちゃんの意見に賛成するで」
少女は考えていた。無理に魔王と正面からやり合う必要はないと。死ぬほどムカつくが、ババアの言っていた事は正しかったと。だが、勝機が無いわけではない。
どうせ強者は油断するのだから、油断を突いて下半身を握りつぶしてやればいいのだ。そうすれば皆死ぬ。死ななければ上半身を消し飛ばしてしまえばいい。
彼女には余裕があった。事態を切り抜ける手段を模索する余力が彼女から消え去るまでには、まだ少し時間があるようだ。
私の目標は街への攻撃を阻止すること。
その目標を達成するための具体的なプランは無いに等しいが、要は攻撃を辞めさせる事さえ出来ればいいのだ。手段は幾つでもあるし、私の異能を持ってすれば無理を通す事もできる。
一番手っ取り早いのは、私の街に損害を与えられそうな人間を皆殺しにすること。蛮族が過ぎるからやらないけど。
でも朱雀を治める組織の幹部くらいは皆殺しにした方が良いと思う。殺した後は焚書のノリで現存する書類を廃棄すれば、襲撃計画は引き継がれないんじゃないかな⋯⋯
余談だけど、今の私は建物を建てていた。占領というか挑発というか、朱雀に喧嘩を売る象徴的な物を作ってみようという取り組みだ。建物をぶち壊す流星群は落ち着いてきたし。
先ずは広場の真ん中辺りに火球を生成して、それを圧縮していく。この時、空気を絶やさない様定期的に動かすのがコツだ。薪が燃えるみたいな、弾ける音が心地よい。
真っ赤な力の塊が芝を発火させ始める。だがこれでは足りない。火力が足りない。火球にエネルギーを注ぎながら、私は熱操作を起動した。
圧力を掛けた火の玉は、急激に温度を上昇させる。パチパチと弾けた音は、いつしか轟々と強風の抜ける音に。昼を塗り潰す濃厚な赤は、純粋な青へ。障壁で熱を遮断している私でも錯触するほど巨大な熱量だ。
この間作った光球に匹敵するエネルギーの塊は、土と石を融解させ、広場の死体を焼き始めていた。本来なら野晒しの物を焼いてるから、これはサービス火葬だ。死体損壊みたいな野蛮行為じゃあない。
別に、私はこれで火攻めをしようとしている訳じゃない。これは言わば目印。灯台の光のようなモノで、野蛮人を誘引する聖なる光だ。
炎を打ち上げて圧縮を解除! 膨れ上がった熱が燃え盛っているのを横目に、異能の準備を進めていく。
人に土を飲ませる事を善と疑わず、数多の通りすがりを窒息死させた大地形成。水すらも打撃武器に変え、撲殺死体を生産した固化。私の障壁にも適用しているエネルギー拡散。
野蛮な使われ方をした力の数々だが、建築においてこれほど活躍する異能はあまり無いだろう。突貫工事に於いては特に。
軽く手を振りかざしてやれば土塊が現れる。ポツリと出現した土の塊はかなりシュールだが、確かな重量を持っている様に見える。
粘土の如くこねこねしていく。大地形成は土の生成と操作までセットの地神みたいなお得異能なので、こんな芸当もできるのだ。
丸く集めて縦に伸ばす。薄い部分に土を継ぎ足す。土台を作って中身をゴリゴリ削る。美術は昔から得意じゃないけれど、美しさとかは今求めてないので何とか形になっている。大事なのは実用性だよ。
出来上がった物を少し遠くから眺めてみれば、一体何を作ったのか分かるだろう。上は綺麗な正円で、胴は下に向かってすぼまっているどっしりとした置き物。これは火鉢だ。
種火を維持する用途で使われていた⋯⋯気がする。私は使ったことないけど。まあ上の方で燃えてる炎を保存できたら良いんだよ。わざわざ底を浅く作ったのは、火を外に露出するため。じゃあ早速青火を火鉢にぶち込んでみよう。
「あ」
危ねえ。土塊火鉢には耐熱性無いんだった。そのまま入れたらチーズみたいに溶けちゃうから、異能で土を固化させて火鉢全体にエネルギーの拡散を付与する。炎をセットして、巨大建造物火鉢の完成だ。
完成した頃、広場は軽くボイルされていた。銃を持ち出して殴り合っていた上裸の男たちは、いつの間にかぐったりしている。炎の音しかしないから人間は皆ここを離れたようだ。
丁度いい。理由もなく目を引く建築をしたわけじゃないということを見せてやろう。
手持ちの異能から引っ張り出すのは、埃を被った記憶汚染。最後に使ったのは四年くらい前かもしれない。効果範囲が世界中に及ぶ代わりに、負担が大きすぎておいそれと発動できない一品となっている。
以前の持ち主は、神を生み出す計画の為に信仰を作成するなど無茶苦茶な事をしていた。新たな世界の創造を目的としていたらしいが、結局その構想からも救いようのないディストピアしか生まれなさそうだった。
異能を起動する。記憶を打ち消すのは重労働だけど、数秒の映像を差し込むくらいなら難しくはない。えいっ!
広場の中央には悍ましい異形が佇んでいた。それは人の輪郭を持っているものの、肉体の境界が歪み闇そのものを纏っているかのようだった。顔があるべき場所には闇が添えられ、そこから覗く瞳は何も映さない。
闇の背後には巨大な器が堂々と構えている。その器から漏れるのは青い炎。吹き荒れるその焔は海のように波打ち、轟音を立てて爆発を繰り返す。
異形は、青く燃え盛る爆炎を背にゆっくりと両腕を広げた。
「この地はたった今、わたくし魔王のモノとなりました。仕方ありませんよねえ。誰もわたくしに逆らわない、抗わない。戦いを挑む気力のない臆病者しかいないのですから」
声には一切の躊躇も哀れみも無かった。あるのは、全ての人間を見下しているだろう傲慢さのみ。魔王を名乗る異形は、口を吊り上げて言葉を続ける。
「しかし優しいわたくしは、雪辱を果たすビッグチャンスを差し上げることにします。腰抜けではないことを証明したい方がいらしたら、この炎の下へどうぞ。相手をして差し上げます」
高慢な高笑い高笑いと共に、背後の青い爆炎がさらに激しく、天を突くほどに爆ぜた。
うーむ、何か凄いはっちゃけてるけどまあいいか。
差し込んだ記憶の効果は抜群だったようで、朱雀の住民が広場に向かって移動を始めていた。人の移動で地面が振動することあるんだ⋯⋯
私が殺したい幹部連中も野蛮人フィーバーでやって来るはずだ。あそこまで煽られて来ないことはないでしょ。野蛮人だよ?