TS少女は野蛮な世界を塗り替えたい 作:きうりの魂
「で、俺は東の朱雀っつう街からここに来たわけだ。まあ俺は住居を定期的に変えてるから、そこに住んでた訳じゃあねえが」
朱雀かぁ⋯⋯
私の知る限りではゴミみたいな勢力が牛耳る地獄のような都市であったはずだ。正直、目の前の男が生きて出て来れるビジョンが浮かばない。凄腕の護衛を雇ってたとか? それにしてはお金を持ってなさそうな見た目をしているけれど。
「祭りに殺しにどんちゃん騒ぎの愉快な場所だったな。嬢ちゃんも機会があれば行ってみるといい」
「祭り⋯⋯?」
祭りってなに⋯⋯? お神輿的なやつ? 私が前に行った時はそんなことやってなかった気がするんだけど。
「なんだ、嬢ちゃん朱雀の血祭りを知らねえのか? この辺じゃあかなり有名だと思うんだが」
名前からして碌でもない祭りだ。祀られてる神も、血液なんて捧げられても嬉しくないだろう。もっとこう、甘いスイーツとかの方が良いはず。どうして野蛮人はそんな事にも気が付けないのか不思議で仕方ない。
「人間花火から始まって市民の雨に鮮血温泉、魂のドリンクが目玉の朱雀一大イベントだ。俺も実際に参加したが、満天の人間が落ちてくる光景は絶景なんてもんじゃねえ。一目見たいと集まる奴らが多いのにも納得したな」
あーあーうるさいうるさい。誰が蛮族の祭事の魅力を解説しろって言ったんだよ。やっぱこいつも野蛮人じゃねえか。誰だよこいつを文明人とか思ったやつは。
「とは言っても昔よりかは規模が落ち着いちまったんだけどな。なんでも、来たる戦いに備えて人間を貯蓄せよっつー御触れがあったらしい」
来たる戦い、ねぇ。一体どんなものと戦おうとしているのか私にはさっぱり分からない。分からないが、何だか強烈に朱雀の諜報活動を始めたくなってきた。
「お陰で血の気の多い奴も減って、随分大人しい街になっちまった。この街ほどじゃあないがな」
私が色々骨を折りながら作り上げた自慢の街だからね。静かという評価は褒め言葉だ。私が手入れする前のここは、なんで街という体裁を保てていたのか分からないレベルで世紀末だったから。
「そう、ありがとう」
お礼だけ言って男から離れる。言葉が通じるだけマシだが、結局この男も血に飢えた野蛮人なのだ。野蛮人の隣で取る食事ほど不味いものはない。それだったら酒臭い酔っ払いの方が数百倍はマシだろう。
逃げるようにカウンターの隅っこへ移動すると、待っていたかのように林檎ジュースのグラスが手元に降りてきた。
「どうぞ」
「ありがとう」
店長がサンドイッチを置いて、カウンターの中央へと戻っていく。白いパンに瑞々しい野菜。相変わらずサンドイッチは美味しそうだ。
ここのバーは安定して高品質の食材を仕入れているので、安心して食べられる食事処として重宝している。この世界、食糧事情も最悪である。それによりその辺の飲食店に入ると基本ゴミを掴まされるのだ。
パンは焼き立てにも関わらず顔色が悪くジャリジャリと音を立て、野菜は干からび変色し、肉はなんの肉か分からない。私が街を掌握してから少しマシになったが、今でも大半の店はいい加減な食事を提供してくれている。
これは私が改善すべき課題の一つである。元日本人として、食にはこだわりたいよね。味覚が変わって重度の甘味好きになっちゃったから、スイーツ系ももう少し増やしたいと思っている。
シャキシャキと音を立てるサンドイッチを食べ進めていると、背中に温かい物体が乗りかかってきた。ひっつかれると熱いから辞めてほしい。外ならカイロ代わりになるが、バーは普通に暖房が効いているから普通にあっつい。
「テン酒臭い」
「まあまあ、そう言わずにぃ〜〜」
うーむ、やけに張り付いてくる。多分話したいことがあるんだろう。テンの方に頭を少し動かして、話を聞いてやる姿勢を取る。
「あの男の人どうだった? 使えそう?」
耳元で囁く声は少しの真剣味を帯びていた。テンは私に目利きをしてもらいたかったらしい。この少女もあの男に眠る異能の素質に目をつけたんだろう。後は私がGOサインを出すか否かで、スカウトするか処分するかを決めるといったところか。
「使えなくはない」
言葉の通りだ。今も生ハムをつまんでいる男はまごうことなき野蛮人ではあるが、理性的な会話を行える知能は評価できる。会話のキャッチボールすらも出来ない人間が多いこの世界では有能の部類だろう。
⋯⋯なんかテンにジト目で見られてる気がする。何? パーカーに穴でも空いてたの? 軽くまさぐってみるものの、綻びは特に見つからない。じゃあ気の所為か。
うーむ、ジュースはやっぱり林檎だね。爽やかな甘さが身体に染み渡るのだ。チラリと後ろを伺うと、テンは未だに私の背中へ張り付いていた。ちょっかいをかけるならマスターにしてほしいんだけど、なんて考えていると違和感に気が付いた。
この飲んだくれ、私に抱きついたまま寝てる。背中が重いと思っていたらこれだ。ほとんど全ての体重が私にかけられているのだから重いのも当たり前である。
だらしない顔で寝やがって。バーに放置する訳にはいかないし連れて帰らなきゃいけない。ちびちび酒を飲んでいる男も、テンのスカウト対象なら手元に置いておきたい。
「マスター、全員分一括でお会計を」
「合計8万4000円ね。ネモちゃんが払う必要はないわ。あなたの後ろの酒飲みに請求しておくから」
マスターはそう言ってくれるが、金にはかなりの余裕がある。経済なんて富裕層が金を使って回るもんだと思っているし溜め込んでいる方が不当だろう。
「別にいい。お金は余ってるから」
パーカーから財布を取り出し万札を纏めてマスターに押しつける。
「あっ⋯⋯ちょっとネモちゃん! 確かに金額はピッタリだけど、貴方からは受け取れないわ!」
傍から見たら酔っ払いのヒモが少女に金を払わせる悲惨な状況である。もっとも私とテンの間には雇用関係があるため、実際は雇い主とその雇われが仲睦まじく飲みに来たという表現が妥当だろう。
テンには私の縄張りを維持するために働いてもらっている。給料は別で支払っているが、たまには奢ってやってもいいと思うくらいには気に入っているのだ。溺れるくらいに酒を飲むやつじゃなければ完璧なんだけどなぁ。
「おじさんも行くよ。宿は私が用意するから」
「いいのか? 今夜は知り合いのところにでも押し掛けようと思ってたんだが」
「知り合い?」
この街に知り合いがいるのか。まあ各地を旅していたという旨の話をしていたから不思議ではないな。その知り合いとやらがこの世に留まっているかと言われれば首を傾げざるを得ないが。
「嬢ちゃんが知ってるかは分からねえが、犬の仮面を付けたやつだ。この街に入った時に少し話してな」
あいつか。狙ってた獲物を横取りしちゃってごめんと心のなかで謝っておいた。でもこの世界って弱肉強食だからさ⋯⋯
会計は済ませたしぱっぱと背中の荷物を送り届けよう。テンが重すぎて動けないからウドの大木くんが使っていた身体強化の能力を私に適用して歩き出す。マスターが何やら騒いでいるけれど多分気にしなくていいやつだ。
というか身体が貧弱だと思うように動けないからけっこう大変だよね。私の場合は外付けの介護を行える異能があったから何とかなってるけど、少女の肉体で重いモノを運ぼうとしたら持ち上げる事すら出来ずに潰されるのがオチだろうし。
「行くよ」
「ごっそさん」
バーに寄っただけで酔っ払いの運送まですることになってしまったが、いくつかの収穫があったから良しとしよう。特に朱雀関連に関しては本腰を入れて調査する必要がありそうだ。
「ところで嬢ちゃん。この街に魔王っつう能力者がいるらしいんだが見たことあるか?」
魔王。悪魔とか魔物の頂点に立って、世界の支配とか破壊を目論んでそうな生き物。
そんな異能力者、私の街にいたっけ。召喚系の異能力者なら数人居たはずだけど、軒並み殺したから違う。支配系だったらあいつがいるけど、魔王とは呼ばれない気がする。
普通に思い浮かばない。大層な名前が付いているのだからそれなりに強力な異能力者なんだろうけど、街にそんな奴がいたらとっくに私が殺しているはずだ。
「見たことない。どんな見た目?」
「いや、俺も口伝でしか聞いてねえから分からん。ただしばらくはこの街にいるつもりだからなあ。魔王とやらの情報を集めてみるつもりだ」
強い奴を見て回りたい野次馬精神の持ち主だったかこの男。藪をつついてドラゴンが出てくるのがこの世界だ。骨も残らないくらいに焼かれるのがスタンダード。
まっ、私も気になる情報だから少しくらいは手伝ってあげようか。そしたら灰くらいは残るかもしれないね。