TS少女は野蛮な世界を塗り替えたい 作:きうりの魂
風呂は良いものだ。特に体を動かした後に入る風呂はね。熱が染み渡って自然と身体が弛緩する。
「ふー⋯⋯」
静かだ。沈めた身体に合わせてお湯が揺れるくらいで、俗世とは比べものにならないほどの静寂。風情があるね。
風呂は前世の頃から好きだった。重力から解放されて宙に浮かぶ感じが。今世でも相変わらず私は風呂好きである。性別が反転しちゃったから体の洗い方とか、ケアの仕方は変わったけどそれくらい。
浴槽の中でふわふわ漂う黒髪をぼんやりと見ていると、ふと一つのアイデアが湧き出てきた。
確か、古代って血の気が多い野蛮人が大勢いたんだよね。そんな状況下で市民に浴場を提供していた、古代ローマという国がある。
多分ローマの統治を任された人間は、野蛮人たちが好き勝手暴れないように試行錯誤して、コロッセオを作ったり大浴場を造っていたのだろう。
つまり、大浴場的なものを作ればこの世界の野蛮人も大人しくなるのではないかという話だ。いくら野蛮人でも湯船につかってリラックスすれば、もっと穏やかになるだろうし。
血の巡りが良くなって、野蛮人の血の気が更に多くなる悪夢はきっと起きない。私はお風呂を信頼しているから大丈夫だ。早速近くの街に大浴場を建ててみよう。
そんなこんなで私が活発に動き始めてから数日が経過した。合流したウツギくんに諜報用の実体化異能たちを押し付けたり、大浴場を建設したりと中々充実した日々であったと言えるだろう。寝付きも良くなったし健康的だね。
大浴場? とっくに壊れたよ。
ぶっちゃけ造り始めた時から怪しいとは思っていた。ずっと銃撃戦やっててうるさかったし、高層ビルが工事現場に突っ込んできた時は思わず諦めかけたよね。
なんとか完成まで漕ぎ着けたのは良かったんだけど、その後が良くなかった。湯船で小松菜の水耕栽培を始める人間や、更衣室に爆薬を持ち込む馬鹿などの多種多様な野蛮人が大浴場に大集結したのだ。
工事を終わらせた私は帰途についており、遠目で見ていたが酷いものであった。野蛮人は悠々と私の想像を超えてくる。そもそも風呂に入ってくれなかったよ。
銃の乱射に始まり更衣室の爆発、火炎瓶の散布と野蛮人が野蛮たる理由を存分に発揮してくる。最後には浴場の柱を削り取られて天井が崩落し、浴場の営業は終了した。
異能で造ったものだから資源的損失はない。でも少し悲しかった。
まあ、もう終わったことだ。今はそれよりも、朱雀の諜報員から届く情報を確認しなくては。朱雀への侵入は、既に滞り無く行われている。情報収集も始まっている為、近い内に朱雀の内情は明らかになるだろう。
私は朱雀がこの街に仕掛けてくると思っているけど意外にそんなことは無いのかもしれないし。希望的観測だけどね。
ここ数年、私は目立ちすぎたのだ。この世界に少なくない影響を与えたし、魔王と呼ばれるのも納得な悪行を成した。一応私が暴れた出来事は隠蔽しているが、魔王などと呼ばれている時点で隠しきれていないのだろう。
ただ暴れ回っている異能力者であれば見逃されただろうが、私はこの世界にとって異端な平和主義者。街一つを支配し秩序を強制するという実績がある時点で、『次』が無いとは断言できなくなる。
それにこの世界の巨大勢力は争いを好む傾向にある。軽く歴史を紐解くだけでも、頻繁に戦争を起こしていることが窺えるのだ。上層部同士が直接ぶつかる事はあまり無いから、大量の人間が殺し合う様子を肴に飲んでいる気もするけど。
朱雀が今まで戦争していた神聖王国は消えちゃったし、その手前には強そうな異能力者の支配する街が出来たと。これは確実に来るだろう。
「テン。ウツギに繋いで」
「いいよ〜」
数日ぶりに訪れたのはテンの家。テーブルの上に空の酒瓶が置いてある辺り、この呑兵衛は昼前から飲んでるね。職務に影響が出ないなら何も言うまい。
テンの異能である接続で、朱雀を探っているウツギくんに通信を繋げる。大抵の障害を無視して繋げられるから重宝している通信手段だ。一家に1台欲しい。
テンが指を振ると空中に半透明なディスプレイが浮かび上がった。画面の中ではシルクハットを被った青年がパラパラと書類を捲り、時折何かを書き込んでいる。
「ひさしぶり、ウツギ。調査が進んでるなら報告して」
私が声をかけるとウツギは顔を上げてこちらを見た。ディスプレイに気が付いたようだ。にこやかな表情を浮かべ、口を開く。
「こんにちは、ネモ。調査は勿論バッチリだとも。私は満足している」
なんか気分良さそうだね。これはまるで宝物を見つけて舞い上がっている子供のような────
辞めておこう。下手に興味を示すとゴミみたいな話が延々と語られる事になる気がする。
「報告して」
「朱雀を治める組織である狐六番館が、君の街を急襲する予定を立てている。組織は三人の異能力者から成るようで万の人間を動かす青、生を扱う黄、華やかな紫とのことだ。詳しい事は分かっていないが、これ以上踏み込めば無事では済まないだろう」
うーむ、かなり抽象的だな。動かすというのは精神操作の事か、或いは物理的なものか。黄色は分かりやすい。多分生死を司る系の異能だろう。
その点紫は全くわからない。華やかと言われてもねえ。探りたかったのは相手の動向であって異能じゃないから、別にいいけど。
「そこまで分かればいい。集めた書類は、異能体のデータと照合するから持って帰ってきて」
これ以上探らせる必要もないだろう。ウツギくんは忠実に任務を遂行してくれたし、無理やり捜査を続けさせて殺してしまうのは忍びない。
「随分と早いことだ。私はもう少し滞在しても構わない。ここは宝物が多い。川から流れてくるだけでなく、空からも降ってくる」
「早く帰ってきて」
ウツギくんは生首の収集癖さえ無ければなあ。一般蛮族よりはよっぽど理性的だけど、一つ抜けているというか。頭のネジが。異能持ってないし攻撃性は無いから、紳士的な野蛮人ではあるけどさあ。
静かにテンの背中を指でなぞると、ディスプレイは音もなく消滅した。通信を辞めたいという意図が伝わって良かったよ。あのままだとウツギくん喋り続けそうな感じだったから。
「ありがとう」
「言ってくれれば、また手伝うよ〜」
良い友を持ったよね本当。色々頑張って良かったよ。最初に会った時はもっとぐちゃぐちゃで、神々しい感じだった。今ではふわふわしてる飲み助だけど、私は今のテンの方が好きだ。
さてさて、朱雀に攻撃の意思があるというのなら、私はその首をへし折って切り刻んでやらなきゃいけない。野蛮人に合わせた野蛮スタイルで、私を軽んじる者たちに私の恐ろしさを教えてやる必要がある。
やるなら一方的かつ徹底的な展開にしたい。相手が攻撃を仕掛けてくるまで待つというのはよろしくない。街が襲撃されて、取り返しのつかない事態になりましたとか受け入れられないからね。
一応この世界の戦争にも宣戦布告という概念があったはずだから、私から通告しよう。そして私自ら朱雀に乗り込んで、狐六番館のメンバーを皆殺し。
戦後処理はまだ考えてないけど、ゆっくりやっていけば良いさ。六番館とやらの人間たちが朱雀の頂点異能力者なのだから、そこを抑えれば考える時間を作れるだろう。
和平はないだろうな。野蛮人だし。
もうちょっと情報を集める必要はありそうだけどね。朱雀が何の目的で戦争を起こそうとしてるのか、六番館の能力者が持つ力はどれくらい強力なのか。
取り敢えず、ウツギくんが帰ってくるまでのんびり待とう。