TS少女は野蛮な世界を塗り替えたい 作:きうりの魂
犬仮面の不審者は私とおじさんを連れ立って居酒屋へ向かい、個室に席を置いていた。何も考えず入った様に見えたがプランはあるのだろうか。ないか。
こいつの奢りで食事する機会は何度かあったけど美味しかった試しがない。多分今回も不味いだろう。わざとやってるのかは知らないけど、つくづく嫌な男だ。
「何から話そうか。こうやって顔を合わせて話すのなんて本当に久しぶりだからさ。君は僕を見ていただろうけど」
目を離したらヤバいタイプの異能をブンブン振り回してるから監視しないといけないだけだよ。本音を言うと、私はこいつを殺した方が良いと思っている。精神汚染をばら撒くトンデモ爆弾だし、多くの人間に影響を与えたこともあった。
影響ってのはあれね。ネオスルヤ王国の崩壊に関わった時の話だ。奴隷やら農民やらが集まって国を興したかと思えば、唐突に国民の殲滅を宣言したり山脈が生えてきたりともう散々だった。難民受け入れに奔走した私の努力は一体?
そして、内戦を引き起こしたのは今目の前にいるこいつである。事後調査で近い内に自滅していただろうということは分かっているが、それでも転がり落ちる国家を蹴り飛ばし、事態の発展を助長したのは事実。
「うるさい」
目の前の男が笑ったのが仮面越しにも分かる。殴るぞ。
「ふふっ⋯⋯相変わらずだね、領主ちゃんは。僕の誘いに応えてくれたって事は君も僕に用事があるんじゃないかな?」
「ある。でもその前に死ぬ? 殺すよ」
上機嫌な男を睨みつける。今の言葉も二割くらいは本気だ。不審者とセットで付いてきたおじさんは平然と酒を煽っているが、それは異能の効果対象におじさんが含まれていないからである。
変態犬仮面は飄々とした雰囲気を醸し出しながら、私に異能を向けてきているのだ。洗脳? 催眠? いや、こいつの異能はそういうものではない。もっと原始的な感情を生み出す力。
カリスマ、或いは魅了と呼べる力。存在するだけで崇められる。命を狙われる。好かれる。殴られる。顔を起点とした、あらゆる生物に対して有用な異能の持ち主。顔を封じてもなお他者を魅了出来る怪物がこいつだ。私だから耐えられたものの、その辺の一般人ならイチコロだろうね。
何なら私も結構キツいんだ。身体は熱いし、感情が昂りやすくなっている。テンション上がって犬仮面を殺しました、なんて事になれば目も当てられない。
こいつは私が魅了されない事を知っているからこうやって戯れてきてるんだろうけど、別に魅了されないからって効果がない訳じゃないんだよ。
⋯⋯やっぱ殺すか?
うーんでも嫌な予感するしなあ。第六感と言うべきものが、こいつの異能を手に入れるなと叫んでる。私のあずかり知らぬ所で死んでもらったほうが丸く収まる気もするし、殺すのは無しだな。
「ラブコールのことかい? 君が煩わしそうにしてるし、この辺りで満足しておくよ」
賢明な判断だ。
「貴方の用件は? 少しなら、聞いてあげる」
熱が引いてきたのを実感しながら、未だに荒ぶり気味なテンションのまま問う。丁度料理が運ばれてきたし、食べながら聞くか。
「それじゃあ砂漠のキャラバンで聞いた話と、神聖王国で蠢く亡霊の話。それからジャングル奥地で目撃された巨大寺院の話をしようか」
「一つにして」
少しっつってんだろ犬仮面。
「一つならキャラバンで聞いた話にしようか。僕個人としても興味引かれる伝聞だったからさ」
さて、仕分け作業を始めよう。こういった店ではとても食べられないような料理でも平気で出てくるものだ。例えばこの肉団子スープ。一目見ただけで分かる脆弱な白菜だとか、やけに赤黒いニンジンだとか、何が練られたのかも分からない肉団子とか。
ニンジンは血に漬けていたんだろう。この世界流の下拵え。元々旨味の少ない身に血液を染み込ませ、味わいを破壊し尽くす暴挙。野蛮人は味覚まで野蛮人とはよく言ったものだ。
肉? ドブネズミなら良い方で、出所はどうせ人間だ。ひき肉の塊に手を付けないのが私の流儀である。
「僕がキャラバンを訪れた時、商人たちは慌ただしく動き回っていたんだ。街の襲撃準備にしては用意している武器が少ないから、別の何かがあるんだろうと思っていたけどさ。僕の想像通り──」
不審者は色々語っていたが、短くまとめるとこうだ。『砂漠の方で空飛ぶトカゲを見た。恐らくあれは伝説のドラゴンである』こいつは噂話が大好物だから旅をしながら面白話を聞いたり流したりしている。
聞きかじった噂を話しているならデマであると言えるが、こいつ自身の体験談であればまあ信用していいだろう。つまり、この世界には空飛ぶトカゲが存在しているということ。
この世界で魔法生物とか架空の生き物は全然見たことがないから、十中八九異能関係だろう。ドラゴンを従える異能ってのはロマンがあるよね。私はもう男じゃないけど、今も格好良いモノは好きだ。
枝豆を口に放り込みながら考える。そろそろ話を切り出すかと。犬仮面も一つの話を終えられて満足げだし。
「近い内に、朱雀へ攻勢を仕掛ける。異能力者の情報が欲しい」
「へぇ、君から仕掛けるのか。珍しいね」
被害を被る前に芽を潰してたから表立って戦ってなかっただけで、私から仕掛けた場合も多い。別に珍しいわけじゃないんだよね。
犬仮面は噂話好きの旅人だが、同時に異能管理局とかいう謎機関で局員をやっている人間でもある。拠点自体は世界中に持っているらしく、私の街にも一つある。色々な場所で異能を調べている為、朱雀の異能力者についても知っているのではないかという期待からこいつには声をかけた。
今の考え込んでいる姿を見るに、どうやら当てが当たったっぽい。少なくとも、何の情報も得られないということはなさそうだ。
「僕もあまり詳しい訳じゃない。あそこは第一級異能力者が存在していると考えられている場所だから、中々捜査できないんだよ」
「第一級異能力者?」
「領主ちゃんみたいに強力な異能を持つ人間の総称さ。管理局が便宜的に呼んでるだけなんだけどね」
犬仮面はリスク管理出来ないタイプな気がするんだけどなあ。しかし、この世界では旅人として生きていられる時点で何かがおかしい。私にはない旅人の勘なんてものがあったりするのか。
「とはいえ、調べないわけには行かない。そこで目を付けたのが対外戦争だ。内々に片付けられるものと違って、外でやり合えば記録が残るからね。編纂物を読み漁ったら大当たり。いくつかの戦闘データを集められたよ」
殊勝な人間もいるよね、偶には。私が書物に目を通した時は人間解体や人体家具の本ばかりだったから途中で読むのを諦めたが、根気強く探ってみるのも良いかもしれない。私が今度やる事リストに入れておこう。
「大地をモグラに変える力、光を放つ力、水の腕を操る力。色々あったけど、僕が一番注目しているのはそのどれでもない。紅い装いの少女だ」
「ロリコンってやつか。前あった奴は肉に臭みがねぇから好きだっつってたが、あんたは何で好きなんだ?」
私が押し付けた肉団子スープを食べ終えたおじさんが話に加わってきた。蚊帳の外に置いたのは悪かったと思っている。謝るからカニバリズムの話を始めないで下さい。
「容姿⋯⋯かな? いや、今はそういう話じゃないね。話を戻すけどその少女は、二百年以上前から度々記録されてきた異能力者だ。ここ五十年の資料だと前に出ることは無くなったみたいだけど姿は確認できている」
二百年以上前から棲息している異能力者。第一級異能力者というのも話の流れからしてその少女のことだろう。だが不老という特性だけで、私に並び立つことが出来るとは思えない。長命はあくまでも能力のおまけ、或いは外付けのものであると考えるべきか。
「五十年も殺し合ってねえってもう廃人じゃねえか」
「意外とそうでもないはずさ。記録に残っているのは、定期的に行われている一部の合戦だけ。記録されてない場所で殺しを楽しんでいるはずだよ」
「能力は?」
話をぶった切るようで悪いけど、聞きたいのはこいつが注目している少女の能力だから仕方ない。
「振り注ぐ千の槍を打ち消して、言葉一つで万の兵を皆殺しにしたらしい。歴史資料だから多少大袈裟に書かれているとは思うけど、それにしても強力な力だ」
物理干渉に広範囲殺傷。汎用性に富んだ力ほど危険なものは無いからね。しかも長命まで付いてくると来た。これは確かに危険人物である。
ウツギくんに探ってもらった時には全くヒットしなかったからどっかで野垂れ死んでいるか、情報を伏せているのだろう。生きているなら面倒だから物言わぬ骸になっていることを願うばかりだ。