魔女と花惑うケモノ   作:Harumo

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前編のあらすじ

2125年7月、大魔女・月代ユキが脱走した。
人類への復讐を諦め、牢屋敷の中で囚人として幽閉されていた彼女は、魔女見習い・白蛇エナの頼みによって、逃亡生活を送りながら彼女に魔法の扱い方を教えていた。
まるで上達しないエナの振る舞いに腹を立てていたその時、ユキは持病の発作に倒れ、エナに介抱される。

余命僅かなユキを連れ出したことに白蛇エナが葛藤を深める中、目を覚ましたユキは、何食わぬ顔で縁側に座っていた。


プロローグ1:2125年、温風至 (下)

隠遁しながら調達する食材は実家のものと比べるとやや貧相だが、それでも病人と子供の分を賄うには十分な量を確保できる。まともに家事も覚束ないエナも、ここ1週間でそれなりの料理ができるようになっていた。

 

乾拭きした床に直でおかれた夕食を、二人は黙々と食べていた。月代ユキは迷いない手つきで、白蛇エナは箸を時おり泳がせながら。

 

「―先生は、どうして私に付き合ってくれてるんですか?」

 

食器はほぼすべて空になった時、おもむろにエナの声が響く。

 

月代ユキは目を細め、思案するように天井を数秒ほど見つめた。

 

「うむ......何故でしょうね。老後の楽しみ、とでも言っておきましょうか?」

「そこははぐらかさないで言って...」

「行動の一つ一つに意味を求めていたらいつか虚しくなるものですよ。それに問いを投げるのは師の役目です...そういうあなたこそ、ここまでの無茶をしてまで、私を脱走させたのは何のためですか?」

 

「え?」と一瞬、エナの口が動いた。答えづらい、というよりも、エナの投げた質問より明確で、だからこそ質問の意図や答え方がわからない、と言いたげな表情だった。

 

「ええと、一週間前に研究所で話した通り、魔法を教えてもらいたいから...ああ、あとほかに、おばあちゃんたちの時代の話も少し聞きたいかなーって?」

「………」

「―いや、実家の片づけしてる最中にここに宛ててる手紙をたくさん見つけたから、もしかしたら何か教えてくれるかなーって思って」

「………………」

「….あー、ええと、子供のころはたくさん魔法使ってみんなからすごーいって言われてたんですけど、高校に入ると理屈で魔法するのが苦手で、追い抜かれてしまってぇ」

「……………………………………」

「本物の魔女に話とか聞いたら、何か、魔女になるための何かが見つかるんじゃないかと…」

「なる必要があるのですか?」

 

エナの目が見開かれた。それまでの気が抜けた雰囲気から放たれた拒絶の言葉に、混乱と不安が頭を染めていく。

 

「......この1週間、あなたの無駄話や道具から、外の世界の様子は断片的ですが見えていました。あの遠野車とかいう乗り物、ユーカリの発火触媒も…上手く作ればあなたなら勿論、私の知る100年前の人類でも、触れられれば最低限の動きはできるようにできていました」

 

月代ユキは、二十一世紀の自動扉を思い浮かべた。人の熱や動きを拾い、誰が近づいても勝手に開く扉。

現代の魔道具も、おそらくそれに近い。魔女因子の大小に関わらず、触れれば最低限の動作を返すように作られている。優れた企業や技術者であれば操作すら必要ないだろう。

 

その話が意味するところは白蛇エナでも想像がついた。

 

「今の世界で、魔女という言葉にどれほど特別性があるか、私には釈然としません。生まれつきの魔法を応用するだけでも、あなたはずっと楽な生活ができるはずです」

 

ああそうだ、先生は私をやめさせようとしているんだ。才能なんてないからと。

 

エナは続く言葉を探すことができなかった。発したが最後、見たくない現実を突きつけられるという確信があった。

 

そんな彼女の目の前に、月代ユキの手が伸びて.

 

「エナ、ここから先は【よく考えて答えを出しなさい】。このさき後悔することのないように」

 

その手が優しくエナの頭を撫でた。

 

それは今までの緊張を優しく緩和するようだった。髪越しに感じる感触が月代ユキの温かみをかすかに伝え、頭に響く言葉が、頭の中の余計な感情を掃いていく。

 

「魔女は神でも宗教でもない、単なる生物の名にすぎません。私たちが存在することに理由はなく、私たちが築いた歴史や文化は600年前、顔も知らない者たちによって失われました。今の世には、ただ一代で世界を塗り替えるほどの鮮烈な力だけがあります」

 

月代ユキの声音からは、いつもの意地悪な授業のそれを感じない。心の内側、これまでの記憶まで読み取るように、白蛇エナの瞳を覗き込んでいる。あるいは魔法で本当にそうしているのかもしれない。

 

「それでもその名前に意味を見出す余地があるのであれば.それは私たちの存在を感じる人類あなたの解釈の中にしかありません。()()()()()()()()()()()()()()。エナ、【あなたは何のために魔女になるのですか?】

 

その問いは、エナの意識を静かに内側へ沈めていった。

 

最初に浮かんでくるのは、3か月前の教室。本心を押し殺して、友達の後ろをついて回っていた自分。窓の外では、雲が月を隠していた。

 

傲慢だったころの自分はもう忘れた。

空気を読んで対抗心を押さえつける中で、心もひずみを上げた。

そして自身の曖昧な幻想は、目の前の大魔女に否定された。

 

それでも尚、私は魔女になっていいのだろうか?

 

魔女って、いったい何なのだろうか?

 

──エナ、こういうのは眺めているだけじゃ面白味はわからないものだよ、こっちに来て

 

──怖い?まあそうだね、見方を変えよう、ちょっとキモいのは事実だけど.そういう時にどう関わるかとか知ったら楽になるよ。

 

──怖がる顔は怖く見えて、嬉しい顔は優しく映る、そういう風に世界はできているんだから。お爺ちゃんを信じて。

 

「...この世で一番、たくさんのことに触れて、たくさんのものを知ることができるからって言ったら、笑いますか?」

 

月代ユキの見開かれた目が、その返答になった。わずかにまばたきしたあと、沈黙を噛みつぶすように「いいえ、続けて」とだけ言った。

 

「私の魔法...モノの間にあるエネルギーやその他諸々を大体何でも移し替えられる【移し替え】のこと、先生も覚えていますよね」

「当たり前でしょう、その「その他諸々」に入るものの広さも含めて」

 

ユキは皮肉気に返した。忘れられるはずもない。1週間前、彼女はその力で拘束具を吹き飛ばし、牢屋敷のあらゆるセキュリティをすり抜け、悠々と脱出して見せたからだ。その強大な力が成長の足かせとなるからこそ、月代ユキは今までその仕様を禁じてきたのである。

 

「みんな私の魔法を天才とかチートとかもてはやしてましたけど、これ、意外と使うの難しいんですよ。2つの間にある共通するものでないと移し替えられません。だから最初はすぐに「ピン」が外れたり、移し替えるものを間違えて事故っちゃって...そういうのを繰り返してた5歳くらいの時、ある人が私にこう言ってくれたんです、『うまく動かないなら、もっと近づいてみよう』って」

 

それは誰、とは月代ユキは問わず、白蛇エナは答えなかった。互いにとって、彼の残した言葉はその姿を瞼に映すに足ると信じたからだ。

 

「その人は休みの間、世界のいろんな風景を見せてくれました。最初は町はずれの庭、それから山奥の神社に外国の町。そのたびに植物の栄養を均すとか、振り子のパズルで速さを移し替えてみるとか、目の前の面白いものに触れて、意地になって何度も試しているうちに――頭の中にもう一つの眼ができて、対象にするもの自身に深く知覚していくような感覚があったんです」

 

氷のように青白い肌の覆われた暗闇の中で、月代ユキはその言葉を幾度も反射させていた。訓練のときはただ楽な道を取っただけだと嘲笑うだろうその経験を、白蛇エナは暖炉の火に照らされた赤い顔で、心とともにさらけ出していた、人生の価値を証明するように。

 

二人の間に白い光が混じる。振り向くと雲が薄くほどけて、窓の外に月が見えた。

さっきまで遠くに隠れていたものが、輪郭を持ってこちらを見返している。

手が届くわけではない。それでも、見えた瞬間だけ、少し近づいた気がした。

 

「あの人の目は、どんな物事に対しても、ずっと遠い目で見ていたけど、その全部に対して真摯で、それでいて自由でした。私も星空とか、友達の想いとか見るだけじゃなくて、グーンって手を伸ばせるようになりたい、それができたとき自分の存在がものすごく広がるって予感がするんです」

 

言い終わると同時に白蛇エナは両手をぐん、と左右に伸ばした。180度逆を向いた手先は、地球の裏側からもう片方の手を指しあっているようだ。

「へえ」とユキが相槌を打った。心なしか口元が歪んでいる。「そういうあなたに、お爺ちゃんあれは何と返したのですか?」

 

「先生なら、大体わかるんじゃないですか?ノリノリで『それじゃあ一緒に月面まで飛んでみよう』って提案してきましたよ」

 

その言葉を聞いた瞬間、限界だと言わんばかりにユキが笑い出した。

 

「まったく、あなたの血族はいつも!一生かけても一つの問いにたどり着けない人もいるのに」

「私はゴールポストを追いかけるよりも、好き勝手に歩き回ったほうが好きなんですよ」

 

口にした途端、エナのほうが自分の言葉に困惑した。今まで自分を縛り付けてきた枷が、いつの間にか外れている感覚があった。

 

月代ユキの方に意識を向けると、どことなく納得したような顔立ちで、冷めたスープの残りを飲みほしている。

 

「よくできましたね。久しぶりに懐かしい人のことも聞けましたから.ボーナスで70点程度あげましょう」

「そこは90点くらいくれるものじゃないですか?」エナが突っかかった。加点込みで70は天邪鬼でケチをつけているのかと疑うくらいだ。

 

「減点の理由は2つ。「目標を持たない」ことを言い訳にしてふらつくダメな大人にさせないためと、魔法の在り方に関して若干勘違いしているところがありましたので」そう言って柔らかい雰囲気を引き締め、向き直る。

「感情、意思、何であれ、自分以外のものを思いのままに読み取れる者などいません。たいていの人間は似ているものを「共有」しているに過ぎませんし、その範疇を超える才能は生まれたときに決まっています。これは魔女であろうと同じことです」

「そんな…じゃあ「それでも」青ざめたエナを遮って続けた。

「…それでも「理解」することはできます」

 

月代ユキは暖炉の火が弱まっていくのを感じ、追加で乾いた薪を火にくべる。頭上のランプと合わせて、部屋全体をオレンジ色に染めた。

 

「あなたは燃えている薪の身にはなれませんし、川を泳いで海と一体化することはできません。それでも家が燃えない程度の火加減の調整の仕方はわかりますし、汚れを抑えながらに水の恵みにあやかる術を考えることはできます。その仕組みをくみ取る心があれば、つまり全くそれでよいのです」

「...ガワさえ良ければ、中身はどうでもいいってこと?」

「自分の中身と相手の中身、そのなかで相容れる部分を探れと言っているのです」

 

そういって、ズタ袋の中身を漁り始めた。牢屋敷を脱出することから肌身離さず持ち歩いていた物。その奥から1つ、革で留められたアルバムを引っ張り出した。

 

「私と貴方は同じ、魔法が当たり前の世界で生まれたけれど、才能も受け取り方も違う。私とあなたの祖父は魔法の才能も、そのあり方も似ていたけれど、根元は違う存在でした。魔女因子を原料とした現代の魔法は根元こそ同じですが、その理論は根元の違うあなたの祖父が中心となって、失われた記録の推論と彼の発想を組み合わせたキメラのようなものです」

 

だからこそ、自分にできない選択を達成したのだけれど、とユキは内心で付け加えた。

 

「ねえ、先生はお爺ちゃんの何だったんですか?」

 

エナはその言葉に割り込む。話の腰を折る質問だったが、そこに踏み込めるのは今しかないという感覚が彼女を急かした。「先生、お婆ちゃんとお爺ちゃんと出会わなかったら、魔女因子を爆発させて全人類殺すつもりだったんですよね」

「ええ、そうですよ」月代ユキは何の感慨もなく答えた。「そのための魔女因子でしたから。魔法が使えるようになるのは単なる副次効果です」

「だったら何で3年間も引き延ばしたんです?」矢継ぎ早に問いを浴びせた。「結局先生は人間魔女のフリをして3年間、他の魔法少女と一緒に生活して、なのに最後には結局裏切って...」

 

「裏切ったのではありませんよ」ユキが割り込む。「最初から、計画していたことですから。もともとの立場からして私は彼女たちの味方にはなり得なかったというだけのことです」

 

白蛇エナは、目の前の大魔女が急激に年老いていくような錯覚に見舞われた。いままで学校で聞いてきた悪い魔女の表層と、同年代の友達のように此方を振り回していた性悪師匠の像が近づいていくようだった。

 

魔術の理論、500年の軌跡、彼女の証言はいまや資料となって、至る所で目にする。その情報をもとにして歴史学者は失われた魔女の文化や精神性についてあれだこれだと討論を交わし、魔術師は魔法の根源を求めて杖を振り続けている。

 

それでも、2024年から始まった桜羽エマや二階堂ヒロとの経緯は、どんな資料にも残されることはなく、口を噤みつづけている。

 

「…先生がお爺ちゃんのことを口にしないのも、自分がその輪の中に入ってないと思ってるからですか?」

「ただ一人の目線であの日々を語ろうというのは、あまりにも傲慢なことだと思いませんか?」

 

叱られた子供のような表情でユキは答えた。その姿にかすかな罪悪感を覚えたが、それでも知らなければ納得がいかない。

 

「教えてください先生、先生はお爺ちゃんと関わってなにを「理解」したんですか?一生かけた復讐を放り出して、私たちにかけた期待っていったい何です?」

 

魂の奥底、心臓の重心にまで到達するようなその問いを受けて、月代ユキは目を閉じた。両手で口元を覆い、2度、3度と深呼吸をする。

 

そうして思い返せば、彼女自身の生もまた複雑で合理的に説明できない部分で満ちていた。最も驚いたのは500年の間.復讐に費やした、人生の最も長い部分よりも、無駄ともいえる「引き延ばし」の中の風景ばかりが浮かんでくることだ。

 

何のために生き、如何にして死ぬべきか、私にとってのそれは一向に見つかることのないまま、死に方だけが決まってしまっておおよそ3ヶ月になった。恨みを無くしてしまった自分など、空っぽだと感じる。

 

(それでも...)

 

手元の紙に浮かんだ一文を見返す。彼女が此処を訪れる前、彼女の祖父がよこしてきた手紙。

 

『かつて此処にいた善き人々が、歴史の消費物ではなく、現在の担い手とわかりあう人間であるために』

 

『近いうち、もう一人来客が来ると思う。少し礼儀知らずだけれど、よければ仲良くしてやってくれ』

 

『僕の永遠の宿敵、へそ曲がりの夢見がちな大魔女、月代ユキへ』

 

目の前の愚かで鈍い娘も、いつかは私たちのようになるのだろうか。少なくとも自分が未来への可能性に触れられるのは今が最後なのだろうと、薄い予感が走った。

 

「最初に前置きしますが──」おもむろに口を開いた。「この話はただ美しいだけのものではありません。あなたが共感できるという保証もありませんし、私もあなたが何に共感するかはわかりません」

「先生──」

「それでも私はすべてを教えます。感覚も立場も、何もかも噛み合わない貴方の、それでも私は師になりましょう。それができると信じているから。貴方はどうです?自分の「不得意」なもの、不愉快なものに向き合って、それでも自身の糧を絞り出す気はありますか」

「.......はい!」

元気よく答えるエナに、ユキは安心するような笑みをこぼす。「よくできましたね.では、くれぐれも聞き逃すことがないように」

 

そうして月代ユキは口を開く。

 

日常から非日常へ足を踏み入れた日。親友の秘密を知った日。

 

何よりも「彼」の姿を初めて目にした日。

 

桜羽エマと、二階堂ヒロと、月代ユキ、居心地の悪い世界で流れ着いた小さな居場所に浸っていた頃、神は雷を落とすようにそれを巡り合わせたのだ。

 

月代ユキの、永遠の天敵。

悪い魔女の心から剥がれ落ちた、もう一人の自分を。

 


 

魔女と花惑うケモノ

第0章『月代ユキの天敵』

 

 

 

次回、プロローグ2『2024年、最初の4人』に続く




ここまでご拝読ありがとうございました。
未来編はここで終了し、次回からは現代編に入ります。

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