ディアスタシノス神教国、聖騎士団長、エデン・イータ・ゼウス。自分の行いが正しいのか迷いながら、日々の職務に励んでいる彼は最強の魔族、シアンと出会う。戦いの火蓋が切られた後、激戦の末、エデンは腹を貫かれて意識を失ってしまった。
目が覚めると、視界に映ったのは知らない天井だった。
(ここは何処だ?俺は、何をしていたんだっけ?)
エデンは思考を巡らせ、気を失う直前の出来事を思い出す。
(滅茶苦茶強いやつがいて、シアンって言ってたな。それで俺は、神剣の能力を行使して、戦って、
神剣、それは神が宿る剣。一部の適性があるものだけが扱えて、使いこなせればそれに
エデンは腹部を貫かれた時を思い出す。
(あいつの力は何なんだ?氷を操る神剣なんて聞いたことないし)
『
エデンはふと、シアンの言っていた言葉を思い出す。
(
そうエデンが思考を巡らせていると、ずいぶん前からいた来客が口を開く。
「ようやく目を覚ましましたか、丸一日眠っていましたよ」
聞きなれた、高圧的な声がする。
「レーゼベッテ、さん?」
その声の主がエデンの上司であり、この国の最高権力者、
エデンは上司を前にして意味のない思考をやめる。
「俺は、確か、死んで」
エデンがそう言うと、レーゼベッテは大きなため息をついて言った。
「結論から言いましょう。貴方は死んでいません。まあ、奴に殺す気があれば確実に殺されていましたが」
自分が死んでいないという事実を聞かされて、冷静に周囲を見渡す。ここは病院だ。そういえばお見舞い以外できたことがなかったな。
「これに懲りたら、これからはちゃんと訓練に励んでください」
レーゼベッテは嫌味たらしく言う。お叱りを受けてしまった。
「要件を伝えます。知っていると思いますが、強力な魔族が出現しました。何らかの予兆だと考えられます。すぐに戻ってきてください」
レーゼベッテはそれだけ言い残すと、エデンの返事も待たず立ち去ってしまった。それにしても、強力な魔族か。あの、シアンと名乗った男のことだろうか。
エデンはある程度体が動くことを確認した後、退院の手続きをした。シアンに開けられた体の穴も、しっかり塞がっていた。
それにしても、この時代の医療技術は素晴らしい。死んでさえいなければ、どんな傷を受けていてもすぐに修復することができる。そうじゃなかった時代が考えられないな。
エデンはそんなどうでもいいことを考えながら、騎士団本部へと向かった。
――――――――――――――――――――
騎士団本部に到着した。どうやら訓練場の方から人影が見える。何人かの団員がそこに集まっているみたいだ。エデンは足早にそこへ向かう。
「ただいま戻りました」
エデンはそう言ってレーゼベッテの目の前に行く。
「想定より遅かったですね。まあ、いいでしょう」
レーゼベッテはまた小言を言う。
「それで、今回はどんな任務ですか」
エデンはこれ以上小言を言われないように話題を変えた。
「あれです」
レーゼベッテは訓練場の物陰に視線を変えた。エデンが目を凝らしてみると、血まみれで縛られている団員が二人いた。特に片方はエデンにとって見知った顔だった。聖騎士団、副団長のグロードだ。
二人は爪を全て剥がされ、全身を鞭で打たれていた。
「誰がこんなことを」
エデンは思わずそう漏らす。
「私です」
レーゼベッテはエデンの言葉を聞いて冷静に、いや冷酷に答えた。
「え?どういうこと、ですか」
エデンは強い衝撃を受け、正常な思考ができないでいる。動揺するエデンとは対照的に、レーゼベッテは言葉を放つ。
「あのシアンという魔族。彼等はそれと内通していたということが調査によって明らかになりました。魔族に加担するならば、それはもう魔族なのですよ」
そのレーゼベッテの言葉によって、エデンの全身から悪寒が走る。
「それで、任務の内容でしたね。貴方にはその魔族2体を処理してもらいます」
エデンは驚愕した。今まで苦楽を共に仲間を殺さなければならないのかと。それに、
「ちょっと待ってください。今魔族って、彼等は人間ですよ」
違和感。今までの違和感が繋がり最悪な真実が思い浮かぶ。どうか杞憂であって欲しいとエデンは願った。しかし、そんな願いは簡単に砕け散る。
「魔族で合っていますよ。そもそも、魔族とは神の教えに背くものの総称ですから」
エデンは強く吐き気を催した。今まで命を奪ってきた者の顔を思い出す。全部全部全部、ただの人間だったのだ。何の力もないただの人間を、ひたすら殺し続けていたのだ。
「今まで黙っていたことは謝罪しましょう。申し訳ありませんでした」
レーゼベッテはそれに対して簡単に謝罪する。別に、これは彼にとっては重要な意味を持つかもしれない。だが、それでも納得しがたいことだ。
「ですがこれは、この国にとって必要なことなのです。この国の秩序を守るために、例外を作ることは許されないのです」
レーゼベッテの顔や声からその本気度が伝わってくる。でもそれならば、
「だったら、あんたがやればいいだろ」
エデンは声を絞り出す。エデンはこんな仕事から逃げ出したかった。
「これは貴方を試してもいるのです。ですが、やり難いのであれば」
レーゼベッテはそう言うと二人に近付き、片方の首を跳ねた。この世界から、一人の命が消失した。
「片方は私の方で処理しました。幾分かはやりやすくなったと思います」
エデンはこんなことが許されていいのかと静かに怒る。他に自分と同じ感情を持つものは居ないのかと、他の団員の顔を見る。しかし、彼等から読み取れた思いは、エデンが望むものとは大きく異なっていた。
(早くやってくれ)(可哀想だけど仕方ないよな)(秩序は守るべきだ)(いいから早くしてくれよ)(こっち見んなよ)(頼むから穏便に済ませてくれ)
多くの団員は、対岸の火事を見るようにエデンを見つめる。所詮は他人事なのだ。
エデンの心に強い圧がかかる。誰も助けを差し伸べない。エデンは逃げ場を失った。
エデンは意を決して残った方の魔族の前に立つ。
その場で立ち竦んでいると、シアンの言葉が脳裏に浮かんだ。
『迷いに満ちた剣筋だ』
(そんなこと言われなくてもわかってるよ)
エデンが今まで抑えていた感情があふれ出す。
(俺は今まで目を逸らしてきた、知らないふりをした。自分の心にも嘘をつき続けていた)
子供のころの自分を思い返す。
(誰かを守れる人になりたいから騎士になったっていうのに、結局はこのザマだ)
心の中で自虐しても、一切気は晴れない。こうしている間にも、選択の時が刻一刻と迫っている。
(この国で生き続けるなら、今まで通り、上に従うべきだろうな)
そしてエデンは過去を思い出す。
――――――――――――――――――――
エデンは何の変哲も無い平民の親から生まれた子供だった。裕福ではなかったが、確かな親の愛情を与えられていた。
「お母さん。僕、悪い奴らを倒してみんなを助けるヒーローに成るんだ」
「いいわね。立派な夢だわ。でもね、何が悪で何が善かはしっかり見極めなさい。相手を悪だと決めつけるとヒーローじゃなくなっちゃうんだよ」
「うん」
あるとき、国内で内乱が起こった。それによる景気悪化で家族は貧しい暮らしをしなければならなかった。
あの会話をした数カ月後に、両親は死んだ。餓死だった。悪人がいた訳では無い、貧しい者に誰も手を差し伸べなかっただけだ。
この頃から、わからなくなってきた。ヒーローって何だっけ?
――――――――――――――――――――
永遠とも思える数秒が流れた。
意を決して、エデンは決断する。
「俺には、できません」
これが誰にも望まれない選択だったとしても、自分の両手は既に血で汚れていたとしても、エデンは自分の進みたい道を進むことを決めた。
「そうですか。貴方には期待もしていたので、残念です」
そしてレーゼベッテは息を大きく吸って言った。
「エデン・イータ・ゼウス。現時刻を持って、貴方を解雇します。今すぐここを立ち去り、二度と顔を見せないで下さい」
レーゼベッテは微かな悲しみの感情を覆い隠すような声で言った。
そして彼は残った魔族に近付き、剣を振り上げ、下ろした。
「何のつもりですか」
レーゼベッテが振り落とした剣を、エデンは自分の剣で防いだ。
「これは重大な叛逆行為です。貴方も処理しなければならなくなりますよ」
レーゼベッテは冷静な声で言う。それとは裏腹に、剣に込める力がだんだんと強くなる。
「それでも、俺は!自分の心に嘘をつきたくない!」
エデンはレーゼベッテの剣を押し返そうと力を入れる。しかし、それは山のように重く、びくともしない。
子供の頃の思いが、エデンの脳を駆け巡る。
「俺が成りたいのは、正義の皮をかぶった人殺しじゃない」
エデンは更に力を込める。微かに、レーゼベッテは押される。
「俺が成りたいのは」
エデンの力がさらに強くなる。
「
エデンが今まで出したことのないような力で、レーゼベッテを押し始めた。
「戯言を言うな!」
しかし、レーゼベッテが力を込めた瞬間、エデンは簡単に劣勢へと戻されてしまった。
「征圧剣!」
エデンが今まで感じたことのない圧力が、物理的に圧しかかる。レーゼベッテの剣が何倍も重くなり、その空間に衝撃を与えた。地面にクレーターができる。
エデンの防御はいとも容易く打ち破られ、エデンの胴体は切り裂かれる。大きく痛々しい傷口が生まれ、そこから鮮血が飛び散った。
痛みに苦しむエデン。彼は一旦時間を稼ごうと画策する。
「
レーゼベッテの足元から数十メートルの塔が生え、レーゼベッテを吹き飛ばす。
(どこか遠くまで、逃げなきゃ)
エデンは傷だらけのグロードを担ぎ外へ本部の外へ逃げ出そうとする。
しかし、何人かの騎士が目の前に立ちはだかる。
「行かせられませんよ」
ミハルはそう言って剣を構える。
「そこをなんとか行かせてくれねぇか」
エデンは笑顔を繕って言う。
「駄目です。それは悪の道、そうなるくらいなら!」
ミハルはエデンに斬りかかった。それをエデンは見切り、剣を弾く。ミハルの手から剣がすっぽりと抜けてしまった。そしてエデンは剣をミハルの首に突きつける。
「悪いな。それでも俺は、この道がいいんだ。退いてくれ」
エデンは申し訳なさを持ちながら言うが、折れるつもりはない。強い意志を持って行動しているのだ。しかしそれは、ミハルも同じだった。
「そこまで言うんだったら、僕を殺してから言ってください」
ミハルはそう言うと一歩前に進む。ミハルの首が裂け、血が滴り落ちる。ミハルの目は強く、エデンの目を見つめていた。その目には失望が混じっているような気がした。
エデンの意思が揺らぐ。それによって生じる動揺。エデンは数秒硬直する。その数秒は、彼が戻ってくるのに十分だった。
「下がってください。後は私がやります」
レーゼベッテだ。ミハルを含めた騎士たちがエデンから距離を取る。
(最悪だ、やっぱりやるしかないのか)
エデンは彼との戦いに備え、グロードを床に置く。
「
地面から無数の槍がレーゼベッテに向かって生える。しかし、それは彼に届くことはなく、歪み、地面に食い込んだ。
「時間がありません。本気を出します」
レーゼベッテから際限なく力が溢れ出す。
「神剣ウラノスよ、私に力をお貸しください」
場の空気が一段と重くなる。
「神域解放!」
レーゼベッテを中心とする広範囲に、紋章のようなものが刻まれ、光放つ。
「征圧神域-
その瞬間、エデンの目にレーゼベッテの足が映る。体が地面に張り付いて動かないのだ。そして更に重くなった大気、内臓が押しつぶされそうだ。
「これが神剣を扱う者の極致、神域です。死ぬ前に見られることを光栄に思いなさい」
レーゼベッテはそう言うと、エデンに近付く。
(このままじゃヤバい)
エデンは残った力を振り絞って立ち上がる。そのころにはレーゼベッテはエデンの目の前の到着し、剣を振り下ろした。
エデンは避けるのも受け止めるのも不可能だと判断し、軌道をずらそうと剣を出す。
剣と剣がぶつかると、その威力によってエデン膝をつく。それでも、エデンは根性で軌道を曲げて見せた。地面にクレーターができる。しかしそのまま間髪入れず、レーゼベッテは剣を振り下ろす。
(さっきよりも速い)
だんだんと速くなる斬撃。エデンはほぼ反射的に避ける。更にクレーターができる。避けたはいいものの、エデンは体勢を崩し、地を這った。
レーゼベッテは再度エデンに近付き剣を振り下ろす。もはやエデンに打つ手はない。もう終わりかと思われたそのとき、黒い物体が上空から落下してきた。
エデンの体に剣が触れる寸前、黒い物体は地面に着地し、槍で剣を受け止めた。
「よく耐えた。後は俺に任せろ」
右目の