テンペスト異世界転移   作:ネネカ大神

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第10話:神々の遊技場(ダンジョン)と、死せる教徒の狂信

バハルス帝国に拠点を置く裏の冒険者――『ワーカー(工作者)』たちの間で、信じられない噂が飛び交い始めたのは、トブの大森林に謎の超巨大都市が出現したという情報が広まってすぐのことだった。

「――『死んでも生き返る迷宮』、だと?」

ワーカーチーム『フォーサイト』のリーダーであるヘッケラン・ターマイトは、帝都の酒場で集めた情報を前に、深い溜息をついた。

テーブルを囲む仲間たち――神官のロバーデイク、ハーフエルフのレンジャーであるイミーナ、そして、天才的な魔法詠唱者である少女アルシェも、一様に胡乱な目をしている。

「あぁ。大森林の端に、突如として闘技場のような巨大な建造物が現れたらしい。そこへの入場料は銀貨数枚。そして、金貨一枚で『復活の腕輪』というマジックアイテムを買えば……迷宮内で魔物に殺されても、罠で木端微塵になっても、無傷で入り口に蘇るそうだ」

「馬鹿げてる」

イミーナが鼻で笑った。「死者蘇生なんて、第五位階以上の神聖魔法よ? 一国に数人しか使えないような奇跡を、金貨一枚の腕輪で肩代わりできるわけないじゃない。どうせ、ワーカーを誘い込んで装備をひ剥がすための悪質な罠ね」

「私も、同意見」

アルシェが静かに頷く。彼女は没落した貴族の娘であり、妹たちを養うために多額の借金を背負っていた。金は喉から手が出るほど欲しいが、命を捨てるような無謀な真似はできない。

「だがな」と、ヘッケランは声を潜めた。

「すでに『黒い剣』や『天武』といった腕利きのワーカーチームが何組もそこへ向かい……実際に『死んで、生き返って』帰ってきてるんだよ」

「なっ……!?」

「彼ら曰く、『あそこは神の作った遊技場だ。死の恐怖を克服する最高の修練場であり、宝の山だ』と、まるで熱病にでも浮かされたように語っていた。……アルシェ、お前の借金を一括で返せるだけの財宝が、あそこの浅層だけでもゴロゴロ転がってるらしいぞ」

その言葉に、アルシェの肩がピクリと揺れた。

愛する双子の妹たちを、あの毒親から引き離すための莫大な資金。それが手に入るかもしれない。

「……行く。罠だとしても、確認する価値はある」

「よし、決まりだな。我ら『フォーサイト』、未知の迷宮へ挑むとしよう!」

数日後。

トブの大森林の指定された座標に到着したフォーサイトの面々は、その光景に唖然としていた。

「な、なんだここは……お祭りでもやっているのか?」

森を切り拓いた広大な空間には、超近代的なデザインの巨大なコロッセオ(迷宮の入り口)がそびえ立っていた。

その周囲には、屋台やカフェ、武具屋、さらには「温泉宿」までが立ち並び、人間の冒険者だけでなく、エルフ、ドワーフ、さらには武装したオークやゴブリンたちまでもが、楽しげに談笑しながら飲み食いしているのだ。

新世界の常識である「種族間の殺し合い」など微塵もない、あまりにも平和で狂った光景。

「いらっしゃいませ。迷宮への挑戦をご希望ですか?」

コロッセオの受付カウンターに座っていたのは、透き通るような緑色の髪をした、息を呑むほど美しい女性だった。彼女――樹妖精(ドライアド)のトレイニーは、なぜかパリパリと薄切りの芋を揚げたお菓子(ポテトチップス)を齧りながら、フォーサイトの面々に微笑みかけた。

「あ、ああ。俺たちはフォーサイトという。その……『復活の腕輪』というのは本当にあるのか?」

「ええ、もちろん。お一人様、金貨一枚になります。これを装着している限り、迷宮内で死亡した瞬間、肉体の損傷や痛みを完全にリセットした状態で、この受付の横にある『復活陣』に転送されます」

トレイニーは事務的に説明しながら、銀色に輝く腕輪を四つ差し出した。

「ただし、復活時には迷宮内で取得したアイテムはすべてドロップしてしまいます。もし宝物を持ち帰りたい場合は、所定の脱出ポイントを使用するか、帰還結晶(別売り)をご利用くださいね」

「……本当に、ただのゲームみたいなルールだな」

ヘッケランが苦笑しながら金貨を支払う。

その横で、アルシェは密かに自身の異能――『相手の魔力の強さをオーラとして視覚化する』天生の手(タレント)を発動し、目の前のトレイニーを覗き見た。

(受付嬢だし、大した力は――)

「…………ッ!!??」

次の瞬間、アルシェは喉の奥で悲鳴を上げ、両手で顔を覆ってその場に蹲った。

「お、おいアルシェ! どうした!」

「あ、ああ……アァァ……ッ!」

アルシェの目に映ったトレイニーの魔力。それは、新世界最強とされるフールーダすら比較にならない、まるで『太陽がそのまま人間の形をしている』かのような、圧倒的で暴力的なエネルギーの塊だった。

もし彼女がその気になれば、指先一つで帝国軍の数万人が蒸発する。

そんな規格外のバケモノが、なぜただの受付で『芋のお菓子』を齧っているのか。アルシェの理解は完全に限界を超えていた。

「あらあら、魔力酔いですか? 無理はなさらないでくださいね。迷宮の中は、私よりも『元気な子たち』がいっぱいいますから」

トレイニーの言葉に、アルシェは絶望の涙を流しながら何度も首を横に振ったが、すでにヘッケランたちは意気揚々と迷宮へのゲートをくぐろうとしていた。

(駄目、行っちゃ駄目!! あれは人間の入っていい場所じゃない!!)

アルシェの心の叫びも虚しく、フォーサイトの四人は『神々の遊技場』へと足を踏み入れた。

迷宮第一層から第三層。

内部は美しく舗装された石造りのダンジョンだった。

ヘッケランたちの警戒とは裏腹に、現れる魔物はスライムや下級のゴブリン、巨大ネズミなど、彼らの実力なら容易に蹴散らせるものばかりだった。

しかも、魔物を倒すとポンッと音を立てて『高品質な回復薬』や『金貨』がドロップする。

「おいおいおい、本当に宝の山じゃないか! しかもこのポーション、王都で買えば白金貨一枚は下らない超一級品だぞ!」

ロバーデイクが興奮気味に叫ぶ。

「これなら、あと数層潜ればアルシェの借金なんて――」

その時だった。

彼らが第四層への階段を下り、開けた広間に出た瞬間。

「――あら。今日は珍しく、人間の『お客様』ですね」

上空から、鈴を転がすような、しかしゾッとするほど冷たい声が降ってきた。

見上げれば、そこにいたのは、美しい女性の上半身と、禍々しい蜂の腹部と翅を持つ魔獣――『蟲女王(インセクトクイーン)』のアピトだった。

「なっ……! 陣形を組め!!」

歴戦の勘が、ヘッケランに「死」を直感させた。

アピトから放たれる気配は、これまで戦ってきたどんな魔物とも次元が違う。相対しただけで呼吸が浅くなるほどの圧倒的なプレッシャー。

「いきますよ、人間。私の動きに、一秒でもついてこられるかしら?」

アピトがふわりと微笑んだ。

次の瞬間。

――ヒュンッ。

「え?」

ヘッケランの視界から、アピトの姿が完全に『消失』した。

音が聞こえた時には、すでにすべてが終わっていた。

「ヘッケラ――」

ロバーデイクが叫ぼうとした声は、自身の首が胴体から滑り落ちたことによって途切れた。

イミーナは弓を構えることすらできず、心臓を鋭利な毒針で正確に貫かれて絶命。

アルシェに至っては、何が起きたのかすら認識できないまま、脳天から真っ二つに両断されていた。

新世界において「ミスリル級(英雄の領域)」に足を踏み入れていたフォーサイトの四人は、アピトが本気を出すまでもなく、たったの『0.1秒』で全滅した。

彼らは、反撃はおろか、防御姿勢をとることすら許されなかったのだ。

……

…………

「――はッ!!?」

ヘッケランが大きく息を吸い込み、跳ね起きた。

全身を触る。首は繋がっている。血も出ていない。痛みもない。

「あ、あれ……? 俺たちは……」

「おや、お帰りなさいませ。四層到達とは、人間の冒険者にしてはなかなか優秀ですね」

視線を上げると、そこは先ほどのコロッセオの受付。

トレイニーが、今度は温かいお茶を啜りながらニコニコと微笑んでいた。

ヘッケランの横では、ロバーデイクとイミーナが「死の感触」のトラウマにガタガタと震え、アルシェは白目を剥いて完全に気絶している。

「……死ん、だ。俺たちは、間違いなく死んだ……」

「ええ。アピトちゃんの刃で綺麗に斬られていましたよ。でも、腕輪の効果でこうして無事に『死に戻り』できたでしょう?」

トレイニーは、まるで「転んで怪我をした子供」を慰めるような口調で言った。

「あそこはね、我が主リムル様と、ラミリス様が作った『遊び場』なんです。だから、死ぬ気で挑んできてください。百回死んでも、千回死んでも、心さえ折れなければ何度でも蘇れますから」

それは、究極の慈悲であり――同時に、究極の理不尽だった。

自分たちが生涯をかけて磨き上げてきた武術も魔法も、あの迷宮の門番の前では「児戯」にすら届かない。自分たちは、神々が盤上で動かすチェスの駒ですらなかったのだ。

「あ……ああぁ……」

ヘッケランは床に崩れ落ち、ただ乾いた笑いを漏らすことしかできなかった。

この日、新世界の冒険者たちの間で、トブの大森林の迷宮は「一攫千金の夢の跡」から、「絶対に足を踏み入れてはならない、精神破壊の地獄」として語り継がれることとなったのである。

 

フォーサイトが迷宮の浅層で心を折られていた頃。

トブの大森林の反対側、深い瘴気に覆われた一角に、二つの影が忍び寄っていた。

「……ククク。間違いない。この森の奥から、かつてないほどの『死の気配(マイナスエネルギー)』が溢れ出している」

黒いローブに身を包んだ痩身の男――秘密結社ズーラノーンの幹部であり、高位の死霊使い(ネクロマンサー)であるカジット・デイル・バダンテールは、歓喜に震えていた。

彼の目的は、自身の愛する者を蘇らせるため、エ・ランテルという都市を死の都に変え、自らが強力なアンデッドになること。そのための儀式の準備を進めていた彼にとって、この森から放たれる規格外の死の気配は、大いなる力の源(あるいは伝説のアンデッドの存在)を確信させるものだった。

「あーあ、カジットちゃぁん。こんな気味の悪い森、アタシ嫌なんだけどぉ? さっさとエ・ランテルの人間どもをグチャグチャに切り刻んで遊びたいなぁ」

彼の横で、小柄な体に派手な装甲を纏った女――元・漆黒の聖典の第九席次であり、快楽殺人鬼のクレマンティーヌが、スティレット(短剣)を弄びながら不満げに口を尖らせている。

「黙れクレマンティーヌ。この奥にいる存在を我らの陣営に引き込めば、儀式など待たずとも世界は我々ズーラノーンの手に落ちる! 行くぞ!」

二人が瘴気の濃い森の奥へ進むと、突如として視界が開け、巨大な『黒い神殿』のような建造物が姿を現した。(※迷宮の別ルート、あるいはアダルマンが散歩のために構築した仮設神殿)

神殿の祭壇には、一人の『骸骨』が立っていた。

豪奢な神官服を纏い、片手には杖を握っている。だが、その骸骨の全身から放たれるオーラは、カジットがこれまでに使役してきたどのアンデッドとも――いや、ズーラノーンの頂点である『死の神』すらも遥かに凌駕する、底なしの深淵だった。

「おお……! おおぉ……!!」

カジットは感涙を流し、その場に跪いた。

「なんという美しき死の姿! 貴方様こそ、真の『死者の王(オーバーロード)』! どうか、このカジット・デイル・バダンテールを貴方様の配下として――」

「――無礼者」

骸骨――迷宮十傑が一柱、死霊の王(ゲヘナロード)アダルマンが、カジットの言葉を冷たく遮った。

「私が真の死者の王だと? 笑わせるな。この程度の力、我が偉大なる神、リムル様から賜った恩恵のほんのわずかな欠片に過ぎん!」

「り……むる様?」

カジットは困惑した。これほどの絶対的なアンデッドが、さらに上位の存在に仕えているというのか?

「えー、何その骨。なんか偉そうじゃぁん。アタシが粉々に砕いてあげよっかぁ?」

空気を読まないクレマンティーヌが、狂った笑みを浮かべながら超人的な速度で跳躍し、アダルマンの頭蓋骨に向けてスティレットを突き出した。

新世界の人間では決して反応できない、英雄クラスの神速の一撃。

しかし。

ガキンッ!!

「……え?」

クレマンティーヌの全力の一撃は、アダルマンの傍らの虚空から突如現れた、漆黒のフルプレートアーマーの騎士――死霊騎士(デスナイト)アルベルトの『指二本』によって、あっさりと受け止められていた。

「アダルマン様の御前にて刃を抜くなど。万死に値する」

アルベルトが指にわずかに力を込めた瞬間、新世界の希少な金属で打たれたはずのスティレットが、飴細工のように粉々に砕け散った。

「は……? 嘘、でしょ……?」

クレマンティーヌは、自身の唯一の拠り所であった「圧倒的な暴力」が、赤子の遊び以下に扱われたことで、初めて『本物の恐怖』に顔を引き攣らせた。アルベルトから放たれる剣気は、彼女がかつて所属していた漆黒の聖典の隊長すらをも遥かに超えていた。

「アルベルトよ、待ちなさい」

アダルマンが杖を掲げた。

「迷える子羊たちよ。お前たちは、死の力を操ることで『永遠』を得ようとしているようだな。だが、その思想はあまりにも浅薄! あまりにも無知!」

アダルマンの眼窩の奥の紅い炎が、カジットとクレマンティーヌを射抜く。

「真の永遠とは、真の力とは、ただ柱――我が神リムル=テンペスト様への『信仰』にのみ宿るのだ!! 見よ! これがリムル様より賜りし、奇跡の光である!!」

アダルマンが杖を天に突き上げると、黒い神殿の天井を突き破り、目眩くような『純白の光』が降り注いだ。

「な、なんだこれは!? ぎゃぁぁぁっ!?」

カジットは悲鳴を上げた。

アンデッドであるアダルマンが放ったのは、アンデッドにとって絶対的な弱点であり、相反するエネルギーであるはずの『高位神聖魔法(ホーリーマジック)』だったのだ!

「ば、馬鹿な! アンデッドが神聖魔法を行使するなど、世界の理に反している!!」

「理だと!? リムル様こそが理だ! リムル様こそが世界だ!! この神聖なる光すら、我が神への信仰の前ではアンデッドの身を癒やす奇跡へと変わるのだ!!」

アダルマンの放つ圧倒的な神聖気(ホーリーオーラ)は、カジットとクレマンティーヌの体を焼くのではなく、彼らの『魂』に直接流れ込み、その精神の形を強制的に作り変えていく。

それは精神支配の魔法ではない。

あまりにも巨大で、純粋で、絶対的な『信仰の暴力』による、強制的な魂の教化(洗脳)であった。

「アァァ……アァァァァ……!!」

カジットの脳内で、彼がこれまで信じてきた魔法の体系、死の定義、ズーラノーンの教えが、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。

同時に、その空いた空白に、「スライムの姿をした絶対神(リムル)」の神々しいイメージが、奔流のように流れ込んできた。

「あ、あぁ……なんという……なんという美しさだ……。私が求めていた真理は、こんなところにあったのか……!」

カジットの目から、黒い涙が溢れ出した。

横を見ると、先ほどまで殺人狂として笑っていたクレマンティーヌが、床に額を擦り付け、少女のように声を上げて泣きじゃくっていた。

「ごめんなさぁい! アタシが悪かったのぉ! リムル様、慈悲深きリムル様ぁ! この薄汚いアタシをお許しくださいぃぃッ!!」

「そうだ、その通りだ迷える子羊たちよ! さぁ、共に祈ろう! リムル様の素晴らしさを、この無知な世界に布教するのだ!!」

「「はいぃぃ!! アダルマン教皇猊下ァァァ!!」」

ここに、新世界最悪の秘密結社ズーラノーンの幹部二名は完全に消滅した。

代わりに誕生したのは、スライムを絶対神として崇め、神聖魔法と死霊魔法を同時に操る『狂信的なリムル教団』の筆頭宣教師たちである。

後日、新世界の周辺諸国に、白装束を着たカジットと、シスター服を着たクレマンティーヌが、満面の笑みで「リムル様の素晴らしさ」を説いて回るという、ある意味で最強のホラー現象が巻き起こることになる。

武力による絶望だけでなく、精神と信仰の概念すらも書き換えていくテンペストの『蹂躙』は、いよいよ新世界の隅々にまで根を張り始めていた。

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