テンペスト異世界転移   作:ネネカ大神

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第12話:傲慢なるエルフの王と、真なる『精霊女王』の降臨

新世界の遙か南方に位置する大樹海。そこに存在する『エルフの国』の王座にて、エルフの王デケム・ホウガンは不快げに舌打ちをした。

「……トブの大森林の中央に、強大な森の力を持つ『精霊の女王』が現れた、だと?」

王座の前に平伏する斥候のエルフ兵たちは、怯えきった声で報告を繰り返した。

彼らの報告によれば、トブの大森林は現在、未知の力によって異常な速度でその領域を拡大しているという。かつての森の生態系は完全に書き換えられ、高位の樹妖精(ドライアド)たちが森を統治し、そのさらに奥には「妖精と精霊の真の主」が君臨する地下迷宮が存在するらしい。

「ふん……。この私、偉大なるエルフの王であるデケム・ホウガンの治める森以外に、そのような不遜な真似をする輩がいるとはな」

デケムは己の絶対的な力と血統を信じて疑わない、極度の傲慢さを併せ持つ男だった。彼は強大な子孫を残すことのみに執着しており、自分の目に適う「強いメス」を常に探し求めている。

「しかし、『精霊の女王』か。……面白い。下等な人間の女や、弱小なエルフの女にはとうに飽きていたところだ。その女王とやらを捕らえ、私の種を孕ませるに相応しいか見極めてやろう」

デケムは立ち上がり、側近の近衛兵(彼に精神を破壊され服従しているエルフの精鋭たち)を引き連れ、トブの大森林へと自ら出向くことを決定した。

彼にとって、この世界に自分より上位の存在などいない。相手がどれほど強大な精霊であろうと、圧倒的な力で屈服させ、自らの玉座の傍らで奴隷にする。それが世界の理であると信じて疑わなかった。

数日後。

トブの大森林、地下迷宮(ダンジョン)の最上層に設けられたVIP用の特別応接室。

「うっわー、なにこのおっさん。アタシを見る目がすっごい気持ち悪いんだけど……」

テンペストの地下迷宮の主にして、精霊女王ラミリスは、空を飛びながらドン引きした顔でデケムを見下ろしていた。

事の起こりは数十分前。

迷宮の入り口に偉そうに現れたデケム一行は、案内しようとした樹妖精(ドライアド)のトレイニーに対し、「下等な妖精が私に気安く話しかけるな。女王を出せ」と攻撃魔法を放ったのだ。

当然、トレイニーは無傷だったが、「ラミリス様のお客人かもしれないから」と、渋々この応接室に彼らを案内したのである。

「ほう。貴様が精霊の女王か」

デケムは、ラミリスの小さな体と、その背中から放たれる純粋な精霊の波動を見て、下劣な笑みを浮かべた。

「見た目は羽虫のようだが……確かに、内包する力は素晴らしい。よし、光栄に思え。貴様を私の妻の一人として迎え入れてやろう。さぁ、こちらへ来て私の足に口づけをしろ」

「…………は?」

ラミリスは空中で完全にフリーズした。

長い時を生きてきた最古の魔王の一柱である彼女だが、ここまで直球で、しかも自分より遥かに弱小な存在からセクハラと服従の要求を受けたのは初めてだった。

「ちょ、ちょっとベレッタ! このおっさん、頭おかしいんじゃないの!? アタシの足元にも及ばない魔力しかないくせに、なんであんなに偉そうなの!?」

「……ラミリス様、お下がりください」

ラミリスの背後の虚空から、音もなく『神造の機巧魔将』ベレッタが実体化した。

滑らかな魔法鋼(マジックステีル)の流体装甲に身を包み、仮面を被った悪魔。彼から放たれる冷気のような怒りのオーラが、応接室の温度を急激に下げた。

「我が主、ラミリス様に対し、万死に値する侮辱。……貴様、ただで死ねると思うなよ」

ベレッタの宣告に対し、デケムは鼻で笑った。

「ゴーレムの分際で、この私に逆らうか。私はエルフの王だぞ! 精霊を操る大魔法使いにして、新世界最強の存在だ! 思い知れ、『土の精霊巨獣(ベヒモス)』!!」

デケムが魔力を解放し、新世界における最高位の召喚魔法を発動する。

応接室の大理石の床が隆起し、巨大な土の塊が、圧倒的な質量を持つ四つ足の魔獣へと姿を変えた。通常であれば、一国の軍隊を単騎で蹂躙できるほどの規格外の召喚獣である。

「やれ! その生意気なゴーレムをスクラップにしてしまえ!」

デケムの命令により、ベヒモスが地響きを立ててベレッタへと突進する。

「……ふん」

ベレッタは、身の丈ほどの巨大な大剣を片手で軽々と引き抜いた。

「そんな『泥人形』で、私と力比べをするつもりか? 片腹痛い」

次の瞬間。

ベレッタの姿がブレたかと思うと、ベヒモスの背後に音もなく着地していた。

直後、ズレる。

絶対的な質量と防御力を持つはずの土の精霊巨獣が、文字通り「サイコロの目」のように細かく幾何学的に切断され、ドサドサと音を立てて崩れ落ちたのだ。

「な……ッ!?」

デケムは目を見開いた。

自慢の最高位召喚獣が、瞬きする間に塵にされた。魔法による破壊ではない。純粋な物理的剣撃による、圧倒的な蹂躙。

「ば、馬鹿な! ならばこれならどうだ! 『精霊の怒り』よ、あの羽虫とゴーレムを焼き尽くせ!!」

デケムは焦りを隠せず、自身が使役できるありとあらゆる高位の属性魔法、精霊魔法を乱れ撃ちにした。炎、氷、雷が嵐のようにラミリスたちへと殺到する。

しかし。

「――ねぇ。さっきから『精霊、精霊』って偉そうに使ってるけどさ」

魔法の嵐の中心で、ラミリスが腕を組んで不機嫌そうに息を吐いた。

彼女に迫っていた炎も氷も雷も、彼女の数メートル手前でピタリと静止し、まるで『主人の前で怯える子犬』のように震え始めたのだ。

「あんた、精霊の声が全然聞こえてないじゃない。無理やり魔力で縛り付けてるだけでしょ? そんなの、アタシの子供たち(精霊)がかわいそうじゃない!」

ラミリスが、パチンと指を鳴らした。

「ほら、あんなおっさんの言うことなんか聞かなくていいわよ! 散りなさい!」

『――!!(歓喜の声)』

ラミリスの一声で、デケムが放った魔法の嵐は、まるで幻だったかのように光の粒子となって雲散霧消した。それどころか、デケムが自身の体内に従えていたはずの精霊たちすらも、一斉に彼の支配を抜け出し、ラミリスの周囲を嬉しそうに飛び回り始めた。

「な、なんだと……!? 私の魔法が……精霊たちが、私を拒絶しているだと!?」

デケムは自身の両手を見て愕然とした。

彼を強者たらしめていた魔法の源が、完全に枯渇したのだ。

精霊女王であるラミリスの前で「精霊魔法」を使うなど、海に向かってコップの水を投げつけるようなもの。絶対的なヒエラルキーの前に、デケムの力は完全に無効化された。

「さて、ラミリス様を侮辱した罪、その命で購ってもらおうか」

ベレッタが、冷酷な足音と共にデケムへと歩み寄る。

「ひ、ヒィッ……! ま、待て! 貴様ら、エルフの王である私を殺せば、全エルフが貴様らを敵に回すぞ!! お前たち! この者たちを仕留めろ!!」

デケムは背後に控える近衛兵たちに命令を下した。

しかし、近衛兵たちは誰一人として動かなかった。それどころか、彼らは皆、武器を床に投げ捨て、両目から大粒の涙を流しながら、ラミリスに向かって深く、深く平伏していたのだ。

「な……貴様ら、何をしている! 私の命令が聞けないのか!」

「……黙れ、偽りの王よ」

近衛兵の隊長が、血を吐くような声でデケムを睨みつけた。

「我らは今、理解した。我らの魂が、本能が叫んでいる。真に仕えるべき絶対の主、我らエルフの真の女神は、あそこにいらっしゃる妖精女王様(ラミリス様)なのだと!!」

エルフという種族は、元来精霊に近しい存在である。彼らがラミリスの『真なる精霊女王』としての格の波動を直接浴びてしまえば、デケムによる恐怖支配など一瞬で上書きされてしまう。

彼らにとって、ラミリスは種族の頂点であり、崇拝すべき絶対神そのものであった。

「お、お前たち……狂ったか!!」

「狂っていたのは貴様だ、デケム。我々は女神様の御前で、ついに真の光を見出したのだ!」

近衛兵たちが立ち上がり、かつての主であるデケムを取り囲む。

「ちょ、ちょっと待って! アタシ、別に女神様じゃないし、そんな崇められても困るんだけど!?」

ラミリスが慌てて否定するが、完全に狂信モードに入ったエルフたちには届かない。

「おお、女神様! なんという慈悲深きお言葉! ご安心ください、この不敬なる愚か者は、我々自身の手で捕縛し、迷宮の肥やしとして捧げます!」

「いやだから、捧げなくていいってば! ベレッタ、なんとかしてよー!」

「……ラミリス様。彼らの信仰心は本物のようです。労働力として迷宮の清掃係にでも任命してはいかがでしょう」

「ベレッタまで適当なこと言わないでよぉ!!」

こうして。

新世界において最大級の勢力を誇っていたエルフの国は、武力衝突を一切起こすことなく、ただラミリスが「そこに存在しただけ」で、国家ぐるみの『ラミリス狂信教団』へと変貌を遂げた。

エルフの王であったデケムは、かつての部下たちにボコボコにされた挙句、白金の竜王(ツァインドルクス)が監督する『迷宮の土木工事部隊』の下働きとして、永遠にスコップを握らされることとなったのである。

――同時刻。

魔国連邦(テンペスト)中央都市リムル、迎賓館の最上階。

「……なぁ。俺、なんか変な夢でも見てるのかな」

テンペストの盟主であるリムル=テンペストは、巨大な円卓の長を囲みながら、目の前に積まれた報告書の山を見て、遠い目をしていた。

円卓には、テンペストの最高幹部たちがズラリと顔を揃えている。

ベニマル、シオン、ソウエイ、ディアブロ、そしてテスタロッサをはじめとする原初の悪魔たち。

「夢ではございませんよ、リムル様」

ディアブロが、うっとりとした表情で恭しく一礼した。

「リムル様が『とりあえず周辺国家の情報を集めて、安全に商売ができるようにしてくれ』と仰られた、あの日からわずか数週間。……すべては、貴方様の深遠なるご計画の通りに進んでおります」

「いや、計画してない。全然してないから。なんだよこの報告書!」

リムルはバンッ! と机を叩き、羊皮紙を一枚ずつ読み上げた。

「『リ・エスティーズ王国、実質的な属国化。王女ラナーが自国を売り渡す密約にサイン』……テスタロッサ、お前お茶会しに行っただけじゃなかったのか!?」

「ふふっ。少々『躾』をしましたら、皆様とても協力的になってくださいましたのよ? リムル様のご威光のおかげですわ」

テスタロッサが扇子で口元を隠して微笑む。(※裏社会の八本指はすでにテンペストの流通の下請けとして、血反吐を吐きながら健全な運送業に励んでいる)

「次! 『バハルス帝国、我が国の道路建設に国家予算を全額投入し、軍を解体して土木作業員に転職。皇帝ジルクニフ、過労とストレスで倒れる』……って、どういうこと!? 道路作るだけなのになんで皇帝が倒れるんだよ!」

「ああ、それは俺がカッツェ平野で少し『実力』を見せたからです。ミリム様が暴れそうになったのもありますが、結果的に戦争は無くなりましたし、平和的解決でしょう?」

ベニマルが腕を組んで爽やかに笑う。(※平野の山を一つ消し飛ばしたことは伏せている)

「平和的……? まぁ、人が死んでないならいいけどさ……。次! 『スレイン法国、最高戦力の特殊部隊が消滅。国家機能が麻痺』……カレラァ!」

「えっ!? な、なんで私だって分かるの!?」

目を泳がせるカレラを、リムルはジト目で睨みつける。

「お前以外に核撃魔法をぶっ放す奴がいるか! 『殺しすぎるな』って言っただろ!」

「殺しすぎてないもん! ちょーっと向こうから手を出してきたから、威嚇のつもりで撃ったら、なんか勝手に消し飛んだだけで……」

「威嚇で国が傾く魔法を撃つな!!」

リムルは頭を抱えた。

「あと、ラミリスから『エルフの国が丸ごとアタシの信者になったんだけど助けて!』って念話が来たし……。アダルマンのところには『リムル教』とかいうヤバいアンデッドの狂信者集団(元ズーラノーン)が住み着いて布教活動始めてるらしいし……」

リムルは大きなため息をつき、ソファに深く背中を預けた。

「俺はただ、美味しいご飯を食べて、みんなと楽しく交易がしたかっただけなのに……。なんで数週間で、この大陸の国家が全部うちの傘下に入って、俺が『神様』扱いされてるんだよ……」

「クフフ……。それこそが、リムル様が絶対者であられる証左」

ディアブロが、まるでオーケストラの指揮者のように両手を広げた。

「武力などという野蛮な手段を用いずとも、リムル様の存在、その文化、その技術、そして我々配下の一挙手一投足が、新世界の者たちにとっては『抗うことの許されない次元の暴力』なのです。結果として、彼らは自ら平伏し、リムル様の足元に縋り付く道を選んだ。……完璧な、無血開城にございます!」

「「「おおぉぉ……!! さすがはリムル様!!」」」

幹部たちが一斉に感嘆の声を上げ、拍手喝采が巻き起こる。

シオンに至っては「リムル様の偉大さが新世界に知れ渡り、私は感無量です!」と号泣し始めている。

(……駄目だこいつら、完全に自分たちのやってる理不尽(チート)を自覚してない)

リムルは突っ込みを諦め、出された極上の紅茶をすするしかなかった。

武力で蹂躙する魔王(アインズ)がいなかった代わりに、この新世界は「常識と経済と文化を圧倒的な暴力で上書きする」という、より恐ろしいスライムの陣営によって、完全に、そして平和裏に征服されてしまったのである。

「……まぁ、みんな無事だし、ご飯も美味しいし、いっか」

リムルのその呑気な呟きをもって。

新世界の全国家は、魔国連邦(テンペスト)という巨大すぎる絶対的システムの『一部(下請け)』として、新たな歴史を歩み始めるのだった。

(テンペスト新世界編・第一部 完)

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