テンペスト異世界転移   作:ネネカ大神

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第19話:新世界首脳会議と、胃痛に苛まれる王たちの晩餐

魔国連邦(テンペスト)が新世界(トブの大森林周辺)に出現してから、およそ半年。

この日、テンペストの中央都市リムルは、建国祭にも似たかつてない熱気と華やかさに包まれていた。

『第一回・新世界平和連盟および交易協定をむすぶための首脳会議』

……という、リムル=テンペストが考案した(どこか気の抜けた)名目のもと、新世界に存在する主要国家の指導者たちが、テンペストの迎賓館に一堂に会することとなったのである。

テンペストの誇る超高級VIPラウンジ。

ふかふかのソファに腰を下ろした各国の首脳たちは、提供された極上の紅茶を前にしながら、誰一人として口を開こうとせず、ただ重苦しい沈黙と「胃痛」を共有していた。

 

「……バハルス帝国の、皇帝陛下とお見受けする。お加減でも悪いのか?」

 

沈黙を破ったのは、竜王国の女王、ドラウドゥロン・オリクルスだった。

彼女の視線の先では、かつて『鮮血帝』として新世界にその名を轟かせていた若き皇帝ジルクニフが、げっそりと頬をこけさせ、手元の胃薬(テンペスト製・超絶効果の回復薬)をガリガリと噛み砕いていた。

 

「……フッ。見苦しいところを見せたな、竜王国の女王陛下。いや……もはや『元・皇帝』と呼ぶべきかもしれんがね」

 

ジルクニフは自嘲気味に笑った。

 

「我が帝国の軍は、テンペストの工作部隊(ゲルド軍)の下請けとして、毎日楽しそうに道路の舗装とトンネル掘りをしている。近衛騎士団は、あのハクロウという老人の道場で木刀の素振りをさせられ、毎日泡を吹いて倒れている。……我が国はもはや、巨大な土建屋と化したのだ」

 

「奇遇じゃな」

 

ドラウドゥロンが、同情の籠もった目でジルクニフを見た。

 

「我が国も、獣人の大軍をたった三人の魔物に文字通り『すり潰された』後、彼らが持ち込んだ農業技術と果樹園の経営に国を挙げて取り組んでおる。……信じられるか? 我が国の財務大臣が『テンペストへのフルーツ輸出量が落ちれば国が滅びる!』と泣きながら畑を耕しておるのじゃぞ」

 

「お気持ち、痛いほど分かりますわ」

 

二人の会話に加わったのは、ローブル聖王国の聖王女、カルカ・ベサーレスだった。

 

「我が国は、あのシュナ様とアダルマン様の『奇跡』を目の当たりにして以来、国民の九割が『魔王リムル様こそが真の神』だと改宗してしまいました。……神殿の祭壇には、六大神ではなく『スライムのぬいぐるみ』が祀られ、毎朝祈りを捧げているのですよ。狂気としか思えませんが、誰も病気にならず、飢えることもなくなったため、誰も文句を言わないのです」

 

皇帝、女王、聖王女。

かつて新世界の歴史を動かしてきた三人の最高権力者たちは、互いの境遇を語り合いながら、深い絶望(と、それに相反する絶対的な平和)にため息をついた。

武力による破壊ではなく、圧倒的な「文化、技術、そして食と経済」による蹂躙。

彼らは皆、真綿で首を絞められるように、気づけばテンペストという超巨大なシステムの依存症(奴隷)にされていたのだ。

 

「――おやおや。皆様、ずいぶんと話が弾んでおられるようですわね」

 

ラウンジの扉が開き、優雅な足音と共に一人の美女が現れた。

原初の白(ブラン)――テスタロッサである。

 

「ヒッ……!!」

 

その姿を見た瞬間、同席していたリ・エスティーズ王国の国王ランポッサ三世(と、付き添いのラナー王女)が、ビクッと肩を震わせた。王国は彼女たった一人の「お茶会」によって、完全に裏から掌握されているからだ。

 

「申し遅れました。本日の会議の進行を務めさせていただきます、テスタロッサと申します。……皆様、どうか緊張なさらずに。リムル様は『みんなで楽しくご飯を食べながら、仲良くしよう』と仰っておりますのよ?」

 

テスタロッサが扇子で口元を隠して微笑むと、首脳たちの背筋に氷のような悪寒が走った。

(仲良くしよう=逆らえば国ごと地図から消す、という意味だ……!!)

全員の思考が、完全に一致した瞬間だった。

 

「さぁ、会議の前に、皆様には我が国の『素晴らしさ』を少しだけ見学していただこうかと。どうぞ、こちらへ」

 

テスタロッサに案内され、首脳たちがバルコニーに出ると、眼下のメインストリートでは『テンペスト軍事パレード』が行われていた。

 

「な、なんだあの行軍は……! 一糸乱れぬ動き……それに、放たれる闘気が狂っている!」

 

ジルクニフが手すりに身を乗り出して叫んだ。

彼らの目の前を行進しているのは、テンペストの末端兵士たち。

しかし、新世界の基準で言えば、ただのホブゴブリンの一兵卒ですら『ミスリル級(一流)』から『オリハルコン級(英雄)』に匹敵する魔力と装備(クロベエ工房の特注品)を有している。

それが数万という規模で、完璧な統率のもとに行進しているのだ。

 

「あちらをご覧ください。我が国の軍団長たちですわ」

 

テスタロッサが指差す先。

巨大な漆黒の狼(ランガ)の背でドヤ顔をしているゴブタ。

飛竜の編隊を率いて空を舞うガビル。

そして、その背後に続く、漆黒の執事服とメイド服に身を包んだ集団――『黒色軍団(ブラックナンバーズ)』。

 

「ア、アァァァ……ッ!!」

 

その『黒色軍団』を見た瞬間、竜王の血を引くドラウドゥロンが、恐怖で膝から崩れ落ちた。

 

「悪魔……それも、一国を一夜で消し去れるほどの『災害級の悪魔』が、数百……いや、数千もいるじゃと!? ば、馬鹿な! この世界にそれほどの破滅が存在して良いはずがない!!」

 

「ふふっ。彼らは我が国の『ただの雑用係』ですわ。本日はお祭りですので、気合が入っているようですね」

テスタロッサの言葉に、ジルクニフは完全に白目を剥いた。

災害級の悪魔が、雑用係。もはや思考することすら無駄だ。この国は、神々が戯れる盤上ですらない。

パレードの熱狂の中、沿道には奇妙な集団の姿もあった。

 

「リ・ム・ル様ぁぁっ!! リムル様ぁぁっ!! 万歳! 万歳!!」

 

「はっはっは! 見よ、あの慈愛に満ちたスライムのお姿を! あれこそが我々の救済なのだ!」

 

沿道の最前列で、手作りの「リムル様うちわ」と「法被(はっぴ)」を着て、誰よりも大きな声で絶叫している小柄な少女。

王国最高峰の冒険者であったはずの吸血鬼、イビルアイ(現在の肩書き:リムル様ファンクラブ名誉会長)である。

その隣では、聖王国の元副官ネイア・バラハが、通行人に向かって「リムル様の素晴らしさを記した教典」を配り歩いている。

 

「……あれは、我が国の蒼の薔薇の……? それに、聖王国の兵士まで……」

 

ランポッサ三世が震える指で彼らを指差すが、カルカは静かに目を逸らした。

 

「……見なかったことにしましょう。彼女たちは今、これまでの人生で最も幸せそうな顔をしていますから」

 

パレード見学で完全に心を折られた首脳たちは、次に『地下迷宮(ダンジョン)』の入り口へと案内された。

 

「ここは我が国の娯楽施設兼、資源の採掘場ですの。……おや? あそこで掃除をしているのは」

 

テスタロッサが声をかけた先。

迷宮の入り口の床を、モップで必死に磨いている『二人の清掃員』がいた。

一人は、白と黒の髪を振り乱し、メイド服のような清掃着を着た少女。

もう一人は、白金色の鎧(中身は空洞で、遠隔操作されている竜王の鎧)にエプロンをつけた存在だった。

 

「ひぃぃっ! ゼ、ゼギオン様のお怒りに触れないように、チリ一つ残しちゃ駄目! もっと早く拭いて、ツァインドルクス!!」

 

「言われずとも分かっておる! ああ、なぜ新世界最強の竜王である私が、ダンジョンの床磨きなど……いや、サボっているのがヴェルドラ様にバレたら、今度こそ次元の彼方に消し飛ばされる!!」

 

人類最強の『絶死絶命』と、世界の守護者たる『白金の竜王(ツァインドルクス)』。

新世界の頂点に君臨していたはずの二人が、半泣きになりながら床を磨き、通りがかるテンペストの魔物たちに「ご苦労さまー」と声をかけられてペコペコと頭を下げている。

 

「…………」

 

ジルクニフの口から、魂のようなものが抜け出た。

人類最強の神人が、雑巾がけをしている。そして、伝説の竜王がモップを洗っている。

(もう……降伏だ。いや、すでに降伏しているが……私の魂まで、あのスライムに捧げよう。逆らうなどという概念すら、この世から消し去らねば……!)

そして、いよいよ首脳会議(という名の晩餐会)が幕を開けた。

超巨大な円卓。

上座に座るのは、神々しいまでの魔力(オーラ)を無意識に垂れ流す、銀髪の美少女……いや、魔国連邦盟主・リムル=テンペストである。

その背後には、原初の黒(ディアブロ)と第一秘書(シオン)が、まるで死神のように冷徹な笑みを浮かべて控えている。

 

「えー、みんな、遠いところわざわざ集まってくれてありがとな!」

 

リムルが、どこまでも気さくに、明るく口を開いた。

しかし、その声を聞いた瞬間、円卓に座る首脳たちは全員がビクッと体を震わせ、冷や汗を流して居住まいを正した。

(来た……! ついに、魔王からの『最終宣告』が下されるのだ!)

ジルクニフが唾を飲み込む。

(我々をどのように支配するつもりか。奴隷か? それとも、生きたまま魔力のタンクとして扱われるのか?)

 

「今日集まってもらったのは他でもない。……せっかくこうして縁があって近くに住むことになったんだし、国境とか関税とか、そういう面倒なものを取っ払ってさ。みんなで『一つの大きな経済圏(連盟)』を作らないか? っていう提案なんだ」

 

リムルの言葉に、首脳たちの脳内で「翻訳」が行われた。

『国境の撤廃』=【全領土の無条件明け渡し】。

『経済圏の統一』=【全財産および資源の没収と管理】。

 

「あ、もちろん強制じゃないぞ? でもさ、連盟に入ってくれたら、うちの技術(インフラやポーション)は全部原価で提供するし。もしどこかの野盗とか、厄介な魔物(竜王とか)に襲われたら、うちの軍隊(ベニマルたち)が無償で守りに行くからさ。……どうかな?」

 

『強制じゃない』=【断れば明日、貴様らの国は地図から消える】。

『無償で守りに行く』=【少しでも反逆の兆しを見せれば、黒炎で山ごと蒸発させる】。

完璧な、そして一切の逃げ場を許さない「絶対支配の提案」。

ジルクニフは、ガタガタと震える手で、あらかじめ用意されていた『条約書』の羽ペンを握った。

(なんという……なんという恐ろしい魔王だ。血の一滴も流さず、満面の笑みで、我々に『自分から首輪をつけろ』と要求している。これほどまでに深遠で、完璧な支配計画を思いつくとは……このリムル=テンペストの知略は、文字通り神の領域だ!!)

 

「て、帝国の全面的な参加を……お、お約束いたしますッ!!」

 

ジルクニフが、泣きそうな顔で条約書にサインをした。

 

「王国も……喜んで、参加させていただきます……」

 

ランポッサ三世が震える手でサインをする(その横で、ラナー王女だけがうっとりとした表情でテスタロッサを見つめている)。

 

「竜王国も!」「聖王国も、我らが神の御心のままに!!」

 

次々と、一瞬の躊躇もなくサインされていく条約書。

それを見たリムルは、パッと花が咲くような無邪気な笑顔を見せた。

 

「おっ、みんな話が早くて助かるよ! よーし、これで関税の計算とか面倒な手続きなしで商売ができるな! じゃあ、堅苦しい話はここまでにして、宴会にしようぜ! 今日はうちのシュナとゴブイチが気合入れて作った『すき焼き』だからさ!」

 

「「「す……すき焼き?」」」

 

首脳たちが戸惑う中、運ばれてきたのは、新世界では見たこともない謎の黒い鍋と、霜降りの極上肉(アピトが迷宮で狩ってきた特上の魔獣肉)。そして、醤油と砂糖の暴力的なまでに食欲をそそる香りが、会議室を包み込んだ。

 

「ほらほら、遠慮せずに食べてみてくれ! 生卵にくぐらせて……」

 

ジルクニフが、震える箸で肉を口に運んだ。

――瞬間。

 

「…………ッッッ!!!!」

 

皇帝の脳内に、雷が落ちた。

美味い。美味すぎる。これまで皇帝として食べてきた宮廷料理の全てが、ただの「塩のかたまり」に思えるほどの、異次元の美味。

甘辛いタレと、とろけるような肉の旨味。そして、それを包み込む生卵のまろやかさ。

 

「あぁ……ああぁぁぁぁ……ッ!」

 

ジルクニフの目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。

恐怖と、絶望と、そして――圧倒的な快楽。

 

「美味い……! 美味いぞぉぉ!! 帝国万歳! いや、テンペスト万歳!! リムル様万歳!!」

 

「なんという美味じゃ! これを食べられるなら、国の一つや二つ、安いものじゃ!」

 

「あぁ、やはりリムル様は神! 食の神でもあらせられた!!」

 

かつての絶対権力者たちが、たった一枚の「すき焼きの肉」によって完全に自我を崩壊させ、涙を流しながら鍋をつつくという、異常極まりない宴会が始まった。

その狂騒の様子を、リムルは上座でオレンジジュースを飲みながら、ドン引きした顔で眺めていた。

(……なんか、みんな泣きながら肉食ってるんだけど。そんなに自国の料理マズかったのかな? まぁ、喜んでくれてるみたいだし、いっか)

リムルが呑気にそんなことを考えている背後で、ディアブロが感涙に咽び泣いていた。

 

「クフフ……素晴らしい。あまりにも完璧で、深遠なるリムル様の絶対支配の完成です」

 

ディアブロは、自身の主の背中を恍惚とした表情で見つめた。

武力による恐怖を一切使わず。

ただ「道路を作り」「文化を与え」「圧倒的な力をチラ見せし」、最後に「極上の食事」で相手の胃袋と精神を完全に掌握する。

人間という下等生物の心理を完璧に計算し尽くした、悪魔すらも戦慄する神業的な侵略。

 

「さすがは我らが主……。新世界の王たちは、もはやリムル様の庇護なしでは一日たりとも生きていけない体(依存症)になってしまった。リムル様の慈悲と残酷さが入り混じった、最高の盤面にございます」

 

「シオンも、この歴史的瞬間に立ち会えて感無量です! いつでも彼らの首を刎ねる準備はできていましたが、リムル様の『胃袋で支配する』という策、恐れ入りました!!」

 

「え? なに? ディアブロ、シオン、どうかしたの?」

 

リムルが不思議そうに振り返る。

 

「いえ! リムル様の世界征服の御手腕、我々一同、魂の底より感服いたしました!」

 

「だから世界征服なんかしてないってば!! 俺はただ、美味しいもの食べてゴロゴロしたいだけなのに!!」

 

リムルの悲痛なツッコミは、すき焼きに狂喜乱舞する新世界の王たちの歓声にかき消されていった。

こうして、スライムの姿をした魔王の『無自覚な優しさと、圧倒的な文化の暴力』によって、ただの一滴の血も流されることなく、完全に、そして永遠に統一されることとなったのである。

誰もが美味い飯を食い、誰もが安全な道を歩き、そして誰もが「テンペストには絶対に逆らってはいけない」と本能で刻み込まれた絶対平和の時代。

それこそが、魔国連邦が新世界にもたらした、最も恐ろしく、最も幸福な『究極の理不尽』の結末であった。

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