テンペスト異世界転移   作:ネネカ大神

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第23話:神聖なる狂信の終わりと、原初(あくま)の監査業務(オーディット)

人類の守護者であり、非人間種族の排斥を教義とする新世界最大の宗教国家――スレイン法国。

その中枢である『最高神官会議』の円卓は、文字通り「絶望」という名の重圧でひしげそうになっていた。

 

「……『漆黒聖典』が消滅して、三ヶ月。ついに、我々が恐れていた最悪の事態が現実のものとなった」

 

最高神官長が、血の気の失せた顔で重々しく口を開いた。

 

「バハルス帝国、リ・エスティーズ王国に続き、ローブル聖王国までもが、あの『魔国連邦(テンペスト)』なるバケモノの巣窟に降った。我が国の斥候からの報告によれば、聖王国の民は今や六大神を捨て、スライムのぬいぐるみを拝んでいるという……! 嘆かわしい! 狂っている!!」

 

円卓を囲む神官長たちが、次々と頭を抱え、あるいは怒りで机を叩いた。

彼らにとって、魔物は「人類の敵」であり「駆逐すべき汚物」である。それが、こともあろうに人類の国家を完全に支配し、平和と豊かさを与えてしまっている。スレイン法国の存在意義(アイデンティティ)が、根底から崩れ去ろうとしていた。

 

「どうにかならないのか!? 我々には六大神が遺された究極の宝物(世界級アイテム)――『傾城傾国』があったはずだろう!」

 

一人の神官長が血走った目で叫ぶが、別の神官長が絶望に顔を覆って首を横に振った。

 

「馬鹿を言うな! 『傾城傾国』は、漆黒聖典がかの金髪の悪魔(カレラ)に遭遇した際、奴の放った理不尽極まりない魔力砲によって、彼らもろとも文字通り『消滅』してしまったではないか!! 世界の法則を捻じ曲げるアイテムが、ただの暴力で蒸発するなど……信じられるか!?」

 

沈黙が落ちた。

最強の武力であった漆黒聖典も、絶対の切り札であった傾城傾国も、とうの昔にテンペストの『原初』の手によってゴミのように払拭されていたのだ。

今の法国には、もはやテンペストに対抗する手段は一つとして残されていなかった。

 

「……こうなれば、もはや手段は選べん」

 

最高神官長が、覚悟を決めたように立ち上がった。

 

「六大神の威光を示すため、最終儀式『神威降臨』を行う! 国民の半数の命(魂)を代償に、最高位の天使をこの地に召喚するのだ! スライムの魔王ごとき、神の使いの光で浄化してくれよう!」

 

もはや正気の沙汰ではなかった。魔物を排斥し、人類を守るはずの彼らが、魔物を倒すために自国民を犠牲にするという本末転倒な決断。

だが、狂信に囚われた彼らは「うむ! 人類(我ら)の尊厳を守るためには致し方ない!」と次々に賛同し、儀式の詠唱に入ろうとした。

――その瞬間だった。

 

「クフフフフ……。それは、非常に無駄な思いつきですね」

 

突如。

強固な魔法結界によって何重にも守られているはずの絶対安全圏(サンクチュアリ)の空間が『黒い歪み』を生み出し、そこから一人の男が優雅に歩み出てきた。

漆黒の執事服に身を包んだ、赤のメッシュが入った黒髪の美男子。

原初の黒(ノワール)――魔王リムルの第一秘書(自称)、ディアブロである。

 

「な、貴様……!? どこから侵入した!! ここは法国の最高機密空間だぞ!!」

 

神官長たちが一斉に立ち上がり、護身用の魔法陣を展開する。

しかし、ディアブロはそんな彼らを一瞥すらせず、片手に持った「バインダー(帳簿)」をパラパラと捲りながら、冷徹な微笑を浮かべていた。

 

「侵入? おかしなことを仰る。リムル様の歩む道に入室できない空間など存在しませんよ。……それにしても、先ほどの会話、非常に不愉快でした」

 

ディアブロの目が、スッと細められた。

その瞬間、会議室内の空気が物理的に超圧縮され、神官長たちの肺から酸素が強制的に奪い取られた。

 

「ガ、アァァ……ッ!!」

 

「息が、できな……ッ!?」

 

ディアブロから漏れ出た、ほんの数パーセントの【覇気】。

ただそれだけで、人類最高峰の魔法詠唱者たちである神官長たちは、床に這いつくばり、白目を剥いて痙攣を始めた。

 

「天使を召喚する? その程度の羽虫を呼ぶために、リムル様の新たな領土となるこの国の資産(人間)を半数も無駄に消費しようなど……。経営戦略として最悪と言わざるを得ません」

 

ディアブロは、ゴミを見るような目で神官長たちを見下ろした。

 

「それに、貴様らは根本的に勘違いをしています。カレラが漆黒聖典とやらを消し飛ばしたのは、ただの『ご挨拶』。我が主の真の恐ろしさは、武力などではありません」

 

ディアブロが右手を振り上げ、彼らの魂を刈り取ろうとした、その時。

 

『あー、あー。ディアブロ、聞こえるか?』

 

「ハッ!」

 

突如、ディアブロの脳内に響いた『愛しの主(リムル)』の念話(テレパシー)。

その瞬間、先ほどまでの激怒の悪魔は嘘のように消え去り、ディアブロは頬を赤らめ、両手を揉み手にして空中に向かってニパッと笑った。

 

「はい! もちろんでございますリムル様! ディアブロはいつでもリムル様のお声を――」

 

『うん、ごめんごめん、ちょっといいかな。今、法国の偉い人たちに会いに行ってるんだよな?』

 

「はい。現在、無能な経営陣(ゴミ共)のリストラを……」

 

『あ、ダメダメ! 殺しちゃダメだぞ! ほら、法国ってすごく歴史が古くて、珍しい魔法アイテムとか、古代の遺跡とかいっぱい持ってるらしいじゃないか。この間壊れちゃった傾城傾国みたいなスゴイのがまだあるかもしれないし』

 

「……はっ」

 

『だからさ、殺して国を焦土にしちゃうと、そういう貴重な文化財が失われちゃうだろ? そういうのは、ちゃんと保護して、後世に残さないと。だから、平和的に……そうだな、『文化財の管理責任者』として、彼らにはこれからも法国の歴史を広めるために頑張ってもらいたいなー、って思ってるんだけど』

 

(――なんと!!)

 

ディアブロの脳内に、電撃が走った。

リムルの言葉が、彼の悪魔的な頭脳で超高速に『翻訳』されていく。

 

(リムル様は仰った。『文化財を保護しろ』『彼らを管理責任者にしろ』と。つまりこれは……この愚かな宗教国家が溜め込んできた全ての遺産を没収し、テンペストの『歴史博物館』として改修せよという御命令! さらに、この神官共を殺すことなく、未来永劫『博物館の館長と学芸員』として、無給で働かせ続けろという、あまりにも冷酷かつ完璧な支配計画……!!)

 

「クフフフ……アハハハハハハ!! 素晴らしい! 素晴らしすぎますリムル様!! なんと深遠なる御慈悲と合理性!! このディアブロ、主の意を完璧に汲み取り、必ずやスレイン法国を『最高の観光地(テーマパーク)』へと作り変えてみせましょう!!」

 

『お、おう? 観光地? まぁ、うまくやってくれ。頼んだぞー』

 

念話が切れた。

ディアブロは、スゥッと深呼吸をすると、先ほどまでの殺気を完全に引っ込め、再び優雅な執事の顔に戻って神官長たちを見下ろした。

 

「……貴様らに、朗報です」

 

「ひ、ひぃぃ……! な、なにをする気だ……!」

 

「慈悲深き我が主は、貴様らの命を奪うなと仰りました。よって、本日この瞬間をもって、スレイン法国は魔国連邦の『直轄・歴史テーマパーク』として生まれ変わります」

 

ディアブロはバインダーにスラスラと羽ペンを走らせた。

 

「非人間排斥の教義は廃止。本日より、貴様らの崇める神は『リムル様』一柱となります。この神殿は『テンペスト文化財展示館』に改装。そして……貴様ら最高神官は、本日より『名誉学芸員(無給)』として、我が国の魔物の観光客たちを笑顔で案内する業務に就いていただきます」

 

「ふ、ふざけるな!! 我ら六大神の末裔たるスレイン法国が、スライムの作った国の……かんこうち、だと!? 魔物に頭を下げて案内など、そんな屈辱を飲むくらいなら、舌を噛んで死んでやる!!」

 

最高神官長が叫んだ。

 

「おやおや。死ねると思っているのですか?」

 

ディアブロが、極上の笑顔を向けた。

 

「貴様らの魂の管理権は、すでに私が掌握しました。自殺しようが、寿命を迎えようが、魂を即座に引き戻し、再び肉体を構築して差し上げます。……ええ、永遠に、です。リムル様の偉大さと、かつての法國の愚かさを、死ぬまで……いや、死んだ後も観光客に語り継ぐ。それが貴様らに与えられた『罰(しごと)』です」

 

悪魔の宣告。

絶対に死ぬことすら許されない、永遠の屈辱と奉仕の契約。

切り札を全て失っていた彼らには、もはやその呪縛から逃れる術は一つもなかった。それを悟った瞬間、神官長たちの心は「ポキッ」という物理的な音を立てて完全に折れ去った。

 

「あ……ああぁぁ……。神よ、六大神よ……我々を、お救い……」

 

「これより、第一回『接客スマイル・地獄の研修』を始めます。リムル様を称える文句を、心を込めて一万回唱和しなさい。……クフフ、声が小さいですよ?」

 

数週間後。

かつて非人間種族を迫害し続けてきた宗教国家スレイン法国の中心地は、エルフやドワーフ、そして多くの魔物の観光客で賑わっていた。

 

「さぁさぁ皆様! こちらが我が偉大なる神、魔王リムル様が保護を命じられた『六大神の遺産コーナー』でございます! リムル様の御心の前には、これらのアイテムもただのガラクタですが、歴史的価値はございます! どうぞお写真を!」

 

かつて人類至上主義を掲げていた最高神官長が、テンペスト印の『ガイド用ハッピ』を着て、満面の営業スマイルで魔物の観光客たちに案内をしている。

その目には一切の光がなく、ただ機械のように接客マニュアルをこなすだけの存在と化していた。

 

「あはは! リムル様ってすっげー! 法国の偉い人も、すっかりリムル様ファンじゃん!」

 

「全くだな! テンペスト最高!」

 

観光客たちが笑いながら通り過ぎていく。

その光景を、リムルは(変装用の仮面を被ったまま)遠くからドン引きしながら眺めていた。

 

(……なんか、ディアブロに『文化財の保護をよろしく』って頼んだだけなんだけど。どうして法国が『テンペスト歴史博物館』になってて、人類至上主義だったはずのお爺ちゃんたちがハッピ着て魔物のガイドやってるの……?)

 

リムルは、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。

 

「サトル様ー! こっちで売ってる『法国名物・神聖饅頭』、めちゃくちゃ美味しいっすよ!」

 

ゴブタが両手に饅頭を抱えて走ってくる。その後ろには、先日ペットにしたばかりの神話級災厄獣(ポチ)が、尻尾を振りながらついてきている。

 

「あ、うん。後で食べるよ……」

 

もはや、新世界においてテンペストに逆らえる勢力は存在しなくなった。

圧倒的な武力で全てを失わせた後、経済と精神までを徹底的に管理する。魔国連邦の「文化という名の理不尽な暴力」は、この世界のあらゆる組織を完璧なまでに呑み込んでしまったのである。

 

(……まぁ、誰も死なずに楽しそうにやってるみたいだし! よーし、次はどこの街に遊びに行こうかな!)

 

世界の全てを無自覚に屈服させたスライムは、今日ものんきに冒険者ライフを満喫するのだった。

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