テンペスト異世界転移   作:ネネカ大神

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第25話:天を裂く『虚無の軍勢』と、魔国連邦の超大型祭典(レイドイベント)

その日、新世界の空が『割れた』。

比喩表現ではない。

トブの大森林の遥か上空、大気が薄れゆく成層圏の高みにおいて、どこまでも青く澄んでいた空に、突如として「ピキッ」という巨大なガラスにヒビが入るような絶望的な音が響き渡ったのだ。

その耳障りな亀裂音は、瞬く間に大陸全土の空へとクモの巣のように広がり――次の瞬間、世界を覆う天蓋が物理的に砕け散った。

現れたのは、星の光すら飲み込む漆黒の『次元の裂け目』。

そして、その深く暗い穴の奥から覗く、血のように赤く濁った異次元の宇宙空間と、大陸一つを丸呑みにできそうなほど巨大で、蠢く『無数の眼球』であった。

 

「あ……あぁ……。空が、落ちる……」

 

魔国連邦(テンペスト)の統治下に入り、すっかり近代都市へと生まれ変わったエ・ランテルの街。

そこでテンペスト資本のラーメン屋『大森林の豚骨』の店主として第二の人生を歩んでいた元ギルドマスターのアインザックは、手から湯切りザルを落とし、空を見上げてへたり込んだ。

異常は空の亀裂だけではない。

裂け目から、真っ黒な靄(もや)のような、ヘドロのような泥濘が、巨大な滝となって地上へと降り注ぎ始めたのだ。

それは単なる泥ではない。一つ一つが新世界の神話に語られる『災厄獣』をも軽く凌駕する、異次元の怪物――【虚空の落とし子(ヴォイド・スポーン)】の大群であった。

定まった形はない。ある者は無数の触手と赤い眼球を持ち、ある者は空間そのものを噛み砕く無数の牙を持つ。

その数は万や億ではきかない。文字通り、空を黒く塗りつぶすほどの軍勢が、新世界という「豊かな魔力を持つ餌場」を目指して雪崩れ込んできたのである。

 

「神よ……! 光の神々よ! 我らをお救い――いや、もう神すらいないのだ……ッ!」

 

かつてスレイン法国の最高権力者であった元・神官長たちは、現在テンペスト特製『スライム饅頭』の販売員として働いていたが、今は売り物の饅頭を放り出し、道端に伏して泣き叫んでいた。

絶対の神すら喰らい尽くすような宇宙の悪意を前に、彼らの精神は完全に崩壊しかけていた。

 

「……終わった。我々の世界は、完全に終わったのだ」

 

テンペスト地下迷宮の応接室。

巨大なモニター越しに外の惨状を見ていた『白金の竜王(ツァインドルクス)』は、握りしめていたモップを床に取り落とした。

隣にいる常闇の竜王も、七彩の竜王も、その顔に深い絶望を張り付かせてガタガタと震えている。

 

「ツァインドルクス先輩……あれは、何なんですッ!? 私の始源の魔法(ワイルド・マジック)の魔力が、あいつらが空から降ってくるだけで、ごっそりと吸い取られていくんですが!?」

 

「アレは……かつて竜の始祖が恐れと共に予言した『星喰らい』。次元の狭間を漂い、世界そのものを捕食する虚無の概念だ。いかなる魔法も通じず、触れるだけで魂ごと消滅する。八欲王ですら、アレが現れれば戦わずして逃げ出しただろう」

 

ツァインドルクスは、膝から崩れ落ちた。

 

「テンペストの強さがどれほどのものかは、この身をもって知っている……。だが、アレは『数』と『概念』が違いすぎる。この世界は今日、一つの細胞も残さず宇宙の塵となるのだ……」

 

新世界の全ての生命が、本能で「絶対の死」を悟り、涙を流して空を見上げていた。

――一方、その頃。

世界が完全なる絶望に沈む中、魔国連邦(テンペスト)中央都市リムルの最高幹部会議室には、重苦しい空気が……ただの1ミリも流れていなかった。

むしろ、活気と熱気、そして奇妙なほどの「お説教タイム」が展開されていた。

 

「……で。ミリム、ちょっとそこに正座しよっか」

 

円卓の上座。

魔国連邦の盟主たるリムル=テンペストが、こめかみに青筋を浮かべ、腕を組んで冷たい視線を下ろしていた。

 

「わ、わざとじゃないのだ! ちょっと遊びに行く時、力が入りすぎて、次元の壁を『パリーン』って割っちゃっただけで……!」

 

最古の魔王の一柱、『破壊の暴君(デストロイ)』ミリム・ナーヴァが、会議室の隅でちょこんと正座をして涙目で言い訳をしている。

 

「『パリーン』じゃないよ! 後でウルティマにガムテープ(魔力封印符)貼らせて塞いだはずだろ!?」

 

「そ、それが……アタシが通った時の余波で、次元の向こう側にいたバケモノどもが興奮して、内側からテープを剥がしちゃったみたいなのだ……ごめんなさいなのだ……」

 

「おのれ、ミリム様とはいえリムル様にこれほどのご迷惑をおかけするとは……! リムル様、ご安心ください。我が国の防空システムを任されている身として、一刻も早くあの羽虫どもを『消去』してまいります」

 

ディアブロが、優雅にお辞儀をしながら、今にも極大魔法を放ちそうな殺気を漏らす。

 

「待て待て待て、ディアブロ! あんな数、適当に広範囲魔法を撃ちまくったら流れ弾で新世界の大陸ごと吹っ飛ぶだろ! 被害を出さずに処理しないと……」

 

リムルが頭を抱えていると、脳内に『シエル』の涼やかな声が響いた。

 

『告。空より飛来する未知の魔物群(虚空の眷属)に関する詳細な解析が完了しました。彼らの体内には、極めて高純度の【虚無の魔石】および【時空間干渉素材】が内包されています。これらを大量に採取できれば、我が国の転移網の強化、回復薬の超絶アップグレード、およびクロベエの神話級武具開発に多大な恩恵をもたらします』

 

「えっ? マジで?」

 

リムルは思わず声を上げた。

 

『はい。さらに、敵の数は推定三億体。統率する超大型の「次元虚竜(ディメンション・ヴォイド)」クラスのボスエネミーが五体確認できます。現在、我が国には最適な部隊編成が揃っており、これは全軍を挙げての【超大型素材収集クエスト】として、極めて効率的かつ美味しいボーナス事象であると推認されます』

 

シエル先生の、相変わらずの悪魔的(ゲーマー的)な提案。

しかし、その言葉を聞いて、リムルのゲーマーとしての血が、そして一国の主としての強欲な魂が、一気に沸騰した。

 

(三億体のドロップアイテム……! しかも時空間干渉系の超レア素材確定! こんなの、期間限定の超大型レイドイベントみたいなもんじゃないか!!)

 

新世界の住人が聞けば泡を吹いて卒倒するような思考回路である。

しかし、リムルはパンッ!と手を叩いて立ち上がった。

 

「よーし、みんな! ちょっと作戦変更だ!」

 

リムルの声に、ベニマル、シオン、ディアブロ、そしてヴェルドラたち最高幹部の視線が集中する。

 

「あいつら、ただの世界を滅ぼすバケモノじゃなくて『超激レア素材の宝庫』らしい! これから我が国は、あの空から降ってくるバケモノどもを、一匹残らず『乱獲』する!!」

 

「おおっ!? つまり、我も大暴れして良いということだな、リムルよ!」

 

ヴェルドラが嬉しそうに立ち上がり、クハハハッと笑う。

 

「ああ、今回は素材を壊さず、被害を抑えるための陣形を組んでの迎撃戦だ! ベニマル! 全軍の指揮を頼む! 新世界の街には絶対に被害を出すなよ!」

 

「ハッ! お任せを。……ククッ、久々に血が滾る大戦(いくさ)になりそうですな。極上の素材をこんがりと焼き上げてご覧に入れます」

 

「テスタロッサ、カレラ、ウルティマ! お前たちは上空での魔法防壁の展開と、超大型ボスの処理だ! 素材が消滅するから本気で消し飛ばすなよ! ディアブロとシオンは遊撃、ゼギオンたち迷宮十傑も全員地上に出撃! ガビルと飛竜衆は制空権の確保だ!」

 

次々と下される、魔国連邦の『全軍出撃』の号令。

それは、彼らにとっては世界の存亡を賭けた悲壮な決戦などではなく、ただの『超大規模な収穫祭』に向けた陣形構築に過ぎなかった。

 

「よし! それじゃあ、まずはパニックになってる新世界の人たちを安心させないとな!」

 

リムルは、新世界全土に音声を届ける大規模な【広域念話】の術式を起動した。

――絶望の底に沈んでいた新世界全土。

泣き叫ぶ人々、祈りを捧げる神官たち、そして死を覚悟した竜王たちの脳内に、突如として『明るく、どこか楽しげな少年(神)の声』が響き渡った。

 

『あー、あー。マイクテスト。新世界の皆様、こんにちは! 魔国連邦盟主のリムル・テンペストです!』

 

「さ、サトル様……!?(リムル様!?)」

 

アインザックが、ツァインドルクスが、ジルクニフが、弾かれたように顔を上げる。

 

『えーと、なんか空からめっちゃくちゃヤバそうなバケモノがいっぱい降ってきて、みんなパニックになってると思うんだけど……安心してくれ! アレは、今日からうちの国が主催する【第一回・テンペスト全軍合同レイドイベント(超巨大素材収穫祭)】の、ちょっとした演出みたいなもんだから!』

 

(演出……!? あの、世界を終わらせる宇宙の怪物が、お祭りのイベント!?)

 

『絶対にみんなの街や命には被害を出さないように、うちの軍隊が全部責任持って処理(回収)するからね! だからみんなは、慌てて逃げたりせずに、安全な家の中からお酒でも飲みながら、うちの軍隊の活躍と花火を観戦しててくれ! それじゃ、祭りの開幕だぁーっ!!』

 

プツン、と念話が切れた直後。

ドドドドォォォォォォォンッ!!!!!

トブの大森林の中心から、天を覆う闇を打ち払うように、数百万もの極彩色の『光の柱』が逆流して打ち上がった。

魔国連邦の超越者たちの一斉出撃である。

先陣を切ったのは、総大将ベニマル。

 

「さぁ、行くぞ野郎ども! 黒炎獄(ヘルフレア)――最大展開!!」

 

ベニマルが刀を振るうと、空を覆っていた数千万体の『虚空の落とし子』たちが、巨大なドーム状の黒い炎に包み込まれた。

それは敵を焼き尽くすための炎ではない。敵を殺しつつ、素材(魔石)だけを綺麗に残すための「精密な温度調整がされた巨大なオーブン」であった。

チャリン、チャリン、と無数の魔石が雨のように地上へ降り注ぎ、それをゲルド率いる工作部隊が歓声を上げながら麻袋に回収していく。

 

「ハハハッ! アタシの獲物だ!!」

 

上空では、カレラが黄金銃(ゴールデンガン)を構え、超大型のボスエネミー『次元虚竜』の眉間を的確に撃ち抜いていた。

 

「【死の祝福(デス・ブレッシング)】」

 

「【死毒之王(サマエル)】」

 

テスタロッサの指先一つで数百万の怪物が音もなく命を刈り取られ、ウルティマの放つ猛毒の炎が、宇宙のバケモノたちを「ただの綺麗なガラス玉」へと変異させていく。

地上に漏れ出た怪物は、ゼギオンが空間ごと両断し、シオンの剛力丸が粉砕し、ディアブロが優雅に魔力還元して終わらせた。

そして、極めつけは。

 

「ウオォォォォォッ!! 我の究極の奥義を見るがいい!!」

 

ヴェルドラが空中で謎のポーズを決め、極大の暴風雷破を放つ。

 

「アタシも手伝うのだ! 【竜星爆炎覇(ドラゴ・ノヴァ)】――の、威力めっちゃ抑えめバージョンなのだ!!」

汚名返上とばかりに飛び出したミリムの星のエネルギーが混ざり合い、二柱の竜と魔王の放った『極太の光の柱』が、残った一億の軍勢を次元の裂け目ごと一直線に押し流した。

最後は、リムルが直接『暴食之王(ベルゼビュート)』を展開。

空を覆っていた次元の裂け目を、溢れ出る瘴気ごと一息で「パクンッ」と丸呑みにして消化し、完全に封鎖してしまった。

開戦から、わずか十数分後。

空は再び、嘘のように青く澄み渡っていた。

地上には、世界を滅ぼすはずだった三億のバケモノの死骸……ではなく、美しく輝く『虚無の魔石』が、山脈のようにうず高く積まれているだけである。

 

「お疲れ、みんな! いやー、大豊作大豊作! これでシエル先生もクロベエも喜ぶぞー!」

 

リムルは、ドロップアイテムの山の上で、満足げに笑っていた。

一方、その光景を家の中から(言われた通りにお酒やジュースを飲みながら)観戦していた新世界の住人たちは。

 

「……乾杯」

 

「……ああ、乾杯」

 

エ・ランテルのラーメン屋で。評議国の議事堂で。帝国の玉座で。

彼らは完全に理解の範疇を超えた事象を前に、ただ虚無の顔で杯を合わせることしかできなかった。

宇宙の終焉すら、彼らにとってはただの「素材集めのボーナスステージ」。

もし、あのスライムの機嫌を損ねれば、この世界などあのバケモノたちのように、数分で「回収」されてしまうのだろう。

 

「テンペスト万歳……。サトル様、万歳……」

 

新世界全土に、かつてないほど強固で、絶対的な『信仰心(トラウマ)』が刻み込まれた瞬間であった。

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