『第一回・テンペスト全軍合同レイドイベント』と名付けられた、異次元からの虚無の軍勢の侵略。
それがテンペスト陣営の圧倒的な蹂躙によって「ただの大豊作」として幕を閉じてから、数日が経過した。
魔国連邦(テンペスト)の王都にある、クロベエの巨大な専用工房。
そこには今、かつてないほどの熱気と、常軌を逸した狂気的な笑い声が響き渡っていた。
「カッカッカ! 凄まじい! 凄まじいぞリムル様!! 空から降ってきたあのバケモノどもの死骸(ドロップアイテム)、どれもこれも伝説級(レジェンド)の武具に匹敵する極上の素材ばかりですぞ!!」
上半身裸で大槌を握る刀鍛冶のクロベエが、血走った目で高笑いをしている。
その背後には、三億体の怪物たちから回収された『虚無の魔石』や、超大型ボスの『時空間干渉の竜鱗』などが、文字通り山脈のように積み上げられていた。
「いやー、シエル先生が『超激レア素材の宝庫』って言ってたのは本当だったな。で、クロベエ。これだけあれば何が作れそう?」
リムルが、積み上げられた宇宙の脅威の残骸をツンツンと突きながら尋ねる。
「そうですな! これほど高純度の時空間干渉素材が『億単位』であるのなら……武具だけでなく、アレの量産が可能になります。我が国のインフラを新世界の隅々にまで行き渡らせる、究極の魔導装置……【空間転移門(ワープ・ゲート)】の一般普及型です!」
「おっ! マジで!? それ、めっちゃ便利じゃん!」
リムルは目を輝かせた。
これまで、新世界における長距離移動は馬車か、一部の特権階級が使える高位魔法に限られていた。
しかし、この素材を使えば「誰でも・安全に・瞬時に」世界中を行き来できるどこでもドアのようなネットワークが構築できる。
「よーし! じゃあゲルドの工作部隊と協力して、新世界の主要都市全部にそのゲートを設置しよう! これで物流も観光も大助かりだな!」
「カッカッカ! お任せくだされ! 徹夜で仕上げてご覧に入れますぞ!」
新世界を滅ぼすはずだった宇宙の悪意は、テンペストの有能なドワーフたちの手によって、あっさりと「便利な公共交通機関の部品」へと加工されていくのであった。
――その数週間後。
バハルス帝国の帝城にて、若き鮮血帝ジルクニフ・ルーン・ファーロードは、執務室のソファで死んだ魚のような目をしていた。
「……陛下。胃薬のおかわりをお持ちしました」
「ああ……すまない、フールーダ」
ジルクニフは、帝国首席魔法使いであるフールーダから薬を受け取り、水で一気に流し込んだ。
数週間前の「空が割れて、宇宙のバケモノが三億匹降ってきた事件」。
あの時、ジルクニフは帝城の窓からワイングラス片手に空を見上げ、「あ、これ無理だわ。世界終わったわ」と完全に全てを諦めていた。
しかし、その直後に聞こえてきたスライムの神(リムル)の「レイドイベント宣言」。
そして、夜空を彩る花火のように、バケモノどもが一瞬で蹂躙・収穫されていく光景を見せつけられ、彼の精神(胃袋)は完全に限界を迎えていた。
「バケモノを倒して世界を救ってくれたのは、純粋にありがたい。感謝しかない。……だが、あのスライムの常識はどうなっている? 宇宙の終焉を『素材収穫のボーナス』と呼んだのだぞ? 彼らにとって、我々の住むこの世界は、ただの『箱庭のゲーム』に過ぎないのではないか……?」
ジルクニフが頭を抱えていると、窓の外から「チリンチリーン!」と軽快な自転車のベルの音が聞こえてきた。
見れば、テンペストのロゴが入った制服を着たゴブリンの配達員が、空飛ぶ魔導自転車に乗って執務室の窓に横付けしている。
「ちわーっす! 魔国連邦のリムル盟主から、ジルクニフ皇帝陛下に招待状のお届けっす!」
「……ご苦労」
ジルクニフは震える手で封筒を受け取った。
中に入っていたのは、ポップで可愛らしいスライムのイラストと共に書かれた案内状だった。
『第一回レイドイベント大成功記念! 新製品発表会&祝賀パーティのご案内!
美味しいビュッフェもあるから、新世界の各国の代表者は絶対に来てね!』
「……フールーダよ」
「はっ」
「馬車の手配を頼む。……絶対に行かないと、今度こそ国が『回収』されそうだ」
魔国連邦(テンペスト)、中央闘技場。
そこには、バハルス帝国のジルクニフをはじめ、アーグランド評議国の竜人たち、リ・エスティーゼ王国の王族(現在はテンペストの傀儡)、さらには各亜人部族の長たちなど、新世界の全首脳陣がズラリと集められていた。
会場には豪華な料理が並び、元・スレイン法国の最高位神官長たちが、蝶ネクタイをつけてせっせと空いた皿を片付けている。
「えー、皆様! 本日はお集まりいただきありがとうございます!」
ステージの上に、カジュアルなスーツ姿のリムルがマイクを持って登壇した。
その背後には、巨大な布が被せられた『高さ五メートルほどの巨大なアーチ』が置かれている。
「先日の空から降ってきたバケモノ……ええと、虚無の軍勢のおかげで、我が国は大量のレア素材をゲットできました! 皆様の応援のおかげです!」
(応援なんてしてない。ただ泣き叫んで絶望していただけだ……)と、ジルクニフを含む全首脳が心の中でツッコミを入れたが、誰も口には出さない。
「そこで! その素材を還元し、新世界の発展に寄与すべく、我が国の技術部が素晴らしい新インフラを開発しました! ジャーン!」
リムルが合図をすると、背後の布が振り払われた。
現れたのは、黒く輝く未知の金属で作られた、美しくも荘厳な『門(ゲート)』だった。門の内側には、宇宙の星雲のように渦巻く光の膜が張られている。
「名付けて、【テンペスト・ワープゲート(一般普及型)】! なんとこれ、あの時のバケモノの素材から作られてます!」
「な、なんだと!?」
会場の魔法使いたちが、一斉に立ち上がった。
帝国首席魔法使いのフールーダが、信じられないという顔で声を上げる。
「リ、リムル様! 空間転移(テレポート)の類は、第五位階以上の高位魔法! 一部の大魔法使いにしか扱えない神の領域です! それを、アーティファクトとして常設するなど……!」
「あー、それがね。素材が億単位で手に入っちゃったから、量産できちゃったんだよね」
リムルはあっけらかんと言い放った。
「今日からこのゲートを、新世界の主要都市の広場に全部設置します! テンペストの王都をハブにして、どの国からでも、どの国へでも、一瞬で移動可能です! 利用料金は一人につき、たったの銅貨三枚!」
「「「――――ッ!?」」」
会場が、水を打ったように静まり返った。
誰もが、その言葉の意味する『真の恐ろしさ』を理解したのだ。
ジルクニフの額から、滝のような冷や汗が流れ落ちた。
(銅貨三枚で、世界のどこへでも瞬時に移動できるだと……!?)
それは、単に「便利になる」という次元の話ではない。
軍隊の行軍ルート、国境の警備、関所での税の徴収、特産品の輸送コスト。
これまで新世界を形作っていた「地理」と「国境」という概念そのものが、この瞬間、たった銅貨三枚で完全に破壊されたのだ。
(これでもう……我が国も、他の国々も、絶対にテンペストに反逆できなくなった)
ジルクニフは悟った。
もし反逆を企てれば、国境の軍隊など無視され、このゲートからテンペストのバケモノ(幹部)たちが、直接帝国の王座の前にやってくる。
戦争という概念すら、彼らは『流通とインフラの独占』によって過去のものにしてしまったのだ。
「いやー、これで遠くの国の美味しいものも、すぐ食べに行けるようになるね! じゃあ、とりあえず試験運転も兼ねて、パーティを楽しんでくれ!」
リムルが無邪気に笑い、祝賀会がスタートした。
「……陛下。いかがなされましたか?」
呆然と立ち尽くすジルクニフに、フールーダが声をかける。
「いや……もう、どうにでもなれと思ってな」
ジルクニフは、全てを諦めたような、憑き物が落ちたようなスッキリとした笑顔を浮かべた。
「私たちは今日から、国家の主などではない。あの偉大なる魔国連邦(テンペスト)という超巨大なテーマパークの、『地方エリアの村長』になったのだ。そう思えば、胃の痛みも消えたよ」
ジルクニフがビュッフェコーナーに向かうと、そこでは見覚えのある白金色の鎧が、首から『清掃員』の札を下げて、出来立てのヤキソバを炒めていた。
「おう、そこのお兄さん。ヤキソバ食うか? 私の始源の魔法(ワイルド・マジック)で完璧な温度に熱した鉄板で作った、絶品だぞ」
かつての世界最強、白金の竜王(ツァインドルクス)が、手際よく青のりを振りかけながら笑いかけてくる。
「……ああ、大盛りで頼む」
ジルクニフはヤキソバを受け取り、一口食べた。
悔しいほどに美味しかった。
こうして。
宇宙の危機すらも素材に変え、物理的なインフラで世界を完全に一つに繋いでしまった魔国連邦。
新世界の住人たちは、圧倒的な武力だけでなく「圧倒的な利便性と豊かな生活」という甘い毒によって、永遠にテンペストの支配下から抜け出せなくなったのである。