テンペスト異世界転移   作:ネネカ大神

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第34話:星を懸けた極限の綱引き、神の流血

宇宙空間の暗闇の中、数万キロメートルに及ぶ規格外の超巨大生命体『九耀の世界喰らい(ウロボロス・バグ)』と、それに比肩するほどのスケールで顕現した『巨大なスライムの影』が対峙していた。

リムル・テンペストの背後に浮かび上がったのは、究極能力『虚無之神(アザトース)』の権能の一部――万物を飲み込み、無に帰す絶対的な捕食の具現化である。

 

『【プロトコル・オメガ、最終フェーズ。事象崩壊光線、発射】』

 

ウロボロス・バグの巨大な顎の奥で圧縮されていた、星系の半分すら消滅させかねない極大の『虚無の光』が、ついに放たれた。

それは音もなく宇宙空間を切り裂き、リムルと、その後ろにある新世界の惑星を丸ごと飲み込もうと殺到する。

 

「来い。全部まとめて食ってやるよ」

 

リムルが右手を前に突き出すと同時、背後の巨大なスライムの影が大口を開けた。

光線と影が衝突する。

通常であれば、リムルの『虚数空間』が光線を一瞬で飲み込み、そのままウロボロス・バグ本体すらも跡形もなく捕食して終わるはずだった。神智核(シエル)の計算においても、それは一瞬の作業となるはずだった。

しかし。

 

『《――警告(アラート)!! マスター、直ちに捕食プロセスを中断してください!!》』

 

常に冷静沈着なシエルの声が、リムルの脳内でかつてないほどの『焦燥』を帯びて響いた。

 

「なにッ!?」

 

リムルが捕食の出力をとっさに抑えた、まさにその瞬間。

 

『【システム・リンク完了。当機ノ中枢コアヲ、対象惑星(新世界)ノ次元座標・地脈ネットワークト完全同期シマシタ】』

 

ウロボロス・バグの無機質な音声が、嘲笑うかのように宇宙空間に響き渡った。

バグの体表から無数の赤いノイズの触手が伸び、それが背後の新世界の惑星の『大気圏』へと深く突き刺さっていたのだ。

 

「あいつ……自分の命綱を、星のコアに直接繋ぎやがったのか!?」

 

『《肯定。現在、ウロボロス・バグの存在定義は『新世界そのもの』と完全に同化しています。このまま本体を捕食・消滅させた場合、繋がれた新世界も道連れとなり、星が物理的に崩壊します》』

 

「クソッ、なんて卑劣な……!!」

 

リムルは咄嗟に『捕食』の権能を強制停止した。

だが、それは同時に、ウロボロス・バグが放った『事象崩壊光線』の莫大なエネルギーに対する防御を解くことを意味していた。

星を消滅させる光の奔流が、防壁を失ったリムルの小さな身体に真正面から直撃する。

 

ガガガガガガガガガガガガッ…………!!!!

 

「ぐ、おおおおおおおおッ!?」

 

宇宙空間に、リムルの苦痛に満ちた絶叫が響き渡った。

彼の身体を構成する超高密度の魔素(エネルギー)が、事象崩壊光線によって凄まじい勢いで削り取られ、蒸発していく。肉体が崩壊と再生を秒間数万回という速度で繰り返し、神話級(ゴッズ)の装束すらもボロボロに引き裂かれていく。

 

「避けるな……! 俺が避けたら、後ろの星が消し飛ぶ……ッ!」

 

リムルは歯を食いしばり、両腕をクロスさせて極大の光線を『肉体一つ』で受け止めていた。

捕食ができない。反射もできない。強力なバリアを展開すれば、その反発力で星の軌道がズレて環境が破壊される。

彼に残された選択肢は、自身の身を盾にして、光線のエネルギーが尽きるまで『耐え凌ぐ』ことだけだった。

 

『【エラー。対象ノ消滅ヲ未ダ確認デキズ。……出力、さらに120%へ上昇】』

 

バグの数万の眼球が一斉に赤く明滅し、光線の太さと密度がさらに倍増する。

 

「が、はッ……!」

 

リムルの口から、金色の神血が吐き出され、宇宙空間に散った。

彼の完璧な人型の身体にピキピキと亀裂が走り、内側から崩壊のノイズが漏れ出し始める。

それは、魔国連邦の絶対なる主が、明確な『ダメージ』と『苦戦』を強いられた瞬間であった。

 

「リムル様ァァァァァァァッ!!!」

 

魔国連邦の中央指令室で、その光景をモニター越しに見ていたシオンが、悲鳴のような絶叫を上げた。

 

「おのれ、おのれおのれおのれッ!! よくもリムル様のお身体に傷をッ!!」

 

彼女は半狂乱となり、大太刀を抜いてそのままモニターごと空間を切り裂き、宇宙空間へ飛び出そうとした。

 

「落ち着け、シオン!!」

 

軍団長たるベニマルが、咄嗟にシオンを背後から羽交い締めにして押さえつける。

 

「放せベニマル! リムル様が、リムル様が苦しんでおられるのだぞ!! 血を流しておられるのだぞ!!」

 

「俺たちが行ってどうにかなる次元の戦いじゃない! 逆にリムル様の足手まといになるだけだ、歯を食いしばって見守れ!!」

 

ベニマルもまた、額に青筋を立て、自身の拳から血が滲むほど強く握りしめながら吠えた。

その傍らで。

 

「……………………」

 

ディアブロは、完全に沈黙していた。

彼の瞳孔は極限まで収縮し、全身から漏れ出す漆黒のオーラが、指令室の空間そのものをメキメキとヒビ割れさせている。怒りという感情すら超越した、純粋なる『狂気』が、黒の悪魔を支配しつつあった。

 

(あの汚物……。万死、いや、億死を与えても足りない。リムル様に痛みを強いるなど……ッ)

 

ディアブロが一歩でも踏み出せば、その魔力暴走でテンペストの王都すら吹き飛びかねないほどの危険な状態だった。

 

「ディアブロ、抑えろ」

 

静かに、しかし絶対の重みを持って現れたのは、地下迷宮から帰還したゼギオンであった。

彼はディアブロの肩に手を置き、冷徹な複眼でモニターを見据えた。

 

「我らが主は、あのような星屑に敗北するような方ではない。……信じろ」

 

その言葉に、ディアブロはギリッと牙を噛み鳴らしながらも、僅かにオーラを収めた。

地上の新世界でも、事態の急変に人々が息を呑んでいた。

先ほどまで、神のごとき力でバグを圧倒していたリムルが、今は光の奔流に押し込まれ、血を流し、防戦一方となっている。

 

「あ、あぁ……なんという卑劣な怪物だ! この世界そのものを人質にとるなど!」

 

バハルス帝国の皇帝ジルクニフが、拳を床に叩きつけた。

 

「我々の世界を護るために……あの方に、すべての負担を強いているのだ……!」

 

白金の竜王は、己の無力さに唇を噛み切った。

 

「これが、世界を守るということ……。我らの世界の民の命が、あの御方の足枷になっている……ッ!」

 

絶対の強者が、庇うべき者のために傷つく。

その姿は、新世界の人々の心に、テンペストへの畏怖だけでなく、痛切なまでの『感謝』と『祈り』を呼び起こしていた。

世界中の街角で、避難所で、人々が手を組み、宇宙で孤独に戦う魔王へと祈りを捧げ始める。

 

「はぁッ、はぁッ……! シエル……ッ、まだか……ッ!」

 

宇宙空間。

事象崩壊光線の奔流の中で、リムルは両腕の感覚を完全に喪失しつつあった。

肉体の再生速度が、崩壊速度にギリギリ追いついている状態。少しでも気を抜けば、存在そのものが押し流される。

 

『《……マスター、申し訳ありません。ウロボロス・バグと新世界を繋ぐ情報リンクが複雑すぎて、強制切断には膨大な演算リソースを要しています。推定完了まで、残り【180秒】》』

 

「3分か……! 上等だ、耐えきってやる……ッ!」

 

『【対象ノ耐久力ニ深刻ナ異常。……事象崩壊光線ノ圧縮ヲ開始。対象ノ防御座標ニ向け、超重力場ヲ同時展開】』

 

ウロボロス・バグが、さらに容赦のない追撃を仕掛けてきた。

リムルの周囲に極限の重力場が発生し、彼の身体を四方から文字通り『圧殺』しようと締め上げる。

 

「ぐ、がァァッ……!!」

 

リムルの全身の骨格(それに相当する魔素結合)が、ミシミシと悲鳴を上げた。

視界が赤く染まり、意識が明滅する。

 

(クソッ……これ、マジでキツイな。気を抜いたらまじでもってかれちまう。)

 

圧倒的な苦痛の中で、リムルの意識がほんの一瞬、遠のきかけた。

だが、その時。

 

『――負けないで。リムル』

 

微かに、幻聴のように、かつて彼の中で共に在った『勇者』の面影が、心の奥底で微笑んだ気がした。

それと同時に、眼下の新世界から、無数の人々の『祈り』という名の純粋な思念(エネルギー)が、宇宙空間のリムルへと立ち昇ってくるのを感じた。

 

(……そうだ。俺は魔王で、あいつらの盟主なんだ。こんなバグの塊ごときに、俺の愛する世界を、指一本触れさせてたまるかよ!)

 

リムルの薄れかけていた黄金の瞳に、再び強烈な光が宿った。

 

「シエル! 演算リソースの半分を俺に回せ! 残りの半分でリンクをぶった斬れ!」

 

『《!? しかしマスター、それでは防御の自動最適化が間に合わず、肉体へのダメージが致命的な領域に――》』

 

「大丈夫! 痛みくらい、気合いでなんとかする! 俺を誰だと思ってる、リムル・テンペストだぞ!!」

 

『《…………了解しました。マスター。無茶を、許可します》』

 

シエルの声が、機械的なものから、人間らしい『信頼』に満ちたトーンへと変わった。

 

「おおおおおおおッ!!!」

 

リムルは、押し潰されそうになっていた両腕に、残存する全魔力を叩き込んだ。

究極能力『誓約之王(ウリエル)』による絶対防御の結界を、広域ではなく、自身の『皮膚一枚の表面』にのみ極限圧縮して展開する。

防御面積を最小限に絞ることで、結界の強度を万倍に跳ね上げる荒業。

パァンッ!!!

弾けるような衝撃と共に、リムルを押し潰そうとしていた超重力場と、光線の奔流が、彼の手前数ミリで完全に『停止』した。

 

『【エラー。対象ノ防御力ガ、論理限界値ヲ突破……物理法則ニ矛盾ガ生ジテイマス】』

 

ウロボロス・バグの無機質な音声が、初めて明らかな『混乱』を示した。

ボロボロになった神話級装束を羽ばたかせ、金色の血を宇宙に散らしながらも。

リムルは光線の奔流の中で、不敵に、そして獰猛に笑ってみせた。

 

「へっ……どうした? 星食い虫。その程度かよ」

 

リムルが一歩、虚空を踏みしめて前へ進む。

圧倒的な光線を正面から受け止めながら、彼はウロボロス・バグへと向かって、ゆっくりと、だが確実に歩みを進め始めたのだ。

 

「この星、世界、人々を人質に取れば、俺が手出しできないとでも思ったか? ……甘いんだよ、クソガラクタが」

 

リムルの一歩ごとに、宇宙空間が震動する。

彼から放たれるのは、星を守り抜くという強靭な意志と、魔王としての絶対的な覇気。

 

「あと少しだ……。おまえが繋いだリンクを切り離した瞬間、お前を本当の『無』に帰してやる。……震えて待ってろ」

 

神と世界喰らいの綱引きは、極限の領域へと突入した。

新世界の全生命が見守る中、傷だらけの絶対者は、ただ己の意志の力のみで、世界の終末を力ずくで押し返そうとしていた。

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