テンペスト異世界転移   作:ネネカ大神

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第5話:白き悪魔の優雅なお茶会

リ・エスティーズ王国の王都は、夜の帳が下りると二つの顔を持つ。

表向きは国王が治める歴史ある都。しかし裏では、巨大な犯罪シンジケート『八本指』が麻薬、奴隷、密輸、暗殺などあらゆる違法行為を取り仕切り、貴族たちすらもその手中に収めていた。

王都の高級住宅街に建つ、一際豪奢な館。

そこは八本指の麻薬取引部門トップ、ヒルマ・シュヴァネンの邸宅である。

「まったく、最近の衛兵は目ざとくて困るわ……賄賂の額を少し吊り上げなきゃいけないかしらね」

ヒルマは高級なワインを揺らしながら、ため息をついた。

彼女は自身の美貌と知略、そして背後に控える強大な組織の力で、この王都の裏社会の頂点に君臨している。彼女の機嫌一つで没落する貴族も少なくない。彼女は自分がこの国の「真の支配者」の一人だと自負していた。

トントン、と。

控えめなノックの音が、静かな部屋に響いた。

「入っていいわよ」

ヒルマが声をかけると、重厚なマホガニーの扉がゆっくりと開いた。

しかし、そこに入ってきたのは、見慣れた彼女の部下や、屈強な護衛たちではなかった。

「――こんばんは。夜分遅くに失礼いたしますわ」

鈴を転がすような、しかしどこか背筋を凍らせるほど冷たい声。

純白のドレスに身を包んだ、真紅の髪の美女が、優雅な足取りで部屋に足を踏み入れた。その後ろには、少年の姿をした従者(モス)が恭しく控えている。

「なっ……! 貴女たち、誰!? 護衛はどうしたの!」

ヒルマは咄嗟に立ち上がり、叫んだ。この館には、腕利きの傭兵や魔法詠唱者が多数配置されているはずだ。こんな派手な女が、誰にも気づかれずに自分の私室までたどり着けるはずがない。

「護衛の方々でしたら、皆様『深い眠り』についておりますよ。あまりにもお疲れのようでしたから、私が少しだけ……休ませて差し上げましたの」

テスタロッサはふわりと微笑み、扇子で口元を隠した。

彼女が通ってきた廊下の外では、数十人の護衛たちが外傷一つなく、ただ『生命活動だけを停止(即死)』して転がっていることなど、ヒルマには知る由もない。

「ふざけないで! 侵入者よ、出会え!!」

ヒルマの悲鳴に似た叫びに呼応し、部屋の奥の隠し扉から彼女の直属の護衛である凄腕の暗殺者たちが飛び出してきた。

「死ね、女!」

毒の塗られた短剣が、テスタロッサの美しい首筋に迫る。

「……無作法ですね」

テスタロッサが一瞥した。

ただ、それだけだった。

魔力すら練っていない。ただの『視線』。しかし、それに込められた原初の悪魔としての覇気が、空間そのものを圧殺した。

「ガ、アァァァッ……!?」

暗殺者たちは空中でピタリと静止したかと思うと、白目を剥いて床に崩れ落ちた。口から泡を吹き、手足は奇妙な方向にねじ曲がり、小刻みに痙攣している。彼らの精神は、テスタロッサの深淵を垣間見た瞬間に完全に破壊されていた。

「な……魔法? いえ、詠唱すら……あんた、一体……ッ!」

ヒルマは恐怖で顔を歪め、後ずさった。

新世界の常識では測れないバケモノ。直感が彼女にそう告げていた。

「申し遅れましたわ。私、魔国連邦(テンペスト)の外交武官を務めております、テスタロッサと申します」

テスタロッサはヒルマの恐怖などどこ吹く風で、勝手に高級なソファに腰を下ろし、足を組んだ。

「実は我が主――リムル様が、この国と『友好的な交易』をご希望でしてね。表の交渉は明日にでも王城で行うのですが……交易の邪魔になるような『裏のネズミ』たちには、あらかじめ躾をしておこうと思いまして」

「ネズミ、ですって……!?」

恐怖の底で、ヒルマのプライドがわずかに反発した。

「私を誰だと思っているの! 八本指に手を出して、無事で済むと――」

「ええ、存じておりますわ」

テスタロッサの背後に控えていたモスが、クヒヒと気味の悪い笑い声を上げながら、一枚の羊皮紙をテーブルの上に放り投げた。

「ヒルマ・シュヴァネン。麻薬取引の元締め。……そしてこれが、貴女方が囲っている裏組織の全構成員リスト、アジトの場所、裏帳簿、さらに貴女方に飼われている貴族と王族のリストです」

「は……?」

ヒルマは羊皮紙を見て、息を呑んだ。

そこには、八本指の最高幹部すらすべては把握していないはずの、組織の全貌が恐ろしいほど正確に、末端のチンピラの名前から隠し財産の隠し場所に至るまで、びっしりと書き込まれていた。

「な、なんで……こんなもの……」

「私(モス)の分身体は、この王都のすべての路地裏、すべての貴族の寝室に潜んでいますからね。貴女たちの秘密など、我々にとってはガラス張りの箱の中にあるようなものですよ」

数日で王都のすべてを掌握したという異常な事実に、ヒルマの膝が震え始めた。

「さて、ヒルマ様」

テスタロッサが、ゆっくりと立ち上がり、ヒルマの目の前まで歩み寄る。

「我が主はとてもお優しい方です。流血を好まれません。ですから、私も無駄な殺生はしたくありませんの」

テスタロッサの冷たい指先が、ヒルマの顎をすっと持ち上げた。

深紅の瞳と視線が交差する。

「ヒッ……!」

ヒルマは見た。

その美しい瞳の奥に広がる、果てしない死の世界を。

自分が抵抗すれば、自分だけでなく、八本指という組織すべてが、一晩でこの世界から存在ごと消し去られる。骨すら残らない。この女は、息をするように命を刈り取る『死そのもの』だ。

「貴女たちは、今日からテンペストの末端組織として働きなさい。王国の流通網を整え、我々の商品が最も効率よく市場に出回るよう、裏から調整するのです。麻薬や奴隷といった野蛮な商売は、今日限りで廃業。……お分かりですね?」

「は、はい……ッ! 従います……! な、なんでもいたします、テスタロッサ様……!!」

ヒルマは床に這いつくばり、テスタロッサの靴に口づけをして絶対の服従を誓った。

かつて王都の闇を牛耳った女王は、今や一柱の悪魔の前に、完全な恐怖の奴隷と化していた。

「ええ、賢い選択ですわ。これでリムル様の思い描く『素晴らしい市場』の土台ができました」

テスタロッサは満足げに微笑むと、踵を返した。

「明日は王城へ赴き、国王陛下と貴族の皆様にご挨拶をしてまいります。……楽しみですわ。表の権力者の方々は、貴女のように『物分り』が良いとよろしいのですが」

彼女が部屋を去った後、ヒルマは冷たい床に突っ伏したまま、ただガチガチと歯の根を鳴らして震え続けていた。

リ・エスティーズ王国の裏社会が、完全にテンペストの支配下に置かれた夜だった。

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