ゴジラ対怪人二十面相   作:マイケル社長

6 / 6
北国からの報せ

 

 

 

 

 

「はい、明智探偵事務所でございます・・・まあ、これは浪越さま。おひさしゅうございますわ。え、これから・・・はい、明智はおりますが・・・承知しました、お気をつけてお越しくださいまし」

 

事務所の一切を務めている文代夫人が何やら電話を置き、メモを走らせます。

 

この日、夫人が淹れた特製のコーヒーを嗜みながら、明智探偵は新聞を読み込んでおります。前澤氏のダイヤを狙って現れた怪人二十面相をあと一歩のところまで追い詰めながら、まんまと逃げられてしまった銀座の出来事から、4日が経過していました。その間、事件の残務処理や元より抱えていた横浜の難事件の後始末に奔走していた明智探偵と小林青年でしたが、今朝はひさしぶりに事務所へ赴き、いよいよ来週にも桜が開花するかという陽気の中、少しのんびりとした時間を過ごしていたのでした。

 

 

「先生、何か気になることでも?」

 

助手の小林青年も、しばらくぶりの依頼なき日をゆっくりしようと往年の探偵小説を読んでおりましたが、熱心に新聞を読む明智探偵が気になり声をかけます。

 

「うむ・・・この、【南米で発見されたブルーダイヤ、米国より斡旋を受け、帝都にて展示決定】の記事があるね・・・。新たな事件の火種になりそうな気はしまいかね、小林くん?」

 

「は、はあ・・・上野の国立博物館で展示されるため、現在米国より日本へ・・・な、なんだか、二十面相が読んだら垂涎ものの記事ですね」

 

「うむ。ブルーダイヤねえ・・・本来、ダイヤを構成する炭素原子が、青くなるハズはないと耳にしていたのだが・・・」

 

「しかし先生、昨年の秋にもたしか、仏国から贈られたピンクダイヤを狙いに現れた二十面相と対決したこともあったではありませんか」

 

「世の中には珍しいものがあるんだねえ・・・」

 

それきり明智探偵は黙りましたが、小林青年は知っています。こうしたときの明智探偵は、何か別なことを深く、深く考えているのです。

 

そうした時間を、小林青年は大事にしています。そして明智探偵の表情が変わったときに、また声をかけました。

 

「それと先生、ぼくは今朝、この記事が大変気になりました」

 

小林青年が指さしたのは、【仙台市で宝石店荒らし相次ぐ。二十面相の仕業か】という記事でした。

 

「ほう・・・これはわたしも気になっていたねえ。ずいぶん派手なことをするものだ」

 

「しかし先生、これは、僕はどうにも・・・」

 

「違和感があるかね?まあ、今日前澤氏が訪ねてくる件もそのことかもしれないね。そのときじっくり話をうかがって、考えようじゃないか」

 

そこへ、文代夫人が走り書きのメモと併せ、お代わりのコーヒーを持ってきました。

 

「あな・・・いえ先生、いまほど警視庁の浪越さまより連絡がありました」

 

「おお、浪越さんかね。ずいぶんとお久しぶりだ」

 

浪越大警視。大正時代末期、明智探偵が書生として千駄木に住んでいたころ、素人探偵としてしょっちゅう事件に首を突っ込んでいた頃からの知り合いで、齢60近くになりまして現場を離れ、刑事局の要職として毎日部下の刑事たちに発破をかけている方です。

 

「ええ、それで、久しぶりにお目にかかりたいからと、いまからこちらへ向かいたいそうです」

 

「なに、これは性急な」

 

この時間帯に来客の予定はありませんでしたから、お越しになるのは良いのですが・・・。

 

「その後の前澤氏とは、鉢合わせせぬよう気を配って差し上げようか」

 

明智探偵はふふふと笑みを浮かべます。先日の一件以来、前澤氏はすっかり警察への信用をなくしてしまい、二十面相が逃走した後も深夜にもかかわらず罵詈雑言を浴びせて刑事たちを追い払ってしまったのでした。

 

「まあ、警視庁から来るのなら、さして時間はかかるまいが・・・どうれ、いま少し新聞を読ませてもらおうか。ふむふむ、【米国右派議員マイケル・ウォレス氏、対日強硬策を訴える。米日開戦も視野か?】・・・物騒なものだねえ」

 

夫人特製のコーヒーをうまそうに飲みながら、明智探偵はひとりごとをぼやいています。警視庁の重鎮が訪れるとあっては、よほどの事態に違いありません。その後控える前澤氏の件もあります。小林青年は緊張してまいったのですが、明智探偵のように、どうしたらこんなにも余裕で事にかまえられるのでしょうか。

 

明智探偵がコーヒーを半分ほど嗜んだころに、事務所へ向けた階段をドカドカと上がってくる音がしました。何においても豪快な、勇ましい歩き方です。

 

「えー、ごめん。おお、明智くん!」

 

「これは浪越さん、大変ご無沙汰しておりました。お達者でございますか?」

 

明智探偵は立ち上がり、共に再会の握手を交わします。

 

「うむ、うむ!キミのご活躍はかねがね!いやあ、偉くなってしまって庁内の上席に座るのは良いが、やはりワシはこうして現場を歩いた方が性に合っとるよ。年のせいか階段を昇るのは厳しくなってきたがねえ、あっはっは!」

 

小林くんも立派になって、と、浪越大警視は同じく立ち上がった小林青年にも握手を交わします。

 

「おかげさまで。戦中にお目にかかって以来でしたか」

 

「おお、そうなるかね!まったく、刑事畑しか経験せぬかったワシを陸軍諜報局などへ出向させおって。おかげで毎日ソビエト相手の諜報に駆り出されてなあ、たまったものではなかったワイ!」

 

「まあまあ、その結果、ご栄転なさったのではありませんかな」

 

明智探偵は旧友をそうたしなめ、応接間へ案内しようとします。

 

「いや、そして今日はな、ちと連れがおって・・・」

 

浪越大警視がチラリと目を遣った先には、ハンチング帽子を目深にかぶった若い男性が立っていました。浪越大警視に促されて帽子を脱ぐと、なんと、あの矢野警部だったのです。

 

「おう、これはこれは」

 

小林青年は少し身構えましたが、明智探偵は鷹揚に接します。

 

2名を応接間へ案内すると、文代夫人がコーヒーを給仕します。

 

「いやあ文代くん・・・いや明智ご夫人!すっかり美しくなられて・・・帝都中どの女給よりも給仕の支度がお上手ですぞ」

 

浪越大警視の世辞に、文代夫人は「まあ・・・」を顔を赤くします。「わっはっは!」と愉快に笑う浪越大警視の隣で、矢野警部はしかにも面白くなさそうなふくれ顔をしておるのです。

 

少しばかり世間話をしたところで、「して、本日こうして参った事由は二つあってな」と、浪越大警視はパイプに火をつけて言いました。

 

「まずひとつ。この矢野が、先日は無礼をはたらいてしまったそうではないか。その謝罪にきたのだ。明智くん、小林くん、どうか赦してほしい」

 

浪越大警視は立ち上がり、ハット帽子を脱いで頭を下げるのですが、傍らの矢野警部は不満そうな顔を隠しません。

 

「ほら、キミも頭を下げんかね」

 

やや厳しい口調で急かされ、ようやく矢野警部も不承不承といった様子で頭を下げました。

 

「無礼だなんて、そんなことはありません。どうか、頭をお上げください」

 

明智探偵は柔らかい口調でそう諭してくれました。安心した様子で頭を上げた浪越大警視でしたが、小林青年は明智探偵は目まで笑っておらず、矢野警部を見遣るものはいささか厳しいものがある、そう感じたのです。

 

「いやはや、とにもかくももうしわけないが、明智くんのご厚情ありがたく承ろう。して、もうひとつの要件なのだがね・・・」

 

浪越大警視はジャケットの懐から、何やら文面を取り出したのです。

 

 

【明智小五郎先生、ならびに帝都の諸君。

 

先日の銀座における一件では、わたしも少々手痛い目に遭った。

 

とはいえこの怪人二十面相、一度転んだからといって稼業を畳むほど柔ではない。

 

さて、近く海を渡り、世にも珍しきブルーダイヤなる宝玉が帝都へ運び込まれると聞き及んだ。

 

かような美しき宝を博物館の硝子箱へ閉じ込め、ただ衆人に眺めさせるとは、まことにもったいない話である。

 

よって、この宝は、この怪人二十面相が頂戴仕る。

 

日時は、帝都到着のその日。

 

場所は、宝のあるところ。

 

警察諸君には存分に腕を振るっていただきたい。

 

もちろん明智君、君にも期待している。

 

願わくば、今度はもう少し長く勝負を楽しませてもらいたいものだ。

 

なお、前回のような贋物を用意しても無駄である。

 

二度までは同じ手にはかからぬ。

 

諸君らのご用心ぶりをとくと拝見させていただくとしよう。

 

                     怪人二十面相】

 

 

「ほほう、やはりブルーダイヤを狙ってきましたか」

 

これは明智探偵も小林青年も予想はしていたものですが、こうしていざ予告状が送られてくると、小林青年は固唾をのみます。明智探偵はどこか余裕しゃくしゃくといった様子です。この様子に浪越大警視は馴染みありますが、矢野警部は対抗心剝き出しに歯をいきらせます。

 

「今朝の新聞にて、このブルーダイヤが帝都にて博覧されると大々的に報じられた矢先だよ、警視庁にこの予告状が送られてきたのは。それにしても明智くん、ワシはダイヤモンドが青くなるなぞきいたこともないが・・・そういうものなのかねえ?」

 

「さあて、いかがでしょうか・・・矢野さん、あなたは英国にいらっしゃったそうですね。何かご存じではありませんか?」

 

急に水を向けられた矢野警部は、一瞬言葉に詰まりましたが、「さ、さあ、わたしも耳にしたことはありません。大英博物館にも、そのようなものは・・・」と、答えるのも苦々しいといったふうです。

 

「ふうむ・・・それでね、これは新聞社には伝えておらぬのだがね、文化庁の話では、南米奥地でこのブルーダイヤが採掘されて以来、炭鉱夫、山師、学者・・・携わったものが、おしなべて原因不明の奇病に臥してしまったそうなのだよ。その奇病とやらは熱病でもないし、風土病でもなく、医者も首をかしげるばかりであったそうなのだ。そしていずれも、助からずじまいであったそうだ」

 

「・・・ほう?」

 

これは明智探偵の顔色が変わりました。

 

「そのため、一部ではブルーダイヤは呪われているのでは、何かの祟りなのでは・・・そんな声があるようでねえ」

 

「ふはははは、そのような話を聴き及んでなお帝都に運び込もうなど・・・文化庁もよくぞそのように考え至りましたなあ」

 

普段は呪いだの祟りだの信じていない明智探偵です、神妙な顔で話す浪越大警視を軽快に笑い飛ばすようです。

 

「ふむ、どれもこれも、米国文化省による斡旋があったというのだよ。我が国との友好を深める一環として、珍品宝物を展示されたし、とねえ」

 

もちろん官憲として浪越大警視も、呪いなど信じるはずもありません。しかし、どこか薄気味悪さを拭い去ることはできないでいるのです。

 

「本題に入ろう。現在そのブルーダイヤは、数日前に米国はサンフランシスコを経ち、予定では5日後に帝都は芝商業港へ到着するようだ。我々警視庁でも厳重なる警備を設けるが・・・明智くん、何せ相手はあの二十面相だ。今回もまた、知恵と力を発揮してもらいたい」

 

「・・・承知しました。他ならぬ浪越大警視のお頼みとあらば。ちょうど横浜の石川亭事件も終息したところです、この小林くんと共に、全力を尽くしましょう」

 

「うむ!よろしく頼み申すぞ」

 

そこから少しばかり雑談をして、浪越大警視は矢野警部を伴って帰路につきました。最後まで、矢野警部は険しい雰囲気を崩さなかったのです。

 

「先生、今回はどのようにいたしましょうか?」

 

浪越大警視が戻った後、小林青年が尋ねてきました。

 

「うん、一昼夜考えておこう。二十面相め、今度はより気合を入れてかかってくるだろうからね・・・」

 

明智探偵は目を閉じ、コーヒーをすすります。時間的猶予はややありますが、何せひっきりなしに難解な依頼がやってくる身です、小林青年は、この時節に厄介な事件が舞い込んできませんようにと、心の中で祈りました。

 

「それに、ちょうど良かったね。入れかわるようにして、前澤氏が訪問する頃合いだ」

 

明智探偵は時計を見遣りますと、もう間もなく午前11時です。前澤氏が訪問を約束した時間です。

 

「まあ、もうそんな時間ですの」

 

文代夫人はそう言うと、芳しい香を焚き始めました。とにもかくにも、前澤氏が放つあの吐息が苦手でたまらないのです。

 

「まあ、今回は前澤氏の糖尿病が事件解決のヒントとなった、そう申し上げても良いのではないかな。なあ、小林くん」

 

明智探偵にそう言われ、小林青年はこくんとうなずきました。そうなのです、先刻の銀座東光百貨店において、前澤氏の柑橘類が腐乱したようなにおいがせず、もしやこの前澤氏は二十面相の変装なのでは・・・小林青年がそう疑いをかけたことが、事件解決の突破口になったのです。

 

そんなことをしていると、「えー、ごめん」と前澤氏が事務所の扉を開けて入って参りました。傍らにはもうひとり、ソフト帽をかぶった蝶ネクタイの老紳士がおります。

 

「やあ、ようこそいらっしゃいました」

 

早速室内に立ち込める前澤氏の吐息に明智探偵はいやな顔をせず、応接間に通します。前澤氏と同行の老紳士は早坂と名乗り、仙台にて宝石販売業が集う仙台宝石販売組合の代表をしているとのことでした。

 

「いやあー、早坂さん。こちらの明智さんはねえ、先日我が家宝とも言うべき英国王室より戴いたダイヤの指輪を奪い去らんとする魔の手から、鮮やかに守り切るという快刀乱麻を果たしてくれたのだよ!きっと今回も良いお知恵と働きをしてくれるに違いないと期待しておりますよ、わっはっは!」

 

先日の出来事ですっかり機嫌が良いのでしょう、前澤氏は胸ポケットから蜂蜜を取り出し、指にからめて満足そうにペロリと舐めます。時勢のあいさつもしないで・・・と、小林青年はやや訝しげになっておりますが、明智探偵はかまわず話に乗るようです。

 

「すると、今回また何かご依頼でしょうかな?」

 

明智探偵はどことなく、依頼を予期していたかのようです。

 

「明智さんねえ、こちらの朝刊でも報じられたかもしれんが・・・仙台市内の宝飾店ほぼすべての店舗で、宝石大量盗難事件が起きたのはご存じかな?」

 

それまでの笑顔が急に神妙になり、前澤氏は顔を寄せて参りました。

 

「はい、ダイヤ、オパール、エメラルド・・・同時且つ多量に、仙台市内のあらゆる店舗から持ち去られたと、今朝の新聞に載っておりましたな」

 

「そう、まさしく!しかも恐るべきことに、夜間とはいえきちんと番頭を置いて、錠もきちんと掛け、そして店によっては金庫室にしまい込んでいたというのにだ。そんな魔訶不思議な窃盗があろうことか。わたしも3日ほど前にその報せを受け、夜行列車に飛び乗って仙台の店舗へ向かった。棚卸を確認したところ、幸いわたしの店舗では、賊の侵入はなく盗まれたものはなかったのだが・・・」

 

そこで前澤氏は、チラリと早坂氏に視線を向けます。この早坂氏、すっかり憔悴した表情です。

 

「明智先生、うちの組合さ加入してる店舗、ほどんっとやられちまったですちゃ。みな、きぢんと鍵っこかげておったんです。それが、たっだ一晩、たっだ一晩ですちゃ!あっちもこっぢも、みんなやられぢまっだって連絡入ったんですちゃ。わだしもたまげちまっで、慌でて店さ顔出したら、旦那さん、やらっぢゃ!店の宝石みんな盗られぢまっだで、使用人に言わっぢぇ、がっぐしきでんだ」

 

宝石がすべて盗られたとあっては、それはもう大損害です。自分の店舗も、組合の店舗も被害を受けたとあっては、これほどがっかりするのも無理はありません。目の下にクマをたたえた早坂氏は、勢いしゃべった後、深いため息をついてうなだれてしまったのです。

 

「・・・ご心情、察します」

 

明智探偵もそんな早坂氏を慮るように、それだけ申すのが精いっぱいです。ですが小林青年は、そう言いながらもすでに何かを考えこんでいる明智探偵の表情を見逃しておりません。

 

「明智さん、わたしは矢も楯もたまらず仙台に赴いたが、先述のように被害は免れた。だが旧知のみなさんが被害を受けたとあって、こうして仙台からとんぼ帰りで伺ったというワケなのだよ」

 

そう興奮気味に話す前澤氏は、少し落ち着かんとしてまた蜂蜜をぺろりと舐めます。

 

「前澤さん、あなたの店舗に被害がなかったのはなぜでしょうか?」

 

明智探偵は探るような、鋭い目を向けます。

 

「生憎思いつかんが・・・。ただ、早坂さんを始め、他所の店舗と同様に取り扱いには充分な用心をしておったよ。いや中には、なぜあんたの店舗だけ無事なんだ、さてはあんた、賊を手引きしたのか、などと云われのない雑言を浴びせられもしたがね」

 

それはかなり腹に据えかねたのでしょう、鼻の穴を大きくする前澤氏でした。

 

「賊を手引き、ですか・・・」

 

明智探偵は顎に指をやり、何やら考えています。

 

「明智さん、よもやと思うが、あんたまでわたしが賊を手引きしたとお考えなのではないでしょうな?」

 

「そうではありません。早坂さん、みなさん悪気がないと考慮した上で申し上げますが、被害に遭った店主みなさんは、この事件は怪人二十面相による犯行であり、前澤氏は二十面相と何らかの取引をした上で、各店舗を襲わせた・・・そうおっしゃってるのですかな?」

 

「こりゃあ、たまげた・・・ええ!明智先生のおっしゃる通りです。前澤め、自分のダイヤを盗ませない代わりに、オラほの店襲うように勧めたんでねえか、そんな疑いかげる組合員もいるんですちゃ。いいえ、わだしはほだことちぃっとも思ってねえですが」

 

すっかり感心した顔から、焦り額を拭う早坂氏ですが、前澤氏は憮然としながらも、明智探偵を見る目が輝いております。

 

「明智さん、あんたの言う通りなのだよ。こうして早坂さんを伴ってうかがったのは、組合のみなさんに宝石を合切取り戻し、二十面相を今度こそふん縛り、わたしの濡れ衣を晴らしてもらいたいのだよ」

 

「明智先生、おウワサはかねがねでございました。どうがひとつ、お力を発揮して、わだしら安心させてけさい」

 

二人そろって頭を下げます。ですが明智探偵は、依頼を受けるとも、断るともしない、といった難しい表情です。

 

「おふたりともに伺いましょう、この事件が二十面相による仕業とお考えの根拠は何でしょうか?」

 

するとふたりはキョトン、とした顔になりました。

 

「こ、これは異なことをおっしゃる。一度にたくさんの店舗から、こうも鮮やかに・・・ええい、鮮やかなどという比喩を使いたくもないが、とにかく、こんな芸当は二十面相しかできぬではありませんか。現に、新聞でも二十面相による犯行と書いておりましたぞ」

 

前澤氏は興奮してまくしたてます。

 

「そう思われるのも無理はありませんね。あなたはごく身近で、二十面相の犯行手口をご覧になっておるのですから」

 

「そ、そう、そうですとも!いいかね明智さん、もうわたしは警察などには頼らない。増してや宮城の警察は、二十面相を相手にした経験もない。近く、宮城県警察と宮城県の県令からも依頼分をよこしてもらうよう、こちらの組合と話をしております。明智くん、どうか引き受けてもらいたい」

 

今度は強めに言い切ります。そうでなくとも、宮城県令まで巻き込み依頼を承諾させようとするなど、もはや断る方策を絶っているようなものでは・・・明智探偵の隣に座る小林青年はあきれておりました。

 

「・・・生憎、事件解決の依頼が立て込んでおるところです。それも厄介千万なものになりそうな事件です。それに仙台ですからな・・・帝都から夜行列車で9時間余り・・・。とはいえ、他ならぬ前澤さんのご依頼なら、お断りするのもはばかられますな」

 

明智探偵にしては、ずいぶんともったいぶったものです。

 

「そ、それでは・・・!」

 

「はい、お引き受けしましょう。先述のように、満足に動けぬ事情こそあるが・・・」

 

「明智さん、そんな後ろ向きにならず、どうかしっかり取り組んでもらいたい。今度こそ二十面相を捕らえる機会ではないかね」

 

「明智先生、大変な混乱の渦中に帝都さ足運んだオラほの努め、まんず汲み取ってもらいでぇ」

 

いよいよ早坂氏は泣き出さんばかりの声色です。

 

「わかりました。他の依頼と兼ね合いますので、段取りに1日ばかり時間をいただくとしましょう」

 

どこか歯切れの良くない承諾ですが、名探偵が出馬するとあって、ふたりは機嫌を持ち直したようです。

 

「うむ、うむ!明智さん、なにとぞよろしくお願いしますぞ!もはやあんただけが頼りだ、必ずや二十面相を捕らえ、奪い去った宝石を取り戻すよう奮起精励願いますぞ!早坂さん、明智さんが来てくれるのなら百人力です、お戻りになった暁には、組合のみなさんへご安心なさるよう御触れになるとよろしい!」

 

悲壮な表情の早坂氏にも、少しばかり明るさが宿ったようです。

 

「しっかり頼みますぞ!」

 

前澤氏は立ち上がると、早坂氏を伴って事務所を後にしました。扉が閉まるなり、文代夫人は事務所の窓すべてを開放して、新鮮な風を取り入れようとします。

 

「先生、よろしいのですか。仙台までの距離を鑑みる必要もありますし、浪越さんからのご依頼も一筋縄ではゆかぬものだと思うのですが」

 

自席に戻り、目をつむって考え事を始めた明智探偵に、小林青年が話しかけます。

 

「・・・ときに小林くん、キミは仙台の事件、どのように考えるかね?犯行に及んだのは、二十面相だと思うかね?」

 

明智探偵はそのまま煙草に火をつけます。

 

「・・・はっきりとしませんが、犯行の様子のみで断ずるなら二十面相を疑うのも無理ならぬと思います。ですが、妙です。二十面相なら、必ず犯行予告状を送り付けてくるはずです」

 

「そうだよねえ。しかも、物理的、時間的制約を考慮すると、二十面相の犯行とするにはいささか無理がある。銀座の前澤宝飾店に姿を現したのが3月22日、仙台の宝飾店が襲われたのが翌23日。ずいぶんと節操がないねえ、二十面相は」

 

「あるいは、二十面相の手下による犯行では・・・?」

 

「ふうむ・・・自己顕示欲の塊の如しあの二十面相が、部下ばかりに仕事を任せるものかな。まあ、その辺りの謎を解き明かすのが、この事件の面白いところだと思うね」

 

事件を面白がる・・・尊敬に値する探偵の師ですが、小林青年が唯一、明智探偵の考えに相いれないのが、こうした性質なのです。

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。