ゴジラ対怪人二十面相   作:マイケル社長

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生臭坊主 ラゴス島異聞

 

 

 

 

さて、明智探偵の元へ来客が相次いだその日の夕刻過ぎ、浅草の蕎麦屋には、暖簾をくぐって勢いよく引き戸を開ける人力車の親方の姿がありました。

 

「よおい!一杯のっけてくんな!」

 

威勢よく声をあげると、「あいよー!」と、蕎麦屋の旦那が返事をします。

 

「おう、今日は熱燗じゃねえほうがいいや!まったく、すっかりあったかくなりやがって」

 

そうなのです、3月末になりまして、これまではさすがに夜は冷え込んだものですが、今日は夕刻となっても暖かい限り。それどころか、日中人力車を引いていた頃には、うっすらと汗をかく始末でありました。

 

「もうすぐ煎餅屋の向かいの白梅軒で、冷やしコーヒーが出てくるころだなあ」

 

「そうだなあ。今日乗っけた客も、みんな桜前線の話してたくらいだもんなあ。・・・ん、あれえ?なんだオイ」

 

車夫はそこまで時勢の話を蕎麦屋と交わしたところで、ふと机に突っ伏している坊主頭に気がつき、声をかけました。立派に袈裟を羽織っておりますが、まあ大きないびきをかいて、赤い顔をして寝込んでしまっております。

 

「おう、さっき長旅から帰ってきたんだとよお!汽車の中で、さんざんっぱら酒をかっくらってきたって話だぜ!」

 

とっくりを用意し、片方で蕎麦を茹でながら、蕎麦屋が代わりに答えます。

 

「まあったく、何てヤロウでぇ!おい、おい!起きな!」

 

車夫はペチンと、坊主の頭をひっぱたきます。

 

「・・・はれええ?これはこれは親方さん、お健やかそうで」

 

坊主は合掌して目を閉じまず。そのまま眠られてはかなわないと、いま一度車夫はペチンと頭を叩くのです。

 

「おめぇ、どこか旅してやがったのかい?ここ数日見かけなかったがなあ」

 

自分のとっくりから盃に日本酒をなみなみと注ぎ、一杯くいッとあおってから、車夫は尋ねます。

 

「はい。ご住職様の言いつけで、しばらく岩手県の浄法寺町にございます、天台寺へ参っておったものですからぁ」

 

「へええ、浄法寺・・・そんな町が東北にあるのかい?」

 

「はいぃ・・・それはもう、遠い遠いところでして・・・盛岡から、汽車でさらに3時間ほどかかるところでして」

 

「ははは!そんな遠くから帰ってきたってんならオメェさん、たっぷり酒も飲めただろう」

 

「はいぃ・・・それはそれは・・・。岩手のみなさんに、お酒が好きですと申しましたところ、初駒というたいそう立派な地酒を一升いただきまして・・・はい、汽車で全部いただいて参りまして」

 

「・・・こいつぁとんでもねえ。オメェ、もはやたかりじゃねーか!いいのかい、坊主がそんなことして。そのうち、バチが当たるってもんでぇ」

 

「ははは!勘弁してやんなよ。坊主のヤツ、岩手まで出かけてたモンだから、こないだの怪人二十面相の捕り物劇見らんなかったってよ」

 

蕎麦屋が台所より口をはさんできます。

 

「なにぃ?そうか、それでオメェ、こないだの大捕り物にいなかったのかい!ははは、残念なヤロウだ。明智小五郎も二十面相も、見事な化かし合いだったてのになあ」

 

「へええ、そうしましたら、親方も蕎麦屋さんも、先日銀座へ赴かれたんで?」

 

「おうともよ!最近、銀座と浅草を結んだ地下鉄が開業したろぃ?アイツに乗って、ひとつ世紀の対決をご覧なすったってワケよ!」

 

「これはこれは・・・いくらお勉めとはいえ、わたくしも一緒にご覧になりたかったものですなあ・・・ヒック」

 

坊主はなおも、蕎麦屋にとっくりのおかわりを求めます。

 

「ああ・・・そういえば、みなさんが明智探偵と怪人二十面相の鬼ごっこに興じてらっしゃる頃でしょうかねえ・・・わたくし、天台寺のご住職様から、これはこれは世にも不思議な逸話を聴いて参りましてねえ」

 

だいぶへべれけな坊主ではありましたが、ここはひとつ、明智探偵と二十面相の話題に負けじと話題をさらって差し上げようというのでしょう、穏やかに微笑みながらも目が真剣になりました。

 

「なにぃ?世にも不思議な話だあ?ほう、どんなもんだい、そいつぁ?」

 

満足そうにとっくりを空けながら、車夫が尋ねて参ります。

 

「ええ・・・えぇ・・・。そのご住職様ですがねえ、大東亜戦争の折に徴兵されまして、太平洋はマーシャル諸島という戦地へ遣わされたそうなんですよ、ええ。米国が日本本土侵攻の先掛けとする中継基地の造成に、そのマーシャル諸島がうってつけとのことでして・・・。それを阻止すべく、陸軍の先遣隊が向かうこととなり、ご住職さまも船に乗せられ、半月ほどかけて向かったそうなのですよ」

 

「へええ・・・ジャワは極楽ビルマは地獄、死んでも帰れぬニューギニアなんてぁ耳にしたが、マーシャル諸島だか?そんなところへも出兵したってのかい。ほんでなにか、その住職さん、米軍相手にチャンバラでも繰り広げてきたで候ってかい?」

 

「そうです、そうです・・・米軍相手にチャンバラ・・・いいえ、チャンバラしたのは、帝国陸軍じゃあございませんでしてね」

 

「はああ?」

 

ちょうど蕎麦屋が蕎麦を持ってきたところで、自分も加わろうととっくりをふたつ、持ってきたのでした。

 

「すでに、米兵たちが島を開拓し、飛行場の礎を築いておってそうでしてねえ。それはそれは、大変な戦闘となることを覚悟していったそうでございます。幸い、マーシャル諸島に仕掛けられた機雷にひっかかることはなく、特に重点攻撃目標とされた、マーシャル諸島はラゴス島というところに上陸したそうなのです。そうしたら、上陸前から島より、銃撃や砲撃をする音が響いてくるそうじゃありませんか。ご住職様は、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・そう唱えながら、島へ上陸したそうですよ。ええ、わたしども天台宗は、いろんなお題目を唱えるものです。生命を昇華せん場合は、南無阿弥陀仏と・・・」

 

「おい坊主!オレの堪忍袋を南無阿弥陀仏にさせる気かい?そのあとをさっさと話しやがれってんだ」

 

車夫が、まるで紙芝居の続きをせびる子どものように口をとがらせます。

 

「えへへ、こいつは失礼しました・・・。そう、ラゴス島では、銃撃砲撃がすでに鳴り響いている、というところでしたな。そうですよ、ええ、銃撃も砲撃も、たしかに鳴り響いていた。ところが、音がするばっかりで、自分たちの方へは、まったく弾がやってこなかったそうなんです」

 

「そいつは・・・その、ラゴス島の米兵ども、よっぽど射撃が下手クソだったのかい?」

 

蕎麦屋が尋ねて参りますが、坊主は真っ赤になった顔をブンブン横に振ります。

 

「あなた、お国を飛び出して、海の向こうの要衝となる場所を守護する方々ですぞ。みな、精鋭揃いのハズです。ええ、しばらくして、砲撃の音は、自分たちに向けられているものではない、そうわかったそうでして」

 

「・・・するってぇと、何かい?その先遣隊よりも前に、誰か上陸でもしてて、そいつらとドンパチしてたってのかい?」

 

「それがねえ・・・最初は、分隊長もそう考えたらしいのですが、藪や森に隠れて戦闘が行われている方へ向かっていくと・・・なんと米兵さんたちは、人間ではない、化け物と戦っていたというじゃありませんか」

 

「なにぃ、化け物?」

 

「化け物って、なにかい?二十面相みてぇなヤロウかい?」

 

化け物。あまりに突拍子もない言葉に、蕎麦屋も車夫も口々に疑問を呈して参ります。

 

「いいえぇ、人間でもないそうです。ものすごく大きなトカゲ、爬虫類・・・いいえ、太古に存在した、恐竜というものに似通っておったそうです」

 

「恐竜・・・恐竜って何でぇ?」

 

「コラ車夫、さすがはおめぇさん学校の成績が丙だなオイ。オレたちよりもずっとずっと昔に歩き回ってたでっけぇトカゲって、理科で習ったじゃねえかよ」

 

酒が入った蕎麦屋のツッコミにやや辟易しながらも、車夫は坊主に続きを促しました。

 

「ええ、その恐竜・・・大きなトカゲとでもいいますか。背は5丈ほどもあったそうです。鉄砲や機関銃を撃ってくる米兵をかまわず、踏みつけたり、尻尾を振り回して、バッタバッタとやっつけていったそうなんです。それも、森の外から狙い定めた、迫撃砲にもビクともしなかったそうで、ええ」

 

「し、しかしそのでけぇトカゲ、その住職ら帝国陸軍には襲い掛からねえってのかい?」

 

すっかり興味を持った車夫が、酒をたっぷり含んだ吐息交じりに問いかけます。

 

「さああ・・・ご住職様がおっしゃるには、先に島へ揚がって、自分の住処を荒らしたことに腹を立てていたようだ、ということなんですね。帝国陸軍には見向きもしないで、米兵を追い詰めていったそうなんですが・・・とうとう、海岸の岩場まできたところをですよ、洋上で待機していた米軍の戦艦から、艦砲射撃してきたそうなんです。さすがの恐竜も戦艦の砲撃には、かなわなかったそうでしてねえ、ひとたまりもなく、突っ伏してしまったそうなんです。でも、ええ、帝国陸軍にとっては、結果的にせよ米兵を追い払ってくれた相手ってことでして・・・。米軍が這う這うの体で島から離れていったあと、全隊で敬礼までしたそうなんです」

 

「へえぇー、化け物トカゲ相手に敬礼たあ、けったいな話だぜ。でも、まあ・・・下手すりゃ米軍と戦ってみんな戦死しちまってたかもしれねーんだよな、その化け物がいなけりゃ」

 

「はい、それは、ご住職さまもおっしゃっておりました。隊長以下全員、恐竜をまるで戦友のように敬意を払ったそうでして」

 

「それで、その化け物トカゲはどうなっちまったんでぇ?おっ死んじまったのかい?」

 

「そこまでは・・・ご住職さまの隊も、その後キリバス、ウェークと転戦し、昭和18年の休戦協定を以て本土へ帰還なすったそうですから。それまで1度も、ラゴス島へ渡ったことはございませんそうで・・・。でも、せめてもう一度、礼を告げにいきたい、ともおっしゃっておりました」

 

坊主の口からも、天台寺の住職が南海の孤島に棲む怪物への畏敬の念が読み取れます。坊主は合掌し、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」と、繰り返し唱え始めました。

 

「いまからまたマーシャル諸島へ行くなんざ、難しいんだろうなあ」

 

蕎麦屋が新しいとっくりを持ってきて言いました。

 

「ええ、ええ。しかもマーシャル諸島は、昭和21年の米軍による、ええーっと・・・クロスロード作戦なる新型兵器の実験場となったそうで、もしその恐竜が生きていたとしても、新型爆弾の実験でさっぱり蒸発してしまったのだろう、とも話しておられました」

 

「けぇー、米軍も妙なモン作りやがって」

 

「なんだか、かわいそうな話だよなあ」

 

ひところ話し終えたところで、また坊主はうつらうつらしております。話すことをすっかり話して、気が緩んだのでしょうか。

 

「コラ」

 

車夫はまた、ペチンと坊主の頭をひっぱたきます。

 

「まあよぉ、にわかには信じられねえような話だけれども、戦争ってのはいろんなことがあったんだなあ。オレっちは長男だったから出征なんてしなかったが、なあ・・・こうして、オメェらと酒かっくらえることに、感謝しなきゃいけねえんだろうな」

 

「あれぇ、何でぇ車夫。おまえさん坊主に弟子入りかい、そんな悟ったようなこと言いやがって」

 

良い感じに酒が回ってきた蕎麦屋が、車夫をからかいます。

 

「何を?けっ、ホレ、もっと酒!」

 

車夫は勢い良く蕎麦をすすりながら、とっくりをトントンさせます。

 

「おう坊主、なかなかに面白れぇ話だったが、せっかく岩手まで行ったんだ。他に、土産になるような話はねえのかい?」

 

目をトロンとさせている坊主の頭をまたひっぱたいて、車夫が問いかけます。

 

「ええ・・・そんな、わたくしは興行師じゃございませんよぉ・・・。あ、でも、なんだか、今年の正月あたりから、妙な出来事が起きているって話は、汽車の中で隣に座った紳士が話しておりましたねえ~」

 

「なんだい、その妙な出来事ってのは?」

 

「へええ、それがですね、盛岡から平泉にかけて、木炭泥棒が多くなったとか、貯蔵しておいた炭がまるごと盗まれたとか・・・。ああ、ホラ、本所生まれの前澤さんも、岩手は松尾の鉱山で産出量減ってしまって、だいぶ損を重ねてしまったとかいいますし・・・仙台では、宝石大量盗難事件があったっていうじゃありませんか。ええ、マーシャル諸島といい、東北といい、あちらこちらで、異変が起きております故・・・」

 

長旅の疲労と日本酒の作用が、いよいよ坊主を深い眠りにつかせたようです。ぱたりと伏せ込み、いびきをかき始めてしまいました。

 

「あっ、このヤロウ、またオレが送っていく羽目になるぜ・・・よおし、住職さんにうんと叱ってもらうか」

 

今度は車夫が頭を叩いても起きません。今日も無償の人力車運転と相成りそうです。

 

「木炭泥棒ねえ。なあに、きっと二十面相の仕業だよ。まったく、相変わらずやることが派手だねえ」

 

そうぼやき、蕎麦屋は車夫が平らげたどんぶりととっくりを片付けます。

 

「どうれしょうがねえ、坊主を送ってってやるか。おい蕎麦屋、勘定」

 

「あいよ」

 

勘定を済ませた車夫は、よっこらせと坊主を背負うと、蕎麦屋を後にしました。春風がささやくように吹く早春の夜ですが、遠くの方からは、不気味な雷鳴が聞こえてきたのです。

 

 

 

 

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