目を開けると全然見知らぬ天井…… などではなく、何十回と見た病室の天井があった。
知らぬ間に、また病室送りになったらしい。
体を起こして周りを見ると、椅子に座りながらすっかり舟をこぐアリサとコウタがいた。
その横には、腕を組ながら壁によりかかるソーマもいる。まさか…… 立ったまま寝てるのか?
「……お~い」
まあ…… 裏を返せば、三人は居眠りするほど俺を看病してくれたんだろう。驚かせないようにゆっくりと声をかける。
「っ! よかった…… 気がついたんですね!」
「ん…… フン、生きてたか」
「ががっ!う〜ん、むにゃむにゃ………」
アリサとソーマの二人は起きてくれたが、コウタは気持ち良さそうに眠ったままだった。むにゃむにゃなんて言う奴、本当にいるんだな……
「部下のために身体を張るのはいいが、前のリーダーの二の舞だけはやめろよ?」
コウタを一瞥してポツリと呟く。それだけ言うと、とっとと病室から出ていってしまった。
「本当に、無事でよかった……」
「何とかな………」
去り際のソーマの言葉を思い出す。コウタを守ることはできたが、この程度の怪我で済んだのは運が良かっただけだろう。
こんなんじゃ本当に二の舞になるな……
「あ、ちょっと待ってて下さい…… いつまで寝てるんですか!?」
パコンッ! と乾いた音がした。
「あべしっ!??」
コウタ…… アリサは普通に頭を叩いただけだぞ。
「んぁ……ああ! 目ぇ覚めたんだ! よかった〜……」
「お陰さまでな。コウタは怪我ないか?」
「俺は大丈夫だよ。ゴメンな…… 俺の不注意のせいで、神機溶けちゃったんだろ?」
「溶けたっつーか、壊れたな。 つーか溶けたのかよ!?」
「そうなんですよ。あのアラガミの一撃で、コアの制御機構に不具合が出たらしくて…… メンテナンスには時間がかかるそうなんです」
そういえば、リンクバーストを五段階までやらかした時も溶けてたな。確か、直すまで少なくとも1週間はかかっていた。
まさか病室でずっと寝てる訳にもいかないし………
「ツバキさんもどうせ出撃できないなら、休暇の消化も兼ねてしばらく休んでろって言ってたよ?」
「……なら、お菓子の家でも作ってるかな」
「いや、そこはゆっくり休んでください!」
丁度、暇ができたら作ってみようと思っていた。三日ぐらい徹夜すれば完成できるだろ。
「そうだ! お詫びにお菓子ありったけ持ってくるからさ!」
「さすがコウタだ。付き合い長いだけあるな」
「私もスイーツを作ってきますね!」
「………アリサ、先ずはサカキ博士にチェックしてもらえ。その後にマウス実験、味見をしてから持ってきてくれ」
「それ酷くないですか!?」
「全然酷くない。これ以上重症になってたまるか」
その時、病室に業務連絡用のアラームが鳴り響いた。
『業務連絡… 新型アラガミ、ハンニバルへの対策ブリーフィングを行います。第一、第二、第三部隊の各メンバーは、至急、支部長室に集合してください。繰り返します……』
アナグラ主力メンバーのほとんどだな。それだけハンニバルの存在は大きいのだろう。
相手はコアを摘出されても動き続ける…… まさしく不死身のアラガミだ。さすがに第一部隊だけじゃあもて余す。
「じゃあ、そろそろ行きますね」
「欲しい物があったら連絡くれよな!」
「お菓子の城で」
「いや、現実的なので頼む」
ッチ! お菓子の城は流石に無理か……
起きていても仕方が無い…… 二度寝でもしよう。そう思って横になった時、隣のベットの住民を見つけてしまった。
「ショウコさん…… 隣のベットで寝てたんですか?」
「…………ん? ああ、起きてたのね」
せめて仕事はしろよ……! 批難の視線を向けるが、まったく動じない。
「いつも怪我する丈夫な患者を見るほど、暇じゃないのよ」
大きな欠伸をしてむくりと起き上がり、デスクの上の整理を始める。悔しいことに、ショウコさんの言ってることはごもっともだった。
「あなた私のこと好きなの? 病室に来る頻度が高すぎよ」
「ははは、まさか(笑)」
自意識過剰すぎる。そんなんだから嫁に貰ってくれる人が……
「いい機会だし、糖分の摂取を禁止にしようかしら………」
「勘弁してください!」
この時間帯のアナグラは閑散としているが、今日はそれ以上だった。たくさんのゴッドイーターがハンニバルの任務に駆り出されているからだ。
博士の見解では、ハンニバルはコアを失うと即座に代用コアを体内で生成して、指令中枢として肉体を動かすらしい。
その働きを阻害する『抗体』を神機に組み込むのが今のところの対策だ。
それまでは倒しては生き返るという繰り返しだ。帰ってきた人達はかなり疲弊した顔をしている。こういう時に戦闘できないのは非常に歯痒い。
部屋にいても仕方無いので、とりあえずエントランスに行ってみた。
気づいたら、ヒバリさんとエリナで雑談していた。今の話題は、エリナの宇宙旅行の話だ。
「それでね、地球が青くてとっても綺麗だったのよ!」
「そうか……」
とても嬉しそうな声で話す。話を聞いた限り、アーク計画については一切知らないようだ。
「アマトも宇宙旅行にくれば良かったのに」
「まあ、任務で忙しくてな」
どうやら、エリックは本当の事を言ってないらしい。嘘をついてまで方舟に乗せたようだ。
「……エリックが宇宙旅行って言ってたのか?」
「ええ、そうよ」
その気持ちは分からないでもない。たとえ憎まれようとも家族には生きてほしいものだ。
「後で極甘ジュースでも奢ってやるか……… ね、ヒバリさん」
「え……ええ、エリックさんも喜ぶと思いますよ」
その時、突然照明が赤く点滅し、アラームが鳴り響いた。
確かこれは…… 緊急用のアラームだ!
『緊急連絡! アラガミによる外部からの侵入を第二訓練場にて確認! 速やかにこれを撃退して下さい! 繰り返します!………』
「!?」
ハンニバルの対応で追われているこのタイミングでか……!? アナグラに戦闘員なんていないぞ!
「300秒後、第二訓練場のフロアを隔壁で閉鎖します! 総員、別フロアに至急移動してください!」
ヒバリさんが手元の小端末を叩く。瞬時に対応をする所は流石だ。
「アマト………」
エリナが不安そうに俺の腕を掴む。少しでもそれを紛らわすために頭をくしゃくしゃと撫でる。我に帰ったのか、顔がりんご飴のように真っ赤だった。
「私は! べ、別に恐くなんか……」
強がってはいても少し震えている。なんとかしてやりたいが、今の俺にはなんの力も……
「一番近いのは………防衛班! タツミさん!! 聞こえますか!?」
ヒバリさんから連絡がきて喜んでいるタツミさんの姿が、ありありと目に浮かぶ。
「……冗談を言ってる場合じゃないんです! 緊急の帰還命令です! 直ちにアナグラに帰投してください!」
珍しくヒバリさんが声を荒げる。
タツミさん……… 今それどころじゃないんですよ………
「ええ…… 現時点でアナグラには、非戦闘員しか残っていなくて…… はい! すぐにお願いします!」
……いや、いつもみたいに重傷を負った訳でもない。神機が溶けているだけだ。そうだ、神機さえあれば十分戦える。
それなら、俺にもやれることがあるんじゃないか?
「ヒバリさん、エリナをお願いします!」
「あ! アマトさん!?」
気づいた時にはもう、神機保管庫に向かって駆け出していた。
エレベーターが開く。そこには、沢山の神機が並び立つ中、ターミナルを操作しているリッカさんがいた。
「何しに来たの? アマト君の神機なら、まだ溶けているよ!」
「……まだ溶けてるんですか」
「戦えないのなら戦場に出て来ちゃダメだよ! 私も、神機のロック作業が終わったら避難するから!」
蒸気をたてながら赤い機械に収納されていく神機たち。残っているのはもう、血濡れた赤で染まった神機『ブラッドサージ』……そう、リンドウさんの神機がだけだった。
未だに収納されておらず、まるで誰かを待ってるように佇んでいる。
「俺が……」
手を伸ばすが、どうしても途中で止まってしまう。拒絶反応が起きればオラクル細胞に捕食されてしまう。そうなったら最後、どうなってもおかしくない。
「アマト君!? なにやって……」
その時、衝撃音と共に扉が揺れた。
まさか………!?
「きゃあ!?」
「リッカさん!!」
爆発で吹き飛ばされたリッカさんは、勢いよく柵に叩きつけられた。
急いで駆けつけて状態を確認する。幸い、大した怪我もない。気を失っているだけだった。
『緊急連絡! アラガミが隔壁を破って神機保管庫エリアに移動しました! 繰り返します!』
「グオオオオオ!!!」
猛々しい咆哮がアナウンスを遮る。煙を切って現れたのは『ヴァジュラテイル』だった。
ヴァジュラもどきなど本来なら直ぐに叩き斬っているが、武器がない今ではとてつもない脅威だ。
「くそ……! リッカさん、触りますよ!」
ここでもたつくのはマズイ。お姫様抱っこの要領でリッカさんを抱える。
後ろに飛び退いた瞬間、ヴァジュラテイルの尾が空を切った。
「くっ………!」
なんとか躱せたが、正直言って、このまま逃げ切る自信はない。
打開策! 何か…… 何かないのか……!?
ーーリッカさんを置いて逃げる。
論外だ。
ーー素手で戦う。
これもダメだ。簡単には死なないと思うが、それでも確実に殺される。
ーーお菓子を渡す。
正気に戻れ。
「…………はぁ」
思わずため息をつく。多分、また病室のお世話になるだろな……
「………リンドウさん、やっぱ使わせてもらいます」
……かなり多くの人に怒られるだろう。しかし、俺が考える限りこれが最善の選択だ。
覚悟をきめ、ブラッドサージに手を伸ばす。
「ぐ、あああああ!!!??」
掴んだ瞬間体中に激痛が走る。手から黒いモヤが出てきてる始末だ。
覚悟をきめても痛いものは痛い。なんとかそれに堪え、台座のブラッドサージを無理矢理引き離す。
「ギュガアアア!!」
その間を隙と判断したのか、ヴァジュラテイルが迫る。
「………ッ! なめんな!」
渾身の力でブラッドサージを突っ込む。それは見事に胴体に食い込んだ。噴水のように血を噴き出した後、呻き声をあげて力なく倒れた。
「ぐうぅ……! があああ!!??」
痛みに堪えかね、手を放そうとしたその時……
『ザザザザザーーーー……!!』
頭の中に流れ込むビジョン。降りしきる雪の中、どこか見覚えのある背中が天に向かって吼えていた。誰だ…… これは?
「が……あぁ………」
しかし、そんな事を考える余裕はなかった。体中の力が抜け鋼板の床へと吸い込まれる。
………本当に、あと何度同じ経験をするのだろう。視界が暗闇に包まれた。