神機の修復が終わり、ようやく謹慎も解除された。今まで休んでいたつけが回ったのか、かなり多くの任務が舞い込んできた。
その中にはハンニバルの任務もあったが、GEスイーツを強化したお陰で溶けることはなかった。抗体も組み込んだし、対策はバッチリしてある。たった今、ハンニバルを討伐しアナグラへ帰った所だ。
ちなみに、本部の方でもハンニバルが確認された。一人のゴッドイーターがハンニバル相手に無双したらしいが、十中八九グレイさんだろう。マジで常人離れしているな……
「ただいま戻りましたー」
出撃ゲートが開く。エントランスに戻ると、コウタが「待ってました」といった感じで出迎えた。何の用だ?
「お疲れ、アマト!」
渡されたのは、『初恋ジュース』とピンクのラベルに書かれた缶だった。
「なんだこれ?」
「新発売のジュースだってさ。飲んでみなよ!」
サカキ博士がメールで断水と節電の協力を申し込んでいたな。スイーツ作りができなくてストレスが溜まったが、この為だったのか……
「初恋ジュースか…… なるほど、甘酸っぱそうな感じがするな」
こういうのなら大歓迎だ。さっそくプルタブに手をかける。
「いただきます」
缶を傾けて中身の液体を流し込む。うん、いったいどんな味を…… あれ? なんか、こう……?
「甘酸っぱ苦しょっぱ辛殺してくれ!!!」
「うわあああああ!!??」
味覚の殺戮大パレードや!!
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気がつくと、ソファーで横になっていた。あの地獄のような不味さは何だったんだ……?
アリサの手料理よりも格段に酷かったぞ…… 作った意図がまったく解らん。
「大丈夫ですか? アマトさん」
横を見ると、カノンさんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。心配をかけないため起き上がろうとするも、体が震えて動けない。
「カ、ノンさ…………」
それどころか、舌先が痺れて上手く喋れない。恐ろしい……! どんな威力を持っているんだ………!
「突然倒れたって聞きました。 大丈夫ですか?」
「そ、それは……、!?」
カノンさんの手に、例のジュースが握られていた。今ではもう黒い障気が見えるほど恐ろしい。
「コウタさんがジュースをくれたんです。新発売だそうですよ?」
プルタブを開け、あろうことか口に付けてしまった。くそ! 動け舌! カノンさんを被害者にする訳には……
「待っ………」
しかし、全てが遅かった。カノンさんが両手で可愛らしく缶を傾ける。そのまま喉を鳴らして飲み込んでしまう。
「…………」
「カノンさん…………?」
俯いて表情を伺えない。大丈夫なのか………?
次の瞬間、カノンさんが勢いよく顔をあげた。そう、任務中のように狂暴な顔を……
「キャハハ! 久しぶり…… アマト!」
「出たな裏カノンさん……!」
何故か任務中のカノンさんが表に出てきた。まさか、初恋ジュースにこんな作用があるとは……
「……ははーん。あんた今、動けないんだね!」
妖しい笑みを浮かべながら、ジロジロと俺の体を見る。何故か人生トップクラスの嫌な予感がするんだが。
「な、何を………」
「チャーンス! それじゃあ私が食べちゃおっと!」
洒落にならない事をサラッと言い放つ。しかも非常に嬉しそうな顔だ。
いつもの冗談だよな? それか、都合よくここで戻るとか……
「………え? ちょっと待っ」
その願いは届かず、襟元を掴まれた。地獄の門に連れ込まれるかの如く、ずるずると引きずられていく。
本能が告げている。ここで逃げないと、大切な物を失ってしまうと……!
しかし、悲しきかな。抗う体力は無かった。
「さあ、私の部屋で良いことしよ!」
誰か…… お菓子を全部あげるから、助けてくれ………!
任務から帰ってきた時、私は目を疑った。出撃ゲートが開いた先はまささく地獄絵図だった。タツミさんとソーマが地面に臥せ、その近くには淡いピンクの液が広がっている。
しかし、一番目を引いたのは……
「I can't do it…… I can't do it……」
ソファーに体育座りをして、永遠にそう呟くアマトさんだった。
虚空を見つめており、目はいつもより更に黒く濁っている。
「どんな状況ですかコレ!?」
近くにいたコウタの肩を掴み、思いっきり揺らす。こうなったのは絶対コウタが原因だ!
「揺らさないで! 揺らさないで! タツミさんとソーマは俺がやったけど、アマトは知らないって!」
「どういう事ですか!?」
「二人には初恋ジュースを飲ませたんだよ。でも、アマトは最初からあんな状態だったんだ!!」
「I can't do it…… I can't do it……」
表情を一切変えず『私にはできない』と呟くアマトさん。いつものアマトさんは、そこには居なかった。
「アマトさん! しっかりしてください!」
思わずアマトさんに抱きつく。いったい…… アマトさんの身に何が……?
「Boys, be ambitious…… Boys, be ambitious……」
「何に大志を抱けば良いんですか!?」
私が抱きついた事で、寧ろ悪化してしまった。
「ア、アマトさん…………」
「やべえ…… 俺、なにしたっけ………」
もしも、もしもこのまま戻らなかったらどうなるのだろうか? アマトさんには沢山助けてもらったのに、私には何もできないなんて……!
絶望に打ちひしがれていた時、突然エレベーターの扉が開いた。そこにいたのは極甘ジュースを手に持ったサクヤさんだった。
「アリサ、極甘ジュースを買ってきたわ! 飲ませたらどう!?」
「サクヤさん、それです!」
サクヤさんから極甘ジュースを受け継ぐ。アマトさんはいつもこれを飲んでいた。これならアマトさんの意識を戻せるかもしれない!
「アマトさん…… 極甘ジュースですよ?」
プルタブを開け、アマトさんの口にゆっくりと流し込む。お願い……! 戻ってきて、アマトさん……!
「………!」
僅かに、アマトさんの目に光が灯った。
「あれ? 俺、なにして……」
「アマトさん! 戻ったんですね!!」
もう一度思いっきり抱きつく。戻ってくれて本当によかった………!
「あー…… どうしたんだ?」
「アマト! いったい何があったんだ!? 様子が凄い変だったぞ!!」
「確か、初恋ジュースを飲んだ後……」
何かを思い出したのか、顔が紅くなり…… 青くなり…… 白くなり…… まるで旧世代の信号機のように顔色が変わっていた。
「……ガクガクガクガクガクガク」
遂には小刻みに震えてしまった。
「アマトさーーーーーん!!!!」
そういえば…… カノンさんも部屋から出て来ないらしいけど、関係があるのだろうか?
ジーナさん曰く、突然顔が真っ赤になって『きゃああああ!!』状態らしい。
アナグラのとある一室。アマト、ソーマ、俺でとある作戦会議を開いていた。それは……
「第一回『コウタに甘美なる地獄を見せよう大作戦』の会議を始めます」
そう、コウタによる初恋ジュース被害者が集まっている。その中でもアマトのキレ様は半端なかった。なんでも、コウタのせいで大切な物を失ったらしい。
だがしかし、コウタに同情する気はないぜ! あんなゲテモノジュースを飲ませやがって……!
「はい」
「タツミ君」
「初恋ジュースをたらふく飲ませるというのは………」
これならコウタも十分反省するだろ!
「………少し生ぬるいですね。却下です」
「生ぬるいか!?」
これでもまだ温いのか…… 雲行きが怪しくなる中、ソーマが無言で手を上げた。
「はい、ソーマ君」
「四の五の言わずにぶっ殺す」
「それもいいですね」
真顔で言うソーマとアマト。すまん、コウタ…… 俺には止める事ができねえ……! 同情しないと言ったが、前言撤回するぜ……!
「…………あ、俺からも一つ意見を」
アマトが突然コートの中を探った。何をする気なんだ……?
「左手に初恋ジュース……?」
「右手に極甘ジュースだと……?」
俺が知る限り、最悪なジュースのワンツーフィニッシュ。そんな禍々しいジュースなんて、何に使うんだ?
「「……!!??」」
ポーカーフェイスのソーマですら驚愕の色が見える。
いや、仕方ねえ。だって…… まさか……
「二つを混ぜ合わせるなんて……!!」
この時ばかりは、アマトがガチで悪魔に見えた。コップの中で淡いピンクと濃いピンクが混ざりあい、何故か紫色の液体が完成していたからな………
「……少し飲んでみましょう」
効果の程を確かめるべく液体に人差し指をつけ、ゆっくりと舐める。
すると、目を大きく見開き………
「…………甘ッ!!!」
吹き出しただと!? アマトはアマイ・アマイの攻撃にも耐えきれるんだぞ!?
「馬鹿な…… アマトが甘くて悶えるだと……!?」
未だにゴロゴロと床を転げ回っていた。俺たちは恐ろしい兵器を造ったと認めざるを得ない……
「マズイぜ…… 俺たちは、とんでもないものを作ったぞ……」
むっくりと起き上がったアマトが口を開く。
「極甘と初恋の出会いによって混沌に陥る…… そう、名付けて『不倫ジュース』だ」
ーーその後の2日間、コウタの姿を見た者はいなかったそうな………