崩壊したエイジスの中心部。
高台の上には、拳に紫色の炎を纏わせかがら天に吼えるハンニバルがいた。まるで、これから始まる死闘の火蓋を切るように………
「グゥオオオオオ!!!!」
右手には甘い匂いが漂う『GEチョコ』が握られている。言わずと知れた俺のアイデンティティーだ。こんな見た目だが、一緒に数々の修羅場を潜り抜けてきた相棒だ。
左手には血を彷彿とさせる紅に染まった神機『ブラッドサージ』が握られている。チェンソーのようなその刃が、神機の屈強さを窺わせる。
「アマトさん…… ここから先、僕には何もできません。リンドウを、お願いします」
隣では、相変わらず無表情のレンがハンニバルを見上げていた。
今、レンの心の内はどうなっているのだろう……
「さあ、来ますよ!」
ハンニバルが鋼板へと降り立つ。しかし、何処か様子がおかしい。ピクリとも動かない。その姿はまるで、体の自由を奪われたようだった。
「………!?」
紫色の炎を渦巻かせながら、ハンニバルがゆっくりと浮かび上がる。
『うぅ……』
「リンドウさん!!」
ハンニバルの胸部には、痛みに顔を歪ませるリンドウさんの姿があった。ボサボサの黒い頭髪、埃だらけの隊長服…… 無事とは言い難いが、それでも確かに生きていた。
「やっと…… やっと会うことができた………」
どれだけ…… どれだけ探し求めていたことか………!!
「今ですよ……」
レンの声で戦場に引き戻された。浮かれていた心に冷水に打ち付けられたような感覚だった。横に目をやると、レンがブラッドサージにそっと手をかけていた。
「これを逃すと…… もう、倒せないかも知れない……」
「……ああ。多分、リンドウさんがハンニバルの動きを止めているんだろうな」
正直、黒いハンニバルを倒せる自信はあまりない。倒すなら今しかないだろう。
レンが力強い目でリンドウさんを睨む。
「さあ…… この剣を、リンドウに突き立てて下さい」
その時、リンドウさんが目を開いた。しかし、その瞼は直ぐにでも閉じてしまいそうだ。
『うぅ……うぁっ! ……ぐぅ……俺のことは……放っておけ……!』
「………!!」
『立ち去れ……早くっ……!』
俺の事を知ってか知らずか、言葉を続けるリンドウさん。
『もう俺は…… 覚悟は出来てる…… 自分のケツは…… 自分で、拭くさ』
その言葉には、諦めの色が見えていた。
『ここから、逃げろ!! これは……命令だ!!』
ハンニバルが徐々に動き出す。リンドウさんの制御を離れ、解き放たれるのも時間の問題だった。
気持ちを鎮めるため、一つ大きく息を吐く。そろそろ、決断しないとな……
「………俺が甘党なの、知ってるよな」
「……? そんなの、周知の事実ですよ」
「だよな……」
………ああ、そうだ。やっぱり俺は、甘党だ。
「苦々しい結末ってのはどうにもダメだな。やっぱり、甘ったるい方が性に合っている」
「………まさか!」
「そうさ…… リンドウさんを、救ってやるよ!!」
リンドウさんを助ける覚悟を固める。どうなるのかは分からない。それでも、『出来るか、出来ないか』じゃない。『やらなきゃいけない』んだ!
リンドウさん……! 神機、使わせてもらいます!
「ぐがぁぁぁあぁあぁぁああぁぁぁっ!!?」
他人の神機を使おうとした代償か、左肘までがアラガミの腕のように変わった。同時に、尋常じゃない痛みも襲う。
まだ、負けられない………! 戦わないと…… 伝えないと……!
「……逃げるなあぁぁぁっ!!!」
腹の底から、力の限り叫んだ。
「生きることから……逃げるなっ!! これはっ……『命令』だ!!!」
こんな理不尽な世界でも、自分から死んでいい理由にはならない! シオが命を懸けて繋いでくれた世界なんだ!
「うおおおぉぉぉぉぉぉっ!!!」
二つの神機を構え、ハンニバルに向かって全力で駆けた。鋼板を蹴り、一直線に跳んだ。
「グゥオオオオッッ!!!」
ハンニバルの右拳が俺に迫る。コンゴウを一撃で沈めた攻撃をくらったら、ひと溜まりもないだろう。だが、このまま突っ切る!
空中で体を捻り、体が半回転する。そして、世界も反転した。
俺を打ち抜こうと放たれた拳が背中ギリギリで空を切る。風圧が半端ない。危なかった……
自然と元の姿勢に戻る。眼前には、ハンニバルが口を大きく開いている姿があった。
さあ、勝負はここからだ。どうなるか分からないがやるしかない!
二つの神機を口の中に突っ込み、動きを封じた。少し嬉しそうな顔をしたのは気のせいだと信じたい。
そのまま渾身の力を込めて、上顎と下顎を引き離した。歪な音をたてながら、その亀裂はどんどん広がっていく。
(見えた!!)
赤く染まった血肉の中、黒く煌めくハンニバルのコアがあった。
最も原始的なアラガミの撃退方法である、コアの直接破壊。どんな結果をもたらすかは分からないが、やってみる価値はあるはずだ。
「はああああっ!!」
ブラッドサージを手放し、アラガミのような左腕をコア目掛けて思いっきり突き刺す。
その瞬間、何故か意識が遠退いた。
目を開けると、何もない真っ白な空間が広がっていた。確かハンニバルと戦って、コアを探し出してぶん殴った筈だ。そういえば左手も元に戻っている。
それにしても随分と現実感の無いフワフワとした場所だ。ここは一体どこだ?
「ようこそ、僕の思い描いていた結末から遠く離れた場所へ」
隣には呆れた顔で佇むレンがいた。
「レン…… ここはどこなんだ?」
「うーん…… 言うならば、リンドウさんの深層世界ですかね。今、その中に僕達二人の意識も共有されてるんです」
「リンドウさんの意識の中……」
「まったく…… あのままリンドウさんに神機を突き立てれば全て終わったものを………」
「言っただろ? ビターな結末は嫌いなんだ」
「そうでしたね…… 流石はスイーツイーターです」
頬を僅かに上げて微笑む。
「ここまで来たのなら、僕も最後まで付き合いますよ」
一段と眩い光が放たれる。思わず目を瞑り手をかざす。やがて目を開けると、ディアウス・ピターと戦ったいた教会に立っていた。
壊れたステンドグラスからは明るい夕日が差し込んでおり、出口となる通路は瓦礫で完全に塞がれている。
「リンドウはここでずっと、自分の中のアラガミと戦い続けてきたんですね……」
体を屈ませ、リンドウさんの頬に手をかける。リンドウさんの閉じていた瞼がゆっくりと開いた。
「……あ……? お前、誰だ…… うぐっ!」
痛みで悶えるリンドウさん。
「つれないね、リンドウ…… せっかくの再会なのに台なしじゃないか……」
スクリ…… と立ち上がり俺と向き合う。その顔はどこか決意した顔のようにも見えた。
「アマトさん、お願いします。彼にもう一度、戦う力を与えてやって下さい……」
そう言った瞬間、レンから強い光が発せられた。あまりの眩しさに再び目を閉じる。
何で光るんだ…… まさか、進化でもするのか!?
光が弱まるのを感じ、目を開ける。待っていたのは進化したレンではなく、リンドウさんの神機『ブラッドサージ』だった。左手に握られているソレは黄金色に輝いていた。
「そうか…… レン、お前は………」
そう…… レンの正体はリンドウさんの神機だ。俺にしか見えなかったのも、初陣の時を知ってるのも納得できる。
「何だ、今のは……」
リンドウさんが立ち上がる。なんだ…… 全然元気そうだな……
「おう、アマトか…… まったく、呆れたやつだ。こんな所まで追って来やがって……」
不敵な笑いを浮かべながら頭を掻くリンドウさん。まったく…… それはこっちの台詞だ。こんな所まで迷子になるなんて……
「迷子の誰かさんを探してたらこうなっちゃいましたよ。ホールケーキ三つ、奢ってもらいますからね。その位じゃないと割にあいません」
「うげぇ…… 俺の財布が氷河期に突入するな、こりゃ……」
リンドウさんへと神機を差し出す。そして、苦笑いをしながら受け取ってくれた。
「……お前のでかい声、ちゃんと聞こえてたぞ?」
『ブラッドサージ』を軽く振るい、馴れた手つきで肩に担ぐ。虚空を切り裂く音が、心なしか喜んでいるように聞こえた。
「『生きることから逃げるな』か……覚悟が出来てなかったのは俺の方だったな」
「勿論、覚悟はできましたよね?」
「ああ、誰かさんのお陰でな。さあて、早速生き抜くために格好悪く足掻いてみるとするかぁ!」
いつもの雰囲気に戻ったリンドウさんが上を見上げる。そこには、割れたステンドグラスから差し込む夕日を背に、黒いハンニバルが天に向かって吼えていた。
その姿は、絶対にリンドウさんを逃がさないという意思が感じられた。しかし、今更怖じ気ついたりはしない。ここまで来たからには、二人で生きてアナグラへ帰る!
「スイーツイーター。背中は預けたぜ」
「了解です、リンドウさん」
ハンニバルに向かい歩き出す。夕日に照らされた大きな背中。それは後ろから見続けるだけの背中じゃない。今はもう、護る為の背中だった。
「グゥオオオオオ!!!!」
ハンニバルが拳を振るう。バックステップでそれを躱し、そのまま拳は空を切った。
体勢が崩れた瞬間に接近し、空かさずGEチョコを袈裟懸けに振るう。
「ギュアアア!!??」
頭部に叩き込まれた斬撃は、ハンニバルの角を叩き折った。痛みからか、はたまた激しい憎しみからか、辺り構わず暴れまわる。
流石に追撃は無理と判断し、急いでその場から飛び退いた。
「お前、見ない間に随分と腕をあげたんじゃねえのか?」
リンドウさんが感心したように呟く。
「まあ、ずっとリンドウさんの仕事を請け負ってましたからね。特にサカキ博士のを……」
「そりゃまた御苦労さん。だが、踏み込みがまだまだ甘いぜ」
紫に燃え上がる炎の輪がハンニバルの口から放たれた。GEキャンディーを展開した直後、大きな爆発が生じた。吹き飛ばされぬよう足腰に力を込める。
しかし、リンドウさんは違った。大きな跳躍を披露してソレを飛び越えた。難なく着地し、風のような疾さでハンニバルに接近した。
「らあっ!!」
体を後ろに捻り、横一閃にハンニバルの顔面を斬りつけた。しかし、敵もさるもの、怯む事なく三爪をリンドウさん目掛けて走らせる。
「っと……!! とんだじゃじゃ馬だな」
そう言いながらバックステップで躱す余裕のリンドウさん。流石はベテラン神機使いだ。十年という経験は伊達じゃない。俺も負けてはいられないな。
「ギュオオオオオ!!!」
ハンニバルが床に左手をつく。側転してリンドウさんから離れようとする気だろう。
「はあっ!!」
このまま逃がす気はない。地面を蹴り宙に舞う。重力に任せて落下していき、ハンニバルの左の掌にGEチョコの切っ先を向ける。
「ギュオオオオオ!!!??」
全体重を乗せた一撃は、ハンニバルの手を貫通し下の地面にまで食い込んだ。研ぎ澄まされた一撃はハンニバルを地面へと縫い付ける。
必死に暴れて抜け出そうとするが、もう遅い。お膳立ては充分だったようだ。
「リンドウさん! お願いします!!」
ハンニバルの背に佇んでいたリンドウさんが、長い首に神機の刃を当てる。
「じゃあな、俺の事は諦めな」
不敵な笑みを浮かべて、鈍い音をたてながらハンニバルの頭が地面に落ちた。そのまま倒れ込み、黒い底無し沼のようなものへ吸い込まれていく。
「っとと…… 俺まで吸い込まれちまう」
慌ててハンニバルから飛び降りるリンドウさん。次の瞬間、ハンニバルの肉体は闇に吸い込まれていった。
「………終わりましたね」
やっと倒したか…… かなりの強敵だったな。リンドウさんが居なかったらどうなってたことか。
戦いの終結を確信し、神機の刃を下ろす。
「いいや…… そうでもねえみたいだ」
しかし、リンドウさんは神機の構えをとかなかった。気づいたら、闇がどんどんと俺達の周りを侵食していた。思わず一歩づつ下がってしまう。
くそ…… まだ終わらせないってか………
「全く、俺も厄介なやつに好かれちまったもんだなぁ……」
「………チョコみたいだけど不味そうですね、あの液体」
思うに、カカオ150%の激苦チョコレートだな。これを食う気はないが。
「ハハ、その通りだな。まぁ、お前が出した『命令』だ!とことん付き合ってもらうぞ!」
「あたりまえですよ」
空気が変わった。教会中が揺れ動く。まるで巨大な何かが下で蠢いてるようだ。神機を構え、動きが止まった泥を睨み付ける。
「ガアアァアァァアアァァアッ!!!」
轟音と共に黒いハンニバルが現れた。しかも、サイズが尋常じゃない。上半身だけだが教会の半分を埋め尽くす程だった。
ハンニバルが両手を広げる。そして、俺とリンドウさんを挟み潰そうと腕が迫った。
「ぐうっ!!??」
「があっ!!??」
それぞれ装甲を展開して腕を止める。サイズがでかいだけあり、とんでもない威力だ。これ以上押し潰されないようにするだけで精一杯だ。
「………! リンドウさん、何か来ます!!」
ハンニバルの口から紫の炎が溢れだすのが見えた。口を開くと、大きな剣を型どった炎が俺達に向かって放たれた。
あれに貫かれたら唯じゃ済まない。しかし、このまま避けるのは不可能だ。
それでも……!
「俺達は………」
「絶対……」
「「生きて帰る!!」」
次の瞬間、俺とリンドウさんの神機が光だした。装甲を残したままGEチョコとブラッドサージだけが宙に浮き、俺達の身代わりとなるように紫の剣が突き刺さる。
「それでいいんだ、リンドウ」
「ったく、世話が焼けるぜ」
次の瞬間には、神機はレンと見知らぬ少女に変わっていた。二人とも光輝き、両腕を広げ、胸は紫の剣に貫かれている。
「お前は、俺の……!」
「リンドウ……やっとまともに話せたね」
初めて聞いた心から嬉しそうな声だ。
「今まで伝えられなかったけど、これだけは伝えておきたかったんだ……」
ぽつりぽつりと語り始める。
「僕は、全部覚えてる…… 君の初陣の時の緊張も、救えなかった人達への後悔も、戦い続ける日々の苦悩も…… そして、愛する人たちを救うために、別れる覚悟を決めたことも……」
それは、リンドウさんと戦い続けた十年間の思いだった。
「リンドウと一緒に戦った日々は、僕の誇りだよ…… ありがとう」
「……ああ、俺もだ。神機使いになってからずっと俺を救ってくれてたんだな…… ありがとう」
その思いが伝わったのか、リンドウさんもゆっくりと微笑み返した。
「充分だよ…… その言葉で、充分報われた……」
レンが体を丸めると再び光だした。目を開けると、黒いハンニバルは消え去っていた。残ったのはリンドウさんの前に立ったレン。そして、俺の前に立っている少女だった。
ウェディングケーキを型どった服を着ており、チョコレートのような鮮やかな黒のロングヘアーで、その上には苺の帽子をつけている。
うん、連想できるのはアレしかない。
「よお…… アマト」
「お前、俺の神機だろ」
断言できる。お菓子を全部賭けてもいい。
「その通りだ。アマト…… 私もおめえに言いてえ事がある」
どこかシリアスなトーンで話す俺の神機。固唾を飲んで次の台詞を待ち構える。
「………なんだ?」
そして、重々しく口を開いた。
「初恋ジュースってのも旨そうだが、極甘ジュースを飲ませてくれねえか? 頼むよ、かけるだけでいいんだ!」
…………え?
「それ、今言う?」
死ぬほどしょうもない。しかし、ずっと真面目な表情だ。
「どうなんだ!?」
「はは、相変わらずだね。貴女は」
レンが呆れながらも優しく微笑む。まさか、いつもこんな事を言ってるのか?
「はぁ……… 帰ったら幾らでもかけてやるさ」
「いよっしゃあああああああ!!!! その言葉でもう充分報われたぜ!!!」
狂喜乱舞な俺の神機。微妙にレンの台詞と被っているのが余計に腹立つ。
まったく…… 誰に似たんだか………
「さて…… ここでお別れみたいだ。バイバイ、またね…… リンドウ。最後に話せて、とても嬉しかったよ」
そう呟いたレンは、リンドウさんの元へ歩み寄っていく。そして、そっと右腕を差し伸ばした。
「俺も嬉しかったぜ、相棒……… またいつかな」
リンドウさんもしっかりと握り返した。別れの言葉を告げた瞬間、光の粒となって消えてしまった。多分、現実の世界に戻ったのだろう。
「アマト…… もう少し、僕に力をかしてくれませんか? これが最後のお願いです」
「ああ、私達も命懸けでお前を助けるぜ!」
振り返ったレンが力強い目で頼み込む。その隣には俺の神機も自信たっぷりに言い放った。返す言葉はすぐに決まった。
「ありがとう…… 一緒に、戦ってくれ!」
そして、俺の視界も光に包まれた。