「zzz……」
『気を楽に――― さあ、時間ですよ。起きてください、無動レイジさん』
夢、じゃないな。女の人が僕を呼んでいる。
いや、やっぱ夢だな。母さん以外、僕を起こしてくれるような女の人なんていないし。あっ、妹もいるか。
「zzz……」
『起きてください』
なんだよしつこいな、夢のくせに。
あと五分。あと五分したら起きるから。
「zzz……」
『起きなさい』
殺気を滲ませた声が耳に届いた。恐怖に駆り立てられ、僕の意識は完全に覚醒した。
「………っは! ね、寝てないよ!!」
急いでアイマスクを取る。
仮眠だけのつもりだったのに、いつの間にやら熟睡してたようだ。直ぐに眠れるこの体質も考えものだなあ。
それにしても、ここどこだっけ?
周りを見渡せば、軍の実験場のような、かなり殺風景な光景が広がっていた。
………あー、そうだそうだ。そういえば、今って適合試験の真っ最中じゃないか。そんで、この声の主がフライアの偉い人だな。
ホント、僕っていつでもどこでも眠れるな。普通の人なら緊張で眠れないだろうに。まあ、僕も緊張してるけどさ。というか、このベットに長時間放置してるからだよ!
『アイマスクまでしてどの口が…… いえ、もういいです。これから対アラガミ討伐部隊、ゴッドイーターの適合試験を始めます』
これ以上は疲れる…… とか言いたげな声色だ。まあ、僕も眠いし、さっさと始めてくれた方が助かるけども。
「おお、ビックリした」
早速試験が始まったのだろうか、神機が置かれている台が床から飛び出た。
そういえば、僕の生命線となる神機はこの適合試験で初めて目にする。一体、どんな神機なのだろうか。せめて、スイーツイーターみたいなぶっとんだ神機じゃなきゃいい―――
「え、なにこれドッキリ?」
………あれ、僕の見間違いかな?
だって、神機の刀身が、どう考えても―――
グラマスな赤い髪の女の子だもの。
「え? 何これ。フェンリルはこれで闘えと?」
『極東支部のサカキ博士が趣味に走っ…… 考案したものを、我々が全力で軌道修正…… 改良しただけです。ですから、我々フェンリルに非はありません。しかし、性能は保証されてますよ……………… 多分』
「えぇ―………」
まあ、性能がいいなら別にいっか。
事前に教えてもらった手筈通りに、横の台に置かれている神機を右手で掴む。すると、黒い腕輪があれよあれよと言う間に取り付けられた。
え、もしかしてこれで終わり? 意外とヌルい――― 天井からドリルが登場したんだけど。しかと、現在進行形で回っている。
え、削るの? まじで削るの?
キュィィィィンって音が恐怖を駆り立てる。
いっつも思うけど、ドリルなんて手術の道具で一番使っちゃいけないよね? 人体に削って良い場所なんて一つもないから。あっても虫歯くらいだから。
そうこう思ってる内に、ドリルが僕の左手首に目掛けて降ろされ―――
「いだだだだだだ!!!?? い、痛い!! 思ったよりメッサ痛い!!!!!」
ベッドから転げ落ちる。というか、あまりの痛さに床を転げ回る。
死んじゃう! 僕、死んじゃう!! ちょっと泣きそう!! コイツ僕を殺す気なんじゃない!?
『…………適合失敗か?』
『私個人としては、そっちの方が良い気がしないでもないです』
『おい』
『でも、ご覧なさい』
あれ、とてつもなく不吉な会話が交わされたような気がしたんだけど。うん、気のせいかな……?
次第に痛みが引いてく。それに、随分と楽に体を動かせるような気がした。これがゴッドイーターになった恩恵かな?
神機を支えに何とか立ち上がる。初っぱなに死の恐怖を味わったからから、産まれたての小鹿のように足が震えていた。
うわ、ベッドがあんなに遠い。僕はどんだけ痛みに悶えていたんだ。
「い…… 生きてる。僕、生きてる!!」
とりあえず、死ななかった自分を讃えよう。偉い。よく死ななかったよ僕。
それにしても、何だったんだ一体……?
上手く言葉で表せないけれども、体の構造が強引に変えられてるような感じだった……!
というか、痛い! すごく痛かった!! あれで死んでもおかしくないよ!
フェンリルってとんでもないブラック企業じゃん! いや、ゴッドイーターになんなきゃ配給を断つって脅すくらいだから、分かっていたけども!!
「おめでとう。これで貴方は神を喰らう者、ゴッドイーターになりました」
鬱だ。まさか、これからもこんな痛い目に遭わなきゃ駄目なのか?
……いや、僕は負けない。
ここでゴッドイーターとして働いとる人は、権力を盾に脅されて、アラガミと嫌々ながら戦っている人が殆どな筈だ。まあ、もっと違う理由でゴッドイーターになる奴も居るだろうけど。
かくいう僕も前者の人間…… いや、ゴッドイーターだ。けど、僕は違う。絶対に、絶対にフェンリルの社畜なんぞになったりはしない。
出来るだけ長生きして、楽して働かない人生を送るんだ!!
別の部屋から監視しているだろう人に、視線だけでそう宣誓する。怖くて口には出せません。
「あ、気分が悪いので保健室で休んでいいですか?」
『駄目です』
「何で!?」
やっぱ、社畜への道を歩んでいるかもしれない。
★☆★☆★
結局、病室で休めなかった。
それどころか、実戦テストとかでよく分からないダミーアラガミと戦わされる始末。気分が悪いと言われたら、休ませるのが常識なのに……。
おかげですっかり眠気も覚めてしまった。だからと言ってする事が無いので、そのままフライアの中を見て回った。
ああ、暇で幸せだなぁ。でも、これからはアラガミと戦い続ける多忙な人生が待ってるんだよな……。
やめよう。考えるだけ無駄だ。ソファーに座って少し休もう。僕は階段を降りて、下のフロアにあるソファーへと向かった。
「あ、お疲れ様ー。君もブラッドの新入生……じゃなかった。新入りの人?」
ソファーには先客がいた。それはやけに露出度の高い少女で、パンを片手に僕に話し掛けてきた。君“も”って事は、この人もブラッドの新入りなのか。
「私はナナ。同じく、ブラッドの新入りです! よろしくねー」
「僕は無動レイジ。宜しく」
ナナはパンを一気に頬張った。
うわぁ、絶対消化に良くない。
「あ、そうだ! お近づきのしるしに…… はい、どうぞ。お母さん直伝! ナナ特性のおでんパン! すっごく美味しいから、良かったら食べてよ」
「おでんパン……?」
「食べた方が早いと思うよ、ほら!」
「おお、ありがとう」
ナナが袋からおでんパンを取り出す。というか、その袋の中身って全部おでんパン!?
ナナから受け取ったパンは、それはもう摩訶不思議なパンだった。その名の通り、おでんの具が挟まっているパンだ。
これ、本当に味は大丈夫なのか?
不安に思いながら、恐る恐る一口かじった。
………っ! これは!!
「パンとおでんの味だ」
「でしょ? 流石お母さんだよねー」
いや、旨いとは言ってないけどね。僕としては普通に食った方が良いと思う。
「一応、母さんに教えとくか。料理のレパートリーが増えて喜ぶぞ」
「レイジって家族がいるの?」
「うん。母さん、父さん、弟、妹の4人だね」
「へぇ―、賑やかそうだね!」
「いや、もう煩いくらいだよ。そういや、ナナの母さんは元気してるの?」
おでんパンという突拍子の無い発想の持ち主だ。是非、会ってみたい。
しかし、ナナの表情には翳りがあった。
「……いや、私が小さい頃、アラガミに……」
「!」
僕のバカ野郎……! この時代じゃ、家族がいない人だっているに決まってるだろ!!
「そう、か…… ゴメン」
「いいのいいの! 湿っぽい話は終わり! だから、レイジも気にしないで!」
「……うん、ありがとう。そうだ、おでんパンのお礼にジュース奢るよ」
「え!? ありがとー!!」
ちょうど自販機があるな。
色々なジュースがあるな。うん、ナナにはこのカレードリンクを買ってあげよう。こういうの好きそうだし。僕のはどれにしようか迷うけど、まあ適当でいいか。
2本の缶ジュースを取りだし、ナナにカレードリンクを渡す。気に入ってくれたのか、凄く美味しそうに飲んでくれた。
さて、僕も飲むとするか。プルタブを開けて口に流し込んだ。
「まっず!!???」
「どうしたの!?」
そして、噴き出した。
不味い! 不味い!! 不味い!!!
何この言い様の無い不味さ!?
淡いピンク色のラベルには初恋ジュースと書いてあった。初恋ってこんな味だっけ!? 僕が近所のマコちゃんに初恋したときは、もっと甘酸っぱかったよ!?
それより、早く口の中を浄化しないと!!
「お…… お願い!! なにか、なにか別の飲み物を!!!」
「え、えーっと…… これでいい!?」
「隣!! 隣のやつ!!」
ナナさんは初恋ジュースを買おうとしていた。
駄目だ! 二度目は、二度目は死ぬッ!!
僕の必死の叫びが届いたのか、ナナは隣のジュースのボタンを押してくれた。
極甘ジュースって書いてるけど、この際極甘だろうが極辛だろうが何でもいい!!
「どうぞ!」
「ありがとうッ!!」
プルタブを開けて口に流し込む。
あれ、なんか妙にドロッとして甘いよう――― 甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘ぁぁあぁああああ、ぁああ、ぁあああッ!!!!
「―――お前さん、誰でごわすか? いや、それよりも某は何者でごわすか?」
「えっ」
「どうしたであるか、目を丸くして。我輩の顔に何か付いてるであ~るか?」
「……ご、ごめんなさ~い!!!」
見知らぬ少女は逃げるように去って行ったでゲス。袋を忘れているけどいいんでゲスかね?
★☆★☆★
気付いたらソファーに座っていた。
記憶を辿ろうとしても、極甘ジュースを飲んだ後の記憶が思い出せない。厳密に言えば、思い出そうとすると頭が割れるように痛くなる。まるで、思い出すなと本能が叫んでいるようだ。
だから、僕は深く考えないようにした。
ソファーに座って何とはなしにステンドグラスを見つめる。あの女神(?)、妙にエロいな。
しばらく見てると、鼻唄が聞こえてきた。
「あれ、見ない顔だね君。あっ、ひょっとして噂の新人さん!?」
ニット帽を被った男の人だ。つまり、この人は先輩な訳か。
「無動レイジです。宜しくお願いします、先輩」
先輩と呼ばれて機嫌が良さそうな先輩らしき人は、僕の前にあるソファーに座った。
「よし、俺はロミオっていうんだ! 先輩が何でも教えてやるから、何でも聞いてくれ!」
聞きたい事……!?
それなら、あれしかない!!
「あの…… 初恋ジュースと極甘ジュースって何なんですか?」
さっきまでの浮かれようが一転、ロミオ先輩の表情がシリアスになった。
「……あれは、悪魔の飲み物だ。製作者は不明、作った意図も不明。分かるのは、飲んだヤツの舌を破壊し尽くすって事だけだ。いいか? 誰に勧められようと、絶対に飲むなよ!」
「僕、あの2つを一気に飲んだんですけど、死にませんよね……?」
「……」
「黙んないだ下さいよ!!」
ヤバい。こんな話題は変えなければ!
何か、何かないか?
……ん? カウンターにいる女の子、あれってナナじゃないか?
そうだ、もう1つ気になる事があったな。これを話そう。
「もつ1つあるんです。ナナ…… ああ、今カウンターにいる人ですね。その人を見てると、胸が苦しくなってくるんんですよ」
「えぇ!!??」
「頭痛も激しくなっきて、気のせいか目眩までして、手足が痺れて、呼吸も浅くなってきて、胃がムカムカしてきて、吐き気もする……」
ソファーから転げ落ちる。最早、満足に座れなかった。
「これって恋ですかね?」
「馬鹿なこと言ってないで病室に行くぞ!! ほら、肩貸せって!!」
ロミオ先輩が起こしてくれた。いや、まあね。僕も恋じゃないとは気づいているよ。
……あっ、待って。今、体を揺らすと。
「ゴメン、やっぱ限か…… エ"ーウ!!!」
「ぎゃああああああ!!!???」
★☆★☆★☆
ロミオ先輩におでんパンをぶちまけた僕は、治療(?)の為に病室に向かった。
先生が庭園に言って心を鎮めてきなさいと言っていたので、ロミオ先輩に場所を聞いた僕は庭園に向かった。
エレベーターに乗ってフライアのとある一室に向かう。ドアが開くと、荒廃した現代とは終えない程に緑豊かな一室があった。
いいね。やっぱこう、自然があると心が落ち着いてあの悲劇を忘れられる。そうだ、あの木の根本で昼寝しよう。
木の根本に近づくと、男の人が座っているのが見えた。
「ん? どうした、気分が優れないように見えるが」
僕よりも先に、男の人が話し掛けてきた。やはり、僕の顔色はあまり良くないようだ。もう一度リバースしてもおかしくないし。
「実は、かくかくしかじかで……」
「そうか、災難だったな。そうだ、名乗るのがまだだったな。俺の名はジュリウス・ヴィスコンティ。これからおまえが配属される、極致化技術開発局ブラッドの隊長を務めている」
すっげぇー…… 隊長かよ。道理で、纏っている雰囲気が違う訳だ。
「無動レイジです。迷惑は…… うん、もうかけたな。とにかく、宜しくお願いします」
それから極甘ジュースと初恋ジュースの脅威を語り合った。ジュリウスさんも、一度だけ初恋ジュースを飲んだ機会があったそうだ。
数分して、ジュリウスさんが庭園を後にした。帰りがけに『極甘ジュースと初恋ジュースの発売は検討した方がいいな……』と言っていた。その言葉を聞いただけで、この人は良い隊長なんだなと確信した。
こんな情けない悲鳴を上げる奴はそうはいまい。でも、いまいちパンチの無い主人公二人目。まあ、題名にあるようにスイーツイーターの物語だから別にいっか!
因みに、名前の由来は”動“きたく“無”い、Lazy(怠け者)です。
神機
刀身:ヴァルキュリア
銃身:アテナイ
装甲:アレス