神機兵零号機なんてなかった。
フライアでかなり特殊な偏食場パルスが確認された。
前にも同じ例の偏食場パルスが確認されたらしい。そう、月の緑化現象が起きた日…… 最初の終末捕食が起こった日だ。アマトさん第一部隊の活躍で、その終末捕食は未然に終わったらしいが。
ラケルの狙いはこれだったんだ。ジュリウスさんを特異点として、終末捕食を引き起こすつもりで……。
ここにきて、赤い雨も話に絡むらしい。赤い雨により発病する黒蛛病。サカキ博士の見解によると、終末捕食の特異点を選別する手段として行われた、星の自衛手段らしい。
しかし、他でもないジュリウスさんがその特異点であり、ユノさんと他の黒蛛病患者は失敗作でしかないらしい。
人類はこのまま星の意思に踊らされるのか? いや、答えは否だ。
黒蛛病患者全員が特異点として終末捕食を引き起こし、モノホンの終末捕食と相殺し合おうという作戦をサカキ博士は考えついた。
ユノさんの歌の力で人の心を一つにして、僕の血の力『喚起』でその力を増幅させて終末捕食を引き起こす算段らしい。僕の血の力、最後の最後でようやく表立った活躍ができそうだ。今までゴミ能力と思っていてゴメンね。
目指すはフライアの最深部。捕まえるべきはただ一人。そう、ラケルだ。やつを捕まえて、ジュリウスさんを助け出す。
どこから入り込んだのか、フライア内部に蔓延る小型アラガミを排除しながら僕らは奥へと進んだ。
「ようこそ。お待ちしていました」
大きな鋼鉄の扉の前に、ラケルがいた。
間髪入れず、僕は神機をアテナイちゃんに変型させて銃弾を放った。
しかし、銃弾はラケルをすり抜けた。
どうやらホログラムらしい。
「ちっ、ホログラムかよ……」
「何やってんだレイジ!! 相手は生身の人間だぞ!!」
「大丈夫です、狙ったのは車椅子です」
「車椅子を狙ったとしても危ないよ、レイジ!!」
いやだな、人殺しなんて真っ平御免だよ。
まあ、足の二本や三本は吹き飛ぶだろうなとは思ったけどさ。
「相変わらずですね、無動レイジ。貴方ほど不快な人間はそうそういません」
「そう、それはなによりだよ」
「ふふ、それでは中へどうぞ。晩ご飯にしましょう」
ラケルが消えた。
鋼鉄の扉が開くと、そこには椅子とテーブルがあった。テーブルの上には高級そうなお菓子やパンが並んでいる。
テーブルの一番奥にある椅子に、ラケルは座っていた。
「てめえ…… どういうつもりだ!!」
神機を握り締め、今にも飛びかかりそうなギルさん。僕は右腕をギルさんの前に出して、それを制した。
「質問がある。ロミオ先輩が死んだあの日、神機兵が止まったでしょ? あれは、アンタの仕業なの?」
「ええ、そうですよ」
「……人類の未来のために頑張るクジョウ博士を利用して、何も感じなかったの? 罪悪感とか、そんな感情は湧かなかったの?」
「何も。クジョウ…… あれも馬鹿な男です」
……ああ、もう駄目だ。こいつは人間じゃない。とっくの昔にアラガミなんだ。
「ラケル博士、私にも質問があります。今、ジュリウスはどうなっているのですか?」
「いい質問です、シエル。丁度いい頃合いです。ジュリウスもそろそろ眼を覚ますでしょう。さあ、最後の晩餐を楽しみましょう」
またラケルのホログラムが消え、扉が開いた。
そこに広がっていたのは、常軌を逸した光景だった。神機兵保管庫には辺り一面に、木の根のような何かが張り付いていた。
その一番奥には、まるで王の椅子を模したかのように木の根が集まっていた。しかし、その席には誰もいない。
「待って、ジュリウスはどこ……?」
そこには誰もいない。まさか、ラケルの罠なんじゃ
『みんな、うえ!!!』
ヴァルキュリアちゃんの声につられ、上を見上げた。上空から、刃のような巨大な何かが僕らに飛来してきた。
その場から飛び退き、間一髪で躱す。改めて上を見ると、そこには王のようなナニカがいた。少なくとも、アラガミじゃない。もっと高次元の存在だ。
よくよく見ると、一番上には上半身半裸のジュリウスさんがいた。どこぞの聖人のように、十字架に磔にされているようだった。
「おいおい、嘘だろ……」
ギルさんがポツリと呟いた。
その言葉は、僕らの心情をよく表していた。
「ジュリウス、目を覚まして!! ジュリウス!!」
ナナが必死に呼び掛ける。しかし、ジュリウスさんは目を瞑ったままだ。
「そんな、どうすれば……」
愕然とした表情をするシエル。思えば、彼女のこんな表情は初めて見たかもしれない。そう考えると、それ程にまで絶望的な状況なのだろう。
だからこそ、僕は真っ直ぐに神機を構えた。
「起きないのなら、叩き起こそう。あの変なのから、ジュリウスさんを引っぺがすよ」
今度こそだ。今度こそ、僕は仲間を連れて帰る。あの日みたいな思いなんて、僕はもう一生ゴメンだ!!
あと、ジュリウスさんが隊長職に戻ってくれないと、僕の髪の毛が真っ白になってしまう。
「……簡単に言ってくれる。いいぜ、付き合ってやる」
「そう、だよね! まさか、レイジに励まされるされるなんて夢にも思わなかったよ」
「統率力のあるレイジさんも素敵です!!」
さあ、いくぞ。これまでの全部に、ケリをつけてやる!!
☆★☆★☆★
強い。いや、強いなんてもんじゃない。
これまでやってきた相手とは文字通りに格が違う。
宙に舞ういくつもの刃のせいで、迂闊に近寄れない。銃撃しようにも、あの硬いマントのせいで有効打にはなり得ない。
逆に言えば、あのマントをどうにかすれば攻撃が届くかもしれない。けど、それは相手に近寄るのが大前提。宙にある刃が、そうみすみすと接近を許す筈もない。
だけど、このままじゃ圧倒的にこっちが不利だ。時間が経つにつれ、地力の差がもろに出始めてしまう。
こうなったら、多少無茶でも何かアクションを起こすしかない。
「みんな、聞いてくれ。僕があいつに突っ込む。だから、どうにかあの刃の動きを止めてくれ」
「無茶です!! マルドゥークはガルムとの戦闘経験で躱せていましたが、相手は今日遭遇したばかりなんですよ!?」
「たとえそうでも、何かするしかないんだよ。じゃないと勝てない。それにさ、ヤツの攻撃を掻い潜れる確率が高いのは、どのみち僕なんだ」
それでも渋った顔をするシエル。
しばらくすると、ギルさんが神機を構えて一歩前に出た。
「……俺はお前を信じよう。ずっとあれだけの集中砲火に晒されてたんだ。お前なら躱せる」
「私も、信じるよ。私の血の力より強い誘導に、レイジはずっと耐えてきたんだ!! きっと大丈夫だよ!!」
満面の笑みを浮かべるナナ。目は全然笑ってないけど。
「……分かりました。それでも、無理だと判断したら迷わず引いてください」
3人が僕の前に出た。
やるしかない。成功させなきゃ、人類に、僕らに未来は無い。プレッシャーに押し潰されそうだけど、正直今すぐ逃げ出したいけど、僕は絶対に死にたくない!! だからこそ、頑張れる!
「いくよ!!」
一斉に駆け出した。
一つ目の刃は、ナナがハンマーで叩き落とした。二つ目はギルさんが槍で軌道を逸らし、三つ目はシエルが正確無比な狙撃をして撃ち落とした。
残りの刃を躱しながらも、どうにかヤツへと接近できた。いける!!
マントの下にヴァルキュリアちゃんを突き刺そうと、僕は弓を射るように腕を後ろに下げて
マントの下から、刃が放たれた。
全ての動きがスローモーに感じる。
こういう事態に備えて、刃をマントの下に忍ばせていたのだろう。そう考察する余裕すらあった。
ああ、駄目だ。きっとこれは躱せない。どう足掻いても致命傷だ。僕の勘がそう言っている。
コマ送りのように、僕のこれまでの人生が脳内に流れる。これ、走馬灯ってやつじゃないかチクショウ。もう死ぬ寸前ってか。やっぱり、慣れないことなんてするもんじゃなかったのかな?
すみません、ロミオ先輩。僕ももう、そっちに逝っちゃいそうです。
『『『大好きだよ、レイジ』』』
不意に、そんな言葉が聞こえた。
ドスン、と何かが突き刺さる音がした。
刃が直撃した衝撃で、後方に突き飛ばされた。
だけど、痛みはない。それどころが、傷一つない。おかしい。あれだけの音がしたってのに、体に傷一つないなんて。
そして、気づいた。気づいてしまった。あの刃が何に突き刺さったかを。
「ヴァルキュリアちゃん、アテナイちゃん、アレスちゃん!!!!!!」
僕の目に入ったのは、大きな傷を負った神機だった。
たとえ無意識でも、女神三姉妹を盾にするなんてありえない。僕は、絶対にそんな真似をしない!
なら、どうしてこうなった……!? 女神三姉妹が自力で神機を動かしたっていうのか!? 僕を庇って!?
まるで、神機を構えるように刃を構えるジュリウスさん。この構え、何度も何度も見たことがある。
直後、鋭い一閃が僕を襲う。ブラッドアーツ。ジュリウスさんのブラッドアーツだ。
身体を傾け、最初の一閃を躱す。けど、問題はその直後だ。幾つもの空間を裂く斬撃が繰り出されるだろう。
初見ならきっと躱せない。一瞬で死ぬ自信がある。だけど、この技は何度も見てきた。何度も僕を救ってくれた。太刀筋を読み違える訳がない!!
斬撃が巻き起こる地点を予測しながら、僕は駆け出した。多少傷がついても構わない。痛いとか痛くないとか、そんなこと言ってる場合じゃない!!
血飛沫が舞う。尋常じゃない痛みが襲う。それでも!!
「うわああああああああ!!!!!」
壊れかけた神機を、振り向き際のナニカのマントの下に思いっきり突き刺した。
考えるよりも先に、体が動いた。女神三姉妹がこうなってまで紡いでくれ好機を、絶対に逃してはいけないと思ったのだろう。
突き刺した神機を、そのまま横に移動させて斬り払う。不思議な感覚がした。肉を断つような感覚ではない。それでも、何かを斬ったような感覚はした。
ナニカは地面に膝を着き、やがてゆっくりと床に倒れた。
だけど、達成感なんてない。僕の胸にあるのは、長年連れ添った相棒を失うかもしれないという恐怖だった。
「返事を、返事をして!!!! お願いだよ、何か、何か言ってくれ!!!! 言ってくれよ!!!!」
誰も、何も喋らない。
石像のように、ただただ無機質な表情はついぞ変わらなかった。
怖い。ヴァルキュリアちゃんが、アテナイちゃんが、アレスちゃんが、彼女らがいなくなった世界なんて想像できない。したくない。
呼吸が荒れる。胸が張り裂けそうだ。もう、まともに立つことすらできない。
「レイジ、ここから離れましょう!!」
シエルが僕の腕を掴んで無理矢理歩みを進めさせた。何故かと思い、周りを見ると、その理由がすぐに分かった。
「ジュリ、ウスさん……!!!」
ジュリウスさんを中心に、巨大な木の根が現れた。
救えなかった。ヴァルキュリアちゃんが、アテナイちゃんが、アレスちゃんがこんな怪我まで負ったってのに。
結局、僕は、誰も救えず、それどころか、自分の神機すら守れず……!!!!
「止められませんよ。終末捕食はつつがなく進んでいます。そこは、人知が及ぶ領域ではないのです。星の意思には、何人たりとも逆らえません」
いつの間にか、ラケルは倒れているジュリウスさんの側にいた。
「少し疲れました。私は先に休ませてもらいます。では、新しい秩序の中で、また会いましょう」
我が子を愛でる母親のように頬に触れながら、2人とも木の根に飲み込まれていった。
ブラッドは撤退を余儀なくされた。結局、僕は無力だ。アナグラに戻るまで、僕はただ、ヴァルキュリアちゃんたちに謝ることしかできなかった。
少しだけ改変しました。機械が主人公を守って壊れかけるのは鉄板っつーか、やりたかったつーか。