さあ、やってきたぞ。彼が漢を見せる日がやってきたぞ。
走る。ひたすら走る。
アナグラに着いた瞬間、神機を抱えて全速力で駆けた。全身が痛みで震える。出血量は増えるばかり。それでも、僕は走った。
たとえ、もう手遅れだとしても。死んでいるとしても。彼女らを助けるために何かないと気が狂いそうだった。
目指すは、サカキ博士の研究所。女神三姉妹の生みの親なら、治せる確率が一番高いと思ったからだ。
ガクリ、と足が縺れた。踏ん張る余裕すらなく、僕は地面に膝を着いた。これまでのダメージが足にきたのか。情けない。自分の貧弱さに嫌気がさす……!
地面には、自分でもびっくりする程の血だまりが出来ていた。掃除のおばちゃんに申し訳なく思いつつも、僕はなんとか立ち上がった。
「レイジ! ようやく帰って来て――― って、どうしたのよその傷! 神機もボロボロじゃない!!」
エリナとエミールが偶然通りかかった。
律儀に受け答えする余裕はない。僕は何も言わずに足を進めた。
「ぐがぁ……!!?」
再び足が縺れた。もう一度倒れる訳にはいかない。廊下の壁にもたりかかりながら、僕は走った。
「どこに行くのよ!? まず、医者に行くのが先でしょう!!」
エリナの叫び声が聞こえた。だけど、僕は見向きもしなかった。前だけだ。今だけは、ただ前を見ろ!!
「このっ……! エミール、強引にでも止めるわよ!!」
「……」
無言のまま近づいてきたエミールは、そのまま女神三姉妹を手に取った。
「神機の破損……。方角からして、サカキ博士の研究所に行きたいのだな。力を貸そう!」
「な、何やってんのバカ!!??」
「バカではない! 彼は、レイジは、己の命を懸けて戦っている目をしている。それに無粋な横槍を入れるのは騎士の恥!! 騎士ならば、仲間ならば、黙って手を差し伸べるべきだ!!」
今日、僕は本当の意味でエミールの騎士道に感謝した。きっと、この恩は一生忘れないだろう。
エミールは神機を片手に、そのままサカキ博士の研究所へと走っていった。本音を言えば、僕自身の手でサカキ博士の研究所へ連れて行きたかったけど、この体たらくじゃ満足に走れやしない。無傷のエミールなら、圧倒的に早い時間で研究所に着く。
壁伝いに、僕は足を進めた。治療を受ける暇なんてない。1秒でも早く、ヴァルキュリアちゃんの、アテナイちゃんの、アレスちゃんの元へ……!!
「ああ〜、もう!! 手伝うわ、手伝えばいいんでしょ!? さっさと研究所に行って、治療を受けるわよ!!」
エリナは僕の肩を担ぎ、足を進めるのを手伝ってくれた。
僕の胸は感謝の言葉で一杯だった。だけど、それを口にする時間も惜しい。僕らはひたすら足を進めた。
★☆★☆★☆
エリナに肩を担がれながらサカキ博士の部屋に入ると、女神三姉妹が不思議な機械に繋がれている光景が僕を出迎えた。
「レイジ君……」
その横には、悔しそうに拳を握るエミールと、サカキ博士がいた。サカキ博士がいつも浮かべている笑顔はなりを潜めていて、代わりにそこにあったのは悲しそうな表情だった。
嫌だ。やめろ、やめてくれ。どうして、そんな顔をするんだ!!!
「ぼ、僕の神機を…… 助けてください。ヴァルキュリアちゃん、アテナイちゃん、アレスちゃんを助けてやってください!! お願いします!! 一生、フェンリルの駒でも構いません!!」
全ての力を振り絞って懇願した。
しかし、サカキ博士は首を横に振った。
「全力は尽くす。私とリッカ君で、急いで彼女らの修復に取り掛かろう。だけど、絶対に助けるなんて無責任な言葉は言えないよ」
「そ、そんな!? レイジがここまで言ってるのよ! どうにかならないの、サカキ博士!?」
「せめて、人手が足りれば……。だけど、並みの技術者に彼女らの修理は……」
誰もが絶望しかけた、その時―――
「それなら、私に手伝わせください」
不意に、そんな声がした。
振り返ると、そこにはブラッドのみんなとクジョウ博士がいた。
「クジョウ博士……!!!!」
「久しぶりだね、レイジ君」
最初に会った頃と比べると、随分と痩せてしまった。だけど、目は違う。フライアの独房で見たあの目とは打って変わって、何か覚悟を決めたかのような表情だった。
「レイジを追う途中に見つけたんです。神機の修理なら何か大きな力になると思い、ここに連れてきました」
シエルがそう言うと、クジョウ博士はゆっくりと頷いた。
「この非常事態だ。私の知識が何か役に立つかもしれないと思い、どうにか上層部を説得してここに ……いや、友達の力になりたくて、僕はここにやって来たんだ」
「クジョウ、博士……!」
「……うん、本当にクジョウ博士が来てくれて助かったよ! 3人なら、女神三姉妹を修復できるかもしれない!!」
クジョウ博士は僕の肩を掴んだ。
「女神ちゃんたちは任せてくれ、レイジ君。今度こそ、僕は君の希望になってみせる!!」
「はい…… はい……!! 僕の神機を、女神三姉妹を、お願いします!!」
僕も覚悟を決めた。
誰一人だって死なせはしない。終末捕食しを絶対に食い止める!!
★☆★☆★☆
怪我の治療を終えた後、僕は何とは無しにラウンジに寄った。既に先客がいるようで、ソファーに誰か座っえていた。
近づいてみると、ソファーに座っていた主はユノさんだと分かった。
もうフライアに邪魔者はいない。ユノさんが歌の力で人の心を一つにし、僕が血の力『喚起』で最後の一押しをするだけ。言うまでもなく、この作戦のキモは僕とユノさんの2人。僕らが人類の未来を背負っていると言っても、過言ではない。
だからだろうか、ユノさんは今にも押し潰れそうな表情をしていた。
「こんにちは、ユノさん」
「レイジ……」
「ユノさん、リラックスですよ。肩の力を抜かさないと」
「レイジは、怖くないの? 私たちに世界の命運がかかっているのよ……」
言われるまでもない。凄く怖いさ。失敗した場合を想像するだけで、胃がねじ切れそうだ。だけど、さ―――
「世界の命運なんて言ってるけど、やっぱり単純に考えた方がいいと思います。これまで僕に関わってきた全ての人を助けるためなら、きっと頑張ろうとだけ思えるから……」
その言葉を聞いたユノさんは、少しだけ微笑んでくれた。
「私も、そう思ってみるわ。ありがとう、レイジ。少しだけ気が楽になったわ」
「どういたしまして」
もう一度、彼女らに会いたい。そんな単純な理由でも、僕にとっては世界を救うには十分事足りる。むしろ、世界を救うなんてついでなんだ。
女神三姉妹の修復の成功を祈りながら、僕は天井を見つめた。
★☆★☆★
サツキさんの車に乗り、僕らブラッドとユノさんはフライアに潜入した。
「酷い……」
ポツリ、とナナが呟いた。
フライアの外壁は、木の根のようなものがびっしりとこびりついている。少し時間が経っただけでこれだ。多分、時間はあまり残されていない。
「行きましょう。時間はあまり残されていません」
「ええ、早く準備に取り掛かりましょう」
神機保管庫の扉の前に辿り着いた。多分、あそこにジュリウスさんがいる。
扉を開くと、予想以上に凄惨な光景が広がっていた。木の根のようなものが、波のように広がっていた。
「これは…… いよいよ、本格的にヤバイですねー……」
サツキさんがマイクを設置した。
「準備、完了しました。ユノ、頼んだわよ!」
青いドレスに身を包んだユノさんが、マイクを手に取った。肩には、黒蛛病の特徴である黒い紋様が浮き出ていた。
ユノさんが歌い出す。すると、彼女を中心に赤い渦が生まれ、天高くへと昇っていった。来たか、終末捕食……!!
異物を排除しようと、木の根がユノさんに襲いかかってきた。しかし、ブラッドの皆んなが神機でそれを撃退した。
今の僕に戦う力はない。だからこそ、自分に出来ることを―――!!!
「いくよ、ユノさん!」
ドクリ、と心拍数が跳ね上がった。
僕の血の力『喚起』により、赤い渦の勢いが強まった。
正直、かなりキツイ。それでも、もう一度ヴァルキュリアちゃんに、アテナイちゃんに、アレスちゃんに会えるなら!!
二つの終末捕食が拮抗している。けど、それも時間の問題。あと少しすれば、向こうの勢いに押されてしまう。
そして、その時が来てしまった。向こうの終末捕食が格段に跳ね上がった。
ふざけるな……! ここまできて、負けてたまるか!!
持てる力を全て振り絞り、血の力を最大限に引き出した。
「レイジ!!??」
どうにか、ブラッド側の終末捕食は持ち直した。だけど、僕の方が限界っぽい。立っているのもやっとだ。
ああ、やっぱりこうなのか。いつもいつも、あと一歩で僕の力が及ばない。ロミオ先輩のときも、ジュリウスさんのときも、女神三姉妹のときも。
『―――イジさん、レイジさん!! 聞こえますか、レイジさん!!』
フランの声が聞こえた。たしか、修理が終わったら真っ先に報告してくれって言ったっけな。
『目を、覚ましました! 3人とも、目を覚ましました!!』
「―――ッ」
『レイジ君。私だ、クジョウだよ。まず、君に感謝の言葉を送るよ。私もようやく、誰かの希望になれそうだ。君が生きて帰って来れば、その願いも叶う。だから、帰って来い! レイジ君!!』
「ありがとう、ございます……!! それしか、それしか言葉が見つからない……!!」
倒れそうになった身体を、両足でどうにか踏ん張る。
もう少しだけ、頑張れる。ヴァルキュリアちゃんが、アテナイちゃんが、アレスちゃんがいる世界なら、もう少しだけ頑張れる!
「うわあああああああああ!!!!!」
赤い渦の力が飛躍的に高まった。だけど、いや、きっと。それは僕だけの力じゃない。
歌が聞こえる。沢山の人の歌声が。この赤い渦を媒介にして、僕の心に世界中からの歌が流れ込む。
『『『あいたい。あいたいよ、レイジ』』』
歌声に混じって、確かに聞こえた。僕が今、一番聞きたい声が。僕の帰りを待ってくれる子の声が!!
僕も、僕もだよ。今すぐ、君たちに会いたい。両目に溜まった涙をぐっと堪える。この涙は、彼女らに会うまで取っておこう。
さあ、あとはもう終末捕食を止めて、ジュリウスさんを救うだけだ!!
「届けええええええええ!!!!!」
僕が前に突き出した手を中心に、光が溢れ出した。やがて、その光は僕らを包み込んだ。
女神三姉妹が可愛すぎる。シエル(笑)。
ラストも近くなりました。これを機に感想や評価をくれると嬉しいです。