距離を置きたいだけなんだけど 作:ろしでれ
映画館へ向かう途中も、休日という事もあって館内は多くの人で賑わっていた。
様々な人々が思い思いの休日を過ごす中、その流れへ紛れるように伊織と瑠莉乃も最上階にある映画館へ足を運ぶ。
公開されたばかりの話題作という事もあり、劇場前には上映を待つ人の姿が目立っていた。伊織自身は内容は知らないし、原作も知らない。ある程度のジャンル(ラブコメ+ファンタジー世界)だということくらいの情報。
でも、それでいいと思っていた。
昨今は簡単に情報収集ができる時代だ。何も知らずに、と言うのはなかなか難しい。故にいきなり決まったことで情報不足。楽しみもひとしおなのだ。
瑠莉乃もワクワクしているのが、いまからでもよくわかる。
期待して良いだろう、と電子チケットを提示し、館内へ入っていった。
外とは打って変わって照明は落とされ、穏やかな空気が流れている。
どこからともなく漂うポップコーンの香りと、上映前独特の静けさ。
それらが自然と、これから映画が始まるという期待感を高めてくれる。劇場内へ入る頃には、既に多くの観客が席へ着いていた。上映前の広告映像がスクリーンへ映し出される中、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。
伊織達も自分達の座席へ腰を下ろし、静かに上映開始を待った。
やがて館内の照明がゆっくりと落ち始める。
先程まで聞こえていた話し声も次第に小さくなり、劇場全体が静寂に包まれた。
スクリーンいっぱいに映像が映し出される。
映画は、静かに幕を開けた。
────そして、伊織は前言撤回する事になり、情報収集の大事さを身を持って味わう事になった。
主人公は最後の戦いを終え、傷だらけの身体で立ち尽くしている。
命を懸けて守り続けた少女。
幾度となく手を差し伸べ、何度倒れても救い続けた存在。
在り来りと言われるかもしれないが、ようやく報われるシーンだ、と予想をしていた。
……が、その予想は大きく外れることになる。
少女は主人公へ向けていた笑みを静かに外し、そして、同じパーティーメンバーの別の男の前へ歩み寄り、その手を取った。切なく映る主人公と、幸せに映るヒロインの少女、どこか狙い通り、と言わんばかりの男。
劇伴だけが静かに流れる。
その場面を見つめる伊織の表情が、ぴたりと止まった。そして無となった。
確かに匂わせるシーンはいくつか見受けられた様な気がした。レーティングを施してないが故にそこまで攻めた様相は無かったが、思わせぶりなシーンは言われてみればあったが………。考えるのを伊織はすぐに止めた。
映画館を出た二人は、人の流れに乗るように館内を歩いていた。
休日ということもあり、大型商業施設の中は相変わらず多くの人で賑わっている。
買い物袋を提げた家族連れ。
映画を観終えた恋人同士。
次の上映へ向かう人達。
様々な人が行き交う中、その流れへ自然と溶け込むように伊織と瑠莉乃も歩いていた。
「いや~、面白かったね〜〜」
カラカラ、と笑みを浮かべつつ満足そうに大きく伸びをする瑠莉乃。
そして実に対照的な様子で隣にいる伊織は負のオーラを纏い、不機嫌そうなまま歩いていた。
「そ。……良かったね」
瑠莉乃の感想に対して短く、それだけ返した。
その温度差に、瑠莉乃は思わず苦笑する。
上映途中。
件のシーンを観たあと、静かに、周囲に迷惑をかけないようにスマホ操作をしたかと思えば、席を立とうとした伊織。
それを止めたのは瑠莉乃だった。
ゲームで負けた以上、今日は一日付き合う約束。
それに、途中で席を立てば後ろの観客の迷惑にもなるでしょ? と言われた。
迷惑云々は、トイレに行く体で出ていけば迷惑になるのを最小に防げるだろ、と思っていたが……約束は約束、と結局、伊織は最後まで座っていた。
そのせいもあって、こうして今もなお、伊織は分かりやすいくらい膨れているのだけれど。
それだけで十分だった。瑠莉乃はくっくっ、と肩を震わせている。
「なーに? そこまで機嫌悪くなるものなの? 普通に面白くなかった??」
「……展開一つで台無しになることもある。少なくとも、僕はそう思った」
「そっかー。でも割と有名な原作で売りもそこにあるし、人気もあるし、少なくとも隣で上映してたやつよりは遥かに良い作品なんだけど……、知ってたら観なかった?」
瑠莉乃は、今度は少しだけ真面目に伊織に尋ねる。聞かれた伊織は一切の溜めも、躊躇もなく答える。
「観ない。絶対」
まさに即答だった。
間髪入れない返答。
迷いの欠片もそこには無かった。
「だよねぇ。ほんと、伊織はこのジャンル嫌いなんだねー」
瑠莉乃は苦笑いをした。別にそういう嫌な体験や過去があった、なんて聞いたことも無い。真田家もそういったいざこざがあったわけでもない。が、本人の性質に合わなかった、と言うことなのだろう。それにしても拒否反応が凄い気がするが。以前より遥かに増してるようにも思える。
「観る前に教えてくれても良かったのに」
ぼそり。
ようやく零れた本音。その後、「知ってるでしょ?」とも。つまり、伊織が何を嫌いとしているのかを、だ。オタク語り出来る間柄故に、性癖も把握されているのだ。『性癖言うな』と、言われたことも多々あるが。
瑠莉乃は「あー……」と頭を掻いた。後、両手を合わせる。
「ごめんごめん」
素直に謝る事にした。からかいたい気持ちも無論あるが、割とガチ目な雰囲気なのは察しているので、これ以上は無しだと判断したのである。
「実は途中で思い出した」
「……」
「でも、その頃にはもう始まってたし、何より私も楽しんでたし」
伊織がじとっと睨む。
その視線に耐えきれず、明後日の方を向いた。口笛を軽く吹いたことで、瑠莉乃は小さく吹き出した。
「だーかーらー、ごめんってば! 機嫌直していおり〜!」
人差し指を伸ばして、ぷに、と伊織の膨れた頬を軽く突いた。物凄く柔らかいな、と少し変な嫉妬を覚えたのは内緒だ。
「……」
「まだ膨れてる」
もう一回。
つんつん!
と。
反応が乏しいので、瑠莉乃はそのまま腕を組み語り始める。
彼が拒絶しているジャンルは素晴らしいものなのだと。
それにはいろんな楽しみ方あるのだ、と。
例えば主人公目線で楽しむのも良い。・・・・はたまた神視点でまるでワイングラスを片手に見下ろす様に楽しむのも良い。
更に上のクラスになれば、今まさに体感しているヒロインの視点で楽しむのも良し。すごく懐が深いジャンルだ、と熱弁を広げて。
「食わず嫌いは良くないなーって思うわけよね? ルリお姉さんは!」
「なら、食わず嫌いで結構です。僕を引きずり込もうとしないでください」
「わーわーわー! ごめんって! その敬語やめてーー! メッチャ距離感じちゃうから!」
慌てながらも笑顔で、瑠莉乃は伊織の顔を覗き込む。 拗ねてる伊織も可愛い! と思うがそれは口にせず。
「じゃあ、お詫びに何か奢る?」
と、明るく笑ってみせた。
モノで釣る。美味しいモノでご機嫌を取る。古今東西有効な手段だ! と瑠莉乃は信じて疑わず、伊織の腕を取る。
その頃。
同じ商業施設の一角では――。
「───あれは、ナニだと思う?」
有希の視線は、少し離れた場所を歩く二人へ釘付けになっていた。
休日らしい私服姿の少年。
その隣には、年上と思しき金髪の女性。
二人は肩を並べて歩き、何かを話している。
時折笑い声が聞こえ、女性が身振り手振りを交えて話すたび、少年は呆れたような顔を浮かべながらも、その歩調を合わせていた。
その光景自体は、どこにでもある休日の一コマ。
恋人同士でも。
兄妹でも。
友人でも。
見ようによっては、いくらでもそう映る。
だが、有希の視線は、その中の一人だけを捉えて離れない。
そう間違えようがないから。
見慣れたいつもの制服、征嶺学園の制服ではないだけで、髪型もいつも通り。彼らしい着飾る事なくただ落ち着いた服装、それでいてそれなりに気を使うファッションセンス。
見間違えるはずがなかった、彼は伊織。
昨夜、否、今朝も有希の頭の中を散々掻き乱してくれた張本人。
※伊織に過失はない、有希の自業自得。
その伊織が。
休日、この大型商業施設、更に言えば映画館から、知らない女性と、楽しそうに歩いている。
「……あー、あれ伊織、だな」
政近も目を細める。
数秒ほどその姿を見つめたあと、小さく首を傾げた。
「(彼女……か?)」
そんな考えが一瞬だけ脳裏を過る。うらやまけしからん! と思う反面、否定する気持ちも出てきた。何故なら、以前食堂でそんな話になったことがあった。
『彼女欲しかったりしないの?』
光瑠の言葉だ。毅も似たような事を言っていたが、伊織は肯定も否定もせず、いや、青春という意味では学生らしい、高校生らしい、と何処か達観したような様相で語っていた。
つまり、自分自身の恋愛事情、そのものへ積極的な様子は見せず、ただ相槌と社交辞令のように笑っていただけだった。事実、終われば参考書に目を落としていたようにも思える。
少なくとも、恋人がいるような雰囲気ではなかったはずだ。
「(秘密にしたかった、っていうのもあるかもだけど……なんとなく、違う気もする)」
それなりに長い付き合い。全部知ってるとも言えないが。
政近自身が聞いていない、伊織にしか知らない事情だってあるだろう。それが普通だ。
高校生なのだから。
恋人がいても何も不思議じゃない。
それに、自分たちと同じような兄妹の可能性、親戚、従姉妹、など。その可能性本人に確認を取らなければ、十分にある。
政近はそう頭の中で整理をした。
やや、偏りを見せているのは、先に彼女をつくられた、とするならば嫉妬の念を覚えるから、という裏事情もあるから、である。
一方有希の頭の中ではと言うと。
思考という名の歯車が。
景気良く吹き飛んでいた。吹き飛んでは新たな歯車が強引に入り込んできては、高速回転を始める。
間違いなく伊織。
隣には知らない女の人、それも金髪美人。
場所は映画館、ありふれたデートスポット。
そんな場所から一緒に出てきた。
楽しそう。(有希視点)
異様に距離が近い。(事実)
頬をつん、……もう一回、つんつん。
王道とさえ言える光景。
「(…………)」
百戦錬磨と言えるくらい、見てきた、連想できる王道シーンな筈なのに、全くを持って理解出来ないのは何故だろうか。
以下、有希の心境。
──いや、理解したくない。待て待て、落ち着け。一度整理しよう。
──多分映画を観た。一緒に歩いている。距離が近い。頬をつつかれている。つつかれても嫌がってない。むしろ。慣れてる。
構築していくたびに、有希は無意識に首をブンブンと横へふる。
「(いやいやいや、ちょっと待って待って)」
自分の思考に待ったをかける有希。懇願しているかのように。
「兄者、な、何を言ってるのかわからねーと思うが……」
隣にいる政近に縋るように呟く。
「私も何が起きてるのかわからない、ありのまま、話すとするぜ」
「お、おう」
急に話を振られた政近だが、頷いた。
迷走しているように見えるが、しっかりと聞く必要がある、と判断したからだ。
なにせ、昨夜。
『いおりんが私の魅力に気づいた可能性だってあるだろ!』
と啖呵を切っていたのだ。
あれだけ勢いよく言い切った、翌日にこの光景を見せられたら、脳破壊どころの話じゃない。
政近は、リアルでここまで色々と使いつくされたようなシチュエーションを見せられるとは想定外だったようで、上手くフォローが出来ないでいる……が、公衆の面前で、色々と騒いでは有希の為にも自分の為にも、果ては伊織とその隣にいる彼女? にも悪い。全員の為にならない、と政近は深く深呼吸をした後に。
「おい有希、落ち着け。いったん落ち着け、深呼吸だ深呼吸。ひっひっふー、だ」
政近も十分混乱の渦中なのだろう。
ここでラマーズ法を伝えてどうするというのか? 寧ろ連想させてしまって、より危険な方向性へ舵を切らせてしまう可能性が高いのではないか? と、普段ならわかるのだが、今は無理だったようだ。
「……ヒッヒッ」
政近のアドバイス? により、有希はラマーズ法を試し始めた。
知らず知らずのうちに止めていた息を、意図的に、意識的に、リズムに合わせて。
吸って。
吐いて。
もう一度。
吸って。
吐いて。
そして。
すぅ、と背筋を伸ばえる。
乱れていた前髪を指先で整え。
服の皺を軽く払う。
口元へ柔らかな笑みを浮かべる。
いつもの有希は、そこにはいなかった。
「兄者」
「なんだ?」
「──ちょっと、ご挨拶してくるね?」
その声音は、先程までの混乱が嘘だったかのように穏やかだった。
もっとも。
長年付き合ってきた政近には分かる。
「(あ、これ絶対1人で行かせちゃダメなやつ)」
そんな嫌な予感だけは、はっきりとしていた。
「じゃあ、お詫びに何か奢る?」
モノで釣る。
美味しいモノでご機嫌を取る。
古今東西、有効な手段。
瑠莉乃はそう信じて疑わず、伊織の腕を軽く引く────が。
「……いらないよ」
返事は、実に素っ気なかった。温度もないような気がした。かなり根が深いようなのが見て取れた。知ってたはずだけど。
「えぇー、そんな即答で断らなくても〜?」
思わず今度は瑠莉乃の方が頬を膨らませる。
伊織は困ったように一つ息を吐いてから、小さく首を横へ振る。
「そういう問題じゃないから。そっとしてくれるのが良いだけだから」
物でも。
食べ物でも。
今回ばかりは、それでどうこうなる話ではない。
ただ、自分には合わなかった、それを治癒しようと言うのなら時間が、日薬が1番だと知っているから。
だから、奢られたとするなら、それをネタに先ほどの映画の感想の続き、とかになりかねないのも嫌だった。
そんな伊織の考えを察したのか、瑠莉乃は「うーん」と唸りながら腕を組んだ。
「じゃあジュースは?」
「いらない」
「追加でアイス!」
「いらない」
「奮発してクレープ!!」
「……」
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ間が空いた。
「おっ?」
瑠莉乃の表情が明るくなる。
「…………いらない」
「今ちょっと迷った!」
「迷ってない」
「迷ったって顔してた!」
「気のせい」
「絶対迷った!」
そんな他愛ないやり取りを交わしながら歩いていた、その時だった。
「──こんにちは、伊織くん」
背後から聞こえた、聞き覚えのある少女の声。
伊織は足を止める。
「ん? あれ?」
その声に覚えがあった。
だからこそ、少しだけ驚いたような表情で振り返る。
そこには、柔らかな笑みを浮かべた有希と、その隣で何とも言えない複雑そうな表情を浮かべる政近の姿があった。
「周防さん。それに政近も」
確かに今日は休日でここは大型商業施設。鉢合わせする事もあるだろうけど、それでも可能性としては低い、と思っていた伊織は小さく目を丸くする。人が沢山いるが故に、だ。
その隣では、瑠莉乃も二人へ視線を向ける。
「(おおーー! 可愛い子だっ! わっ、わっ! しかも『コイコイ!』の海原まりんちゃんっぽい美少女っ!)」
黒いキャップを目深に被り、肩の力を抜いたチェックシャツをラフに羽織る姿は、まるで雑誌のモデルみたいに様になっている。
裾をアレンジした白いTシャツからは健康的なお腹が少しだけ覗き、ゆったりとしたカーゴパンツとの組み合わせが、ボーイッシュなのに不思議と女の子らしい可愛さを引き立てている。
と、瑠璃乃は大解説(脳内で)
その正確無比なセンサーが、有希の容姿はまさに、あのアニメ『恋する乙女よこい!』通称『コイコイ』に出てくるキャラと同じ、と言えて大興奮した、が、初対面な故に興奮は表に出さず、自身の中で飲み込み、妄想上の自分が興奮している! と昇華させた。
「こんにちは〜! 伊織、お友達?」
小さく尋ねる。
「ああ。同じ学校の──」
伊織が紹介しようと口を開いた、その時だった。
有希の視線が、ごく自然に伊織へ向く。否、正確には、その組まれた腕の方へ。瑠莉乃が何気なく抱きついたままの右腕。
あまりにも自然で。
あまりにも慣れた様子で。
まるで、それが当たり前の日常であるかのような距離感がそこにはある。
「…………」
ほんの僅か。
本当に僅かだけ、有希の眉が、ぴくり、ぴくり、と2度ほど動いた。
だが、それだけだった。
次の瞬間には、その小さな揺らぎさえ跡形もなく消え去る。
口元には柔らかな笑み。
姿勢は真っ直ぐ。
仕草も淀みなく。
「初めまして」
上品に一礼する。
「私、周防有希と申します。伊織くんには、学園でいつもお世話になっておりまして、今日ここで会えたのも何かの縁かな、と思いつい声をかけてしまいました」
その流れるような挨拶に、瑠莉乃は思わず目を瞬かせた。
「わぁ……」
思わず小さく感嘆の声が漏れる。
「(本物のお嬢様みたい〜
大学では様々な人と接してきた。
礼儀正しい人もいれば、物怖じしない人もいる。
だが、ここまで自然に所作と言葉遣いが整っている同年代の女の子は、そう多く見たことがない。
だけど、僅かな機微からその本質を見抜けるのは数多の世界、数多の恋する乙女をその網膜に記憶に焼き付けてきた瑠璃乃だからこそ、捉える事が出来た。
「(伊織のこと、それに私と伊織のこと……ふふん♪)」
確信に近いけど、もう少し情報が欲しいところ、と頭をフル回転させた所で、直ぐに停止する。必要な情報を得た所で。
《周防》
その名字を聞いた覚えがあるからだ。
「あっ」
瑠莉乃の表情がぱっと明るくなる。
「伊織が前によく言ってた子って、この子のことじゃない??」
「え? あ、うん」
「やっぱり!」
有無言わせない、と言う勢いで押し切られた感はあるが、実際に、伊織は瑠璃乃に話したことがあるので、否定はせずに肯定する。
すると、瑠璃乃は嬉しそうに笑った。
「あなたの事、伊織から聞いてるよ!」
その一言に、有希の笑顔は特に変わらない、変わらないまま、ほんの一瞬だけ視線が伊織へ向いた。
「(……私のこと、聞いてる?)」
胸の奥で、小さくその言葉だけが反響する。
「(私のことを? どんなふうに? いつから? 何を!? いおりん!!)」
疑問は次々と浮かぶ、けれどそれを口には出さない。
「そうでしたか。どう紹介してくださったのか、気になるところですね」
穏やかな笑みを崩さなかった。
冗談めかしたように。それでいて品よく微笑む。
その一方で。
バッグを持つ指先だけが。
気付かれない程度に、きゅっ、と小さく力を帯びた。
そんな時だった。
自分の存在を忘れ去られてるかも? と思った政近は声を出しつつ、その場の空気を切り替えるように軽く右手を挙げた。
「あー……突然話しかけて悪かったです。 俺は久世政近って言います」
軽く頭を下げて会釈すると、瑠璃乃は有希から視線を外して、政近のほうを見た。
「伊織とは……まあ、有希と同じで、友達、です。学校の」
政近は頭をポリポリ、とかきながら続けて、瑠璃乃もその名前に聞き覚えがある、と言わんばかりに笑顔で答える。
「君が久世くんね。うんうん、君のことも聴いてるよ! あ、私は神坂瑠璃乃。花の大学生! 2人とも、伊織と仲良くしてくれてありがとう! 友達沢山出来るか心配だったんだよねー」
「ちょ、ちょっと、何するのさルリねえ────ほぐっ!」
姉、と言う寸前、ワシワシ、と頭を撫でていた瑠璃乃は、伊織の脇腹に、チョップした。
「(姉ちゃんって単語暫く禁止ね♪?)」
ボソボソ、とそう言うと同時に、瑠璃乃は有希をみた。
「伊織ね、小さい頃から変に遠慮する癖があったからさ? 夢中になるときはなるけど、猪突猛進な所もあって、支えてくれる子がいて嬉しいよ。ずーっとそばにいてあげたいけど、流石に高校までは、ねえ?」
ぴくぴくん! と、有希はまた眉を挙げた。
小さな頃から知っている。苗字が違う。つまり、幼馴染。それに容姿似てない。つまり昔から一緒にいた幼馴染の線が濃厚。
自分の知らない伊織を沢山知ってて、自然に振る舞う。距離感が絶妙。
あの時、反応してくれた伊織は、まるでここにいないように思える。
あまりにも早い、電光石火のごとくの交代劇。
「いえいえ。伊織くんはとても素敵な方ですから。私のほうがお世話になっております。いつも、支えてくれてますよ」
有希は一歩前に詰めた。
瑠璃乃に続けて話をさせる隙間を埋めるように。
「先日も学業、勉強で大変な中、私
「え、あ、う、うん?」
ニコニコニコニコ〜と笑う有希に気圧されそうになる伊織。脇腹への一撃は既に忘却の彼方である。
「ほほーー、それは私の知らない伊織だね? すごいじゃん! そんな活躍してるんだ?? 征嶺学園に入れただけでもすごいっ! って思ってたけど! さーすが、私
満面の笑顔で、また伊織の頭を撫でて、少し抱き寄せながら、しかも自身の胸に、片乳に抱き寄せる様な仕草をする。
ぱっと見、目算、推定D以上E以下。
見事なスタイルなその身体に。
また、有希の眉が、ぴくん、と大きく跳ねる。
それでも微笑みは崩れない。
崩せない。
ここで表情を変えれば負けだと、本能が告げているからだ。身体では後れを取ってる。
だけど、有希は知ってる。
今はそんな様子は見せてないのを見た。
そして、伊織は、
それこそが全て!
と、思いつつ、前にまた一歩、進むのだ。
「……いや、なんかごめん。すまん。伊織」
「……今回ばかりは、こっちも。でも、あれ、本人楽しんでるだけだから。気にしないでいいから」
いつの間にか、蚊帳の外になってた男性陣。
早々に政近には、ネタバレをしている。
瑠璃乃は従姉妹だと。
だけど、それ以上に気にべきところがある。
「向こうに、九条さんが見てるけど、あのままにしてて大丈夫なの?」
有希も、瑠璃乃も、目立つくらいには美女、美少女。注目もそれなりに集めるだろう。
だけど、明らかに違う理由で注目している人が居たのである。