距離を置きたいだけなんだけど 作:ろしでれ
夕暮れ時。
伊織との初めてのデートを終えた有希は、満足した、と言わんばかりのホクホク顔で、政近と揃って帰路についていた。
楽しかった時間の余韻は、未だ残っている。
伊織と何軒もの店を回って。 色々なものを見て。 他愛のない話をして。
最後には、思わぬ人物にその姿を目撃されていたのだが――当然、今の有希がそれを知る由もない。
隣を歩く兄にも、今日1日で色々とあった一部始終をしっかり見ていた有希は、それに、関してもいやらしく笑うら、
つまり、帰る道中もこの2人さ話題に事欠くはずもない、のである。
「いやぁ〜。それにしても、アーリャさん」
政近の隣を歩く有希が、にまにまと笑う。
「だいったぁ〜ん❤ だったよね〜??」
「……何度も言うな」
政近は、顔を赤らめた。
有希の言う言葉の意味当然理解してる。網膜に焼き付いている。あの時のアリサは、それまでのファッションショーで様々な衣服を披露していたので感覚が麻痺していたのか、随分と思い切った格好でカーテンを開けた。
本人も有希がいるとは思っていなかったのだろう。
選んだのは肩が剥き出しになったキャミソールとミニスカート。なかなかに露出度が高く、特にミニスカートの方は、元々脚が長いアリサが穿くと「ん? 膝上? 股下の方が圧倒的に近いのでは?」と言いたくなるような有様。
普段のアリサは絶対に着ないし、異性に見せたりもするわけもないが、先ほどの通り色々と麻痺していた故に、披露してしまったのである。
カーテンの先で呟いたロシア語も耳に残っている。
『Прямо хоть сквозь землю провались……』
──……消えたい。
気持ちは凄くわかる。
政近自身もかなり麻痺していて、羞恥心は薄れてきていたから。
「お兄ちゃんも思い出してんでしょ〜~? あのファッションショー!」
「…………まあ、そうそう忘れれるもんじゃねーし」
アリサは美人でスタイルも良い。
そんな姫のあんな姿、健全な男子が忘れされるわけがない。それこそ、記憶の1つや2つ飛ばされない限り。
「いやぁ、まさかアーリャさんがあーんな大胆になるとはね〜~。やるねぇ、おにーちゃん❤」
「なんでだよ! 俺の手柄みたいになってんだよ」
「そりゃ、兄者の前だから、大胆になったってわけでしょ??」
「…………」
「おやおやぁ〜? どーしたんですかい? 政近のだんなぁ〜?」
「うるせ」
分かりやすく顔を逸らした政近に、有希はますます笑みを深くする。そして、誤魔化すように政近はあることを思い出す。
「そういや、あんときなんで有希は単独だったんだ? 別行動してたのか??」
有希が乱入し、アリサが乱心したあの時、現場には伊織はいなかったのだ、と。被害者として絆が出来る良いタイミングだったのだが、悔やまれる。
「いおりんはとーぜん! 来てないよ?」
「なんでだよ?」
「そりゃ、私が先に視察して、アーリャさんファッションショーを政近くんが特等席で楽しんでるのを見て、いおりんはどうする? って言ったら、止めとくって辞退した」
つまり、伊織は男子の夢とも言える光景、楽園へ踏み込むよりも、それに伴う被害の方を天秤にかけて考慮し、回避したということなのだ。鋼の意志か。
「……くうぅ〜、リスクヘッジぱねぇ」
「だよねだよねー、流石いおりん♪ つまりいおりんは、アーリャさん大胆ファッションを華麗に回避したわけです花丸!」
「華麗にってなんだよ」
「いやぁ〜、紳士ですなぁ」
「お前、楽しんでるだろ」
「もちろん!」
有希は即答した。事実楽しい。昼間から夕刻にかけて、伊織と初デート。そして今政近との絡み。今日は過去1楽しいかもしれないのだから。そして、ちらりと隣の政近を見る。
「ん〜、それにしてもお兄ちゃんとは大違いですわね〜?」 「いや、俺は結構不可抗力だろうが!??」
「さてさてぇ? それはどーですかねー??」
「つーか、お前、絶対狙ってたろ!? 割り込むタイミングが良すぎたもんな!?」
「あれは女の子同士なのでセーフなんです〜! なーんも悪くないです〜」
「便利な理屈だなおい!」
有希はくすくすと笑う。
けれど、内心では少しだけ。
本当に少しだけ、嬉しかった。
別に伊織がアリサを見たからといって、どうこう思うわけではない。アリサには悪いが。
それでも。
伊織は見ようと思えば見られたのに。 そうしなかった。
それが何となく――嬉しい。
「……ま、いおりんですからねぇ」
「なんだよ急に」
「うんにゃ、なんでもありませーん! およ? そうそう、お兄ちゃんに聞いとかなきゃなのがあったんだ!」
有希は何かを思い出したようで、指をぴん! と立てた。
「お兄ちゃんさ、昔いおりんとよくオタ談義してたよね?」 「ん? ああ……してたな」
突然変わった話題に、政近は一瞬だけ目を瞬かせる。
言われてみれば、随分と懐かしい話だった。
漫画。 アニメ。 ラノベ。 ゲーム。
面白かった作品を勧め合ったり、好きなキャラクターについて語ったり。 時には意見が真っ向から割れて、どちらも一歩も引かないまま熱弁を交わしたことだってある。
別に何か特別なことをしていたわけではない。 同じ趣味を持つ男子同士の、ありふれた馬鹿話。
だが、今は昔、という話だ。もう遠い過去の様な気がするほどに。
「黄昏てるとこ悪いけどさ? いおりんが苦手だって言ってたジャンル、あったよね? 熱弁してたよね? お兄ちゃんと2人で、それ覚えてる??」
「苦手なジャンル?」
「そうそう。なんだったっけなぁ~。今日ちょっと思い出しかけたんだけど、肝心なところが出てこなくて」
政近は、有希に急かされるように記憶を掘り返す。
昔は本当に色々な話をした。
単純に好きな作品、そして嫌いな展開。
推せる主人公。 どうしても受け付けない属性。
シーズンごとに増える季節のアニメ、漫画、ラノベは随時チェックしていて、あそこまで語りあったのは、有希を除けば間違いなく伊織が1番だったから。
勉強のためとは言え、交流が途絶えてしまった絶望は今も色濃い、が最近は結構緩和しつつあるから、まだまだ狙ってたりする。願ってたりする。そして諦めない。
友の帰還を。
それはそれとして伊織は普段、自分から好みの話はしたとしても、否定するタイプではなかった。苦手だと感じたら一通り見たあとスパッと忘れる感じに近い。食わず嫌いは良くない、と言っていたはずだから。
だからこそ。
珍しく、かなりの熱量で苦手だと語っていたものは、政近の記憶にもそれなりに残っている。
「…………あー」
やがて。
何かに行き着いたらしく、政近が声を漏らした。
「いわゆるあれだ。不貞系。所謂寝取られ系ってやつ」
「あーーー! それ!!」
びしっ!
有希が勢いよく人差し指を政近へ向ける。
「そうそうそう! いおりん、めちゃくちゃ嫌がってた!」
「だったな。なんか妙に拒否反応強かったよな、あいつ」
「『なんで好きな相手を取られるのをわざわざ見なきゃいけないの?』とか言ってた! 脳が破壊されるぅ〜〜ってネタっぽく言うんじゃなくて、感情移入しやすい人が陥る嫌悪感だっ!!」
「いやお前、そこまで覚えてんなら最初から自分で思い出せただろ」
自分以上に熱弁をする有希をみて、思わずそう苦言するのは政近である。もう戻ってこないかもしれない過去を思い返すのも、なかなかに破壊されるのだから。
「いやいやいや! 仕様がないじゃん、断片的だったんだしっ! 私はお兄ちゃんと違っていおりんの前でオタトーク出来ないんだから!」
一度切っ掛けを得れば、記憶というものは不思議なもので。
有希の中にも当時の光景が次々と蘇ってくる。
伊織の事はもうずっと前から想っているんだ。
でも、立場とかもあるから、入り込める領域には限界がある。だからこそ、政近と交流を深め合い、オタクだと知った時はどれほど嬉しかったか言うまでもない。
領域外だが、片鱗を見聞きしたのは好きなジャンル、嫌いなジャンルへと話。
その中で寝取られものが話題に上がった瞬間。
それまで普通に話していた伊織が、珍しく露骨に顔を顰めたのだ。
「脳が破壊どころじゃない! って言ってたね♪」
「ああ、言ってた言ってた。『僕には無理、絶対嫌!』って真顔で。ガチなやつだ、って思ってそれ以上追求しなかったなぁ」
「そうそう! それだよ! てっきり、いおりん付き合ってる彼女とかいて、その彼女寝取られた! とかのトラウマがあるんじゃね!? って、当時気が気じゃなかったし!」
有希がけらけらと笑う。
当時は随分と大袈裟な言い方をするものだと思った。
けれど。
今になって思い返すと、それだけ伊織の苦手意識が強かったということなのだろう。
「有希に散々聞かれたよな。伊織の交友関係つーか、彼女の有無とか。──まあ、それはそれとして、確かに好き嫌い分かれるジャンルではあるって理解はしてる」
「そそ! 相手は無し! と聞いてめちゃホッとしてた!! ……いおりんの場合は、好き嫌いの『嫌い』を振り切ってたねー」
「だな」
政近も苦笑する。
だが、そこで、ふと眉を寄せた。
「…………いや、待て」
眉間に指を当てて、深く記憶の中を探る政近。
この感覚は間違いない、と言わんばかりの凝った仕草だが、ツッコんだりはしない。
「それもそうだけど……まだあったような……あいつがもっと熱弁してたやつ」
「…………」
有希も再び記憶を辿る。
寝取られもの。
確かに嫌っていた。
しかし。
伊織が苦手なジャンルについて話した時、もっと長々と。
それこそ、普段の伊織からは想像出来ないくらい熱を入れて語っていたものがあった。
「「…………あっ」」
有希と政近。
ほとんど同時に何かへ辿り着く。
「「ハーレム系!」」
ぴしゃりと答えが重なった。
「それだそれだ! いおりん、一番それ嫌ってた!」
「嫌いっていうか、ハーレム系の主人公が苦手って感じじゃなかったか?」
「あー、そうだったかも!」
そう。
伊織が特に苦手としていたのは、複数のヒロインが登場すること自体ではない。
何人もの女の子から好意を向けられて。
それに気付いているのか、いないのか。
誰かを選ぶでもなく。
かといって、きっぱり断るでもなく。
曖昧な関係をずるずると続けていく。
そんな主人公を見ると、どうにも受け付けないらしい。挙げ句の果てに救いのない結末へ転がる作品など、本気で苦手そうにしていた。
「『期待させるだけさせて誰も選ばないのはどうなの』とか、自分の推しをフるなんて許さん! とか」
「うわぁ~、思い出してきた! めっちゃ熱弁してたね〜! 口調は全然違うけど」
普段は穏やかな伊織が、その手の話になると珍しく饒舌になっていた。
政近が別の作品を例に出せば。
それは違う。 これはこうだからまだ分かる。 でもこっちは駄目。
などと。
妙なところで細かな判定まで始めていた記憶がある。
「いやぁ、懐かしいね」
「だな。あの頃はよくこんな話してたな」
「…………」
そこで。
有希は、じーっと政近を見る。
「……なんだよ」
「時にお兄ちゃん様よ」
「だからなんだよ」
「もしかして、だけどさ……?」
有希の口元が、にまぁ、と吊り上がる。
「いおりんがお兄ちゃんから距離取り始めたのって、それが原因だったりして?」
「は?」
「だってお兄ちゃん、属性だけ見たらだいぶハーレム主人公じゃん」
「俺のどこがだよ!!」
政近の声が夕暮れの道に響く。
有希はそんな政近を見ながら、頭の中でメンバーを思い描く。
「まずアーリャさん!」
「違ぇよ!」
「次に綾乃!」
「何でだよ!」
「更にマーシャ先輩!」
「だから違ぇって!」
身近な美少女たちを羅列していく有希。ここまで集まればハーレムと言って差し支えないだろう。
「幼馴染み属性あり美少女妹ありの真・妹ヒロイン有希ちゃんまで完備! 4人に囲まれるとか、王道人数!」
「なんでや!! つーか実妹をヒロイン枠に入れんな!!」
「はっはっはー! だが悪いな兄者よ! 私は寝取られるわけにはいかないのだよ!」
「誰が誰を寝取るってんだバカ!」
伊織が苦手に寝取られもの、NTRがある。なのに地雷を踏み抜くのは悪手も悪手、最悪の手だろう。と、芝居がかった仕草でさらに続けた。
「その上おにぃは、おっぱい星人!」
「誰がおっぱい星人だ!!!」
「ハーレムおっぱい星人! てんこ盛り属性!」
「全部盛り付けんな合体させんな!!」
最後の方は有希は堪え切れなくなったように腹を抱えて笑う。
政近は盛大に顔を顰めた。
「いやぁ〜、なるほどなるほど。いおりんも危険を察知したんですなぁ! なるほど、お兄ちゃんが嫌いになっちゃったのはそれかー! やー、仕方ない仕方ない♪」
「してねぇよ! そもそもあいつが距離取るようになった頃、そんな状況じゃなかっただろ! 勉強するって!! 将来をマジで考えるって!! そうだったろ!?」
「あははっ、必死すぎるって! ……まあそうだねー。結果めちゃ学力上がってたし? 最後は私だけじゃなく、アーリャさんまでぶっちぎったんだから。さすがだよね〜〜……うーむ、まさしく周防家の婿に相応しい!」
きらん☆
と、親指と人差し指を広げて顎の下に添えた。 決めポーズで、自分の小顔をこれみよがしに強調するような、あざといポーズだ。
もちろん全部冗談である。
※婿以外
有希だって、本気でそれが伊織が政近から距離を置いた理由だとは流石に思っていない。
だが。
冗談とは別に。
たった今思い出したことが、有希の中で別の意味を持ち始めていた。
「(…………ハーレム系が1番苦手、かぁ。やっぱそっかー)」
何人もの女の子から好意を向けられて。
誰か一人を選ぶでもなく。
曖昧な関係を続ける主人公が苦手。
更に寝取られが嫌ともなれば、不誠実なのを嫌うのは間違いなく。あの完璧エスコート能力とそのキャラで色々築き上げる可能性は大いに低いわけだ。
「やっぱり二次元はともかく、現実じゃ好きな人は独り占めしたいじゃん? ハーレムプレイしんどいよね?」
「…………」
「いおりんも、そういうタイプじゃないなー、って改めて確認できて良かった良かった!」
政近は数秒、有希の言葉を考えるように黙った。
そして。
「いや、それは知らねぇよ?」
「えぇ〜?」
「創作の好き嫌いとリアルの恋愛観を一緒にすんなって」
それもまた、ぐうの音も出ない正論だった。
「むぅ」
「ハーレムものが嫌いだからって、現実でどう考えるかまで同じとは限らねぇだろ」
あまりにも正論だったからこそ、有希は不満そうに頬を膨らませる。……が、直ぐに解消される。
「と言っても、そもそも、リアルでハーレムとか普通考えねぇか」
「…………およ?」
「一夫多妻制でもあるまいし。普通に付き合って、別れて、また別の誰かを好きになって、とかならともかく。同時に何人もなんて、そうそうねぇよ。不誠実が過ぎると後ろから刺されそうだ」
「…………なるほどなるほど」
有希は妙に納得したように何度も頷く。
「つまり! 結論は1つ!」
「真実は1つ! みたいな決めポーズすんな。……嫌な予感しかしねぇけど、なんだよ?」
「いおりんについては、心配する必要なし、と!」
有希は楽しそうに笑った。
胸の内で本当に少しだけ、安心していた。
「(ま、大丈夫っしょ♪)」
焦る必要なんてない。
今日みたいな時間を。
少しずつ増やしていけばいい。
また一緒に出掛けて。
また一緒に笑って。
少しずつ自分のことを意識してもらえれば、それでいい。
「(そもそも、誰にも負ける気、しないし!)」
そんなふうに思いながら。
有希は、少しだけ軽くなった足取りで夕暮れの道を歩いていくのだった。
誰にも負けない自信。それは長く付き合ってきたからこそ生まれるもの。
――もっとも。
この日の有希は、まだ知らない。
自分と伊織が並んで歩く姿を、偶然見つけた少女がいたこと。
何より、その少女もまた――ずっと以前から、伊織という人間に興味を抱き続けていた一人だということを。
――そして、数日後、接触すると言う
昼休み。
午前中の授業を終え、昼食も済ませた伊織は、次の授業までの時間を適当に潰すため、1人廊下を歩いていた。
先日の休日の大きなイベントとは違う、いつも通りの学園生活。
授業を受けて、予習も欠かさず、合間に検定試験の勉強もして、昼食を食べて。
そんな感じのいつも通りのルーティン。
あの日からずっと続けているルーティンで、今日は特に呼び出しもなく、少なくとも伊織にとっては、そうなるはずだった。
「いーおっち♪」
不意に。
随分と軽い調子で、自分を呼ぶ声が背後から飛んできた。
「…………?」
伊織は足を止める。
聞き覚えのある声。
そして何より、その呼び方。
自分をそう呼ぶ人物に、心当たりは1人しかいない。
振り返れば、案の定。
「やっほー♪」
ひらひらと片手を振りながら、宮前乃々亜がこちらへ歩いてきていた。
「宮前さん?」
思わず名前を口にする。
別に、乃々亜と会うこと自体が珍しいわけではない。
同じ学園に通っているのだから、廊下ですれ違うこともある。
そんな時には乃々亜から「やっほー、いおっち」と声を掛けられることもあれば、伊織から挨拶することだってある。
過去に色々とあったからといって、ずっと引き摺り、気まずい関係になっているわけでもない。何より乃々亜という少女はそう言う性質じゃないのだ。だからこそ、伊織の方も特に変わる事も気を過剰に使う事もなくきていた。
でも、どうやら今日は何か違うようだ。
これまで、わざわざどちらかが相手を訪ねてまで話すことはなく。顔を合わせればあいさつを交わす、その程度の距離感に落ち着いていた。
お互い色々とやることがあり、あまり交わらなかったからに尽きると思うので、伊織は僅かに首を傾げた。
「どうしたの? 珍しいね」
「んー? なにがー?」
小首を傾げながら乃々亜は伊織の前に立つ。
「だってほら? 宮前さんの方から僕のところに来るの。色々忙しそうじゃない?」
「あはっ、そーお? いそがしーって、いおっちの言ういそがしーって、またアタシのとは全然種類ちがうと思うけどねー」
ケラケラと笑う乃々亜。
伊織の言う忙しい、と言うのはいつもいつも、毎日乃々亜の周りには取り巻き達がいて、全員と会話を交わし、毎日付き合いを続けている。伊織の目には、それがまた忙しい、と言う分類に見えるのだろう。
「でもほら? 今までずっとすれ違った時に話すくらいだったでしょ? だから珍しいな、って思って」
「ん~、言われてみればそっかも? 特に意識したつもりはないんだけど」
言いながら、乃々亜は伊織のすぐ前までやって来る。
相変わらずの軽い調子。
相変わらずの人懐っこい笑顔。
少なくとも伊織から見れば、いつもの乃々亜だった。
「それで、僕に何か用?」
「んー……」
乃々亜は僅かに首を傾ける。
何かを考えているようにも見える。けれど、それもほんの一瞬。
「別に?」
「…………え?」
「あはっ」
あまりにもあっけらかんと返されて、今度は伊織が目を瞬かせた。
「いや別にって……」
「用事ないと、いおっちのとこ来ちゃダメ?」
「そんな事はないよ? 駄目なんて言わない」
「じゃ、いーじゃん♪ 今日はいおっちと話したい気分? ってことで」
にこり。
乃々亜は楽しそうに笑う。
伊織としても、それ以上追及する理由はない。
昔から乃々亜はこういうところがある。
何を考えているのか分かるようで。
時々、全く分からない。もっとも、それを本人に言えば。
『分かんない方が面白くない?』
などと笑いそうではあるが。
「それともぉ……」
ふと、乃々亜が一歩、伊織との距離を詰めた。
「アタシが来たら、なんか困ることでもある? いおっち。それだとアタシ的にも困っちゃうけど〜」
乃々亜は耳元へ顔を寄せる。
そして、吐息が触れそうな距離から楽しそうに、囁いた。
──やっぱ、