距離を置きたいだけなんだけど   作:ろしでれ

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第19話 どうして僕なんだろう

 

 

──やっぱ、1回フッた女と話すのって、気まずかったりする?

 

 

 

耳元で乃々亜から囁かれたその言葉に伊織の表情が、ほんの僅かに固まった。

 

 

「…………」 

 

 

1度フッた女。

乃々亜が囁いた言葉の意味を深く噛み締める。

それは誰が誰を? などと考える必要すらない。

 

乃々亜が言っているのは、自分と彼女のことだから。誰よりも知っている筈だから。

 

そして、伊織は乃々亜のその一言によって。

 

普段はわざわざ掘り返すこともなかった記憶が、否応なく引っ張り出されてくる。でも決して忘れていたわけではない。そのようなこと、早々忘れられるはずもないからだ。

そんなメンタルは伊織は持ち合わせていないから。

きっと自分自身の力、瞬間記憶能力が無かったとしても忘れることは無いだろう。

 

 

伊織は一度、乃々亜から向けられた好意的な言葉を――断っている。

 

 

 

 

 

 

それは遡ること中学時代。

 

 

 

 

 

 

あの時の乃々亜も、今と変わらない。その頃から既に形成されていた、と言わんばかりにほとんど変わってない。

見た目は所謂ギャル。そして。いつも人の輪の中心にいる。

乃々亜の周りに集まるのはスクールカースト上位種、と誰かが称していたがまさしくその通りで、全員が元々の容姿がそれなりに整っているのに加えて、校則違反のラインに片足突っ込んだおしゃれな格好をしている。

本当に中学生なのか? と思った事もあるが、乃々亜自身の実家の関係もあって、そういうものなのだ、と納得した。

 

そんな少女だった。

 

でも、伊織と何か関係性はあるか? と問われれば、生徒会の手伝いで何度か顔を合わせた程度しかなかった筈だった。彼女もまた、生徒会に沙也加が居たので、その関係で顔を合わせるきっかけが増えたんだと思える。

 

もっとも、短い会話を何度か交わしただけでも、乃々亜が見た目ほど近寄り難い人間ではないことくらいは分かっていた。

誰に対しても気さくで、話してみれば思いのほか接しやすい。少なくとも、伊織の中で彼女に悪い印象はなかった────が。

 

最後の古い記憶から今日まで確認しても乃々亜とは殆ど交流はなかった、と言っていい。

 

何なら彼女の親友である沙也加との関わりの方が多いとさえ思う程だ。

 

なのだが、そんな乃々亜から、ある日。

 

 

『ねーねー、いおっち』

 

 

いつもと変わらない軽い調子で呼び止められた。

 

 

『宮前さん? どうしたの?』

『んーー』

 

 

あの時も確か、こんなふうに乃々亜は少しだけ首を傾げていた。そして思いも知らない言葉が次に出てきたのだ。

 

 

『あのさ? いおっち、アタシと付き合ってみない?』

 

 

笑いながら、そう言った。

あまりにも自然に。

今日の昼食でも決めるような気軽さで。

 

 

『………………………え?』

 

 

だから最初。

自分が何を言われたのか、本気で分からなかった。記憶することはできる。瞬間に全てを脳内へと補完して記録し続けることが出来る……が、それは理解できるとはまた別物。

高性能とも言えるその脳が止まった気がした。

つまり、時が止まったような気さえしたのだ。

 

 

『?? もしもーしー、聞こえてる? いおっち』

『……………えと、ごめん。何か言った?』

 

 

だが、そんなことは無かったようで、気を取り直してもう一度聞く。

理解が追いつかった頭は、落ち着かせるためにも再び情報を求めたのである。

 

 

『あっちゃー、聞こえてなかった? こりゃかっこつかないねー。しゃーないか』

 

 

乃々亜は本気で伊織が聞こえてない、とまでは思ってないだろう。朗らかな笑みをひとつ浮かべながら、口角をつり上げて、こほん、と咳払いを1つした後、再び口を開く。

 

 

『いおっち、アタシと付き合ってみない?』

 

 

 

──今度こそ、時が止まった。

 

静止した世界の中で、一言一句。同じ内容が頭の中へと入ってくる。

高速フル回転した脳は、それを必死に解析する。……そして、ようやく結論が出た。

結論が出ると同時に時は動き始める。体感時間は異様に長く感じていたのだが、数秒程度。

 

 

『付き合うって…仕事とか? 何か頼みたいことがある、とか?』

『あっはっはー、そーんなベタな勘違いする人初めてだねー! ま、アタシから言うの事態初めてだけどさー!』

 

 

楽しそうに笑う乃々亜と混乱極まる伊織。

乃々亜のこの言葉で伊織はわかってしまった。

付き合う、と言うのは『〇〇するから付き合って』といった類のものではない、ということ。

 

 

『カレシ、カノジョになりましょー! ってやつだよ?』

『……………………』

 

 

今度こそ。

聞き間違いでも、意味の取り違えでもない。

乃々亜が言っている『付き合う』とは、紛れもなく男女交際のことだった。

 

 

『…………僕と?』

『うん』

『宮前さんが?』

『そー』

『交際……を?』

『いおっち、確認多くない?』

『いや、でも……だって』

 

 

困惑するし、混乱してる。頭が上手く働いてない。

告白された。何の前ぶりも予兆もなく、本当に突然。

その事実自体もそうだが、何より。

 

 

『……なんで僕?』

 

 

それが分からなかった。

何度も確認するが、乃々亜とは知り合いではある。

顔を合わせれば話すし、生徒会関係で一緒になることがあったから始まった関係性だ。

だから親しい友人かと問われれば首を傾げる。

 

なのに。なぜ自分なのか。と。

 

 

『ん~~?』

 

 

問われた乃々亜は、少しだけ視線を上へ向けた。

困っている様子ではない。

照れている様子もない。

まるで、今初めて自分でも理由を考えているような。そんな顔だった。

 

 

『いおっちが、気になるから?』

『……疑問形なんだ』

『あはっ、細かーい』

『いや、そこは結構大事じゃない?』

 

 

少なくとも伊織にとっては大事だった。

 

告白というものは、もっとこう。

相手を好きになって。

その人と一緒にいたいと思って。

想いが通じ合って。

 

そんな甘酢っぱいものを渇望していた時期もあったんだ。

 

願望も多数あるが、それでもある程度は通じ合う、その上でするものだと思っていたのも事実。

ただ、今は中学生。まだ早いと言われるのは心も体も未成熟だから、だろう。大人が言わんとする意味がよくわかるというものだ。

 

 

『気になるって……僕のことが? どういう意味?』

『え、そのまんまだけど?』

『そのまんまって』

『んー……』

 

 

乃々亜は顎へ人差し指を当てる、目を瞑る。

そして数秒ほど考えてから、目をぱちっ、と開くと人差し指をぴん、と上げて答えた。

 

 

『いおっちって、よく分かんないんだよね』

『…………僕が?』

『うん♪』

 

 

まさか告白の理由として『よく分からない』と言われるとは思わなかった。褒められているのかすら分からない。いや、間違いなく褒められた訳じゃないだろう。ただ事実を言われただけで。

自分を、互いを知るとするならば、乃々亜と伊織はまだ時間が少な過ぎるから。

 

 

『それって、付き合いたい理由になるの?』

『なるんじゃないの?』

『僕に聞かれても……』

『あははっ♪』

 

 

やはり楽しそうに笑う。

乃々亜と言う少女はこう言う事が多々ある。

興味のないものには必要ないならば見向きもしない。

だが、何かそそられるものが出来たなら、その顔は無邪気に早変わりする。興味ない時と無邪気なときの差が激しくて胸焼けがする思いだ。

 

 

『だってさー? 分かんないなら知りたくならない? 理解したい! って思わない??』

『……まあ、それは分からなくもないけど』

『でしょ?』

 

 

乃々亜は嬉しそうに人差し指を立てた。

 

 

『いおっちは、アタシの中でトップクラスに、わかんない男子だから。だったら付き合ってみたら、分かるようになるかなーって、今回アタシからの初告白? ってやつをしてみたんだー』

『…………』

 

 

随分と。

自分の知っている告白とは違う。

だけど、乃々亜がふざけているわけではないことだけは、なんとなく分かった。からかうために告白したわけでもないし、罰ゲームでもない。

何か裏があるようにも見えない。

 

宮前乃々亜は本当に。

 

自分と本気で付き合ってみたいと思っている。

その理由は、一般的とはなかなか言えないのかもしれない。子供がする恋愛とは遠いものかもしれない。

でも。本気だということ。それだけは間違いないのだろう。

 

 

『……宮前さんは、僕のこと好きなの?』

 

 

だから、1番単純な疑問を口にした。

 

 

『好き?』

『うん。その、告白してくれたし、……もちろん恋愛的な意味で』

『ん~~~』  

 

 

聞く方も恥ずかしい内容だ。伊織は顔を赤く熱くさせてる実感があった。

 

そして乃々亜は考える。考える。まだ考える。

 

暫く唸ったあと、乃々亜はゆっくりと口を開いた。

 

 

『アタシのほうから告っといてあれだけど…………分かんない、かなぁ』

『えぇ……』

 

 

乃々亜の返答に、伊織は思わず声が漏れた。

 

 

『あはっ、いおっち今ちょっと呆れた?』

『呆れたっていうか、ビックリした、と言うか……それで付き合おうって言われると思ってなかったから』

 

 

好きでもない相手。

だけどわからないから、知りたいから付き合おうとする。なかなか難しい感性だ。

 

 

 

『そーお?』

『普通は好きだから付き合いたい、じゃないの? 僕も経験あるわけじゃないから、偉そうに言えないけど……』

『普通はそーなのかもねー』

  

 

 

乃々亜は笑ったまま。

あっけらかんと答えた。

 

 

『アタシ、そーいうのよく分かんないんだよね』

『そういうの?』

『誰かを好きー、とか。恋愛感情? ってやつ』

 

 

あまりにも軽く言うものだから。

一瞬、その言葉の意味を聞き流しそうになる。

だが伊織は、僅かに目を細めた。

 

 

『……分からない?』

『うん。一緒にいて楽しいとか、そーいうのは分かるよ? でも、それが好きなのかって言われると分かんない』

 

 

乃々亜は少し笑っていた顔が止まり、真顔になって伊織に言った。

 

    

『だからアタシ今まで好きな相手と付き合ったことなんて一度もないんだよねー』

『…………』

『でも、いおっち。自分から良いな〜って告ったのは初めてなんだー。だから付き合ってみたら分かるかもしれないじゃん? って思ってたりする』

『それで僕?』

『そ♪』

 

 

即答だった。

先ほどまで疑問形だったのが嘘のように。 

 

 

『いおっちのことは、気になってるからねー』

『…………』

 

 

また、それだ。

気になる。

分からない。

知りたい。

どうやら乃々亜にとって、その三つはかなり近い場所にあるらしい。

 

 

『……宮前さん』

 

 

伊織は言いかけて。

少しだけ躊躇した。

本人に直接尋ねていいことなのか。

ただの噂ならば失礼ではないか。

しかし。

付き合う、付き合わないという話をするのなら。

曖昧なままにしておく方が駄目だろう。

 

 

『なーに?』

『……好きな相手と付き合ったことなんて一度もない、だっけ?』

『うん、そだよ?』

 

 

悪びれもしない。

隠そうともしない。

事実を聞かれたから事実を答えた。

ただそれだけ。

そんな返答だった。

 

 

『これまで何人……は、聞かないでいいや。それで、本当に皆のこと好きじゃなかった?』

『んーー、まあ? そうだね、で、今はフリー』

 

 

今は誰とも付き合ってない。だから大丈夫だよ、と言わんばかりの返答だった。

伊織はそれを聞いて、もう1つ確認。

 

 

『今は誰とも付き合ってない、っていうのは分かったけど……』

『ん?』

『その、宮前さんって。付き合ってる時も、他の男の人と結構近かったよね?』

 

 

取り巻きたちと一緒にいる時もそうだ。

スキンシップが多い時もある、と聞いたことがある。

これは又聞きだから、実際に見たわけじゃないから、あくまで本人の口から確認をしたかっただけだ。

 

 

『近かった? って〜……あー、彼氏いるのに他の男子とも距離近かったよねー、とか?』

『……うん。まあ、そういうこと、かな』

 

 

乃々亜は何か思い当たったらしく、軽く笑った。

ただ、伊織は正反対に渋い顔つきになる。

 

 

『あー、してたしてた♪』

『…………そこ、そんな軽く認めるんだ』

『だってホントだし? いおっち、気にするタイプなんだ?』

『ごめん。気にならないタイプが実在するのかどうかもわからないかな』

『そんな、おーげさな。ふつーにいるよ? ゆるーくかるーく付き合ってて、去って言っちゃう、とか。ほらアタシ、来るもの拒まず、去るもの追わず、だった(・・・)から』

 

 

伊織は少し言葉を選んだ。

乃々亜を責めたいわけではない。

誰とどう付き合うかは本人の自由だし、複数相手に繰り広げるのも────まあ、当人たちが納得してるのならアレだ。学生の身分に不貞も何もないのだから。

 

だけど。

 

それが自分ごとにのるのなら話は別だった。

 

 

『僕、自分が付き合ってる人が、好きな人が、他の、同性の人ともそういう距離感でいるのは、かなり、すごく、ものすごく、絶対嫌────と思う』

『へぇー』

 

 

乃々亜は怒るでもなく、傷つくでもなく。

ただ興味深そうに伊織を見る。

伊織自身もなるべく感情を抑えながら告げていた。自分の嫌いなジャンルが現実に出てくる〜のはなかなかに精神にくる。全部フィクションの世界のこと、と強く思っているからだ。だから、自分で自分を褒めてあげたいくらいな気の持ちようだった。

 

 

『そんな嫌なんだ?』

『うん。かなり、すごく、とっても』

『あははは! めちゃ言うねー。で、なんで?』

『なんでって?』

 

 

そこで伊織は詰まった。

 

説明しろと言われると、意外と難し……くはない。

 

単純に裏切られるのが嫌だ。非人道的だ。倫理的に間違ってる。言葉にすればこんな感じだろうけど、教えるように口にするのはまた別だ。自分の感情で話すほうが良いから。

 

好きな相手だったら自分だけを見てほしい。

他の誰かと同じように扱われるのは嫌だ。 

仮に、自分が嫌になったのなら、直そうと努力もする。それでも駄目なら、せめて別れてからそう言うのをしてほしい。

 

言葉にすれば津波のように押し寄せてくる。でも安易に言葉にすれば止まらなくなる可能性が高いので、どうにか言葉を選んで端的に乃々亜に告げる。

 

 

『……好きな人が、他の人とも自分と同じように接していたら、僕は嫌』

『んー』

 

 

乃々亜は伊織の言葉を聞き入れて、自分の中で消化していく。そして何らかの答えを出そうとしているのがわかったので、伊織も黙って待っていた。

そして、乃々亜の中で結論が出た。

 

 

『言ってることの意味はわかるけど、やっぱ分かんない、かなー』

『やっぱり?』

『あはっ♪』

 

 

結局は、よく分からない、に落ち着いたようで、特に悪びれる事なく笑った。

 

 

『でも、いおっちがめっちゃ嫌なのは伝わったよ? あれだけ言ってたし』

『……そう』

『うん。まー、やっぱ理由はまだよく分かんない、ってのが本心だけど』

 

 

そこが、やはり乃々亜らしいと思った。

分からない。

それでも、相手が嫌がっているという事実は覚える。

それが乃々亜なりの理解の仕方なのだろう。

 

ただ、伊織に関係することは少し他とは違ったりする。

 

 

『それにさー』

『ん?』

『いおっち、口だけじゃなくて、すっごい嫌そうな顔もしてるし』

 

 

乃々亜の指摘で、伊織は自分の頬を触る。

意識的に抑えていたつもりだったが、やはりそう簡単ではないようだ。

 

 

『させちゃってごめんねー、って感じ』

『…………』  

 

 

伊織は僅かに目を伏せた。

意識して隠していたつもりでも、乃々亜には十分伝わっていたらしい。

 

 

『ごめんね』

『いや、なんでいおっちの方が謝るの?』

 

 

不思議そうに首を傾げる乃々亜に、伊織は一瞬言葉に詰まる。

確かに、乃々亜からすれば謝られるようなことではないのだろう。聞かれたから答えただけ。それも、自分自身の過去について包み隠さず話しただけだ。

それでも、露骨に嫌そうな顔をしてしまったことは申し訳なく思うから。

 

 

『いや、その……宮前さんのこと否定したいわけじゃないから』

『ふーん?』

 

乃々亜は怒るでもなく、気を悪くした様子もなく、ただ興味深そうに伊織の顔を覗き込んでいる。

そんな視線を受けながら、伊織は慎重に言葉を選んだ。

誰と付き合うのか。

どんな距離感で付き合うのか。

結論、それは乃々亜自身が決めることであって、自分が否定することではない筈だから。それこそ、まだ付き合ってもないのに。

 

 

『誰とどう付き合うかは宮前さんの自由だと思う。ただ、僕はそういう関係には入れないってだけで』

『…………』

 

 

返事はなかった。

けれど、乃々亜は相変わらず伊織を見ている。

何かを考えているのか。

それとも、ただ観察しているだけなのか。

伊織には判別がつかない。

ただ、このままでは自分が一方的に乃々亜の過去を否定しただけになってしまう気がして、伊織は続きを口にしようとした。

 

 

『だから、その……』

 

 

伊織は一度、言葉を止めた。

そして答える。

 

 

『付き合ってみない? って言ってくれたのは嬉しい。本当に。宮前さんなりに僕を選んでくれたんだと思うから』

『うん』

『でも、ごめんね。ごめんなさい。僕は無理だと思う』

 

 

はっきりと伊織は答えを出した。随分と長く時間がかかったかのように感じるのは、気の所為だろうか。数分が数時間にも、感じられたから。

 

 

『そっかー』

 

 

乃々亜の返答は驚くほど軽かった。

 

 

『うん。だから………』

『んーん。別にいーよ? それ以上謝んないでよー、いおっち悪くないし。来るもの拒まず、去るもの追わず、って突きとーしてたアタシが、駄々こねちゃうのは違うくない? って話だし』

 

 

ひらひらと手を振る仕草まで軽い。

無理をしているようにも、強がっているようにも見えなかった。そして乃々亜は、少しだけ伊織の顔を覗き込んだ。

 

 

『でもさー』

『ん?』

 

 

近付いた乃々亜と視線が重なる。

その瞳には、フられたことへの不満も悲しみも見当たらない。

むしろ――。

何か新しいものを見つけたような。 そんな好奇心の色が、先ほどよりも濃く浮かんでいた。

 

 

『いおっちって、やっぱ面白いね』

『……そうかな?』

 

 

当然の疑問だった。

今のやり取りのどこに面白がる要素があったのか。

伊織にはさっぱり分からない。

 

 

『だって、アタシが付き合おって話で断られたのも初めてだし』

『そこが?』

『そこが♪』

 

 

乃々亜は楽しそうに笑った。

断られたことさえ、この少女にとっては不快な出来事ではなく、新しい経験の一つなのだろう。つまり、新しいことを教えてくれた、ということにもなるのだ。

 

 

 

『(まっ、結局分かんないこと増えちゃった感じもするけどね)』

 

 

伊織が何を嫌がっているのかは、乃々亜にも理解出来た。

 

恋人には自分だけを見ていてほしい。

他の異性と必要以上に近い距離で接してほしくない。

 

言葉の意味も、その考え方も分かる。

言ってしまえば、独占欲のようなものなのだろう。

 

好きになった相手を特別に思うからこそ、自分も相手にとって特別でありたい。

だから、その場所に他の誰かが入り込むことを嫌がる。

 

 

――そこまでは分かる。

 

 

けれど乃々亜には、その先が分からない。

なぜ、それを伊織があれほど嫌がるのか。

なぜ、他の誰かと同じように扱われることが、それほど嫌なのか。

理屈として答えを出すことはできるし、やらないようにすれば良い、と行動に移すことも容易い。

 

でも、それだけでは足りない気がする。

知識として知ってるだけでは足りない。

 

その感情を自分の中に置いてみようとすると、途端に分からなくなる。

 

だから。

 

乃々亜にとっては、また一つ。

伊織という人間について、『分からないこと』が増えたのだ。

 

その考えは困っているというよりどこか嬉しそうだった。兎に角、乃々亜はまた笑う。

先ほど乃々亜自身が語ったことを思えば、今の反応も彼女なりに一貫しているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

ただ、伊織にも分からなかった事はある。聞きそびれてしまったが。

 

 

『(……宮前さん。……なんで、僕なんだろう?)』

 

 

告白を断ったことで興味を失われるどころか。

 

どうして逆に、興味を深められているのか?

 

伊織はその理由を聞くことなかった。何故なら、これ以上ここにいるのも、なんとなく気まずいからだ。

乃々亜に告白され、それを伊織が断った形なのだから、、本当ならそれだけでも話を切り上げて終了になる展開だけど、乃々亜が本当に楽しそうにするからタイミングを見失ったのである。

 

でも、そろそろ……と、思ったところで。

ふと、先ほど乃々亜が口にした言葉が伊織の中に浮かび、そして引っ掛かった。

 

 

――来るもの拒まず、去るもの追わず。

 

 

足が止まる。

これが本当ならば、いや間違いなく本当だろう。そして乃々亜の周りには沢山の人がいつも集まっている。スクールカースト上位種と呼ばれる人たちが。

 

言うべきなのか。 言わない方がいいのか。

 

これはもう、告白を受けるか断るかとは関係がない。 それこそ余計なお世話だから。

それでも、伊織は気づけば口を開いていた。

 

 

『……宮前さん。最後に1つだけ、いい?』

『ん? なになに?』

 

 

乃々亜が小首を傾げる。

伊織は少し迷ってから、ゆっくりと言葉を選んだ。

 

 

『宮前さんが良い人なのは、僕も知ってるつもりだよ』

『お? 急に褒められた』

『いや、茶化さないで。恥ずかしいから』

『あはっ♪ ごめんごめん。それで?』

 

 

もう既に言わなければよかったと思い始めていた。 それでも口にした以上、途中で止める方が格好悪い。

伊織は小さく息を吐いた。

 

 

『だからこそ……もう少し、自分のこと大事にしてほしい(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

乃々亜の笑みが、ほんの僅かに止まった。

 

 

『来るもの拒まず、っていうのも宮前さんが決めたことだし、僕が口出しすることじゃないと思う。でも……誰かに求められたからって、自分が良いからって、やっぱり全部受け入れなくてもいいんじゃないかな、って思ったから』

『…………』

『誰かを好きって気持ちが分からなくてもいいと思う。恋愛がよく分からなくても、それは別に悪いことじゃないし。……まあ、将来不貞になるのは良くないけどね』

 

 

軽く笑って、そこで一度言葉を切る。

上手く言えているのか自信がないけれど、これだけは、乃々亜に伝えたかった。

 

 

『でも、それと宮前さん自身を軽く扱っていいかは、別だと思う』

『…………』

『君は、そんなに安くないよ(・・・・・)

 

 

伊織は言った、言ってしまった、と直後、猛烈に恥ずかしくなっていた。

何様だろう? ともだ。乃々亜からの告白を断っておいて、最後に説教までして。 しかも本人を前にして「安くない」なんて、よくそんな台詞が口から出たものだと。

顔が熱い。

 

 

『……ごめん。やっぱり余計なこと言った』

『え? いや――』

『じゃ、じゃあ僕、行くね。告白してくれたの、嬉しかったよ! 本当にありがとう。それと……ごめんなさい』

 

 

最後にもう一度だけ頭を下げる。

乃々亜から返事を聞くより早く、伊織はその場を離れた。

逃げた、と言われれば否定できない。 足取りが普段より少しだけ速くなっている自覚もあったのだった。

 

 

  

──そんな伊織の背中を見て、乃々亜は追わなかった。

 

 

 

ただ、その場に立ったまま眺めている。

自分を大事にしろ。

自分を軽く扱うな。

 

 

そして――自分は安くない。

 

 

その言葉を頭の中でもう一度転がして。

やがて、乃々亜の口元が楽しそうに持ち上がった。

 

 

『あはっ! それ、さやっちにも言われたなー。まさか、いおっちにも言われるとは! ……いや、いおっちだから(・・・)なのかもねー』

 

 

誰に聞かせるでもなく呟いて。

乃々亜はまた1つ、伊織について知ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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