距離を置きたいだけなんだけど   作:ろしでれ

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第3話 離れないよね

 

授業が始まり、高校でもしっかりと勉学に勤しむ伊織の傍ら、直ぐ隣、政近とアリサの方を横目で見る。

そこには最早見慣れたやり取りが始まっていた。政近がアリサと打ち解け合い、アーリャと愛称で呼ぶ様になってから、大体こんな感じだ。

 

今繰り広げられているのを簡単に説明すると眠気に負けた政近が脇腹に一撃を貰い、それに対してオーバーリアクションをした後に、今更感あるが小声で抗議する場面である。

そしてそんな政近に制裁を与えたアリサは侮蔑の表情、視線を政近に突き刺していた。

 

 

時折聞こえてくる小さな言い合いには思わず笑いそうになるが、どちらかといえば呆れる方が強い。

 

……相変わらずだなぁ、と思う。

 

そして、これもどう考えても政近が悪い。自分が教科書を忘れてアリサに見せてもらってるのに寝るとは何事か! と。

寝る理由は睡眠時間を削って深夜アニメに没頭してしまったのが原因とのことだが、それはアリサには関係のないことだろう。

まさしくラブコメの風景だ。

そして、そんな光景を観るたびに伊織の胸中としては複雑な想いがある。即ち前世から引き継いでいるトラウマ。それが無ければ頭を空っぽにして楽しめると思うのだが………。

だから勉学に没頭、というカタチで振り払っていたりする。

 

とまあ、それはそれとして政近には1ミリも同情出来ないのは本心である。ある程度眺めた後は、伊織は視線を改めて黒板へ戻す。

 

先生が書き進める板書をノートへ写し、要点だけを簡潔にまとめていく。

 

そこに苦労はない。

何故ならば、伊織は一度見たものは、忘れないから。そして一目するだけで覚えることが出来るのだ。

それこそが僕に与えられた所謂、転生特典だった。

 

その名も瞬間記憶能力。(自分で命名)

 

大層な名前ではあるけれど、出来ることは案外単純だ。

 

一度見た文章。

一度聞いた会話。

一度目にした数式。

 

それらを、ほとんど劣化することなく記憶に残せる。

 

目で見て覚えたものはそれを頭の中の本棚に収納し、知りたい時に取り出せばいい。

耳で聞いた事は頭の中の録音機に記憶させて、更にフォルダ分けすればいい。

 

本棚と録音機、アナログとデジタル故にか聞いたことを覚えて思い出す方がやや得意だが、そこまでの大差はない。

 

異世界転生でよくあるような、魔法が使えるわけでもない。

剣術の才能があるわけでもない。

身体能力が飛び抜けているわけでもない。

あるのは、この記憶力。

現実世界ベースで考えたらとんでもないチートだと言えるかもしれないが転生したばかりの頃は、正直がっかりした覚えがある。

 

 

『せっかくの転生、異世界で、更にもっと派手な能力がよかった』

 

 

なんて、当初はラノベの読み過ぎらしい不満を抱いたこともある。

けれど、転生してきたこの世界は日本だから。

持ち得た能力を腐らせず、活かそうと考えるとやはり一つしかない。そう、勉学。だからこそ、特に位が高い訳でもないごく一般家庭の伊織が、異常とも言える程の難易度、国内最高峰の偏差値を誇るこの中高一貫の征嶺学園に入ることが出来たのである。

 

 

「真田」

 

 

先生に名前を呼ばれる。 

 

「はい」

 

立ち上がる。

次に聞かれた問題は、ついさっき黒板へ書かれた内容だった。既に解説は消されていて、ある意味ひっかけ問題、いやらしい問題の出し方だったのだが、伊織は苦もなく答えた。

解説を消されていても問題ない。答えはもう頭の中にあるから。

 

 

「ん。正解だ」

 

 

短い一言。

再び座ると、視線を感じてその視線の方を見てみると、アリサが見ていた。それと同時に政近に何かをしたようだ。

伊織からは見えないが、恐らく政近の脇腹あたりに一撃を入れたのだろう、と考えていた。

そして—-

 

 

 

 

 

「うがああああ!! 死んでも言えるか!!!」

 

 

 

 

 

と、言う政近の絶叫が合図に授業は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

その後はアリサにスマホを没収されたり、その結果折角手に入れたアプリゲームのSSRキャラデータが消失したり。

兎に角教室は賑やかだった。

 

 

「さて、ごはんごはん……」

 

 

そんな賑やかな風景を横目に、そそくさと食堂へと向かう伊織だった。

 

 

 

 

 

 

昼休みを告げるチャイムが校舎中へ鳴り響く。

それまで静かだった教室は、一瞬にして喧騒へ包まれた。

 

椅子を引く音。

友人を呼ぶ声。

購買へ向かって走り出す生徒達。

 

昼食を手に食堂へ向かう生徒の流れが廊下を埋め尽くし、学校全体が昼休みという短い解放感に包まれていく。

その流れに伊織も身を任せ、そそくさと教室を出て食堂へ足を運ぶ。

 

この征嶺学園の食堂は広い。

 

日本最高峰の偏差値を誇る学校らしく、生徒数も多い。

昼休みともなれば、料理を受け取る列は長く伸び、あちこちで楽しそうな笑い声が飛び交う。

そんな賑わいから少し離れた場所に空席を見つけると、トレーを静かに置いた。

今日の日替わり定食。

 

味噌汁とご飯と焼き魚の定食。

和食ベース、伊織の大好物だ。

 

超一流の学校は料理人もまた、超一流らしく本当に美味しい。これだけでここに来れてよかった、と思いたくなる。

 

そして、粗方堪能した所で、隣へ一冊の参考書を置いた。

食事をしながら参考書を開く高校生など、周囲から見れば少し変わっているのかもしれない。

でも、この十五分、二十分が意外と大きい。

昼休みだから休む。

それも間違いじゃない。

けれど、積み重ねる時間として使えば、一週間後、一か月後には確かな差になる。

箸を動かしながら参考書へ目を落とす。

ページをめくる音だけが、小さく耳へ届いた。

その時だった。

 

 

「…………ぉぉぉぉい」

 

 

周囲の喧騒に紛れながらも、不思議と聞き覚えのある声だった。

力なく。

今にも泣き出しそうで。

どこか恨めしさまで滲ませたその声に、思わず参考書から目を上げる。

案の定だった。実をいうと積み重ねがどうとか、差がつくとかどうとかは、言い訳に過ぎない。

 

勉強してるから話しかけないでね?

 

と言う、触れるな触るな話しかけるなオーラ作戦だったのだが、そんなのお構いなく近づいてくる。

 

 

「伊織ぃぃぃぃ……、聴いてくださいよぉぉ…」

 

 

肩を落とし、今にも膝から崩れ落ちそうな勢いでそのまま相席するように座り込んでくるのは政近である。触るな危険、話すな危険モードはどうやら失敗らしい。

 

そして、それに続く形で、同じくクラスメートの毅と光瑠が座る。

困ったような呆れたような、全部混ざった笑みを浮かべながら付いてきていたようだ。

特に止めようとはしていない。

いや、止めても無駄だと分かっているのだろう。

政近はそのまま僕の向かいへ腰を下ろすと、テーブルへ突っ伏した。

 

 

「……マジで頼む。聞いてくれよ」

 

 

筆舌しがたい面持ちと、悲痛なその声。

さっき教室で見せていた能天気さは欠片も残っていなかった。

僕は参考書へ栞を挟み、箸を置く。流石にこれを無視するのは如何に距離置きたいと言えども、無情過ぎるだろう。

 

 

「何?」

 

 

伊織からの返事に、微かな光を感じた政近はゆっくりと顔を上げる。

その目元は、今にも涙が零れそうなほど潤んでいた。

 

 

「うっうっうっ、俺の月読がぁ……」

 

 

一瞬だけ沈黙が流れる。

なるほど。

何となく察した。

 

 

「消えた。消えたんだぁぁぁぁ……」

「セーブされてなかったみたい」

「容赦ないアーリャ姫の制裁だったよな」

 

 

食堂とは思えないほど大袈裟な嘆きだった。

近くの席から何人かがこちらを振り向く。

けれど、政近はそんな視線など気にも留めない。

本気で落ち込んでいる。

それだけは嫌というほど伝わってきた。

毅も光瑠もやや同情してる様に見える。

 

……でも。

 

伊織は味噌汁を一口啜り、静かに息を吐くと同時に言葉を紡ぐ。政近に相応しい言葉をノータイムで。

 

 

「政近が悪い」

 

 

その一言だけだった。

それで十分だった。伝わる。

 

 

「ひどいっ!!」

 

 

机へ突っ伏していた身体が勢いよく跳ね起きた。力なく項垂れていた様だが、勢いよく起き上がるだけのパワーは残ってたようだ。

 

「即答かよ! 一秒も考えてないよな!!? 考えてくれなかったよな!??」

「うん。考える必要、余地ある?」

「あるだろ普通!」

「普通に校則違反だったんでしょ? 僕の席、君の隣なの忘れてない?」

「うっ……」

 

 

罰が悪そうに、あさってこ方向へ視線を向ける政近。

正論パンチだ、と毅はその鋭さに恐れおののき、光瑠は仕方ないよね、と諦めを促す雰囲気である。

 

 

「授業終わったとはいえ、基本的にスマホで遊ぶの禁止。しかも大声で無料ガチャって叫んでたんだから、九条さんじゃなくても止めるよ。何ならあの時、先生もはいってきたし」

「正論がぁ……正論が胸に刺さる……冷たい、冷たいぞ……」

 

 

再び机へ突っ伏す政近。

その様子に毅は腹を抱えて笑い、光瑠も少し肩を震わせている。

そして伊織はもう一度参考書へ目を戻した。

 

 

「でもさぁ」

 

 

なおも政近は食い下がる。

オタク魂はきっと彼のなかにある、まだ灯火は、火種は、残っている、と信じて。

 

 

「SSRだぞ!? 限定だぞ!? 神引きだぞ!? 無料ガチャでだぞ!?? 無課金勢だぞ!!??」

「うん」

「それが、手に入れたと同時に消えたんだぞ!?」

「うん。それは可哀想だと思う」

 

 

その一言で、政近の表情がぱっと明るくなる。

 

 

「だろ!? やっぱり伊織は――」

「でも」  

 

 

伊織は政近の期待に満ちたその声を遮ると同時に、参考書に視線を落としながら。

 

 

「やっぱり違反した政近が悪い」

 

 

ズバッと切り捨てた。本日2度目で、数秒の沈黙が流れる。

 

 

「…………」

 

 

政近はゆっくりと天井を見上げた。

 

 

「酷ぇ」

 

 

ぽつり、と呟く。

 

 

「正論も、マジで興味なさそうに言われるのも、やっぱ心に刺さる……」

 

 

その姿が妙に可笑しくて、思わず笑いそうになる。

昔の伊織なら……と、嘆くように。

 

 

そして、伊織自身も政近の今の考えは否定しない。

きっと隣に座って、「それは災難だったね」と笑いながら慰めていたかもしれない。

でも、今は違う。

気持ちは分かるけど、言葉にしない。

神引きした直後にデータが飛ぶなんて、オタクとしてはかなり堪える。

だからこそ。

 

 

「だから授業中……じゃないにしても、校則は守ろうよ? ダメならせめて隠そう」

 

 

最後まで結論だけは変わらなかった。

 

 

 

政近が机へ突っ伏したまま、「世間はオタクに厳しい……。友がいなくなってしまった……」と力なく呟く。

先ほどまで教室で「月読がぁぁぁ!」と絶叫していた人物と同じとは思えないほど、その背中は小さく見えた。

肩は力なく落ち、両腕へ額を預けた姿は、今にも魂だけ抜け落ちてしまいそうなほど元気がない。

もっとも。

その原因を作ったのは紛れもなく本人なのだから、同情よりも呆れが先に来る。

そんな政近の様子を見ていた毅は、とうとう堪え切れなくなった。

 

 

「ぶっ……あっはははは!」

 

 

勢いよく吹き出し、そのまま腹を抱えて笑い始める。

一度笑いのつぼへ入ってしまったらしい。

肩を震わせながら机を叩き、今にも椅子から転げ落ちそうになっている。

向かいへ座る光瑠も流石にそこまではいかないものの、口元へ手を添えながら困ったような笑みを浮かべていた。

 

 

「いや、政近。お前今日だけで何回撃沈してるんだよ」

「そんな笑うなよ……。そうだ、オレはこれからヤケ食いしないといけないんだ」

 

 

机へ突っ伏したまま、政近は恨めしそうな声だけを返すが、飯時なので小腹はすく。色々と寒くなってしまったので、丁度いい激辛麻婆を堪能しよう、とよたよた、と切り替え始めたが、毅が続ける。

 

 

「いや笑うだろ。教室じゃアーリャ姫にスマホ没収されて撃沈、んで、今度は昼休み。伊織に正論で追い打ち食らって撃沈。日に2度の敗北、ってやつじゃん」

「うぐっ……」

 

 

図星だった。

言い返したくても言い返せない。

そんな様子で小さく唸る政近を見て、毅の笑いはますます大きくなる。

ひとしきり笑ったところで、毅はふぅ、と息を吐いた。

 

次は涙を拭いながら顔を上げると、今度は政近と伊織を交互に見比べる。

 

 

一人はアリサの隣。

もう一人は、そのさらに隣。

 

 

毎日、日本中探してもそう何人もいないような美少女のすぐ近くで学校生活を送っている二人だ。侍らせてる二人だ(風評被害)

その事実を改めて思い返した途端、毅は大きくため息を吐いた。

 

 

「……やっぱ納得いかねぇ」

「何が?」

 

 

 

政近が顔だけ上げた。そして、どうにか起こすと、麻婆ラーメンを啜ろうと手を伸ばす。

 

 

「何が、じゃねぇよ」

 

 

遮るかのように、飯食ってる場合じゃ無え、と言わんばかりに毅は身を乗り出す。

勢いよく政近を指差した。

 

 

「毎日、隣の席に超絶美少女がいる生活とか、羨まし過ぎるだろ! 色男ども!!」

「誰が色男だ」

 

 

その勢いに、近くの席の生徒が何事かとこちらを振り向く。

けれど、それもほんの一瞬。

男子グループが昼休みに騒いでいるだけだと分かると、すぐに自分達の昼食へ意識を戻していった。

 

 

「しかも!」

 

 

毅の指先が今度は伊織へ向く。

 

 

「伊織も同罪だ!」

「僕? いや、なんで罪?」

 

 

参考書から顔を上げた伊織は、不思議そうに首を傾げる。

自分が話題になる理由が分からない。

そんな表情だった。

その横で、光瑠が苦笑しながら説明を加える。

 

 

「政近は、九条さんの隣の席で、本人からアーリャって愛称で呼ぶことまで許されてる唯一の男子」

 

 

そこまで言うと、一度言葉を切る。

そして視線を伊織へ移した。

 

 

「伊織は伊織で、中等部最後の試験で九条さんに勝って、今じゃある意味では一番意識されてる男子、って毅は言いたいんだよ」

「そう! それなんだよ!」

 

 

毅は何度も頷く。

光瑠の毅翻訳技術が冴え渡ってる。あれだけで細部まで読み取るのは凄いを、通り越す。これが付き合いの長さ故に、か。長さで言えば伊織も政近も同じなのだが。

 

 

「つまり!! どっちも羨まし過ぎるんだ!!!」

 

 

食堂中へ響きそうなほどの大声だった。

その熱量とは対照的に、伊織は落ち着いた様子で味噌汁を一口啜る。

静かに茶碗を置くと、ごく自然な口調で答えた。

 

 

「……僕の場合は、ほら、勉強を頑張ればいいんじゃないかな? 九条さんなら直ぐに意識してくれると思うよ」

 

 

何でもない、と言わんばかりに。

本人としては、本当に何気なく口にしただけだった。

学力で競いたいなら勉強する。

学業でもトップを目指してるアリサだから、間違いなく迫ってくるなら意識する。そして、抜いたともなれば、無視なんか出来ない。伊織自身が証拠だ。

ごく当たり前のこと、当然の帰結。

少なくとも伊織にとって、それ以外の答えは思い浮かばなかった。

だからこそ、余計な飾りもなく、そのまま言葉になった。

しかし。

 

 

「そんな簡単に言うなぁぁ!! チートやろうがぁぁぁ!!」

 

 

毅は机を叩き立ち上がりながら続ける。

 

 

「伊織、お前、自分が何言ってるか分かってるか!? ここ、日本最高峰の偏差値の学校だぞ!? その中でトップを取れって話を『頑張ればいい』の一言で、サラッとで、簡単に済ませるな!」

「いや、そう言われても……」

 

 

伊織は苦笑するしかない。

確かに、普通ならそうなのだろう。

普通じゃない事は自覚しているが、説明してあげるつもりもない。能ある鷹は爪を隠す、ではないが、能力とは秘するもの、なのである。

 

光瑠はそんな二人を見比べながら、小さく笑った。

 

 

「でも、政近の方は毎日怒られてばかりだけどね。愛称許されてるのも謎だし」

「あ〜……」

 

 

その一言で、場の空気が少しだけ変わる。

政近も頭を掻きながら苦笑する。

 

 

「まあ、それは否定出来ない。呼び方は流れでそうなったってだけで、大したことしてない。と、言うか伊織の学力向上の方がやばすぎて、こっちは霞んで消える」

「あー、そりゃそっか」

 

 

光瑠は肩を竦める。

毅は数秒だけ黙り込む。

真剣な顔で考え込んだかと思えば――

 

 

「馬鹿野郎!! 華麗にスルーしてんじゃねえよ! 毎日怒られる!? だと!!?」

 

 

勢いよく立ち上がりそうなほど机を叩いた。

 

 

「それが羨ましいんだろうが!!」

「…………」

 

 

政近は本気で言葉を失った。

伊織は参考書に視線を戻す。

 

 

 

 

 

「毎日話し掛けてもらえる!」

 

「毎日怒ってもらえる!」

 

「毎日会話出来る!」

 

「そんな生活、ご褒美じゃねぇか!!」

 

 

 

 

熱弁を振るう毅を見て、政近は椅子ごと数センチだけ後ろへ下がる。

無意識だった。

 

 

「……怖」

 

 

参考書見ながらも、伊織も右に同じ、と頭の中で呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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