距離を置きたいだけなんだけど   作:ろしでれ

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第8話 全部、計画通り?

 

 

政近が放った「アホか────────!」という叫びの意味は、結局、伊織にもアリサにも分からないままだった。

 

ただ、その後は有希は何事もなかったかのように作業へ戻り、政近もまた、それ以上何かを問いただすことなく、黙って近くの段ボールへ手を伸ばしている。

 

政近と有希、二人の間で、何らかのやり取りがあった。

分かるのは、その程度。

 

本人たちが話すつもりのない、と雰囲気で解らされた為、それ以上そこへ、わざわざ踏み込む必要もない、と判断したから。

アリサも少なからず有希と政近のやり取りには、気になっていたのだろうが、あのやり取りに関しては触れなくて良い、と解釈している。

 

 

だから一度だけ怪訝そうな視線を政近へ向けていたが、やがて何も言わず、手元の備品確認へと戻っていったのだ。

 

 

 

それからの政近は、妙に目覚ましい働きを見せた。

 

 

 

まるで何かを振り払うように。

あるいは、余計なことを考えないようにするためなのか。

高い棚から段ボールを降ろし、中身の確認が終われば、すぐに次の箱へ手を伸ばす。

先ほどまでの気怠げな様子はどこへやら。

頼まれた作業を、心を無にしたような表情で黙々とこなしていく。

 

 

「政近君、こちらをお願いします」

「ああ」

 

 

有希に声を掛けられれば、短く返して荷物を受け取る。

その隣では、伊織も自分に割り振られた範囲を順番に片付けていた。

 

 

「真田君、こちらは確認済みよ」

「了解です」

 

 

アリサから渡された備品を受け取り、記された番号と棚の表示を確認してから、指定された位置へ戻す。

 

ちゃんとした仕事。真面目にやっている以上、そこに邪な念は不必要。故に一糸乱れぬとはこのことを言うのか、と言わんばかりに優秀な4人は瞬く間な片付けていく。

 

 

 

1つを終えれば、次。

 

 

 

それを繰り返しているうちに、4人の間では自然と役割が出来上がっていた。

政近と伊織が棚から備品を出し入れし、有希とアリサが数量や破損の有無を確認する。

もちろん、最初から厳密に分担していたわけではない。

誰かの手が空けば、その場で必要な仕事へ回る。

確認を待つ箱が増えれば伊織がそちらを手伝い、重い備品が残れば政近が先に手を掛ける。

 

正しく連携プレー。即興パーティとは思えない練度である。

 

細かな指示を交わすことも、次第に少なくなっていった。

それでも、不思議なほど作業は滞らなかった。

むしろ、時間が経つにつれて効率は上がっていった。

やがて、通路の端へ積み重ねられていた段ボールが一つずつ消えていく。

 

乱雑に置かれていた備品は、それぞれ本来あるべき場所へ収まり、確認表の空欄にも次々と印が付けられていった。

最後に残った箱の中身を確かめた有希が、確認表へ印を記す。

 

 

「これで、一通り終わりですね。皆さん、お疲れ様でした」

 

 

その声を合図に、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。

伊織は手にしていた備品を棚へ収めると、一歩下がって周囲を見渡す。

整理された棚。

床へ仮置きされていた箱もなくなり、通路は作業を始める前とは比べ物にならないほど広く見える。

 

 

「予定より、かなり早く終わったわね」

 

 

アリサが壁の時計を見上げ、少し意外そうに目を瞬かせた。

 

 

「ええ。正直、ここまで早く終わるとは思っていませんでした」

 

 

有希も時刻を確認し、満足そうに頷く。

当初の予定では、もうしばらく掛かるはずだった。

しかし、突然の政近の目覚ましい働きに加え、伊織が加わったことで、作業は想定していた以上の速度で進んだ。

単純に1人分の人手が増えただけではない。

指示された内容をすぐに理解し、次に必要な動きまで判断できる者が2人増えた。

その差は、作業時間にはっきりと表れていた。  

 

 

「お2人とも今日は本当に助かりました」

 

 

有希が伊織と政近へ向き直り、柔らかな笑みと共に頭を下げる。

 

 

「ありがとう。2人とも、手際が良かったわ」

 

 

アリサも続けて礼を口にした。

 

 

「いえ、頼まれましたから。期待に応えられたのなら良かった」

 

 

伊織は小さく首を振る。

頼まれた範囲を片付けただけで、本人としては大層なことをしたつもりはない。

それでも、生徒会側からすれば、予定より早く終わったことには十分な意味があるのだろう。

 

 

「……ああ」

 

 

政近も肩を軽く回しながら、短く答えた。

本当に無心で熟すと時を忘れるのだな、と改めて実感した瞬間でもあった。間違っても自分はノーマル。二次元キャラも、月読も美少女。

 

有希のあの核兵器クラスの一撃は、本当に全てを焼き尽くしかねない。

そうならなくて良かった、と心底安堵する政近だった。

 

その時だ。

 

 

「なんだ、もう終わったのか?」

 

 

低く、それでいてよく通る声が、備品置き場の入口から響いた。

4人が揃って振り向く。

そこには、1人の大柄な男子生徒が立っていた。

高い身長。

制服越しにも分かる鍛えられた体躯。

堂々とした立ち姿には、不思議とその場の空気を引き締める存在感がある。

 

 

「会長、お疲れ様です」

 

 

有希が一歩前へ出て頭を下げた。

そう、彼こそが征嶺学園の生徒会長、剣崎統也である。

 

 

「予定よりも早く終わりました。こちらのお2人にも手伝っていただいたお陰です」

 

 

そう言って、有希は伊織と政近へ視線を向ける。

必然的に、剣崎と伊織、政近は目が合った。

 

 

「そうか」

 

 

目を合わせた後、は整理された備品棚を見回し、小さく頷く。

 

 

「これは助かった。まだ時間が掛かると思っていたんだが……見事に片付いているな。ビフォアーアフターとはこの事だな」

 

 

感心したように笑みを浮かべると、その視線が伊織と政近へ移る。

 

 

「君たちが、真田君と久世君か」

「はい」

「……どうも」

 

 

伊織は軽く会釈し、政近も短く頭を下げる。

 

 

「俺は高等部生徒会長、剣崎統也だ」

 

 

そう名乗ると、剣崎は2人へ右手を差し出した。

 

 

「今日は生徒会を代表して礼を言わせてくれ。本当に助かった」

 

 

生徒会長、と言う言わば絶対的存在と言っても過言ではない。この征嶺学園の、と言う枕詞がつけば尚更だが、そこには偉ぶる様な様子は一切ない。

生徒会長という肩書きを鼻に掛けることもなく、ごく自然に感謝を口にする。それはある種当然とも言える、当たり前とも言えることだが、権力と言うのは、人間を曇らせる。歪ませる。というのもまた事実。

でも、剣崎にはそんな空気は雰囲気は欠片も無かった。

その姿に、伊織は小さく目を細める。

 

 

「(なるほど)」

 

 

征嶺学園高等部、生徒会長。

その名前も、実績も、当然だが知っている。熱狂に包まれたあの選挙は近年稀にみる激戦であり、その背景も素晴らしく、中等部にも熱が伝わっていた。

 

だが、そんな渦中の、主人公と言ってもいい彼と実際に言葉を交わすのは今日が初めてだった。

実は近寄り難い人物なのかと思っていた節もあったが、認識改めなければならないだろう。そう────それは真逆なのだと。

 

 

そして堂々としている。

それでいて、高圧的な雰囲気はまるでない。

自然と周囲が安心して話せる空気を持っている。

 

 

だからこそ、人が集まるのだろう。

肩書きが人を作ったのではない。

この人だから、生徒会長として皆が付いていく。

そんな印象を受けた。

 

 

一方。

 

 

「(デカいな……)」

 

 

政近は別の意味で感心していた。

近くで見ると、その体格は想像以上だ。

広い肩幅。

厚い胸板。

制服の上からでも分かる鍛えられた身体。

加えて、どこか年齢以上の落ち着きを感じさせる雰囲気。

なるほど。

これだけの存在感があれば、生徒会長として多くの生徒をまとめているという話にも納得できる、と。

 

 

「ふむ。礼だけで終わらせるのも味気ないな」

 

 

各々が剣崎に対しての第一印象を頭の中で繰り広げていた間に、剣崎は腕を組みながら小さく笑う。

 

 

「時間もいい頃合いだ。よかったら、このあと飯でもどうだ?」

 

 

それを聞いた政近が一瞬だけ有希を見る。

嫌な予感しかしない。

一方、伊織も同じように剣崎へ視線を向けた。

突然の申し出に少し驚いたものの、その表情に戸惑いはない。

 

 

「もちろん、俺が奢る」

 

 

その一言に、その場の空気が僅かに変わった。

有希もどこか嬉しそうに微笑み、アリサは、どこか納得したように小さく笑った。会長らしい、と。

 

そんな空気が、2人の表情から自然と伝わってくる。

一方で、伊織は少しだけ目を瞬かせた。

突然の申し出。

しかも、生徒会長自らの奢りである。

ありがたい話ではある。

しかし──。

 

 

「(そこまでしていただく理由はない、かな)」

 

 

今日、生徒会の手伝いを引き受けた理由は単純だった。

放課後の予定が空いていた。

佐伯先生から頼まれた。

だから引き受けた。

ただ、それだけである。1時間程度の時間だし、最初から見返りを期待していたわけでもなければ、食事をご馳走してもらうつもりもなかった。

だからこそ、少し申し訳なさが勝ってしまうし、何よりやっぱり例のアレルギー反応も否定できないのもあって。

 

 

──色々と思考を巡らせていた時だ。

 

 

「いやぁお気持ちだけで……」

 

 

伊織よりも先に声を出したのは政近である。

 

打ち上げ、という意味では参加することはやぶさかでもないし、少しでもオタ友(伊織)をまた復活させられるかもしれないし、有希もその辺りは協力してくれる可能性が極めて高いし。

 

 

一見するとメリットが多そうに見えるのだが……それ以上に嫌な予感がするのだ。

 

 

後は単純に初対面の先輩にご飯をおごられるのは遠慮したいという思いもあったが、同時に嫌な推測が頭に浮かんでいた、というのもある。

 

 

元々、助っ人として有希に頼まれてここに来た。

そして、伊織もここへ来た。

 

既視感(デジャヴ)が凄い。

 

伊織自身は先生に頼まれた、と言われていたが……そこは嘘じゃないにしろ、妹が裏で画策していないと断言できないのだ。

 

 

その推測を肯定するように、有希が口を開いた。

 

 

「よろしいではないですか。いずれにせよ、家に帰ったところでご飯はないのでしょう?」

「有希……」

「うん? どうして周防が久世の台所事情を知っているんだ?」

 

至極真っ当な疑問。剣崎とアリサ、そして伊織からも向けられる疑問の視線に、有希は澄ました笑みで答えた。

 

 

「私は政近くんの幼馴染みですから」

「(いや、答えになってねーから)」

 

恐らくは政近だけでなく、この場にいる全員のツッコミだろう。

しかしながら、誰もが口にしないのは、有希の笑顔。アルカイックスマイルには、そんな無粋なツッコミを挟ませる余地を与えない迫力がある。

 

 

「それに、政近くんも来るなら、伊織くんも来やすいんじゃないですか?」

 

 

ニコリ、とこちらに笑顔を向けてくる有希。

この笑顔には、本当に否定する、させる事をさせない迫力がある。距離の詰め方、そして何より生まれ持った整った容姿に甘え上手な所、全て計算された動き。末恐ろしくもある。だからこそ、中等部では生徒会長を見事に勤め上げ、実績を残し続ける事が出来たのだ、と言える。

だけど、だからといって頷くのは少々……。

 

 

「いえ、お気持ちは嬉しいの────」

 

 

政近に続いて、遠慮の言葉を口にしかけた、その時だった。

 

 

 

 

「ごめんごめーん! 遅くなったなー!」

 

 

 

 

廊下の向こうから、弾んだ女性の声が聞こえてくる。

その直後、少し早足で備品置き場へ姿を現したのは、佐伯先生だった。

 

 

「佐伯先生、お疲れさまです」

 

 

有希が小さく頭を下げた。

頭を下げたことにより、有希の表情は誰にも見えなくなったが、その表情は笑っていて、『グッドタイミング!』と親指立てるような仕草をする雰囲気である。

 

 

「やー、職員室で先生方に捕まっちゃってて。真田の方には、頼んだの私なのに、来ないとかどうかと────およ?」

 

 

申し訳なさそうに笑いながら額へ掛かった髪を耳へ掛け直す佐伯は、そのまま備品置き場の中を見渡した。

 

 

「まさか、終わっちゃってる? もう?」

 

 

整理された棚。

綺麗に片付けられた床。

通路には段ボール1つ残っていない。

つい先程まで作業をしていたとは思えないほど、備品置き場は元の姿を取り戻していた。加えて書類の束は、廃棄品一覧を纏めているのだろう。

 

 

「はい」

 

 

有希が嬉しそうに頷く。

 

 

「真田君と政近君に手伝っていただいたお陰で、予定よりかなり早く終わりました」

「だとしても、早すぎでしょ。凄いじゃん」

 

 

佐伯は伊織と政近へ視線を向ける。

その表情には、教師としての安堵と、純粋な感謝が滲んでいた。

 

 

「2人とも、本当にありがとう。助かったわ」

「いえ。たまたま時間が空いていただけですから」

 

 

伊織は柔らかく首を振る。

 

 

「ま、まあ俺も暇だったし」

 

 

政近も肩を竦めながら答えた。

 

 

「それでも、よ」

 

 

佐伯は穏やかに微笑む。

 

 

「人手が増えるだけで全然違うもの。本当に助かったわ」

 

 

その言葉に、有希もアリサも静かに頷いた。

実際、予定より30分近く早く終わった。

その事実が、2人の働きを何より証明している。

 

 

「先生」

 

 

そんな空気の中、剣崎が口を開く。

 

 

「ちょうど今、皆で食事へ行こうという話になりまして、先生はどうです?」

「お? そうなの?」

 

 

佐伯は一瞬だけ嬉しそうな表情を浮かべた。

しかし、それも束の間。

すぐに小さく笑みを浮かべる。

 

 

「いいじゃんいいじゃん。でも、皆だけで行っといで。教師紛れてたら気ぃ使うでしょ? っていうのは表向きの理由で……これから会議入ってるから付き合えないんだなぁ」

 

 

カラカラも笑ったあとは遠い目をする佐伯先生。お腹は空かせてるんだろうな、とも思う。そして、あー、と剣崎も声を上げた。生徒会も忙しいが、当然ながら大人である教師陣の忙しさも半端ではない。征嶺学園とはそういうものだ。

 

 

「んじゃ、金だけは出してあげるかな」

 

 

大人として、と財布を出そうとした佐伯先生に、剣崎は手のひらを、向けて首を横に振った。

 

 

「いえ、これは俺が言い出したことですし、何より世話になったのは、我々生徒会です。礼をするのなら、生徒会の役目ですよ」

「……ほんっと、立派になっちゃって」

 

 

剣崎の目を見て、すっと視線を細めて感嘆するのは佐伯先生である。彼女もまた彼の、剣崎の成長と結果を見続けてきたからこそ、思うところがあるのだ。

 

 

「ま! 生き急ぎすぎて無理だけはするなよ? 老けるのも早くなるぞ。顔とか」

「ほ、褒め言葉として受け取っておきます」

「褒め言葉……? になりますかね?」

「微妙だと思うわ……」

 

 

老けるのも早くなる、とはなかなか褒め言葉もはとは言えないだろうが、それだけの速度で成長していってる、と深読みすれば……そう思わなくもないか? と有希とアリサは見合わせた。

 

そんなやり取りを尻目に、伊織は内心で頭を掻く。

 

 

「(……参った)」

 

 

政近が一度遠慮してくれた。だからそれに乗ろうと思っていたが、有希はその遠慮ごとその笑顔の迫力で押し流してしまった。

おまけに佐伯先生まで現れたことで、次のプランとして考えていた「実はこの後、用事があるんです」という逃げ道もなくなった。

時間が空いているからこそ、残ったんだし、ノータイムでOKを出したのを考えると、不自然極まりない。

気付けば、断るための丁重な理由が、1つずつ丁寧に塞がれている。無碍に拒否する事が出来ない性格も拍車をかけてしまっている。更に加えると、この人たちは皆が物凄く良い人、凄い人たちだから、というのもある。

 

 

「(……これ、実は全部最初から逃がす気なかったんじゃなかったり? やっぱり何となく、中学時代を思い出させる……)」

 

 

あの時は、有希は政近を側に置き、そして伊織もと色々手を回していて、結果的には政近は副会長。伊織は臨時のボランティア要員として手伝う形になった。

それを高校でもやろうとしているのでは?

と、チラリと有希に、視線を送る。

 

すると、その視線に有希も気づき、伊織の視線に笑顔と共に、返事と言わんばかりのウインクを返すのだった。

 

 

 

「よし! 話はまとまったって事で、周防と九条妹も一緒に来い。雑用を押し付けてしまった詫びだ。今日はお前たちにもおごってやる」

「ご馳走になります、会長」

「……分かりました。ありがとうございます」

「えぇ~マジですか。何か確定決定しちゃった??」

「ん。素直に受け取ろう。これ以上は無粋な気がする」

「まー、1人じゃないから、っていうのはオレにも当てはまるが……」

 

 

気付けば行く流れになっていた。正直政近はあまり気は進まないながら、頑なに拒否する気にもなれず。である。根っこの部分は伊織に通じるものがある。1人じゃなくて気が楽、と言うのは政近にはかなり当てはまるもの。それが遠くに行ってしまったように感じさせるヲタ友(伊織)ともなれば尚更だ。

それに、今回はさすがに参考書・教科書片手に食事なんてマナー違反な事はしないだろうし。

そういう意味では、有意義な時間になるかも? という期待値はあるのだが……それ以上に悪寒がぬぐえない。

 

「(これが生徒会長の剛腕さか……)」  

 

諦めの境地でそんなことを考えていると、振り返った有希にニンマリとした笑みを向けられた。どうやら、本当にこれが狙いだったらしい。

 

 

「(実はマジでBL疑惑を確信のものにさせるため、とか? いやいやいや、有希は間違いなく恋愛イベント熟したい! って感じだ。まさかの兄妹で取り合うような三角関係を、築きたい、とかありえないよな?)」

 

 

視線を送る。

すると、有希はこれまでと打って変わって真顔気味になる。

思考盗聴でもしてるのか? と戦慄しそうになる。

 

 

「(はぁ〜これが生徒会広報の策略か……。ここにアーリャが加わったとするなら、更にヤバい事になるな。まさしく、これがほんとのおそロシア……)」  

 

 

内心嘆息すると、政近はなんとなく流れで、隣を歩くアリサに目を向けた。

 

 

「……なに?」

「いや、なんとなく」

「なにそれ。理由もないのに女性の顔をジロジロ見るのは普通に失礼よ」

「ごめん」  

 

 

もっともな言い分だったので、政近は素直に反省して前を向いた。

 

 

「(これが生徒会会計の塩対応か……)」  

 

 

アホなことを考えながら、内心遠い目をする政近。

 

 

 

「Сердце же так колотится…」

──ドキドキするじゃない……。

 

 

甘い甘い、ボソッとなロシア語を聞いた政近は、人知れずぐふっ、と吐血するのだった。

 

 

一方、その少し後ろでは──。

 

 

伊織は隣を歩く有希へ、そっと視線を向けていた。

 

 

「……周防さん、もしかして、なんだけど──」

「はい?」

 

 

伊織の言葉に、有希は笑顔で小首を傾げる。

その仕草は、何も知らないと言わんばかりに自然だった。

伊織は一瞬だけその表情を見つめ──小さく首を横へ振る。

 

 

「……あ、いえ。何でもないです」

 

 

確たる証拠のようなものはない。

だが、中等部の頃のこの妙な既視感だけは拭えないのもまた事実。

気付けば逃げ道を塞がれ、気付けば流れへ乗せられている。そして、何より有希は距離の詰め方も頼み方も、何もかもが上手い。

そんな感覚が、今回もどこか似ていた。

有希は数秒だけ伊織を見つめると、ふっと柔らかく笑った。

 

 

「伊織くんは、少々考えすぎだと思いますよ」

「……そう、でしょうか」

「ええ」

 

 

それだけ答えると、有希は再び前を向いた。

数歩歩き、不意に、小さく付け加える。

 

 

「でも」

 

 

伊織が顔を上げる。

有希は前を向いたまま、穏やかな声で言った。

 

 

 

 

 

 

 

「私は、こうして皆さんと一緒にご飯を食べる時間、大好きです。それだけはお伝えしておきますね」

 

 

 

 

 

 

 

そう言って、歯を見せながら笑った。本当にまぶしい笑顔だ。

 

その笑顔は、夕暮れの柔らかな光よりも眩しく見えた。

政近はアリサを。

伊織は有希を。

それぞれ静かに見つめていた。

その眩い輝きに惹かれて、ここに来たのだろうか、と思わせる程に。

 

しかしながら、綺麗な花にはトゲがあるように。

 

こんな美しい話だけで終わることは無かった。

それはファミレスに到着し、それぞれの注文を終えて一息ついた、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「単刀直入に聞こう。2人とも、生徒会に入る気はないか?」

 

 

 

 

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