夜に咲く白い花 作:ももはね
冬、枯れ木が枯れて久しい晩冬。雪は降っていないけれど前日の雨の水溜りが凍りつき、校舎から校門へと続く煉瓦道の隙間がよく滑る日であった。それはとある中学校の校庭だ。三人の少女たちが居た。セーラー服を着て、鞄を持って、笑顔を浮かべながら三人が並んで歩いている。 黒い髪、茶色っぽい髪、黒い髪に薄らと緑の混じった少女たちである。
「……んん?」
「どしたの?」
「ねね、ミツハ」
黒髪の子が緑混じりに声を掛けた。
「なにー?」
「あっち何か居ない? あれ何か見える? ミツハって目良いでしょ」
緑混じり──ミツハは頼まれた通りに黒髪の指さす先を見つめた。
それは黒かった。黒くて大きくて、二メートルくらいか。全身が毛に覆われ、鋭い爪を持っている。後ろの二本足で立ちながらも酷く猫背で、二足歩行と四足歩行の中間みたいな姿勢だった。
一瞬、ミツハはそれが何か理解できなかった。だが、数秒を経て把握した。二人が危険だ、と。
この世界において黒く不気味な生物など、今や
「────魔物だ!」
その叫びに呼応するように、黒い生物──魔物は三人へと駆け出した。咄嗟に三人も魔物へ背を向けて走り出す!
「ま、魔物?! なんで?!」
「知らないよ! でもヤバいって!」
「み、ミツハ! ミツハなら殴ってなんとかできない?!」
「私のことなんだと思ってるの?!」
魔物の動きは早かった。自転車よりは早いだろう。とてもじゃないが、女子学生が走って逃げ切れるような速度ではない。周囲には逃げ込めそうな頑丈な建物はないし、助けてくれそうな『魔法少女』も見つからない。
必死に走る二人を見つめながら、ミツハは覚悟を決めた。できるかどうかじゃない。やらないと、二人が死んでしまう。でも魔物と戦ったことなんてないし、それどころか空手とか剣道とか武芸すらもやったことすらない。だから最初から倒すことは考えない。関節や顔面に一撃を与えて怯ませ、二人を逃す。自分だけならどうにかできる自信はあったから。
「二人とも振り向いちゃ駄目だからね!」
「え、ミツハ?!」
ミツハは鞄を投げ捨てるとその場で反転。身を屈め地面を蹴っ飛ばし、彼我の距離およそ三メートルを刹那で埋めた。魔物の顔面が手を伸ばせば触れる距離になる。だが、魔物は彼女のあまりの速さに反応をできていない。
そして、その隙を見逃す彼女ではない。拳を振り上げ────
その瞬間、何かが切り替わったのを彼女は感じた。
腹の底からナニカが湧き出す。溢れ出す。それは全身へと流れ出し、今まで感じたこともない勢いが全身に乗っかったような感覚に包まれた。
────狙いは一点、顔面に拳を叩き込む。地面を蹴った勢いを乗せ、体重を乗せ、覚悟も乗せる。よろしくば顔面が潰れてくださいと祈りも乗せた。
「ぶっ壊れろ!」
直後、ドッパン! という音と共に魔物の体が僅かに浮いた。
そして、バタリ、と倒れた魔物の頭部は酷いことになっていた。突出していた鼻は圧し折れ、右目は半分ほど飛び出している。舌はだらりと脱力し口からはみ出している。端的に言えば、どうみても瀕死だった。
「え」
動かなくなった魔物を見つめ、立ち尽くすミツハ。殴った右手が痛かったけれど、今はそれ以上に自分のやった暴力の結果が想像以上に想像以上だったので理解が追いついてしないのだ。
そんな彼女に、近くの物陰から頭だけを出した友人二人は冗談混じりの声を出した。
「…………前々からおかしいとは思ってけど、ミツハって本当にヒト?」
「み、ミツハ、秘密を知っちゃったからって私たちのこと殺さないよね……?」
「私のこと何だと思ってるの?!」
友達からの酷い言葉に思わずミツハは叫ぶのだった。
およそ八百年前、世界は『大暗夜』という大災害によって一変した。
世界中に『暗夜の霧』が溢れ出し、その霧の中から生まれた『魔物』によって人が殺され、霧に含まれる『魔力』によって文明が殺された。
その具体的な被害はわかっていないが、推測されるだけでも一億人近くが亡くなったとされる。なお、海外事情は未だ不明の為にこの被害推測は国内に限られたものである。
+ + + + +
「────あなたは魔法少女です」
その言葉に、
だけど、それはそうと言いたいことはあった。
「でも、魔法少女って生まれた時から魔法少女ってわかるんですよね? 私、もう十五歳! この春から高校生ですよ?!」
「それはそうなんですが……でも、ほら、検査の結果が出てますから」
「えぇ……?」
「田舎だと稀に良くあることらしいですよ。検査も管理も杜撰ですからねぇ」
「じ、自分で言っちゃうんだ……」
公務員から放たれる衝撃の怠慢。肩を落としながら、職員から渡された紙を見ると確かにそこには私が魔力を持っていること、引いては魔法少女であるということが証明する検査結果が記されていた。未だに信じられなくって自分の頬を引っ張ってみるけど、信じたくないことに痛い。痛いのだ。現実なのだ。嫌になっちゃう。
「まあ、そういうことですので……最寄りの『魔法少女組合』の施設に行って、そこで色々と説明を受けてきてください。後のことは、組合の方でなんとかしてくれますので」
「は、はぁ……その、持ち物とかってわかりますか?」
「それも、組合の方から指示があるかと」
定型通りの返答しか返さない職員にジト目を向けながら私は適当に返事を返すと、紙を片手にショボショボと帰路につく。
魔法少女。
八百年くらい前に現れた魔物という怪物と戦うことができる力を持った人間のこと。先天的な才能で、魔法少女は生まれた時から魔法少女で、後天的なそれは少なくとも今のところ存在していない。
魔法少女は生まれ持った『魔力』とか言うエネルギーの影響で凄く高い身体能力を持っていて、それが出生後数時間で発現するのと、大手の病院には魔力を検査する機械があるから今時は魔法少女の見逃しなんてほぼあり得ない……はず、だったんだけど。
「わたし、魔法少女だったんだぁ……」
裁判で有罪判決が出る確率は九割強だと聞いたことがある。だから、無罪なんてほぼあり得ないけど、絶対にないことはあり得ない訳で……まあ、私も、そういうことだったのだろう。あんまり納得というか、飲み込めてはいないのだけど。今まで普通のヒトとして生きて来たのだから、唐突にヒトじゃないとか言われても心も体も追いつかない。だのに、無情にも社会的地位は私を飲み込むのだ。
スマホで軽く調べてみると、過去にも私みたいな子は居たらしい。極端なのだと、成人後にわかった人も居るみたいだった。そして、その人のことを調べてみると、調べれば調べるだけ私と似通っていることがわかってしまった。
まず、田舎出身だということ。大きな病院がなくて、色々とテキトーだからそこで検査をすり抜けてしまう。次に、才能が乏しいこと。魔法少女特有の身体能力が発現すると言っても、才能がなくて弱々だったら気付きにくい。子狸の中に小熊を混ぜてもわかりずらいように。
あとは、確かに、私は普通のヒトというにはちょっと運動が得意過ぎたような気がする。五十メートル走とか、小走りでも全国大会上位くらいは出せてたし。あんまり興味がなかったから部活とかはやっていなかったけど、調子に乗ってやってなくってよかった。それで勝っても、ズルしてるみたいで一生の恥になるとこだった。
まあ、別に魔法少女だとわかったからなんだ、と言う話ではあるのだが。
昔も昔、大昔であれば、魔法少女は皆戦え、戦って死ね、みたいな風潮があったらしいけれど、今はもう、そういう時代じゃない。魔法少女の芸能人とか、戦える才能を芸能に浪費できる安全な時代だ。だから、驚きこそあれど私の人生そのものが大きく歪められるなんてことはない。
でも、それでも、魔法少女には決まりがある。国が定めた絶対の決まりが。
それは、学校は『魔法少女組合』が運営する魔法少女用の施設でなくてはならないということ。
魔法少女は身体能力が高過ぎる。あと……生まれ持った魔力の悪影響で、精神的に不安定になり易いんだったか。だから、普通のヒトの子供と幼い魔法少女が同じ場所で混ざり合えば、軽く押しただけで骨折させてしまう、なんて事故が頻発しかねない。だから、学校ではそれが完全に分かたれているのだ。合流できるのは大学からだったはず。
私は田舎で生まれ育った。
小学校も、中学校も……もっと幼い頃から、決して多くはないけど、すごく仲の良い友達たちと一緒に生きて来た。親友たちと、ちょっとだけ都会寄りの高校に一緒に受験して、皆んなで合格して、楽しく祝勝会をしたのは今でも記憶に新しい。
畑ばっかりじゃなくて、オシャレなお店とかのある町で、見知らぬ同級生たちの居る高校で青春を過ごすはずだった。友達の中には高卒で就職する子も居たし、最後の学校生活楽しもうって、約束してたのに。みんなも、先生も、合格を喜んでくれたのに、
「高校、行けなくなっちゃった」