夜に咲く白い花 作:ももはね
「ついに、お前たちにも魔物討伐の任務が下った」
皆の気が引き締まったのが感じられた。
ついに、そう。ついに来たのだ。
「加田含め、皆実践へ挑むのは初だな。緊張もあるだろうが私も同行するから不安になる必要はない。委細はここに書いてある。配るぞ」
魔法少女学校の学生は中等部までは魔力操作から魔法訓練までで、魔物との実戦はしないらしい。単純に幼いと危険からというのと、基礎的な技術がないのに戦闘に参加させることは本人は勿論周囲もまた危険に晒す可能性が高いから、という至ってまともな理由。なので、ヒトカたちも実はまだ魔物と戦ったことはないのだ。無論、魔法少女同士での模擬戦闘は何度も行っているので最低限以上の技術は身に付いている。
「任務の内容はよくある五級魔物、狼型の討伐。現地住民の通報で最低でも五体は確認されている」
魔物の強さを魔法少女組合は一部例外を除いて上を一級、下を五級の全五段階で判定している。これは『強さ』というよりも『危険度』であり、戦闘能力が低くても致死性の高い魔法や厄介な魔法を有している場合は階級が高くなる。勿論、強さが一つの指標であることは正しいが。
逆に言えば、階級が低ければ弱いし厄介な魔法も有していないということであり、五級ともなれば雑魚もいいところ。それこそ学生でもちゃんとやれたら簡単に討伐できるだろう。
一応、魔法具無しステゴロだけの平均的な魔法少女は四級程度であるらしい。(教本に書いてあった)。まあ、過去には素手の一撃で一級魔物を殴り殺した魔法少女も居るらしいのでピンキリの幅は凄まじいが。参考くらいにしかならない。
「向かうのはお前たち全員と私だ。最初の任務は回復魔法使いも同行することが多いが、今回は加田が居るということで不在となった。加田」
「はい!」
「お前の突貫癖は抑えとけ。回復できるお前が怪我したら冗談にもならないからな」
「ぅ、はい!」
ヒトカから勝ち誇ったような笑みが向けられる。くそぅ、さっき君に言われたばかりだもんね!
「日時は明日、朝の九時出発、現地入りは十一時。金満の魔法で索敵し、発見し次第討伐を開始する。金満」
「はい!」
「ちゃんと寝ろよ。寝不足で索敵が疎かになりましたとか言ったら相応に成績が下がるからな」
「は、はいっす!」
あー、サクは今日も夜まで漫画読んでたとか言ってたっけ……バレてるのかな。
「夏津路、場所は山だ。お前のことだから大丈夫だとは思うが、魔法で周囲を燃やさないよう魔法操作を慣らしておけよ」
「はい!」
「猿酒は……特にないな。いつも通りやれ」
「はーい」
「山吹、最近は小物の生成もやってるらしいな。良い傾向だ。山は木が多い。生成物の大きさには気をつけろ」
「はい」
「任務についての話は以上だ。次に──────」
+ + +
夜、ベッドに腰を掛け壁に背を預けながら窓越しの月を見上げていた。薄い白と金の混じった色で光る空の石。太陽系の地球に、ただ一人着いていく孤独だけど独りじゃない星。
「あのさ」
静寂を破ったのはヒトカの震える声だった。目を向ければ、床に座ってベッドに寄り掛かり、月にも負けない綺麗な色をした彼女が、でもそれより白い顔で俯いていた。
「明日の任務、怖くないの?」
上目で私を覗き込んだ彼女は酷く怯えているのが一目でわかった。
ヒトカは無愛想で口下手で、強気な態度ばかり取っている。でも、それが臆病な本心を隠すための鎧だということはもう知っていた。短い付き合いだけど、それでわかってしまう程度にはわかりやすい性癖だった。
「怖いですよ」
「じゃあ、どうしてそんな平気な顔してるの?」
ヒトカがわかりやす過ぎるだけで私も隠すつもりはないんだけど……言う必要はないか。
誤魔化すように苦笑を溢しながら私は今日の戦闘訓練を思い返した。
「ヒトカさんが居るから」
「……わたし?」
きょとんとした顔で首を傾げる彼女。元より見た目に反して子供っぽいところの多い彼女だが、そんな仕草をされるとより一層あどけなさが目立つ。
端的に言えば、かわいい。
でも、私は知っている。あなたの強さを。あなたの仲間を大切にする気持ちを。
「私より強くて、頭が良くて、綺麗なヒトカさんが居るんです。五級の魔物がなんぼのもんですか」
「……見た目は関係ないでしょ」
「気分的な問題です」
「あっそ」
訓練の時、私が怪我をしないように魔法を繊細に調整している姿を知っている。
レンたちが訓練しているのを横目に見ていて、危ない場面があると意識がそっちに向いちゃって正面の私が疎かになるのも知っている。
後者は欠点と言えばそうだけど、学生の内はしょうがないと思う。それだけ彼女の仲間に対する情が深い証だろう。
「怖いんですか?」
「…………怖くない、って言ったら、嘘になる」
迷子の子供みたいな声音。震える体は初春の寒さだけが理由ではない。確かに彼女は私より強い。訓練の経験も豊富。でも、怖くないはずがない。だってまだ十六歳の少女が、幾ら弱い敵が相手とは言え命のやり取りをするのだ。
考えてみれば、魔物を殴り飛ばしたことのある私の方が実践経験という意味では上なのかもしれない。あの時は怖がっている暇も考える余裕もなく、必死に殴っただけだから記憶はかなり薄れてしまっているのだが。荒治療というか、あれで成果を得てしまったから『今回もなんとかなるだろう』って自信があるのは否めない。
なら、余裕ある私が彼女を慰めるのは必要な行為なのかもしれない。
私は立ち上がるとヒトカに近づいた。
「今日、一緒に寝ましょうか」
「な、なんで?」
「怖いんです。それに……」
震える彼女の肩に手を置いた。
「寒くないですか? お布団、少なくて。一緒なら暖かいじゃないですか」
我ながら無理があるかな、とすら思う下手なお誘い。それに彼女は──。
「……うん」
あどけなく頷いた。
+ + +
翌朝、同じ部屋で私とヒトカは着替えていた。
汚れ一つない長袖の白のセーラー。皺のない長く黒い袴。腰にベルトを巻き、腰ベルトから更に胸、肩、背中へと伸びる
最後に私は肩ベルトに紐付きの留め具を、ヒトカは腰にそれを付けた。それぞれがそれぞれの魔法具の形状に合った作りになっており、後でそこに仕舞って持ち歩くことになる。
「ミツハ、鞄の中身の使い方は覚えてる?」
「簡易医療具と隠密用の黒い外套、あとナイフと携帯食料……でしたっけ」
「覚えてるならいい。お互いに軽く引っ張って簡単に落ちないか確認しよ」
「はいお願いします」
お互いにベルトや鞄を引っ張り、激しい戦闘や素早い移動をしても落ちないか確認をする。特に問題がなかったので、お互いに直すことはなくすぐに離れた。
「……ふぅ」
制服を着るのにはもう慣れた。だけど、魔法少女として任務を受けるための……『装備』としての一式にはまだ慣れない。同じ制服なのに、ベルトや鞄を着けただけで全く別の装束のように感じた。
魔法少女は『暗夜の霧』という暗闇の中で活動することが多い。上が白い服なのは仲間同士で見つけやすいように、下が黒いのは魔物から見つかりづらいように。移動するときは外套を被って白いのを隠して、戦闘時には外すとかなんとか。
もっとも、今回は真昼間に外を出歩く魔物を討伐しに行くので外套の出番はないが。
何はともあれ、準備が終わった。此処に居る必要はないし、居られる名目も無くなってしまった。
「じゃあ、行きましょうか」
「……すぅ……はぁ……うん。行こう」