夜に咲く白い花 作:ももはね
大きな車体、大きなタイヤ、舗装されていない野道も豪快に走ることができる装甲車。魔法少女組合の所有する耐魔装甲車両の一つに私たちは搭乗していた。運転席には沖菜先生が、後部には横並びで五人は座れる横長い席が向かい合って一対あるので、私とヒトカ、対面にレンとサクとアオコが座っていた。
先生含め、レンたちも同じ組合の制服を着ていた。
「……山吹」
不意にレンがヒトカの名前を呼んだ。反射的に二人を見ると、気まずそうだけどしっかり相手を見るレンと、頬を強張らせながら私を見るヒトカがいた。サクとアオコも驚いた様子で二人を見比べていた。
「……なに」
「アタシらの中で近接が一番上手いのはお前だ……任せたぞ」
どう答えるのだろうか。ちゃんと答えられるだろうか。
「……うん」
頷くヒトカ。だけど、その視線は変わらず此方を向いていた。
これは……よくない。せっかく、やっとレンが勇気を出して歩み寄って来てくれたのに、ここできっかけを掴めないともう二度とどうにもならなくなってしまう。そんな予感がした。
「ヒトカ」
「っな、なに?」
少し驚いた顔の彼女。そう言えば、名前を口に出して呼び捨てするのは初めてだったか。
「前、レンさんをちゃんと見て、ちゃんと答えてください……このままで、本当にいいんですか」
「それは……」
座っている体を彼女に寄せて、膝上で組まれていた手の片方を奪い取る。手を繋いでやれば、もう逃さない。
「ぅ、わ、わかったよ……なつ……レン!」
「……なんだ」
「前は私が居るから……後ろは、ちゃんとやってよね」
言い方がちょっと悪過ぎるな。
言葉選びが下手だとは知っていたが、この後に及んでその選択は彼女がどうしようもなく不器用なのだと思い知らされる。
「……はぁ」
レンは呆れたような息を溢しながら小さく笑った。きっと彼女も私と同じように内心で悪態を吐いていることだろう。呆れ半分、微笑ましさ半分で。
「……ヒトカさん……………」
「っな、なに、言ったでしょ」
「いえ……まあ、うん。何も言えません」
何か言ってやりたかったが、多分何を言っても無駄だ。そういう性根だ。私も溜息を吐きながら口を閉じる。
だが、彼女は何をどう受け取ったのかはわからないが、続いてサクとアオコにも目を向けていた。
「ふ、二人も……頼んだから」
「言われるまでもないっす」
「まっかせてー」
サクは目も合わせず機嫌が悪いのを隠そうともしていなかった。だが、アオコは笑顔で手を振っていた。前途多難というか、サクとヒトカが歩み寄るにはしっかりと謝罪しないと駄目そうだった。その点、アオコは隠しているのか本当に気にしていないのか。有難い話であった。
初めての任務、魔物討伐。今日は厄日だと思っていたが、存外良いことがありそうな予感がした。
+ + +
目的地に着いた。場所は畑が近くにある鬱蒼と茂る山であった。その麓で車を停めると先生は後ろの私たちに顔を出して指示を下した。
「全員降りろ。任務開始だ。いいな、ここからは何時何処だって魔物が襲ってくると思え」
各々が返事をしながら車を降りる。その途中で全員が手を一度は魔法具へと遣っており、即座にそれを抜けるように調整していた。私も気を引き締める為に調整し、帽子を深く被り直す。
「初回だから今回は私が指揮を執る。が、以降はお前たちの中から隊長を決めてやってもらうこともある。だから今回である程度は覚えておけ。まず金満、昨日言った通りお前の索敵からだ」
「はいっす」
サクが目を閉じ、深呼吸をした。次に開かれたその目は茶色っぽい金色、真鍮みたいな色彩に発光していた。彼女は暫し周囲を観察する。遠くは勿論、近くも木々で視界の通りは悪いはずなのにそれを感じさせない動きで視線を動かして行く。
確か、サクの魔法は魔力の動きを視認できるようにするものだったか。薄い壁などなら透視できるとも。この程度の環境なら問題なく索敵できるのだろう。
「魔力の流れ及び標的、見えないっす。索敵を継続、移動を始めるっす」
先頭を進むサクに続いてヒトカ、レン、アオコ、私、そして先生の順で山を歩く。周囲に私たち以外で物音はしない。視界も悪い。魔物を探すのはサクに任せるしかないけれど、もしも彼女が見逃してしまった時の奇襲を警戒することくらいはできる。さっさと魔法具を抜くと、それをいつでも振るえるように心構えをした。見れば既に他の皆は構えていた。私が遅かった。
春先の肌寒い空気。見知らぬ山。いつ何時魔物が襲ってくるか不明な不安。まるで心臓が縛られたみたいに胸が痛い。緊張で冷や汗が出ている。
でも、きっと一番前で道を進むサクはもっと怖いはず。なら、私も頑張らなくちゃ。
歩き始めて十分程。アオコが周囲を確認するように眺めた。
「通報のあった地点はここかな。目撃者が向こうの畑、そこから此処に居た魔物が見えたらしい。この辺が棲家になっている可能性があるから、サク、索敵を重点的に」
「了解っす…………あ、うんちだ。やっぱこの辺に棲んでるっすね」
うんちも魔法でわかる、のかな? わかんないけど……もしかして、サクって学校で魔法を使ったらトイレ周りだけピカピカして見えるのかな。だってあそこのトイレなんて魔力持ちの魔法少女しか使わないだろうし。
下らないことを考えているとちょっとだけ気分がマシになった。改めて耳を澄ませ、目を尖らせ、魔法具を強く握る。
「……んん? あれ、いや…………」
「どうした?」
「この先、なんかおかしいっす。膜みたいな魔力が広がってるっていうか……その……土地全体に魔力が浮いてるんす」
「……魔物が魔力を撒いてるってことか?」
「……多分?」
その時、先生が剣を抜くと一人で前に出た。まるでそこから先を封鎖するように。剣呑な雰囲気、怒りと困惑が混ざった空気が漂い始める。
「金満、その話は本当か?」
「あ、はい。多分っすけど」
先生は道の先を見つめた。 暫くして、彼女は「念の為、か」と呟きながら視線はそのままで体だけを少しだけ此方へ振り向かせた。
「…………今回の任務は中止だ。情報が間違っていたか、新しく湧いたかは知らないが私たちの手に負えない相手の可能性が高い。すぐに退くぞ」
「あ、ちょ、先生?」
「いいから退くぞ。急げ」
淡々と、粛々と、決して声を荒げず。そんな冷静さの証のような声が先生から放たれた。
皆、動揺しながらも何かあったことは把握したようで、体の向きを変え来た道を戻り始めた。隊列はさっきのまま、向きだけが変わる。私は周囲を警戒しつつも後方の先生へと声を掛けた。
「先生、何がありました?」
「……確実ではない。だが、此処に居るのが五級ではなく二級の可能性が高くなった。それも、お前たち新人に対して特に相性の悪い相手だ」
「その正体は?」
「魔物の中には噂や伝承に対する感情が魔力に影響を与え、形を得た存在である『幻想魔獣』というのが居るの知ってるな?」
「はい。授業で。強力なのが多くて、最低でも二級以上だとか」
まさか。
「こう言った人気のない山で縄張りの如く魔力を撒き散らす……その特徴に当てはまるのは幻想魔獣『送り狼』。二級だ。魔獣にしては比較的出現率も高いから可能性が高い。魔法は自分の移動経路に魔力を撒き、その全てを『縄張り』とすることで任意の瞬間に縄張りの何処にでも瞬間移動ができるというもの」
「対処方は?」
「身体能力はそこまで高くない。山吹か加田なら正面なら勝てるだろう。問題の瞬間移動だが、移動先の空間に歪みが出るから観察すること。物が在る場所には移動ができないから背後に仲間を置いて後ろを取られないように注意すること」
「了解です」
「金満、この辺りには魔力が撒かれていないんだな?」
「はいっす」
「なら、まだ縄張りじゃない。だから魔法による移動は使えないはずだから、来るとしたら直接走ってくるはず。無論、これは送り狼が相手ならという前提であってまだ敵の正体は不透明。警戒は怠るな」
大変なことになった。弱い魔物を狩りに来たはずが、まさか強力な魔物だった可能性が出てくるとは。皆、泣き言一つ言っていないが表情が固くなっていた。私もだ。
「幻想魔獣は強いが発生率は低い。通報にあった五体の魔物全てがそれというのは考え難い。瞬間移動したそれを五体と見間違えたか、他で五級が居たか。どちらにせよ、送り狼は居ても一体。遭遇した場合、それは最優先で私が狙う。同時に複数体遭遇した場合、雑魚は皆に任せるぞ」
基本的に魔物が現れた場合、三級以下なら魔法少女さえ現場に到着すれば問題なく事態は解決に向かうとされている。それはつまり、魔法少女は最低でも三級を余裕を持って討伐できる戦力があるということ。
だが、二級からは話が変わるのだ。
三級までは〇〇型魔物と呼ばれて、普通の生物に似た外見に単純で弱い魔法の魔物ばかり。しかし、二級からは他の生物とは乖離した異形に、厄介で殺傷能力の高い魔物が増える。組合も三級と二級の判定の間には明らかな壁を設けているのが誰にだってわかるほどあからさまに危険度が異なっている。
「三時方向何か来るっす!」
サクが弾けるように叫んだ。咄嗟に皆が指示された方を見る。私も一瞥した後、すぐにそこ以外へと目を向けて警戒を怠らない。
特に怪しい物が見られない。とりあえずはサクの見つけた物への対処を優先しよう。
そこに居たのは大型犬ほどの黒い魔物が三体。間違いない。狼型、五級だ。
「猿酒、魔力弾で牽制しろ。最悪当てなくていいから近づけさせるな。夏津道、多少は時間を掛けていいから確実に撃ち抜け」
「「了解」」
先生が指示を出す。
アオコが機関銃を魔物の足元へと連射する。数発は足元に当たっているようだが致命には至らず、しかし牽制にはなっている。その隙にレンが手早く頭を三発で撃ち抜いた。
「金満、他は? あと魔力残量報告」
「み、見つからないっす。魔力は……多分、今の全開状態でもあと十分くらいはいけるっす」
「じゃあいい。先を急ごう。山吹と加田は奇襲警戒。いいな」
「わかってます」
「はい」
案外、魔物って簡単に倒せるんだ。
少し前に素手で殴り飛ばした私が言うのもおかしい話だが、魔法具さえあれば弱い魔物なんて文字通り片手間で倒せてしまう現実に呆気なさを感じていた。
「っ止まって」
不意にサクが皆を制止した。似合わない硬い表情の彼女は目線を動かさず何処か遠くを見つめていた。
「何か、デカいのがいるっす。形は狼型っぽいけど、大きさが二か三周りくらいデカい」
「くそ、出たか」
先生が吐き捨てながら一番前に立つ。何度か深呼吸をした後、その髪や目が紫色に光り始めた。
「私が相手する。お前たちは刺激しないよう慎重にこの場を去れ。万が一縄張りに入ったら円を組んで背後に隙を作るな。わかったな」
「っ先生は大丈夫なんですか?」
思わず聞いてしまった。
「……お前たちが逃げ終わったらすぐに逃げる。少なくとも、お前たちに心配される謂れはないさ」
先生は覚悟している人だった。
そりゃあ、そうだろう。私みたいに魔法少女だからって此処に居る訳じゃない。卒業したら安全な一般企業に行こうって思ってる訳じゃない。見知らぬ誰かの為に命をかけるなんて無理だと思ってもいない。先生は、自分の意思で戦場に立っている人だ。その意味が初めて理解できた。
「来るっす!」
サクの叫びに呼応するかの如く、先生が飛び出し──木々の隙間からボロ切れを纏った二メートルほどの狼が姿を現した。
+ + + + +
沖菜は優秀な魔法少女であった。
魔力量、出力、単純ながら強力な身体強化魔法への適正。それら魔法少女としての才能に限らず、純粋な人間としての運動能力にも優れていた。だが、過去に仲間を庇って腹部に重傷を負っていまい魔力器官を損傷。後遺症として魔力量が元の半分以下となり、魔法少女としては半身を失ったも同然となった。
魔力量が減ったことで、戦闘継続時間は減った。出力を上げればすぐにガス欠するからそれも難しい。だが、逆に言えばそれ以外は過去と然して変わらない優秀な魔法少女である。
問題があるとすれば──。
「ちっ」
沖菜の剣と送り狼の爪が交差する。直後、送り狼の姿が掻き消え、沖菜は怒りを溢した。
送り狼の持つ魔法は移動経路を縄張りとし、任意の瞬間・任意の地点への瞬間移動を可能とする。その性質から送り狼は背後からの奇襲を好み、正面から相対した場合には一度退いて再度背後からの急襲を狙う傾向を持つ。
つまり、一対一で正面から倒そうとすれば何度も何度も逃げられて時間が掛かるのだ。
それは戦闘可能時間に短い制限時間のある沖菜にとって不利に働くこととなる。
それどころか、こうしたヒットアンドアウェイによって送り狼は移動を繰り返し、縄張りを広げ、移動先が続々と広がっていく。
もし面の制圧力を……もし速攻の超破壊力を……そんな魔法少女がいれば、または沖菜に後遺症がなければ簡単に対処できる相手であったが、相性が悪いのだ。
送り狼が飛びかかる。沖菜が斬り返し、首を落とす寸前に姿が消える。丁度間合いの外に転移することもあれば少し離れた木々の裏に転移することもあり、付かず離れずの攻防。それが十度ほど続き、早くも沖菜の周囲五メートルほどは全てが『縄張り』になっていた。
その間、既に二回は沖菜は背後を取られていたが素早い反応でそれすらも去なしており、彼女の体力と魔力さえ保てば千日手となるだろう。少なくとも、攻めるにせよ受けるにせよ、移動せず縄張りに滞在し続けている間は沖菜から事態を動かすことはできない。それだけは確かであった。
「(縄張りを出るか? いや、それで彼奴の注意が学生に向くのは避けたい。こうも執拗に私を狙い続けているのが私が縄張りに居続けているからだったら出るのは悪手。やり辛いが、仕方がない)」
幸いにも、物音を立てないようジリジリとこの場を離れて行く学生たちではなく孤立する沖菜を送り狼は狙い続けている。故に、時間さえ稼げれば学生全滅という最悪の敗北だけでは回避できる。
その時、二体の狼型魔物が学生たちに近づいた。
「狼型二体来てるっす」
「サクお前は右を狙え。左はアタシがやる」
釣り合った天秤のような膠着を揺らしかねない変則を排除すべく、レンは狙いを定めると素早く頭を撃ち抜く。サクも少し遅れて────
「っやば」
「馬鹿!」
────外した。
思ったより伸びた。切りどころが難しい……文章的にも負傷的にも……。