夜に咲く白い花 作:ももはね
でもせっかくだし時間を合わせたかったのよ
ヒトカが寝てしまってから時間は流れ、私もうたた寝していたら夕方に入っていた。そんな頃、ガラガラと扉の開く音と共に白衣の女性が入ってくる。知らない顔だけど、看護師だろうことはわかる。
「あら、加田さん。起きたのね。呼び鈴鳴ってないからまだ寝てるのかと思ってたわ」
「……友達が、来てましたので」
告げると、看護師は不思議そうな顔でベッドを覗き込みあどけない寝顔のヒトカを見て目を丸くした。
「とも……あら、もう、怪我人のベッドで寝るなんて」
「すいません。私が一緒にって誘ったので」
「その子だけじゃありません。貴方こそ、怪我人なんだからしっかり寝ないと駄目じゃない。回復魔法じゃ血は作れないんだから、ちゃんと寝ないと治るもんも治らないのよ。怪我人病人は休むことが仕事なんだから」
「あはは……」
そんなことを言いながらも、職業柄か、はたまたヒトカを起こさないように気を遣ってくれているのだろうか。看護師の静かで落ち着いた声が有難い。
話をしながら、看護師はてきぱきと私のベッドの傍にある機械の操作を始めた。何をしているのかはわからないが、寝たままの人と起きた人とでは何か変える必要があるのだろう。
「この後、お医者さんを呼んでくるからそこで色々とお話を聞いてくださいね。あと、多分、色々とお話とか確認もするだろうから、それまでに、その子は起こしといてくださいね」
「はい。わかりました」
「まあ、怪我は殆ど治ってるらしいからすぐに退院はできると思うけど、もう無理はしちゃいけませんよ」
看護師の微笑ましい
「心配、してたでしょうから」
「……それは、はい。気をつけます」
看護師はぺこりと頭を下げた後、早足に病室を去って行く。仕事ができそうな人だった。
それから、私はヒトカへと目を向けた。
壁に背を預けベッドに座っている私、その足に抱きつくように眠っている彼女。
「……ヒトカ、起きて」
囁くように声を掛けながら肩を揺さぶる。反応が無くて、二度、三度、四度と繰り返す。そして漸くお姫様は瞼を動かした。
「ヒトカ、起きた?」
「……ぅ、んん……おきた、よ……」
寝言みたいな声音。
「起きてないよ。ほら、起きて」
「んぅ……わかった」
目が、開かれた。
「……あ」
「おはよう」
見開かれた白金色と目が合った。月みたいに綺麗な瞳は震え、何度か瞼に隠れたかと思えば新月のように隠された。そして、顔面ごと私の腿へ押し付けられた。髪の隙間から見える白い耳は、今だけは赤く染まっていた。
「あ、あな……みつは、は、はず、恥ずかしくないの……?」
何が、とは聞くまでもない。一緒に寝て、寝顔を見られて……まあ色々と。気丈な態度を見せたがる彼女にとっては、この病室での全てが恥部のような物なのだろう。そして、これまたそれを隠そうとしているのかはわからないが、現状の状態で以て私にまで羞恥へ巻き込もうとしていた。
「お誘いの前に恥ずかしいところを見られてたらしいので気になりませんでした」
「は、恥ずかしいところ?」
「勝手に人の胸を見たんですよね。変態さん?」
「む、胸って……あ、ちが、そう言う意味じゃ、変な目的じゃないから!」
ヒトカがガバっと顔を上げた。真っ赤な頬は羞恥と混乱に染まっていた。
いやまあ、変な目的じゃなけりゃ良いってことでもないと思うけど。言い訳になってないでしょ、それ。
「組合ってもしかして、皆が平然と裸を見せあったりしてるんですか?」
「違う! お、幼い子たちは皆一緒にお風呂入ったりするけど、大きくなったらしないし!」
「え、じゃあヒトカってばやっぱり変態じゃないですか」
「ち、違っ……ううぅ!」
あ、天然だったんだ。改めて考えるとおかしいって自覚はあったんだね。てっきり、組合の魔法少女たちは皆、裸でお祭り開ける羞恥心皆無の愉快裸族かと思っていたのに。
それはそうと、やはり錯乱状態の彼女を独りにしないで良かった。変なことをしていたやもしれぬ。
「ふふっ」
「うぅ……」
再びヒトカは私の腿に顔を埋めて隠れん坊してしまった。
あらら。
ガラガラ、と。扉の開く音と共に看護師とは違う白衣の──医者が入って来た。
「……あー、今大丈夫ですかね?」
「はい。平気です」
顔を埋めたままプルプルするお姫様の頭を撫で、私は医者の説明に耳を傾け始めた。
+ + +
包帯を外して怪我の痕とその説明、私が軽く体を動かして異常がないことの確認、そして明日になれば大きな機械を使って全身の検査をして、そこで問題がなければすぐに退院できると言われた。
「……ところで、そちらの方はどうされますか? 宜しければ毛布などお貸ししますけど」
「え」
ピクっと肩を震わせたヒトカが私を見る。青白い顔、まだ隈がある。昼頃よりはマシになったけど……不安だ。今のヒトカを独りにしたら、どうにかしてしまうのではないか。だから、そうはしたくなかった。
「貸してください」
私が答えた。
「え」
「わかりました。では、後で他の者に持って来てもらいますね」
医者が答えた。
「え」
こうして、ヒトカは泊まることになった。
医者を見送りその足音が聞こえなくなった頃、ヒトカが不満げに睨んでくる。
「どうして勝手に答えたの?」
独りにしたくない……そう言ったら、彼女は素直に居てくれるだろうか。いや、そうはならない。
「……お話、したいことがありましたから」
「…………そっか」
「……はい」
ちょっと気まずい沈黙の中、ぽつりとヒトカが呟いた。
「……話し方、楽なのでいいよ」
相変わらず口下手なお姫様だった。
「……そうですか?」
「……うん」
「じゃあ、うん。わかった」
+ + +
同じベッドで私たちは並んでいた。並んで横になり、揃って天井を見上げている。
実はちょっと恥ずかしい。でも、独りにしたくないし、やっぱりお話したいこともあったから、強引にでもヒトカを引き留めたかった。どう切り出そうか悩んでいると、いつ間にかすっかり夜も更けてしまった。春先の夕方はいやに短い。
深夜、月明かりの下でヒトカがぽつりと呟いた。
「ねぇ、起きてる?」
「はい、起きてますよ」
「……怪我のこと」
「うん」
「怪我させて、ごめん。でも、庇ってくれて、ありがと」
「……はい。どういたしまして」
やっとお礼を言ってくれた。
嬉しくってヒトカへちらりと目を向けたら、あっちもこっちを見ていて一瞬だけ視線が絡む。だけど、あっちが飛び跳ねるように逸らされてしまった。
「……前さ、初めて会った時さ」
「うん」
「やらないで欲しいこと、やって欲しいことの話、あったよね」
「ありましたね」
「今、さっきの……ごめん、より、ありがとう、の方が言い易かった」
「そっか」
「だから……その、ありがと」
「どういたしまして」
ヒトカを見ることはできない。なら、代わりにと月を見た。少し欠けたそれは、それでも十分に美しくて、心が浮ついている今はいつもより近くに在るよう感じた。
「……ねぇ、聞きたいことがあってさ」
「なに?」
「二つ、あってさ。聞いていい?」
「何かを言ってくれないと、わからないよ」
「……どうして、私に優しくしてくれるの? 私、結構、その、酷いことしてるよね」
「自覚あったんだ」
「……ごめん。あと、その……お話ししたいことって、なに?」
少し悩んで、私は先に聞きたかったことを聞くことにした。
「ヒトカは……家族って、どう思ってる?」
いつの日か、レンから禁じられたことを口にした。
すると、意外にも怒った気配はなくて、むしろあちらから意外そうな声音が返って来た。
「…………アオコのこと、レンたちから何か聞いた?」
「家族に関することは聞いちゃ駄目だよって言われたくらい。詳しいことは何も……聞かない方がよかった、よね?」
「……まあ、別に……」
沈黙の後、ヒトカはぽつりと語り始めた。
「私の名前、『ヒト』に『ハナ』って書いて『ヒトカ』でしょ。これは私が生まれる前に付けられた名前らしいくて。魔法少女なんて化け物じゃない、人間で、ヒトに産まれてくれってお祈りの意味らしいの。十歳くらいの頃かな。お母さんから手紙が送られて来て、そう書かれてた」
「……」
「あと、どうしてヒトに産まれなかったんだ。どうして化け物なんだ。お前のせいで人生めちゃくちゃだ。って」
ヒトカはやけに魔法少女を化け物だと、魔法少女を……いや、魔法少女である自分を嫌っているように感じていたが、まさかそんな理由があったとは。
「最近さ、魔法少女のこと嫌ってる人って多いらしいよね。私の親、というか地元がそういう集まりらしくて。手紙が来るまで親のことなんて何も知らなくて、でもアオコの両親みたいにいつか会いに来てくれるんだって思ってて、でも、私は家族に愛されてなかったんだって」
「…………」
「そんな時にさ、アオコが家族と幸せそうにしてるのを見ちゃって……その、つい……アオコは化け物だって、それを可愛がってる両親も頭が可笑しいって、言っちゃって……最低だよ。わたし」
否定はしない。何も悪くない人たちに酷いことを言ったのは事実なのだから。でも、同情はしてしまった。
だって……しょうがないじゃないか。
十歳なんて多感で、思春期で、色々と悩みも多い時期に……『いつかは』と信じていた自分の親から、酷いことを言われたのだから。少しでも整理する時間があれば、少しでも瞬間が違えば。少しは展開が違ったかもしれない。ヒトカが悪いのは間違いないけれど、ヒトカだけが悪いとは思わない。
「だから、家族は……よくわからない。アオコのを見てたら、幸せな物だって思えてた。でも、実際にはそうじゃないのもあるんだって。知っちゃったから」
「……そっか」
思い返すのは、私の両親。私の実家。
「多分、似てるんだね。私たち」
「……似てる?」
「うん。私さ、お母さんに……嫌われてたの。理由は……ヒトカと一緒かな」
違うのは、私は生まれつき魔力操作に秀でていたこと。無意識の内に魔力を抑え、身体能力を一般家庭でも育てられる程度にまで下げていた。それは、私自身にすら魔力を認識させない域にまで達していた。
それでも尚、超人的な身体能力の片鱗はあった。あったのだ。ヒトから見れば、化け物と同じ脅威のそれが。
「普通に考えて、魔法少女でもないのに垂直飛び五メートルはおかしいもんね。検査するかって話になった時も、思い返せばお母さんの拒絶っぷり凄かったし……地元の人たちにバレたら村八分されるって思ってたのかも」
「……そう、なんだ」
「薄々ね、愛されてないなってのはわかってたの。だから、実家を出たかったし、おかしな体の私を受け入れてくれてた友達がすっごく大好きだった」
家族を知らず、家族を求め、家族に厭われていたヒトカ。
家族を知り、家族と嫌いあって、家族から逃れようとした私。
逆なようで、近いと感じた。
思えば、私は妙にヒトカに惹かれていた気がする。愛されていないというのは、酷く寂しいから。寂しい者同士冷えた体を温め合うのにぴったりで、心地良かったのかもしれない。
「優しくしたのは……多分、似てたから、ヒトカに優しくすることで自分を慰めてたのかも。あと……まあ、うん。すっごく無愛想で口下手で、なのに頼み込めばすんなり聞いてくれるヒトカが面白かったから、かなぁ」
「私で遊んでたの?」
「良い人だって思ったの。不器用だけど優しい人なんじゃないかってさ。皆と喧嘩しちゃったのも、きっと理由があるんだって」
目を瞑ればすぐにでも思い出せる。新生活、魔法少女、ただでさえ色々な不安があったというのに、教室一の問題児が寮の相部屋だなんてどんな悪夢かと思った。でも、蓋を……いや、戸を開けてみればすごく可愛らしい相手だった。
「……それで、お話って?」
「ヒトカがね、さっき寝言で『ママ』って言ってたの」
「嘘」
「本当」
「嘘だよ」
「本当」
「……うそじゃないの?」
「ホントだよ。私の足に抱きついて、足を揉みながらね」
「……変態」
「そっちがね。それでね、ほら……今日、あ、今日じゃないかも。送り狼で、私が死にかけたじゃないですか」
「きょう、じゃないや。日付変わったから昨日だよ……あと、ごめん。それとありがと」
まだ丸一日は経っていなかったらしい。思ったより寝てなかったのか私。
「それで、魔法少女って、戦うことって、やっぱり危険なんだなって。多分、やっと本当の意味で理解できた」
あと少し攻撃がズレていたら、あと少し私が遅ければ……もしも誰も先生の窮地に気づかなければ。誰かが死んでいた。死が身近にあった一日だった。誰がそれに手を引かれるのかはわからなくて、あるいは全員が連れて行かれるかもしれなくて。私が肩を掴まれて、でも生き残った。それは所詮結果論でしかない。
「なにより、死ぬのって簡単なんだなって」
「……うん」
「さっき見たヒトカが、本当に酷い顔でさ。あのまま逃しちゃうと……死んじゃうんじゃないかって。怖かったの」
「そんな顔してた?」
「半分お化けだったよ」
「……酷くない?」
「酷い顔だったね。でも……」
体ごと横へ、ヒトカを見る。ヒトカは仰向けのままだったけど、顔だけがちらりとこちらに向けられた。不満げな顔、でも目が合った瞬間に気恥ずかしそうに逸らされる。
一瞬だけ見えた白金色の瞳、月明かりを反射してもう一つの月みたいに綺麗だったそれを、思い返しながら囁いた。
「もう、大丈夫そうかな」
「……死のうなんて、思ってないよ」
「嬉しい。杞憂だったけど、結果論だからね」
「最初からだよ」
「うん。でも、後に悔いるって書いて後悔だから。そうなりたくなかったの。我儘でお泊まりさせちゃって、ごめんね」
「……」
がさり、と。ヒトカが体ごと私へ向かった。
赤い頬。青白い月光に照らされているのに、夕日を浴びたあの時よりも赤くって、生気を感じた。間違いなく、生きてるって顔。それは葛藤に皺を寄せていたけれど、きっと悪い意味ではないのだと一目でわかった。
「……その、さ」
「……?」
「ごめん、じゃなくって、その……」
「うん」
「ありがと、って……言って欲しい」
ふふっ、あははっ。
そんな笑みが静かに溢れ出た。
初めて会った時、ヒトカを酷い人だと思った。面倒だし無愛想だし。でも、その後すぐに変な人って思った。
初めて寮に行った時、不思議な人だって。その後、友達のことで話をして、本格的にヒトカに興味を持って、悪い人じゃないって思った。
初めての夜、魘されている姿を見て、翌朝の素直な姿を見て、可愛いって思った。もっと笑顔が見たいって思った。
それから一緒に暮らし始めて、良いところも悪いところも幾つも見てきた。
「ヒトカ」
「……なに?」
「ありがと」
「……ん」
私はこの部屋でちょっとあなたが好きになりました。
きっと恋心とかじゃないけれど。きっと田舎の友達たちの方がまだ大事だけれど。でも、今この夜は、月明かりに照らされたあなたを一番愛していると、そう思いました。
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