夜に咲く白い花 作:ももはね
「──ハ、ミツ─起きて、ミツハ」
日溜まりから聞こえた声に目を覚ました。
寝ぼけ眼に映ったのは、暫く前から起きていたのか目元は凛々しくて口も引き締まっているヒトカの姿。なのに、寝癖があるのだから微笑ましい。
ヒトカって寝覚めがよかったっけ……いや、そっか。お昼寝してたから早起きしちゃったのかな。
「……おはようございます」
「ん、おはよ」
ヒトカは素っ気ない態度で返しながらベッドから降りると皺だらけになった制服を精一杯引き伸ばしながら私を睨んだ。
「皺だらけなんだけど」
「ご、ごめん……考えてなかった」
「……いいよ。予備もあるし。後で着替える」
そう言うとベッド脇の椅子に腰を降ろす。
「そう……あ!」
私の制服! そう言えば送り狼にズタズタにされちゃっていたのを思い出した。予備はあるはずだけど、それでも一着はご臨終してしまったことは間違いない。スカートの方はどうだろうか。傷はないと思うけど、血の滲みが落ちるのか不安だ。
「どうかした?」
「制服、送り狼に噛まれちゃって駄目にしちゃったなぁって……制服壊しちゃった場合って自腹?」
「私事でならそうだけど、任務中の物損は支給して貰える……はず。申請書は出さないとだけど」
「め、めんどくさい……」
億劫である。誰が好き好んで細かい文字を読み堅苦しい文章を並べるのやら。現実逃避に時計でも見ようと思って、しかしこの部屋にはないことに気づいた。
「ヒトカ、今の時間ってわかる? 私、スマホどこにあるのかわからなくって」
「ミツハのは先生が預かってくれてるはずだけど……」
ポケットを漁りながらヒトカは首を傾げる。
「あれ、私もない」
「忘れた?」
「多分」
代わりに窓から外を、太陽を見ようとするけれど……流石によくわからない。そこまでの知識は無かった。
そんな時、ガラガラと扉が開かれ、軽い足音が響いた。
「心配させやがって、こんなとこに居たのかよ」
真っ赤な髪を揺らす小柄な少女、レンだった。彼女は複雑な表情でヒトカを見ながら溜息を吐くと薄い何か──ヒトカのスマホを持ち主へ投げ渡した。
「これ、私の……?」
「よっ、ミツハ。とりあえず起きてるみたいでよかったよ。具合はどうだ?」
「はい、どうも。一応検査して、何事もなければ今日で帰れるみたいです」
「ん、なら本当に良かった。初陣で同級生が再起不能とかトラウマになっちまうとこだった」
レンは軽口を叩きながら椅子の一つをテキトウに取ると、足を組んで座り、腕も組む。鋭い目つきも相まって中々様になっていると言いたいが、私と同じくらいに小柄なせいで背伸びした可愛らしさもあった。
「……レン、何で私のスマホ持ってたの?」
「昨日、お前が行方不明になるからだろ」
「行方不明!?」
思わず叫ぶ。昼からずっと私の病室に居たけど!?
「ああ。こいつ、昼休憩と同時に姿を消したと思えば、休憩が終わっても戻ってこねぇし、連絡しても返ってこねぇし、先生たちも何も知らねぇし。寮の管理人も外泊届けが出てねぇってんだ。完全に行方不明だろうがこの野郎」
「ひ、ヒトカ、授業サボったの……?」
「あっ」
おい、何だその反応。まさかお前、気づいてなかったの?
「いや、だって……あんな展開になるって思わないから! そもそも起きてるなんて知らなかったしさ、どうして昏睡状態の人をお見舞いに行ったらそのままお泊まりすることになるって思うの!?」
「ぎゃ、逆ギレですか!?」
「おい、二人とも落ち着け。ここにゃ居ねぇだけで他には人がいるんだぞ。病室だ、静かにしろよ」
レンの言葉に頭が冷える。いや、別に怒っていた訳じゃないけど。確かに私が強引に引き留めたのは事実だが、まさか授業をサボった上に誰にも行き先を告げていないとは思いもしなかったのだ。
「傷心中ってのはわかってたから、せめて昨日は静かにしてやろうって思ったんだ。でも、今朝になってもスマホでも部屋の呼び鈴でも反応がないから、悪いけどアオコが持ってた部屋の鍵で入らせてもらった。これな、ついでに渡しとくわ」
そう言えばアオコは元ヒトカの同室だったか。しかも、無断転居という中々なヤンキー具合。鍵はまだ持っていたのか。いや返せよ。
そう思いながらレンから渡された鍵を受け取り、そのままヒトカに渡す。
「したら、誰も居ねぇのにスマホだけあるし。流石にヤベェかもって色んなとこに話聞いたら、まさかの病室にお泊まりとは。アタシも驚きだわ」
「……色々させちゃって、ごめん。でも、心配してくれて、ありがと」
「ぉ、おお……?」
素直に礼を述べたヒトカに、レンは困惑気味。
わかるよ、その気持ち。でも、慣れてくると可愛いのだ。きっとレンもいつか味を占めるだろう。
「先生、流石にキレてたぜ。辛いなら少しくらい休むのは否定しねぇが、せめて連絡入れろってさ」
「……うん。後で謝る」
「……ミツハが心配なのはわかるけど、お前にはお前のやらなきゃいけねぇことがあるだろ。さっさと帰って準備しろ。もう授業まで時間ねぇよ」
それなら、と。ヒトカを見送ろうとする直前、その彼女が首を振った。
「今日は私、ずっとミツハと居たい。まだちょっとだけ動きがぎこちないし、不自由があったら私が助けたいの。それが、守られてしまった私の責務」
「
格好良く言って見せたヒトカに、レンが辛辣な返しを。その顔は何処までも呆れ切った表情で、どデカい溜息も追加で吐き捨てられた。ヒトカの真顔、そして驚き。一瞬理解できず呆けていたのが、ちょっと面白かった。
「なっ」
「サボんなよ。授業受けて訓練して、賢く強くなって、ミツハを絶対に守れるようになれよ。また庇ってもらうのか? 甘ちゃんかよ」
「っ違うもん!」
吐き捨てたヒトカは、
「じゃあっ……ミツハ、また後で来るから!」
「ああ、いや、退院するからここに来ても……」
行ってしまった。
またここに来るのだろうか。多分、誰も居ないんだけどな。
「あいつ、単純だろ。昔っから適当に売り言葉並べてやりゃ、勝手に買い出すんだよ」
得意げに語るレンの柔らかい目付きは勢いよく閉められた扉へ向けられていた。きっと、私も似たような顔をしているのだろう。
「やり過ぎないでくださいね。繊細な子なんですから」
「加減はわかってるよ。てか、そう言う意味で一番効くのは、何も言わず失望したってのを見せつけることだろ」
「寂しがり屋さんですよね」
「ああ。不器用なのにな」
短い沈黙の後、レンは立ち上がるとヒトカの軌跡を辿るように歩き始めた。
「まあ、なんだ。ありがとな。アイツを立ち直らせてくれて」
「いえ、少しお話したら勝手に立ったんです」
「何でもいいさ」
レンは扉の前で振り返ると、珍しくも微笑みを浮かべていた。
「なんとなく、近頃アイツから話し掛けてくるような気がするんだ」
「……」
「アタシも、心の準備くらいはしておくよ」
「……はい」
「じゃあ、授業あるからもう行くな。早く元気になれよ」
「はい。レンさんも、頑張ってください!」
「ああ」
レンの姿が廊下に出て、扉に半分隠れて────
「あと……『さん』は要らねぇ。レンでいいよ」
────消えた。
小さく笑みが溢れた。
「レンも不器用じゃないですか」
。