夜に咲く白い花 作:ももはね
山吹さんは勉強。レンさんは気まずそうに黒板を見ている。サクさんは小さく睨むようにこちらを……山吹さんを見ている。アオコさんはスマホを見て……いるが、チラチラと山吹さんを見ているような気がする。
なんか、雰囲気が悪い。どう言う状況──冷戦。
先生が言っていた。いざこざがあって教室が割れている、と。つまり、なんだ……山吹対他三人ということか?
一対三と聞くと三が悪いだの卑怯だのと感じるが、レンさんたちが酷いことをする人には今のところ感じない。対し、山吹さんの印象は世辞でも良いとは言えない。だから……いや、これ以上はやめておこう。何もわからない状況で、例え心の内だとしても誰かを悪いようにはあまり言いたくない。絶対何かあった、それまでに留めておこう。
沈黙の教室に、ガラガラと戸が開く音が大きく響いた。
「うおっ……んだお前ら黙りこくって」
ジャージの先生だった。驚きと困惑に首を傾げていたが、すぐに何かを察した顔になると誤魔化すように後頭部を掻く。
いや本当に何なのこの雰囲気は……?
よくわからないが、重苦しい空気が換気されて有難かった。
「あー、次の先生が緊急の任務で行っちまったから、代わりに私だ。幸い校庭の端が空いてっから魔法訓練行くぞ。準備したら東の方に集合な。加田は後ろのロッカーに採寸合わせたジャージ入ってっからそれ使え」
それだけ言うと先生は何処かへ……いや、授業の準備へと行ってしまった。残されたのは、なんとも言えない空気の教室。
き、気まずいなあ……初日からこれか、前途多難だ。
「そ、その、着替えって、教室ですか? 更衣室とか?」
少しでも空気を変えようと、私はとりあえず近くのレンさんへと話しかける。
「
レンさんが立ち上がると、続くようにサクさんとアオコさんも立ち上がりロッカーからジャージを取り出して着替え始める。いきなり目の前で着替え始めるのだから思わず視線を向けてしまう。
レンさんは……正直、可愛いな、と思ってしまった。態度は大きいし口調も荒々しい。なのに、私と同じくらい小さい体躯。その差が無理して背伸びする童みたいで可愛いのだ。
サクさんは背が高くて、私の地元のバレー部の先輩よりも背が高い。それなのに、手とか足とかが細くって、肋だって浮き出ているのが少し心配になるほどに痩せている。体格に見合わず少食なのかもしれない。
アオコさんは、もうなんかすごい。私のお父さんくらい大きいのに、なんか色々と大きい。いや、もう大きいという言葉しか浮かばないほどに大きい。なんだあの胸、私の頭くらいはあるんじゃないか。
「ミツハちゃーん、そんなジロジロ見られると恥ずかしいよー?」
見過ぎて居たらしい。アオコさんに胸を腕で隠しながら言われてしまった。初対面の相手に失礼なことをしてしまった。慌てて頭を下げ謝罪の言葉を考える。
「あ、ご、ごめんなさい! みんな……あ、いや、大人っぽいなって!」
「おいテメェこらテメェ、今一瞬誰見て『みんな』って部分を止めやがった?」
ギロリ、とレンさんの鋭い眼差しが私に向けられる。その瞳孔が仄かに赤く煌めいたように見えて、背筋が震えた。
「ごめんなさい!」
「レンさん小さいっすもんね!」
「おい馬鹿サクテメェこの後覚えてろよ」
「藪蛇!」
なんで胸を張って本当のことを言ってしまったんだ……? でも、庇ってくれてありがとうサクさん。わざとか親切かはわからないけど。
ちらりと見てしまった山吹さんもすごく綺麗な体だった。色白で細くて、なのに出るところはそれなりに出ていて。まさに理想的な体付き。私も成長するんならあんな感じになりたい。
そうして着替え終わった頃、皆はロッカーから……銃?! 銃を取り出して居た。それも、散弾銃に狙撃銃……だろうか。長物の、ちゃんと強そうな奴。警察の持っている拳銃みたいな小さい物ではない。
「あ、お前来たばっかで魔法具ねぇのか」
『魔法具』聞いたことはある名前だった。魔法少女が魔法を使う為に必要な道具だ。
大結界のような結界を広げる魔法から、炎を操ったり、体を強くしたり、魔法具によってそれぞれが違う魔法を宿しているらしい。魔法少女以外には使えないことと、一般の市場には基本的に流出しない物だから、今まで私が触れる機会なんて一度もなかった代物。
「貰えるんですかね?」
「じゃねぇの? アタシらだって中等部前後で試験に受かったら貰えたし。ミツハの場合は色々と例外だから、時期はわからねぇけどな」
「適正は知ってるんだっけー?」
「適正?」
「あちゃ、そこからかー」
困ったように笑うアオコさんは自分の銃である魔法具を指した。全体が青色で、弾倉が大きい。機関銃というのだろうか。映画とかの登場人物が連射していた物と似ている気がする。
「魔法具は魔法具ごとに使える魔法が違うけど、魔法少女も魔法少女ごとに適正のある魔法じゃないと使えないんだよ。私の場合、水の魔法に適正があるから水の魔法。レンのは炎の魔法ね。私がレンのを、レンが私のを、ってのは適正が違うから発動できないし、無理くりやろうとしてもすっごく雑魚い魔法しか出せないわけ」
アオコさんは「時々手広くできる人も居るらしいけどね」と付け足して話を締める。
適正、そう言うのもあるのか。それじゃあ、サクさんは一体どんな魔法なのだろう。
私が視線を向けると、そこには細長い銃を見せつけるように差し向ける彼女が居た。私が興味を向けるのを、今か今かと待っていたのだろう。
「サクさんのは……狙撃銃?」
「っすね。わたしのは索敵魔法っす。魔力の流れが見えるようになるんで、魔物とか魔法少女とかの魔力持ちが暗いとこは勿論、薄い壁とかなら透かして視認できるんすよ!」
「へー、そう言うのもあるんですね!」
「真夜中でもズバンと撃ち抜いてやるっす!」
魔法、魔法かぁ……炎を操るのは強そうだし、敵を一早く見つけられるのは便利そう。結界とかで人を守ったりするのも憧れるな。私だって魔法少女なんだし、なにかしらに適性があるはず。楽しみだ。
+ + +
単色に線が入った地味なジャージに着替えた私は、レンさんに導かれて校庭の集合場所へと到着した。既に剣を佩びた先生が待機しており、荷物が色々乗っかった台車と、近くの壁には布に包まれた長い棒が立て掛けられていた。
「来たか。加田の魔法具だが……本来は試験とか審査を受けた上で渡されるんだが、組合の事情でもう渡されることになった。ほら」
先生から棒を渡される。思っていたよりも重くて、取り落としそうになりながら慌てて抱き締める。
「お前の適正は珍しい。回復魔法だ」
「……傷を治すとか?」
「ああ」
回復かぁ。なんか思ってた強そうなのとは違うけど全然すごい魔法じゃなかろうか!
この喜びを分かち合いたくて、後ろの皆へ振り返ると渋い顔をした皆がいた。あの山吹さんまで何か言い辛そうな顔をしていた。
「まぁ、なんだ。無理はすんなよ」
「え、な、何ですか。回復魔法ってすごい厄ネタだったりするんですか!?」
「魔法少女の死亡理由って戦死が一番なんだけどー、回復魔法使いだけは……まー、自殺が一番なんだよねー。うん」
「なんで!?」
思わず叫びながら先生を見ると彼女は顔を背けた。
「あー、話すと長いからまた今度だ。今日は魔力操作の基礎から教えねばならん。夏津路は弱点の近接を、金満は単純に殴り合いが下手、二人で組み手でもやっとけ。猿酒は魔力操作が雑、流体操作系は肝だろ。山吹は生成できる武器の種類増やせ。盾と大剣は便利だが射程と防御力あんのも慣らせよ。お前ら二人は魔法練習。適当にやっとけ」
先生の言葉に他の皆は適当な返事を返す。
途轍もなく雑に誤魔化されたような気はするが後で話してくれるのなら待つしかない。もしくは、授業の後にネットで検索すれば何か出てくるかもしれない。そうしよう。
「加田は基礎中の基礎、魔力操作。これがなきゃ魔法少女としてどうにもならない」
「は、はい……」
「まず、身体的な話から。魔力ってのは下腹部辺りにある『魔力器官』って呼ばれてる内臓で生成、貯蓄、出力がされ、脳が命令を出して操作がされる。だから、まずは腹に意識を集中しろ」
「はい!」
目を閉じ、お腹に手を当て、集中する。
お腹空いたな。もう十時過ぎだし、今日の朝食はおにぎり一つだけだからもうペッコペコのペコだ。ここの寮に入るのが今日からだったので、昨日から今日にかけてはホテルに泊まって来たものだから色々と準備で慌ただしく時間がなかったのだ。
いやいやそうじゃなくって。魔力だ魔力。集中しろ、集中!
そうしていると、段々とお腹の底から何かが湧き上がってくる感覚がした。腹、臍、鳩尾、胸、首、そして頭。思い出すのは、魔物を殴り飛ばした時。あの瞬間と同じ感覚がお腹から始まっていた。
ああ、これが────
「できなくても「────魔力」……おお。マジか」
全身に力が漲る。いつもより世界が明るく見える。体が軽くて意識が透き通って。ここまで体が自由に感じるのは人生で初めて。
「……十代半ばで魔力を自覚した奴に教えんの初めてだが、こんなもんか? 普通はもっと……いやでも、普通は小一とかから段々とやって行って……でも中等部入る頃にできてりゃ上等なもんをここまで」
「先生、できました!」
「……まあいいか。うん。筋が良いな、お前」
「ありがとうございます!」
「……補助になると思って最初に魔法具渡したけどこの後でよかったな」
感謝に頭を下げ、上げて、そして気づいた。他の皆も手を止めて私を見ていたのだ。
「え……何ですか?」
「自分の髪、見てみろよ」
「髪?」
いつの間にか近づいて来ていたレンさんに言われるがまま、私は自分の髪を摘むとそれを眼前へと運ぶ。目を見開いた。それは黄緑色に光っていたのだ。元々の黒い色は何処へやら。鮮やかな若葉のような緑の光であった。
「ひ、光ってる!?」
「魔法少女の色彩は魔力の影響だって言ったろ。それがある程度活性化すれば、当然その影響もデカくなる。アタシだって本気出すともっと髪が赤くなるしな。とは言え、そこまで綺麗に染まるっつぅのは珍しいけど。才能あんじゃねぇの、ミツハ」
「やった!」
サクさんの言う迷信情報とやらで不安になっていたのでそれが払拭できたようで嬉しくなる。あと、自分の髪が発光するのなんて初めてなので見ていて楽しかった。
「夏津路の言う通りだ。付け加えるなら、初めての魔力操作でそこまでできる奴は初めて見る。まあ、年齢の違いとかもあるが……案外、髪が黒かったのも無意識下での魔力操作が異常に上手かったからかもな」
「なるほど」
「気になることは多いが都合が良いのは確かだ」
先生は顎に手を当て少し考える素振りを見せた。
「よし、この調子で身体能力の魔力強化もやってみろ。魔力持ちの体には、生まれつき『仮想筋肉』という馬鹿みたいな名前のもんがある。それは魔力を消費して働く、鎧のように全身を覆ってる筋肉みたいな物だ。だから、想像しろ。全身の表面にある見えない鎧へと魔力を流す想像を」
「はい!」
筋肉、筋肉、筋肉……そう言えば、昔の日本の動物園にはゴリラって生き物が居たらしい。黒くて毛むくじゃらで、全身が筋肉に覆われた森の筋肉。今はもう日本には居ないらしいから、ネットの画像でしか見たことがないけど、あれはすごくムキムキだった。だから、きっとあんな感じに……ちょっと嫌だな。でも……なんとなくは────
「────おりゃぁ!」
さっき以上に体が軽くなった。言われなくても成功したと感覚でわかった。
「加田、試しにこれ持ってみろ」
そう言うと、先生は台車から鉄アレイを取り出して校庭の地面に放り投げた。ゴンッッッ! と、凄まじい音が響き渡り、それが一体何キロあるのかと足が震えた。
重い。絶対に重いことだけはわかる。でも、先生がやれと言ったということは魔法少女ならできるはず。それに、なにより、今の力の漲る私ならできてしまいそうな感覚もあった。
取手を掴むと、金属のひんやりした温度が伝わる。いや、体温を奪われたと言うべきか。触っただけでも、その硬さ、重さ、存在感が伝わる。五キロと十キロとか、そんなんじゃない。二十キロは最低でもある。
そんな物を片手で持ち上げるなんてことが、果たしてできるのだろうか。いや、できない訳がない。だって、こんなにも体が軽いんだから!
「よい、しょぉ重ぉ!?」
ちょっと浮いたけど無理だったぁ!
そんな私に、驚きと引いた顔を浮かべた先生が近づいて来る。
「すごいなお前。一応、それ二百キロはあるんだが」
「に、二百?!」
「ああ。私でも片手なら魔力じゃなくて魔法の強化込みじゃないと結構辛い重さだ」
魔法の強化? ああ、先生の持っている魔法がきっと身体能力を強化する魔法とかなのかな。それを使えば、魔力強化以上の力が出せるのだろう。いや、そうじゃなくて!
「そんなの持たせようとしたんですか!? 初心者に!?」
「段々と下げてって上限を見ようとしたんだ。そしたら天井ごと持ち上げられてこっちがビックリしてる。なんだお前。前世は筋肉の精霊か?」
「それ褒めてます!?」
「一部界隈ではな」
乙女に言うことではないことだけは確かでしょ!
「……単純な能力だけなら、他の奴らと遜色ないな」
「そ、そうですかね?」
言い方を変えただけかもだけど、褒められてはいるのでちょっと照れてしまう。
「ああ。純粋な膂力なら夏津路たちは超えてる。魔力操作だって、数日もあれば追いつくだろうな」
「おいおい先生、そりゃアタシたちを馬鹿にしてんじゃねーの? こんな鍛えてねぇ一般人とよぉ」
「そうは言っても、お前の前回の記録は百五十辺りが限界だったろ」
「レン、大人しく負けを認めよーね」
「んだとこらぁ!」
百五十も大概化け物だと思うんだけど……。
そう思いながら、ふと自分の掌を眺めた。昨日まで、魔力なんてよく知らなかった自分は二十キロでも重いと感じていた。でも、今の自分なら軽々と持ち上げられるはず。それは、変わってしまったと言うべきか、気づいてしまったと言うべきか。どちらにせよ、前の自分とは少し離れたような気分になった。悲しいのか、怖いのか、自分でもこの感情がわからない。けれど、なんとなく友達に会いたくなった。
うん。なるべく早く、一度田舎に帰ろう。そうしよう。
「加田」
「あ、はい!」
「回復魔法への適性は珍しい。それでいて需要が高い。だから、お前が将来どんな道に進むかはお前の自由だが、組合──『魔法少女組合』に所属して、魔法少女としての道を歩むのなら、間違いなく重宝されるだろう」
「そうなんですか?」
「ああ。だから、基本的に回復魔法使いが戦場の前線に立たされることはない。後方での回復、または災害や事故現場でのそれが主な任務となるだろう。それでも、魔法少女ってのは危険な仕事だ。後方に居ても、魔物の襲撃を受けて殺される奴だって居る」
殺される──その言葉に背筋が凍った。危険な仕事だとは知っていたが、人に言われて改めて現実味を帯びた。成りたくてなった訳でも、やりたくて来た訳でもないのに、強制的に命を掛けさせられるのは……理不尽に感じて嫌なことを言いたくなってしまう。でも、先生相手に言っても意味がないことくらいはわかってしまうから、唇を噛んで堪えた。
「悪いが、魔法少女はいつだって人手不足だ。卒業したら自由だが、お前も学生の間は魔法少女としての任務に出されることもあるだろう。そうは言っても、比較的安全な物ばかりだし、私ら教員も付き添うからそこまで心配しなくていいが……でも、強いに越したことはないはずだ。将来一般に就職したとて、世界から暗夜の霧や魔物が消える訳じゃない。そいつらに襲われても抵抗できるよう力があって損がないからな」
「……はい」
「回復魔法は攻撃手段にはならない。よって、お前には魔力強化と格闘を鍛えてもらうことになる。自信はあるか?」
「いえ、やったことないので……自信はないです」
魔力操作はさっき先生に褒めてもらったのでちょっとばかり自信があるし、魔力による身体強化も下手ではないと思う。でも、格闘ばっかりはやったことがないのでどうしようもなかった。喧嘩だってまともにやったことのない私だ。素人も素人である。
「ちょっと体験してもらうか……加田、試しに私を本気で殴ってみろ」
「え、ほ、本気で、ですか?」
二百キロを持ち上げられる私の……本気? 頭が肉片になって飛び散るんじゃないだろうか。
そんな私に、先生は呆れたような息を溢す。
「あのなぁ、魔法少女なんだから耐久力もあるに決まってるだろ。あと、お前みたいな初心者が私に勝てる訳ない。優しく流すか躱すか、受け止めてやる。私からは攻撃しないから遠慮なく掛かってこい」
「は、はい!」
手に持っていた魔法具を地面にそっと置く。
遠慮なく──本気でやってみようと、意識が切り替わった。あの魔物を殴った時みたいに、やってみよう。
魔力、せっかくだ。魔力も意識して殴ってみよう。右拳に集め──違う。拳、腕、肩。それらにバランスよく魔力を流し、力を溜めて溜めて、溜める。続いて、足だ。飛び出すのに使う爪先、脹脛、腿、腰。腹部から下へ下へ、地面を吹き飛ばすような感覚で魔力を押し流す。
「……はあ………!」
思い返せば、最近は嫌なことばかりだった。
自分が魔法少女だとわかって、親と一悶着あったし、行きたかった高校には行けず、組合の施設に入らなければならないので田舎から切り離され、今さっきは戦いたくないのに命を掛けなくちゃいけないと言われた。今日は朝ごはんだってまともに食べれていない。
それら不条理を、理不尽を、怒りを……先生に、
この無茶苦茶な世界を、ぶっ壊す勢いで。
「──壊す」
次も説明
10万字で収めようと思ってるのに全然溢れそうでヤバヤバ