夜に咲く白い花 作:ももはね
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「──壊す」
教員──
魔法は身体強化というシンプルながらも強力、魔法具である剣の扱いも同世代ではそれなりに上の方。仲間を庇ったことで怪我を負い後遺症から前線を退いて教職となったが、後遺症の影響による物を除けば実力は未だ衰えず、現役時代よりは見劣りするが今すぐにでも前線に立って活躍することだって可能。少なくとも、レン、サク、アオコの三人が連携して襲いかかっても無傷で返り討ちにできるだろう。
そんな彼女が、刹那で背筋を震わせた。
「っお前……!」
ドォォン──ミツハが地面を蹴った。地面が抉れ、砂煙と共に小石が宙に浮く。飛び出したミツハの姿も相まってまるで彼女の足元が爆破したようだった。
衝撃に靡く髪が撒き散らす若草色の魔力の光が残影を残して一直線に伸びる。
沖奈が気づいた時、既にミツハは彼女の目の前に居た。腕を伸ばせば触れ合える──拳の届く距離。眼前に迫らんとする幼さの残るミツハの顔が、酷く恐ろしく感じられた。
学生だから、と。油断していた思考が目紛しく奔り出す。
彼女は咄嗟に佩いていた剣を鞘ごと抜き取るとミツハの拳にそれを合わせ、当てた。
鞘の剣の柄に近い部分で受け止めると、吹き飛びそうになる体を堪えながら拳を受け流し、そのままてこの原理のような動きで鞘の先端をミツハに打つけると衝撃を返し、その小さな体を飛ばした。
「んぎゃっ!」
ゴロゴロゴロと地面を転がるミツハ。
彼女を呆然と見つめながら沖奈は息を呑んだ。
「(今の一撃……下手な身体魔法持ちより強い。これで魔力の自覚から一ヶ月、いや、初めて魔力操作を覚えて数分……?)」
震える手を抑え、彼女は剣を腰へと戻した。
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地面を転がされた私は仰向けになって空を仰いだ。
あまりの衝撃に受け身を取れなかったので無様に転がされた全身が痛い。髪や服にも砂とか小石が絡んじゃっているだろう。攻撃しないって言ったじゃん先生……いや、攻撃はしてないか。いやいや、でもあんな『遠慮なく来い(キリッ)』なんて言っておいて、雑にカマすのはどうなんですか。もっと優しく撫でるように受け止めてよ!
「おいおい先生大丈夫かよ。今スッゲェ音してたぞ」
「び、びっくりしたっす……」
「あらー、ミツハちゃんも大丈夫ー?」
起こしに来てくれたアオコさんの柔らかな手に支えられながら立ち上がる。
優しい! 好き! その雰囲気と豊満な体が相まって、とてつもない母性を彼女から感じる。もっと仲良く成れたら、寂しくなった時に色々と慰めてもらうのも良いかもしれない。代替お母さん。
「加田、痛いか?」
「あ、え、はい。ちょっとですけど……」
いきなり変なことを言われて首を傾げてしまう。痛くしたのは先生ですけど。
「せっかくだ。魔法も使ってみよう」
「あ、そうですね!」
ぱぱっと走って転がしていた魔法具を回収する。改めて持ってみて、やはり重いと感じる。だが、今はあくまでも純粋な身体能力だけの状態だ。
魔力強化を発動させれば──よし、軽い。さっきまではランドセルを彷彿とさせる重量だったが、今はもう体操着袋くらいに感じる。ブンブンと振り回して玩具にできそうなほど。とは言え、物が軽くなったのではなく私が強くなっただけだし、取り扱いは気をつけないと周りを傷つけてしまう。しっかりと気をつけよう。
「先生! どうすればいいですか!」
「またあっさりと……ああいや。まず、袋から抜け。ただの袋だが、あるとないとじゃ感覚も狂うからな」
袋、竹刀袋に似たそれ。結ばれていた紐を解き、中身を出す。それは黒く長い棒だった。先端から二十センチほどから大きくなっていて、まるでそこだけ帽子を被っているように見えた。その帽子の根本辺りから黒く硬い金属のような帯が尻尾みたいに垂れている。じっくり見ていると、烏帽子を被った棒にも見えた。全体が黒いからだろうか。
「基本的に魔法具は一人一つで専用だ。他人の物を十全に扱うことは不可能だからな。理由は授業でも扱うし、それが待てないなら自分で調べるといい」
「とにかく自分しか使えないって思っておけばいいんですね」
「ああ」
専用機。自分だけの特別。それに心が踊るのは否めない。
せっかくだし名前でもつけてやろうか……エボっちゃんとか。烏帽子だし。そう言えば、お相撲の行司さんって烏帽子を被っていたような。エボの山、エボの富士……まあいいや。後でにしとこう。今は魔法が優先。
「先に言っとくが、私も回復魔法の指導をするのは初めてだ。だから、色々と解りにくいこともあるだろう。そう言ったことは逐一報告してくれ。後で私の方でも調べたり、先達から聞いておくからな」
「はい。お願いします!」
「じゃあやるぞ。まず魔法具に魔力を流してみろ。それが出来なきゃ何も始まらん」
「はい!」
言われた通りに魔力を魔法具へと流し込む。腹から胸、肩、腕、手、そして
「加田、お前の魔力操作技術は初心者とは思えん力量だ。だから、出来ている前提で話を進めるぞ」
「は、はい!」
できているのかと言われたら、出来ているとは思う。でも、やっぱり魔法が発動するまでは確固たる自信は持てない。だがしかし、先生が認めてくれているのだからきっと出来るし、出来ている。そう信じてみよう。
魔力をもっともっと流し、繋がりを強める。
「想像しろ。傷が治る感覚を自分の体に発現させるんだ」
「き、傷が治る感覚……?」
「私がさっきお前を弾き飛ばしただろう。その時、何処が痛かった? 鞘が当たった腕か、地面に打った肩か、転がった背中か。確かな痛みがあったはずだ。その傷が埋まり、塞がり、再生し、全てが元通りになる。要は、健康で無傷な体が永遠に続くような──そんな感じだ」
「……よ、よくわからないです!」
ちょっと説明が抽象的過ぎやしないだろうか。
先生は毅然とした顔で頷いた。
「わからなくていい。魔法を使う、それはつまり魔法具を使うということ。魔法具は『魔法的義肢』とも呼ばれることもある。存在しない手足を生やし自在に操るようなものだ」
存在しない手足……その言葉が印象に残った。
「魚が翼を生やし空を飛ぶように。鳥が
一度、大きく深呼吸をする。そして、魔法具を持つ右手ではない空いた左手で、さっき地面を転がった時に痛みを感じた腕のところを撫でてみた。押してみると、まだちょっとだけ痛いような気がした。
打撲が、痣が、薄くなって消えていく感覚。凹んだ肌が盛り上がって元通りになる情景。それを、私の存在しない
目を閉じて集中してみる。
「……………どうだ?」
「できます」
私はジャージの袖を捲ると曝け出た右腕を左手の爪で大きく引っ掻いた。数秒ほど待つと、血は出ないまでも跡が薄らと赤くなるのがわかる。それを先生に見せつけながらて近づく。
「いきます」
「ああ。やってみろ」
感覚、感覚……口に出して見た方がもっとやりやすいかもしれない。
「治れ」
ふんわりと温かみのある緑の光が私の右腕を包んだ。赤くなった肌は熱を失い元の肌色へと戻る。痛みも薄れ、遠のき、消えた。治った。魔法が問題なく発動した証左であった。
「できた、みたいだな」
「はい! 痛くありません!」
「じゃあ最後に回復魔法の欠点を教えておこう」
最初に言っていた回復魔法に関する何か不穏なこと。ついにそれが明かされる。私はドキドキと嫌な予感に体を震わせた。
「前提として、魔法ってのは他者の体に直接作用させるのは難しい。それは魔力に他者の魔力を拒む性質があるってのが一因だ。水と油みたいに弾きあう。だから、回復魔法の効き目が魔力持ち相手には極端に悪くなる」
「自分を回復する分には問題ないんですか?」
「ああ。自分の魔法は自分の魔力で動いてるからな。水に水を足したって自然と混ざり合うだろ。それから、魔力を持たない普通のヒトは逆だな。魔力に対する耐性がないから効き過ぎちまう。『魔力汚染』って聞いたことないか?」
『魔力汚染』その言葉を聞いて、私はうんうんと頭を唸らせて学校で聞いたようなことを思い出した。
「あー、あれですよね。『暗夜の霧』が発生した時に、それに含まれる魔力の影響で機械が壊れたり電波が遮断されたり、人が体調を崩しちゃう……みたいな」
八百年前の『大暗夜』をきっかけに出現を始めたという暗夜の霧。それは日本各地のほぼ何処にだっていつだって出現する可能性がある。先月も北海道だかで霧が出て町一つのインフラが全滅したと報道されていたのは記憶に新しい。逃げ遅れた老人や病人に死傷者が出たとも。
「大体そうだ。魔力っての魔力持ち以外にとって猛毒。だから、回復魔法に含まれる魔力で、回復するつもりのヒトを殺してしまうこともあり得る。というか、実例がある。こっちはどうしようもない。そもそもの仕組みとして魔力なしに魔法を使うなんてあり得ないからな」
「それは、わかります。じゃあ、魔法少女を回復する分にはどうにかする方法があるんですか?」
「ああ。それが現行型の魔法具だ」
相手が魔法少女の場合に対象の魔力と私の魔力が弾き合って回復の効率が下がる。それがどのくらい下がるのかわからないが、態々話すほどなのだからかなりの物なのだろう。一体どうするのだろうか。
「やり方は主に三つ。一つ、される側が相手を受け入れること。二つ、効率が悪くてもゴリ押しで回復する」
「それ解決になってます……?」
「三つ、相手と同じ苦痛を感じる」
………………?
「……どうゆうことですか?」
「魔力は魂と深い関わりがある……古くから言われている言葉だ。一つ目は、相手との絆が育まれると魂の拒絶が弱まり魔力の反発が弱まるから。二つ目は、まあ言うことはないな。そして三つ目」
一つ目と二つ目は……まあ、うん。理解ができないこともない。でも、三つ目は理解ができない。
「適正無しで使える程度の微弱な精神干渉の魔法、それで同じ苦痛を共有することで魂の状態を強引に近づけ、効率を上げることができるらしい」
思い出すのは、回復魔法使いは自殺が多いという情報。
まさか……。
「回復の適正があるのは献身的な者が多いらしい。故に自分の心を傷つけ、磨耗し、死を選んでしまう者が多い。私としては三つ目は好かん。だが、最も容易に汎用的な効率を上げることができるからか、組合はこれを推している」
「じゃあ、私のも……」
「ああ。採用されている。もっとも、その機構を発動させるかどうかは使い手が選択できるようになっているから、やりたくなければやらなければいい」
「それは……はい」
誰かの為に自分が苦しむ。それを進んでやれるほど、私は献身的でも偽善者でもない。だから、やらない。やりたくない。でも……魔法少女は危険な仕事。もしも目の前で誰かが死にかけていたら、使ってしまうかもしれない。
「一応言っておくが、同じ苦痛を感じるということは対象の怪我が深ければ深いほどにお前が感じる苦痛も強まるということだ。学生の内は安全な任務ばかりだし、卒業後の進路はお前の自由だ。だから、瀕死の者に回復を施す機会があるとは思えんが……やるなら、しっかり考えた上でやるかやらないかを決めろよ」
先生の言葉を聞きながら、私はふと思いついた。
誰かが傷つく前に、私が危険を壊せば良いのではないか。
回復魔法は、改めて考えてみるとかなりの欠陥だと感じた。一般人には治すつもりが劇薬をぶち撒けるマネになりかねない。魔法少女には効率が悪く、軽傷なら簡単に治せるのに重傷になればなるほど回復する私が傷つかねば治せなくなる。これが逆ならまだ良かったのに、需要が高まるほど供給も難しくなるとは難儀な話だ。
なら、私が前に出て魔物を
そして卒業したら組合には入らず、一般に就職しよう。実家に帰ろう。こんな危険な仕事とはさよならバイバイするのだ。
「よし……! 先生! 私、もっと戦うのが上手くなりたいです!」
「あ、おう、そうなのか?」
「はい! 私が、全部壊せるくらい強くなりたいんです!」
「……よくわからんが、向上心があるのはいいことか。わかった。今日は初日だしな。お前に付きっきりでやってやる。皆! 今日は加田に付いてるから質問があったら聞きに来い! 以上!」
よし。なんとなく、目標が定まって来た気がする!
正直、回復魔法周りの設定は蛇足かなぁ……とも。
でも、とりあえず回復すればいいやんけ! だと緊張感ないし、仲良し状態のわかりやすい描写にも繋がるからやって正解……だと信じたい