夜に咲く白い花   作:ももはね

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6話 理由

 学期初日ということもあってか、今日は昼を少し過ぎたくらいで放課後となるらしい。それを告げたばかりのスーツ先生が教材の片付けを始める。そのまま解放かと思っていると、先生が「最後に」と言葉を加えた。

 

「寮に関することで、この教室全体にお知らせがあります」

 

 私は首を傾げながら左右を伺った。そこには気まずそうな顔が四つ並んでいた。私以外の全員だった。

 

「加田さんの部屋は学生寮の二の一です。鍵はこれ、大切に扱ってください。それから、部屋にはベッドの骨組みと机、棚があるはずですのでご自由に。布団は管理人室に行けば新しい物があるはずですので夜の二十三時までに受け取ってください」

「は、はい。ありがとうございます……?」

 

 部屋の鍵を渡されたので受け取る。

 普通のこと、何もおかしなことはしていないはず。なのに空気が妙。まるで絶対におかしいことが発生している、そんな空気だった。先生もおかしいことには気がついているはず。でも、何の反応も示さない。先生は落ち着いた雰囲気の人だから私では機微が判り難いだけなのかもしれないが、流石にこうなることが承知だったのか。

 

「異論は受け付けません。その生活を勝手に始めたのは皆さん、ならその責任くらいは取ってください。この学級のことは前々から問題にはなっていたのです。これ機に、少しくらい変わってくれることを願っています。では」

 

 それだけ言うと、先生は教室を出て行ってしまった。

 山吹さんも駆け足気味で教室を出ていく。

 残ったのは私と、天井を仰ぐレンさん、首を傾げるサクさん、困ったように笑うアオコさん。

 んん? サクさんもわかってないの?

 事情を聞いていいのか。聞かないべきか。聞いたら話してくれるのか。私が迷っていると、先んじてレンさんが席を立った。

 

「ミツハ、寮の部屋の場所ってわかるか?」

「あ、い、いえ。よくわからないですけど……」

「じゃ、案内してやる。隣の部屋がアタシらだし」

「じゃあ、その、お願いします」

 

 当然ではあるが私はここの構造や施設配置に全くと言っていいほど知識がない。寮までも迷うこと前提で頑張ろうと思っていたところだったので、渡りに船ではあった。

 代わりに、事情を問う機会を損ねさせられた感覚は否めないが。

 

 ずっと教室に置いていた荷物を担ぎ、私は敷地内にある学生寮へ三人と向かっていた。

 

「荷物ってそれで全部なのか?」

「いえ、こっちは最低限の着替えとか今日から必要なのばっかでして。コンセントとか水筒とか、すぐじゃないけど必要なのは業者の人に運んできてもらってるんです」

「はえー、基本ここに来る奴って生まれてすぐだからなんか新鮮っすね」

「皆さんは生まれてすぐに?」

「ああ。てか、名家の産まれでもねぇと魔法少女なのに一般家庭育ちとかありえねぇよ。お前の母親って本当にヒトなのか? 魔法少女か熊だったりしない?」

「めちゃ普通にヒトですけど。先週もジャム瓶の蓋が開かないって私に投げて来ましたし」

「瓶投げるのは危なくない……?」

 

 それはそう。受け止めれたからよかったけど、頭に当たってたら危ないよね。

 

「……あー、それで。お前の両親ってどうだ。優しいか?」

 

 レンさんが気まずそうな声音でそう言った。確かに人の家庭に関することを聞くのは気まずいし、ちょっと失礼なことではあると思う。だが、どうしてこんな唐突に、そしてサクさんやアオコさんも不安そうな顔を浮かべているのかが不思議で気になった。

 

「……まあ、はい。それなりに」

「瓶は投げるっすけどね」

「本当にヤバいことをしたらお父さんがお母さんを叱りますし」

「母ちゃんが叱られてんのかよ」

「みな──」

 

 私は慌てて口を閉じた。

 

『基本ここに来る奴って生まれてすぐだからなんか新鮮っすね』

『名家の産まれでもねぇと魔法少女なのに一般家庭育ちとかありえねぇよ』

 

 聞いたことがある、

 私は普通じゃないっぽいので例外として、魔法少女は生まれてすぐに成人男性ほどの力を有するという。問題なのは、赤子には力の調整や知性が殆どないと言う点。生き物と言うのは普通、生まれてすぐから本能でどうすればいいのかを知っている。だが、人間という種族にとって『魔法少女』という存在は突然変異のようなもの。だから、本能にそれが刻まれていない。母親が授乳しようすれば乳房を食い千切られ、父親が抱こうとすれば骨を折られる。工夫とか技術とか経験とか関係ない。普通のヒトが魔法少女の赤子を育てるというのは不可能な話なのだ。

 と。

 だからこそ、魔法少女は生まれてすぐに『魔法少女組合』の施設へと送られる。例えば、魔法少女学校のような。

 代々魔法少女が代表となり、歴史と武力を継承し続けている魔法少女の『名家』であればまた話は変わるのだろうが。

 

 私は例外なのだ。魔法少女が当たり前に得ることのできない普通の家庭を私は持っているのだ。それを誇示するつもりも相手を貶すつもりもない。だが、相手がどう思うかは相手の自由。聞いてはいけないことだ。そう思った。口を開けてはいけないのだ。

 

「あー、気遣いなら別に私らはいいよ」

 

 レンさんの言葉に、己の過失を悟った。

 

「私とサクは親が居ないというか、会ったこともねぇけど、アオコは違う。こいつの親は定期的に会いに来てるし、おばさんたち私らにもお土産とかくれる良い人だしな」

「その、すいません」

「良いんだって。ただ……」

 

 感謝し頭を下げながら私は彼女の言葉を待った。

 

「ひと……山吹(やまぶき) 仁花(ひとか)。あいつにはやめとけ」

 

 山吹さん。あの勉強ばかりしていた無愛想な白金の人。その人の話をするレンさんはどこか辛そうで、サクさんとアオコさんも何か言いたげな顔をしていた。気になるけど、今度こそ聞いてはいけない雰囲気だった。

 

彼奴(あいつ)の前で家族の話すんのは、よくない」

「……わかり、ました。気を付けておきます」

「ああ。一応言っとくけど、私らはマジで平気だからな? まぁ、もしもお前が実家に帰るようなことがあれば土産とか頼むぜ」

「……別に良いですけど、ウチってほんとに田舎なんで名物とかないですよ? むしろ、ここの方が色々とあるので私がお土産持って帰るつもりですし」

「私の家族は八ツ橋とか買って来てくれるよー」

「やっぱ京都(しゅと)はすごいっすよね!」

「流石に郊外だけどねー」

 

 アオコさんの両親は京都在住らしい。あの辺に住んでいるのは金持ちばっかだ。多分、ウチの実家の年収を月収でほぼ稼いじゃうくらいのばっか。

 まさか体だけではなく実家まで豊満であったとは。恐るべしアオコさん。

 

 そこで、会話が止まった。妙な静けさに皆の顔を覗き込むと、レンさんと目が合った。

 

「わっ」

「……はぁ」

 

 不意に目があったものだから吃驚して声を出してしまった。いや、それだけじゃない。レンさんの顔がすごく大人びて、美しく見えたのもあったから。憂鬱と葛藤が混ざった悩ましい物で、小柄なのに酷く似合って見えた。直後に溢れ出た哀れさすら感じる吐息には遊女が紫煙を溢すような色気があった。

 

「その、どうか……しました?」

 

 彼女は(こうべ)を振って他の二人を一瞥。再び溜息を吐いた。

 

「まぁ、なんだ。言いたくねぇけど言わない訳にもいかねぇというか……身内、いや、皆の恥だし、皆の失敗だし、色々とややこしくなったきっかけというかな……」

「……?」

「寮の部屋の話、あんとき変な空気だったろ」

「まあ……そうでしたね」

 

 聞いて良いことかわからない。それもあって、素っ気ない返事をしてしまう。

 

「端的に言えば、今ウチの教室は喧嘩の真っ最中だ。なんとなく、肌で感じちまってたか?」

「……そこまでは。ただ、山吹さん周りに触れちゃいけないような空気は感じてました」

 

 始まった。きっと、これから教室の妙な雰囲気の正体が明かされる。その予感に私を一度深呼吸、息を整えた。

 

「悪いけど、私らの事情だ。詳しいことは言いたくない」

「はい。でも、私にも影響が出ちゃってるんですよね。その辺だけは教えてください」

「ああ。寮の部屋なんだが、前はな、私とサク、ヒトカとアオコの振り分けだった。だが、まぁ、なんだ。ちょっと前に、山吹が言っちゃぁいけねぇことを言った。そんな奴とアオコを二人きりにはしたくねぇってことで、私らが強引にアオコを部屋に引きづりこんだんだよ」

 

 異論は受け付けない、責任は取れ。そんな先生の言葉が思い返された。 

 なるほど、始めたのは彼女たちなのだから文句は言えないのだろう。

 

「それからは、実質山吹は一人で、私らは三人になってんだ。先生たちには言ってねぇし、書類上は前のまんまだろうが……いや、こうなった以上はバレてるだろうし、どぉか知らんがな」

 

 頷いて返す。なんとなく話が読めて来た。同時に教室の様子を『冷戦』と先生が言った理由も理解できた。

 直接どうこうすることはないが、互いが互いを認められず静かに牽制が続く日々。外野が手を出そうにも、下手なことをすれば起爆した火薬庫がどうなるかわからない。だから、大事になるまでは静観をするつもり……ではあったのだろう。流石に長続きし過ぎたからか慎重に……言うほど慎重かは疑わしいが、動き出したらしいが。

 

「そんで、お前の二の一だが……今、ヒトカの住んでる部屋だ。アオコが居ない分にお前を突っ込んだってこったろうな」

「ミツハちゃん、ごめんね。私が勝手に部屋を移っちゃったから。こんなことに巻き込んじゃって」

 

 普段の脱力した顔ではなく、反省の濃い顔を下げられる。

 

「謝らないでください。私が山吹さんに何かされた訳でも何かされる訳でもないんですから。というか、私に悪影響なんて一つもないじゃないですか」

 

 要は、転校先の学校が喧嘩の真っ最中だったというだけの話。巻き込まれないように大人しくしていれば問題はないだろう。レンさんたちも性格が悪いようには見えないので私を巻き込んでやろうとか企んではいないだろう。

 だが、それはそうとこれからの生活がすごく憂鬱になったのは事実。山吹さん……ちょっと怖いし。別に皆を責めたい訳じゃない。だって二人一部屋なのはここの規則で絶対。そして転校生の私には最初から誰が相方となるか選択権はなかったのだから。

 

「そう言ってくれると助かるよ」

「いえ。ただ、まあ…………できれば、ですけど、仲直りというか、空気が悪くならないくらいにはしてくれると助かります」

 

 仲直りしてくれればあのトゲトゲも少しは丸まるだろう。

 

「あー、善処はする。でも、あっちが謝らねぇとこっちも認めねぇってのは言っとくぞ」

「で、ですよね……」

 

 あまり期待はできなさそうだった。

 

 そうして、ついに辿り着いてしまった我が家。階段を上がり、廊下を歩き、突き当たりにある端の部屋。問題は中身である。何故だか扉の隙間からドス黒い空気が流れて見えた。

 

「そぉいや、風呂とかトイレのことは知ってるか?」

「共用でしたよね。場所は……確か、さっき階段の辺りに地図があったのでそれ見れば何となくはわかると思います」

「お風呂は基本的にいつでも空いてるっすよ。訓練とかで一日中使いたい人いるっすからね」

「流石に深夜は湯船入れないけどねー」

 

 湯船、湯船があるのかぁ。共用だろうから、かなり大きいのだと思われるが……時間ぎりぎりを狙えば泳いだりできるかな。

 

「じゃ、私ら横のだから」

「じゃねっす!」

「また明日ねー」

「はい、また明日!」

 

 そう言って三人は一つの部屋へ入っていった。今更ながら、本当に三人で生活しているんだ、と姿を隠してしまった扉越しに想いを馳せる。寮の外見や部屋の間隔から中が広いとは考え難く、自分だけの空間というのは作れないだろう。真に親しい者たちでなければ決して耐えられないような距離感が想像させられた。ちょっと羨ましくもあった。家族みたいなものなんだろう。

 よし、切り替えよう!

 私がこれから一緒に過ごすのはレンさんたちじゃない。山吹さんだ。あの三人みたいに……とまでは言わない。でも、仲良くなれたらそれはきっと素敵なこと。

 緊張はある。でも行かないという選択肢はない。大きく深呼吸をした。

 今行くか、いやまだか、いや今か。

 考えても仕方がない。一瞬の勢いに任せて突貫することにした。錠を開け、それはそうと一応は戸を叩いてはおく。

 

「し、失礼しまーす!」

 




あらすじ回収までが遠いのよ……
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