夜に咲く白い花   作:ももはね

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9話 夜

 

「────」

「……」

「────っ」

「……?」

 

 夜。草木も眠る丑三つ時。

 初めての場所、それも初めて会った人と一緒の空間で寝る。そんな状況に緊張し、眠りが浅かったのだろう。私は小さな物音に意識を掬い起こされてしまった。それでスマホを点けてみれば深夜二時だったのだから、当然二度寝しようと思った。

 

「──めん」

 

 でも、声が聞こえてより一層意識が浮上してしまった。

 その声は意味ある言葉というよりは戯言に近く、正気の声音というよりは狂乱の叫びが滲んでいる。悪夢に魘されて聞こえた。

 

「やまぶき、さん?」

 

 名前を呼びながら体を起こし、寝ているであろう彼女へと近づく。

 

「ごめん……ごめん……ごめ……」

「…………寝てる?」

 

 やっぱり寝ている。酷く魘されている。今は春先、深夜ともなれば寒さすらある。だのに、彼女の肌には汗が滲み体を震わせていた。只事ではない、いやあってはならない状況だというのは一目でわかった。だけど、それでどうすればいいのかがわからなかった。

 起こせばいいのか。それは根本的な解決になるのか。

 とりあえず払われていた毛布を掛け直した。でも、まだ震えている。

 

「……うーむ」

 

 どうしたのか。

 彼女が何に苦しんでいるのかはわからない。毎日魘されているということは流石にないだろうし、ともなれば、今日が偶然にも厄日だったのだろう。

 寒いのか、怖いのか、苦しいのか、痛いのか。どれであろうと解決にはならないが、容易に人の心に寄り添う為に出来ることが一つある。

 それは、手を握ること。

 良くも悪くも、人というのは人肌に触れられるだけでも大きく気持ちに影響が及ぶ。苦しむ人の手を、手で包み込む。たったそれだけで少しは救われる人も居るのだという。

 私は彼女のベッドの脇に腰を下ろすと胡座をかく。それから、彼女の右手を優しく握ると両手でそれを包み込んだ。

 

「おやすみ、山吹さん」

 

 

 + + + 

 

 

「あああっ!?」

 

 朝は鶏……ではなくて、山吹さんの叫びに起こされた。

 ぼんやりとした頭、霞んだ視界。やっとのことで視線を彼女へと向けると、驚愕と不審に染まった顔があった。

「あ、なに、いや、なにを、してるの!?」

「……あー」

 自分の手を見てみると、そこにはまだしっかりと結ばれたままの私たちの手があった。

 手、起きたのに離さなかったんだ。

 

「昨晩、魘されてたので手を握れば落ち着いてくれるかな、と思いまして」

「……おかしいでしょ。なら起こしてよ。どうして手を握るってことになるの!?」

「それは……」

まあ、うん。

頷いて返す。

「私も、今思い返せば距離感どうなってんだ、って感じですね。寝ぼけてました」

「変態!」

 

 赤面しながら言われても迫力がない。あと、寝起きのせいか冷たい雰囲気の中に緩い空気もあって余計に可愛らしく見えた。

 

「……えっちなこと考える方がえっちなんですよ?」

「っーー!」

 

 べちんっと強引に手を引き剥がされる。

 

「痛い!」

「自業自得!」

 

 数時間も座ったまま寝ていたせいで全身が酷いこと酷いこと。ベッドを支えに下半身がヨロヨロしながらも立ち上がり、なんとか自分のベッドまで歩く。

 数分でいいから寝よう。腰が、やばい。

 

「そのっ……」

 

 呼び止められ振り返る。赤面したまま、微笑みを浮かべた彼女居た。

 

「……ありがと。久しぶりに、よく寝れた」

「っ……あ」

 

 窓から差し込む朝の日差し。照らされる彼女が白く光って見えた。それで、ようやく気がつくことができた。

 それは彼女の目元にある隈。

 彼女が寝起きでまだまだ顔が脱力しているからか……昨日は忙しかったから気づけなくて、寝起きの落ち着いた今の私だから気づけたのか……。

 いつからか。いや『よく眠れた』と言ったから前からあるはず。彼女の肌はとても白い。髪の色も相まって陽光に混ざってしまいそうなほど。その隈に気づけなかったことが、一体どれだけ私が彼女のことを本当に見ることができていなかったのかと後悔させた。

 

 あんなにも口下手な山吹さんがお礼を口にした。どれだけの感謝だったのだろうか。はたまた、寝起きで緩んでいたからだろうか。

 無愛想な山吹さん。

 何かを恐れる山吹さん。

 チョロい山吹さん。

 そして、素直な山吹さん。

 まだ丸一日も経っていないのに様々な山吹さんを知ってしまった。

 

「……なに? そんなジロジロ見て」

「な、何でもないです!」

 

 私は平穏に過ごしたかった。なんとなく、それが上手く行きそうな予感はもうある。だって山吹さんとはこのくらいの付き合いのままでレンさんたちともっと仲良くすればいい。きっと、これが一番波風立たない安定した日常だろう。三人の素敵な友達が出来るかもしれない。山吹さんともこの小さな部屋の中で静かに暮らすことができだろう。

 

 それで、いいの?

 

 元々、私は田舎から出たかった。

 それは友達と別れたいのではなく、実家を出たかったのだ。欲張ったことを言えば、楽しいことが沢山ある都会で友達たちと一緒に暮らしたかった。でも、あの子達にはあの子達の生活があるし、未成年が独りで生きていくのは難しい。

 でも、今はどうだろうか。

 実家の外で、大結界という都会で、新しい友達が作れそうだ。

 考えてみれば、中学時代の私の夢が殆ど叶っていたのだ。でも、まだまだ不満だった。あの子達と別たれたし、教室の空気も悪い。

 

 私は、もっと山吹さんと仲良くなりたい。あとレンさんたちとも仲良くなりたい。できるなら、皆も仲良くして欲しい。

 

 そうだ。私は高校に青春を求めていたじゃないか。なら、ここでそれを求めればいいのだ。

 

 いや………………全部建前だ。もっと、山吹さんの笑顔が見たい。あの幼なげで穏やかな笑顔が、もっと見たい。

 

「山吹さん! 今日、一緒に登校しましょう!」

 




百合が、加速する!
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