天国には理想郷がありまして、その後   作:空飛ぶ鶏゜

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愚者の行進

「神楽ちゃんお願い!」

 

 万事屋のソファーに座る神楽ちゃんに向かい、跪き手を合わせる。

 そんな私を、神楽ちゃんは蔑むような目で見ていた。

 

「いい加減にしろよな。これで何回目アルか?」

 

 いい加減酢昆布では頼まれてくれなくなったので、ドッキリマンちょこと、うんまい棒も箱買いして献上している。

 神楽ちゃんは稀に見るお菓子フィーバーに最初は喜んでいたが、今日はもうダメかもしれない。

 

「いや、だって、無理じゃん。一生のお願い」

「その一生のお願いも人生何回やりなおしてんだって感じアルよ。それに今日はサキちゃんと遊ぶ約束があるから無理アル。じゃあな、達者で暮らせよ」

 

 神楽ちゃんは傘と捨て台詞と共に遊びにでかけてしまった。遠くから「きりー」と呼ぶ銀さんの声がする。

 

「はーい、ちょっとまってー」

 

 いつかは来ると思っていたが、今日だったかという気もする。

 

「なにごちゃごちゃ神楽とやってんだ?」

「いや、なにも?」

 

 誤魔化す私に銀さんは行くぞとブーツを履き、玄関をでる。

 なんということはない、買い物に付き合えというただそれだけのことである。

 ただ、それだけのことであるが、あの日から私は銀さんとどう接したらよいかまったく分からないでいた。

 特に二人っきりという空間が無性にダメだ。足元からむずむずと得体のしらないものが這い上がり、ダッシュで逃げたくなってしまう。

 耐えかえた末、神楽ちゃんを間に挟むことで最近は対処法としていたが、とうとうそれも使えなくなってしまった。

 万事屋に近寄らないという最終手段は、封印している。

 

「何買うんだっけか、卵と味噌と、トイレットペーパーと」

 

 銀さんが指折り数え歩く横で、視線をどこに向けるべきかそこから悩んでいた。

 以前はどうしていただろうか? 一歩後ろを歩いてつむじを見てるか、何も考えなしに興味を持ったものに視線を移していた気がする。

 

「ん? 他になにかあったか?」

 

 節くれだった指を見ていた私に気がついた銀さんが、視線をこちらに向ける。

 

「定春の餌まだあったっけ?」

「昨日買ったばっかじゃねぇか」

「そうだっけ?」

 

 だからとっさに口をついて出たのだとは胸の内に、視線をなんとか引き剥がす。

 恋する乙女か! と突っ込む心の新八君を、そうだよと盛大な反論で抑え込む。

 なんでこうなってしまったのかが分からない。一挙手一投足を意識して操らないと事故るような予感しかしない。

 

「私、ついてくる必要あった?」

「割引きかねぇだろうが」

 

 どうやらバイト先のスーパーがお目当てらしい。私は割引クーポン代わりだ。

 分かりきった回答に少しがっかりしている自分に気づくと、その顔面を殴りたくなってくる。

 行き慣れた道。代わり映えのしない景色。別に銀さんとこの道を歩くのだって、今日に限った話じゃない。

 

「今日はやけに静かだな」

「いつも静かですぅ。おしとやか目指してるんで」

 

 おしとやかという単語を辞書で引き直したい気分になりながら、反論する。

 そんな私に銀さんはボリボリと頭を掻いたかと思えば、手を差し出してくる。

 

「なに」

 

 意味が分からず、歩行がゆるやかに止まる。人間二人分の通行止め地帯だ。

 

「なにってなぁ……手でもつなぐか? って言わせんなよ」

「言ってんじゃん」

「で?」

 

 差し出された手のひらをみつめる。

 どうするのが正解だ? 数学の応用問題より難しい問題に頭を抱えていると、その手は私の手首を強引に掴み、歩き出した。

 

「時間切れだ」

「時間制限なんて聞いてない!」

「邪魔になんだろ」

 

 それはそうで、だからといって思考はまとまらないし、体温は上がってくるし、心拍数も……って。

 

「早い、早いから。スピード、落として」

 

 競歩もかくやという速度にたまらず悲鳴をあげる。

 

「もう、どうしたの?」

 

 ようやくペースを戻した銀さんを見上げる。

 

「どうしたのはこっちの台詞だろうよ。意識してますぅーって隣歩かれてる身にもなってみろよ。こっちまで緊張が移ってきちまうだろーが」

「なっ……デリカシー!!」

 

 全身を煮沸消毒したい気分だ。浮かれた気分を全て滅菌消毒してしまいたい。

 きっと首から耳の裏まで赤くなっているに違いない。なのに手首を繋がれているせいで、逃げることも叶わない。

 なんだろうこの地獄。

 

「普通にしてろよ」

「普通ってなんですかね!!」

 

 パニクる私にようやく手首を離してくれる。この隙に逃げ出そうと算段をする。前方か、後方か。

 

「いっぺん深呼吸してみ」

 

 仕方がないやつだというように、銀さんは視線を落としこちらを見る。

 顎をしゃくられ促され、逃走をあきらめ深く息を吸い、吐き出す。

 

「それが、普通ってやつだよ」

 

 今度は手を握られ、歩き出す。体温は上がり、心拍数もあがってくる。

 けれど、銀さんは黙りこくったまま、何もいわずペースも変えない。

 

「ねぇ、銀さん。アイス買ってー。冷凍食品半額セールしてた気がする」

「しかたねぇなー。あー、俺もアイス食いたくなってきた」

「バニラ味」

「じゃあ、俺いちご味」

 

 体温は銀さんに移り、心拍数は同期する。

 けれどこれが普通なのかもしれない。私の世界に銀さんを加算した普通は少し難解だ。

 

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