5話ぐらいで終わるつもりだったのに。
『速報です。違法改造植物が江戸市中に持ち込まれたとの情報が入りました。見かけても決して触れず、最寄りの警察署へ通報してください。なお――』
そんな朝のニュースを私はふーん、と聞き流しながらバイトに行く準備をしていた。
まさか、関係者になるなんて、この時はまったく思っていなかったのだ。
バイトから帰り、いつも通り万事屋に寄ると、なんだか騒がしい。
「寺に入るよ、ぱっつぁん。俺はもうダメだ」
「諦めるのはまだ早いですって、まだ言ってないことあるでしょう。ほら、ちゃんと思い出して!」
「銀ちゃーん、先週私のプリン食べたのやっぱり銀ちゃんだったアルか。返せよー、私のプリン返せよー」
そんな声が通りまで響いている。
「どうしたの??」
「あ、キリさん。キリさんも説得してください。ちょっと銀さんどこ行くんですか、逃げないでください!」
和室に逃走した銀さんを新八君が羽交い締めしてる。銀さんが手を伸ばす先はベランダだ。
銀さんがいくら頑丈でも、ベランダから飛び降りるのは止めた方が良いんじゃないかな?
新八君と、私の説得の末、どうにか銀さんを落ち着かせてソファーに座らせる。
「ねぇ、新八君、何があったの?」
「それがですね――」
「新八、それ以上いうんじゃねぇぞ」
「銀さん、隠しても隠しきれるもんじゃないんですって、諦めてください」
「銀さんに関すること?」
「ええ、実はですね、違法改造植物が江戸に持ち込まれてたのは知ってますか?」
「うん、朝のニュースで聞いた」
確か、テレビ映像では朝顔のような蔓の先に大きな苺に似た実がついていた。植物は真四角の黒い特徴的な鉢に植えられていた記憶がある。
そう、銀さんのテーブルの上に置いてあるような。
「もしかして、食べちゃった系?」
「はい。実は……」
銀さんを見る。よく見たら右頬に青いスタンプみたいな蕾のマークが付いている。
「あの頬のマークってなに? 関係するの? 実はニュース途中で見るのやめちゃって、ちゃんと聞いてなかったんだよね」
「そうだったんですね。あの植物、自白用に作られたものらしく、『本人が一番秘密にしたいことを喋らない限り、時間とともに頬の蕾が開いていき、咲ききるとインポになる』んだそうです」
「インポ?」
「はい。元々は、女性しかいない種族――
「へぇーそうなんだー。で、インポって何? 何で二人とも目逸らすの? 銀さん? 新八君?」
どっかの下品な漫画のおかげで、単語だけは知っている。ただ、辞書までは引いてない。必要性を感じなかったのだ。
神楽ちゃんが平気そうな顔してたからそんな深刻なものじゃないのでは? と思ってたんだけど、銀さんと新八君はなんか悲壮感を漂わせてる。
命に関わる問題? どっち?
「男の命に関わる問題です。なので俺は今から腹を切って死にます。皆達者で暮らせよ」
「いや、早まりすぎですから。まだ時間ありますから。ほら、秘密にしてること話してくださいよ」
「ねぇ、インポってなに? 結局死ぬの? 生きるの? どっち?」
混乱の中、だれも私の疑問に回答してくれない。
そんな中、神楽ちゃんが助け舟を出してくれる。
「銀ちゃん不能になっちゃうんだって。きーやん、銀ちゃんのこと慰めてやれよー」
「不能? 不能……。ああ、勃起不全のこと? だから『男の命』なんだね、なるほど」
騒いでた二人がぴたっと止まる。
命というから、生命的な問題なのかと思った。いや、生命なんだけど。
銀さんが死ぬ訳ではなさそうなので、ひとまず良かった。
「なに一安心って顔してんだよ」
「死ぬわけじゃないなら良かったなぁーと」
「良くねぇよ! 何ひとつ良くねぇよ!」
銀さんがまた騒ぎ出す。
まぁ、男性的には困るのかもしれないけど、命に関わらないんだよね? 安心しちゃダメなのかな?
結局、時間をかけて銀さんが秘密にしていることを皆で聞き出していくことにした。
「神楽ちゃんのプリン食べたのは銀さん?」
「それさっき喋った。名前書いてない奴が悪いんだよ」
頬の蕾は消えない。
「じゃあ、先月の家計簿合わないんですけど、使い込みました?」
「……後で返そうと思ったんだよ。増やして返そうと思ったんだけど、人生そう上手くいかなくてな」
頬の蕾は消えないけど、新八君の目には軽蔑の色が増えた。
「じゃあ、次私アル。えっとえっと、銀ちゃんが先週酔いつぶれた時、『掘られた、掘られた、生きていけねぇ』って言ってたけど何があったアルか? 何を掘られたアルか?」
「いやちょっとまて、俺それ知らねぇんだけど!? むしろ俺が聞きてえよ、何があったの俺!?」
頬の蕾は消えない。代わりに銀さんの顔から血の気が消えた。
それからもあーでもないこーでもないと、銀さんから秘密を聞き出そうとするが、暴露される情報が増える割に、核心には至らない。
「なんだろう。銀さん罪状多すぎて、絞りきれない感じ? 日頃の行いで身を滅ぼすってこーいうことをいうんだね」
「なんで他人事!? お前、俺がインポになってもいいの!?」
「いや、銀さんが困るなら、良くないんだけど。銀さんは銀さんじゃない?」
「銀さんの銀さんが銀さんじゃなくなんだよ!」
埒があかず悩んでいた新八君が手を打つ。
「僕らじゃもう難しいので、周りの人間に聞いて回りませんか? ほら、桂さんとか長い付き合いんだから過去の話とかあるでしょう」
「俺にこれ以上恥を晒せってか」
「どうせ、恥だらけの人生じゃないですか。ここで暴露された話だけで普通の人なら一生分ですよ。もう人生の大掃除の気分で全部暴露していきましょう」
「そうアル。銀ちゃんなんて頭のてっぺんから、爪先まで恥でできてるようなもんよ。今更一つや二つ恥が増えたところでどうってことはないネ」
「いやだぁああああ」
「ほら、いきますよ」
「いくアルよ」
新八君と神楽ちゃんに両脇を抱えられ、銀さんは引きずられていった。
私もその後を付いて行く。
「なんだ、銀時その頬のマークは可愛いアピールか。軟弱ものめ」
「誰が好き好んでこんなスタンプおすんだよ」
桂さんの家――まあ攘夷浪士のたまり場だけれど――を訪ねると、開口一番、喧嘩が始まる。
それに新八君が割って入る。
「あの、時間ないんですから手短に」
「そうだったな。ヅラ、俺が秘密にしたがりそうな秘密、なにか知らねぇか?」
「ヅラじゃない桂だ。銀時の秘密……秘密な。寝ションベンを高杉のせいにしようとしたのは、すぐにバレて先生にしかられたし」
「やめろ」
「戦場でおやつ忘れたから取りに戻るって言って、道に迷って半泣きで坂本に拾われてたのは、皆も知ってるし……」
「おい、やめろ」
「ああ、あれか。味方との集合場所を間違えて敵陣に突っ込み、合戦を始めた時は肝を冷やしたぞ。結局、敵陣の後方から単騎で陣形を崩し、一騎当千の伝説を残したが、その真相がただ集合場所を間違えただけなんて、誰も思うまい」
「やめろっつってんだろ!!」
へぇー、なんか銀さんらしいなぁ。昔から銀さんは銀さんだったんだなぁ。
「お前も、生暖かい目やめろ」
「可愛いエピソードじゃん」
「そうだ、可愛いといえば、団子茶屋に通い詰めてた頃があっただろ。団子目当てだといってたが、あそこの娘が少し気になってたんじゃないのか」
「団子美味かったんだよあそこ」
「銀時はそうでも、あの娘の方は銀時が来なくなってから少し寂しそうにしてたぞ」
「勝手に言ってろ」
きっとその店の団子も美味しかったのだろう。甘酢っぱエピソードだ。可愛いなぁ。
結局どれも外れだったようで、次に移る。
「もしもし、高杉いる? 代わってほしいんだけど」
「そういえばなんでキリさん、普通に高杉さんと連絡取れるんですか」
「知らねぇよ。気がついたらアイツ、また子とメル友なってたんだよ。腐っても犯罪集団だぞ」
実は、万斉さんとも最近メル友になったとは銀さんも知るまい。
「知り合いが言ってて気になってるんだけどさ」と新八君が語っていた曲の解釈を確認したら、予想外に盛り上がってしまったのだ。
通話を終え、話した内容を伝える。
「銀さん、高杉から伝言。ションベンしてるときに奇襲にあってフルチンで敵殴り倒してたのは笑ったって言ってる」
「よし、今から高杉ぶち殺しにいくぞ。お前らも手伝え」
「無茶言わないでください」
「銀ちゃんフルチンで喧嘩したアルか。ぶふふっ。ち、ちんちん風邪引かなかったアルか。ギャハハハ」
神楽ちゃんはどうもツボったようで爆笑してる。
銀さんは怒りに震えているが、違うようなので次。
「本当に行くのかよ」と、銀さんは最後までごねてたが、坂本さんが捕まらなかったので、まあ、順番的にはここになる。
「ごめんください」
訪ねたのは吉原にある古い民家。
「珍しいですね、皆さんお揃いですか」
松陽先生のお家だ。銀さんはふてくされて顔を背けている。
「実はですね……」
居間に通されてちゃぶ台の前に座る。
新八君が事情を説明すると、なるほど……と先生は考え込む。
「昔っから隠し事と嘘と悪さには事欠かなかったですからね、銀時は」
「ふーん」
銀さんはちゃぶ台に頬杖ついて鼻をほじってる。とても態度が悪い。
「とっておきという訳じゃないんですが、昔、頂いた花瓶が割れてしまったことがありましてね。後日、どこかの誰かが一生懸命、破片をテープでつなぎ合わせて元の場所に戻しておいてくれたんですよ。もちろん水は漏れるし、少し持ち上げれば崩れてしまうしで散々でしたが、ずっとそのどこかの誰かさんには、お礼を言いたかったんです」
「どこかの誰かさん、いいところもあるんですね」
「どこかの誰かさん、優しいアルな」
「どこかの誰かさん、かわいいね」
「うるせぇよお前ら」
他にも、近所のお婆さんを助けた話とか、お地蔵さんから饅頭を盗んでお腹壊したとか、野菜泥棒を銀さんが捕まえたエピソードとか、結局それは食うに困った孤児の仕業で塾でしばらく面倒を見た話とか。
可愛らしいエピソードが次々と掘り起こされていく。
「とまあ、私が話せるのはこんなところですかね」
「銀ちゃんも子どもの頃がちゃんとあったアルな」
「なんか面白いですね、昔っから銀さんは銀さんだったみたいな感じで」
神楽ちゃんと新八君は、昔の銀さんについて他にも色々と松陽先生から聞き出していた。
「じゃあ、銀さん『花瓶を直したのは僕です』って言って」
「花瓶なんてしらねぇよ」
こちらはこちらで自供させようとしてるのだけれど、難航してる。
まぁ、なんとなく違うんじゃないかなぁーと思ってるからいいのだけれど。
「あっ、銀さん。ほっぺの蕾、綻んでる」
「まじで? うわっ、まじだよ」
手鏡を渡すと、銀さんは鏡を覗き込み、顔をしかめる。
「新八君、神楽ちゃん、時間がないっぽい次行こう~」
「あ、はい」
「残念、また聞かせてヨ」
挨拶をして、松陽先生のお家を後にする。
それからお登勢さんのところや、真選組の屯所、長谷川さんのお家という名前の段ボールハウス、お妙さんにもあたってみるがそれらしき情報には何もヒットしない。
夕方、銀さんは道端にへたり込んでいる。頬の蕾は九分咲きってところか。もう時間もないし、聞きに行く宛もない。
「俺はもうダメだ……」
「銀さん、最後に吉原いっとく? 一番の太夫予約とくよ?」
「馬鹿、今からじゃあ、走っても、一擦り、二擦り……無理だ」
「あんた本当にこの人の彼女なんですか。銀さんも銀さんですよ!」
「万事屋銀子ちゃん結成するヨ。結成式は明日でいいアルか」
日が沈む頃には銀さんの頬の花は咲ききるのだろう。
30分あるかないかってところか。
「しょうがないなぁ。じゃあさ、銀さん、私と一発いっとく? そこらの茂みでもなんでもいいよ。それなら間に合うでしょ」
「キリさんんんん!?」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。後がねぇからって、誰がてめぇの女にそんな真似させられっかよ」
「そうアル。きーやんが気にする必要ないネ。銀ちゃんのチ◯コなんて元から燃えないゴミみたいなもんよ」
銀さんはゆっくり立ち上がると、こちらに背を向ける。
「こんなモンに終わらせられるぐらいなら、テメェの手で終わらせてやる」
「何する気ですか銀さん」
振り向いた銀さんと一度だけ目があった。
「キリ、好きだったぜ」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
銀さんは私の返事を待たず、再び背を向ける。
「――だが! これで、しめーだ! ぐるぁああああああ!!」
木刀を振り上げ股間に突き立てる。
「銀さーん!!!」
「銀ちゃーん!!」
「銀さん!!」
ゆっくりと銀さんは倒れ込む。
慌てて駆け寄り、抱き起こす。銀さんは苦悶の表情を浮かべたまま、意識を失っていた。
「銀さん……! え……あれ? あ、花のスタンプ消えてる」
「え」
「ほんとうアル」
「とりあえず、泌尿器科? 救急車呼ぼっか」
サイレンを響かせ、救急車は銀さんを病院へ運んでいった。
翌日、銀さんは股間に包帯を巻いて帰ってきた。医者には「あと少しズレてたら不能になってたよ。良かったね、長さと太さが足りなくて」と笑われたらしい。
「結局、なんだったんですか、銀さんの秘密って」
「そうアル。あんなに散々っぱら恥ばらまいて、わかんなかったアル」
なるほど、二人には分からなかったようだ。
「本当、なんだったんだろうね? 銀さん」
「知らねぇよ」
覗き込むと、ふんと、そっぽを向く。
『好きだった』か……過去形なのだが、秘密の暴露としての判定には関係ないのだろう。
「あ、そうだ、銀さん。改めて付き合っていただけないでしょうか?」
「あ?」
「だって、『しめーだ』なんでしょ? だったらまた始めなきゃ?」
「……誰が終わったって言ったんだよ。俺は、んなこといった覚えねぇよ」
「そっか。そーでしたね」
「そーなんですよ」
本当、隠し事と嘘と悪さには事欠かないのだと思った。
蛇足:
「お前なに? 昨日の茂みって」
「だって……時間? なかったじゃん?」
「時間差で照れんなよ。女が決める覚悟じゃねぇんだよ。銀さんのチ◯コなんて放っておけ」
「……する気ないから」
「あ?」
「銀さん以外とする気ないから……ラストチャンス的に覚悟決めました」
「照れながら覚悟決めるのやめてください。どっちかにしてください。どっちもやめてください」