前話のラストを修正してます。
坂田銀時は最後まで意地汚く足掻かなきゃなと思ったからです。ごめんなさい。
みーちゃったみーちゃった、みっちゃんとたけしくんが、公園の滑り台の裏でキスをしてるのをみーちゃった。
見てはいけないものを見た気がして、そっとその場を離れる。本人たちは隠れているつもりなのだ。見なかったことにするのが大人の務めだろう。
だって、ほっぺじゃなくて口同士だったのだ。
「最近の子はませてるなぁ……」
歩きながら呟き、ふと、自分の指が唇に触れていることに気づく。
まあ、気になるお年頃ですからね。
二人で遊びにいってまあ、いい感じになって帰ってこれたのだし? 銀さんから熱烈な愛の告白も受けたし? A、B、Cの順に関係が進んでいくのが一般的だという事を考えると――ゲームの攻略手順をチュートリアルからかっちりやる派としてはAについて考えるしかないわけで。
けれど、付き合ったからといって、キスをしなければならないという決まりはない。
銀さんだって別に攻略チャートなんて用意しているはずもないし。
いや、あったからといって別にする予定はないんだけど。
しない予定もないという反論は封殺する。
そう結論を出したはずなのに、指先はまだ唇の上にあった。
「こんにちはー」
万事屋の玄関を開けても返事はなかった。
鍵は掛かっていなかった。不思議に思いながらも勝手知ったる他人の家よろしく、靴を脱ぎ上がらせて貰う。
扇風機が回転する音がする。
居間に行くと、外よりは幾分ひんやりとした部屋の中、銀さんはソファーに横たわり、片腕を枕にして眠っていた。
神楽ちゃんも新八君もいないらしい。
起こさないよう息を殺し、そっと近づく。
ソファーの脇にしゃがみ込み、こちらへ顔を向けて眠る銀さんを覗き込む。
「銀さーん。起きないと襲っちゃうよー」
返事はない。
少し困った。冗談のつもりではあるが、不埒な思いがないとはいえない状態で、自制心に不安を覚える。
起きてくれれば、「襲えるもんなら襲ってみろ」とでも返してくれたはずなのに。
銀さんはぴくりとも動かない。
死んだ魚のようにとろりとした目は閉じられて見れない。代わりにまつげの一本一本、鼻筋や頬に目がいく。そして唇。
先ほど見た光景が脳裏に浮かぶ。
これは単なる連想であり、私の意思とは関係のない脳の働きだ。
それなのに、『銀さんの唇は少しかさついていて色が薄い』――そんなことを発見してしまう。
触れてみたい。そう思う。
もう一度、「銀さん」と声をかけるが起きない。
起きない銀さんが悪いのだと、悪い大人がする言い訳を真似て、人差し指をそっと銀さんの唇にあてた。
柔らかい。
流石にこれ以上触っていたら起きそうだと思い、ゆっくり指を引いた。
けれど、唇から指先が離れきるより先に、寝ていたはずの銀さんに手首を捕まえられる。
「あー……これはですね? ってか起きてた?」
閉じていた目が薄く開き、眠そうな灰色の瞳がこちらを見ている。
「お前が玄関開けた時からな」
「最初から?」
「起きようかと思ったら、挙動不審な足音が近づいてくるもんだから。何すんのかと思って」
「詐欺罪で逮捕されてください」
「現行犯で捕まってる奴に言われたくねぇよ」
掴んでいた手を放し、ふわぁあと欠伸をしながら、銀さんは身を起こした。
それに合わせ、私もソファーの脇から立ち上がる。
「夜這いか?」
「昼だよ?」
「時間の問題じゃねぇよ」
おっしゃる通りだった。
「いや、これは、その。そういうつもりではなくて」
「どういうつもりだよ」
「銀さんの唇柔らかそうだなぁーと思いまして、不埒な思いで触りました。ごめんなさい」
「素直でいいな。で、突然そんな奇行に走った原因は?」
うーん、最初から話したら許されたり?
まぁ、被害者たる銀さんはその犯行動機を聞く権利があるのだろう。
もはや言い逃れもできず、しかたなく口を割る。
「さっき、みっちゃんとたけしくんが滑り台の裏でキスしているのを見てしまって。それで、少し気になったというか。でも、銀さんと私がそういう関係になったからといって、必ずしもキスをする必要性はないと思うし、銀さんにとっては人工呼吸と同じようなものかもしれないし、だからといって寝ている人の唇に勝手に触れていい理由にはならないので、その点については申し訳なかったと」
言い終える頃には、銀さんの顔から表情が消えていた。
「要約すると、キスしたかったとしか聞こえねぇんだが」
「要約の仕方に悪意を感じる」
「ほかにどう要約しろっつーんだよ」
寝ている人間の唇を触る事を正当化できる理由なんて思いつけるはずもなく、弁明の余地はない。
「まあ……そういうことかもしれない」
銀さんは何も言わず、ソファーの空いた場所を叩いた。
座れということだろう。
罪状を言い渡される犯人に反論する余地はなく、素直に座る。
銀さんの隣へ、少し隙間を空けて腰を下ろす。銀さんは背もたれへ身体を預けたまま、こちらへ顔を向けた。
銀さんはしばらくこちらを見ていた。
「……するか?」
一瞬、何を、と聞き返しそうになる。
何を指しているのか分からなかったわけではない。分かってしまったから、声も身体も動かなくなった。
「銀さんは?」
ようやく出た声は、自分でも分かるほど震えていた。
「質問を質問で返すんじゃねぇーよ」
時間稼ぎの質問ではあった。
けれど、余裕のない思考の中で少しだけ冷静な私が聞いてくるのだ。これは、私だけが望んでいることではないのかと。
「私は……銀さんがしたくなきゃ、嫌かな……?」
どうにか絞り出した答えを聞いて、銀さんは少し目を細めた。
「……したくなきゃ、聞いてねぇよ」
銀さんが背もたれから身体を起こし、こちらへ向き直る。空けていたはずの隙間がなくなり、触れそうなほど膝が近づいた。
顔が熱く、銀さんの顔をまともに見ていられなくなる。
けれど、銀さんがさらに顔を寄せても、逃げようとは思わなかった。
寝ていたときには閉じられていた目に、薄ぼんやりとした光が宿っている。その虹彩がキラキラ光って見えた。
あと少し。ほんの少しで唇が触れそうなところで、銀さんが止まった。
「……なんで、目ぇ閉じねぇの?」
「銀さんに見惚れていて」
停滞した思考の代わりに、口が代弁する。
銀さんは一瞬、言葉に詰まったように黙り込んだ。
「……だまって閉じろよ」
そういうものかと、慌てて目を閉じる。
暗くなった視界の中で、唇に柔らかな熱が触れた。
耳が痛くなるほど緊張しているのに、その柔らかな感触が銀さんのものだというのが不思議だった。
一瞬だったのか、長かったのかは分からない。
離れていく気配がしても、今度はいつ目を開ければいいのか分からなかった。
「いつまで閉じてんだよ」
恐る恐る目を開くと、銀さんはからかうような顔でこちらを見ていた。
「どうでしたか?」
こちらは心臓の音が外に漏れ出しそうなのに、銀さんは随分と余裕そうだった。
嬉しかったと素直に気持ちを伝えるのは癪だったので、ふと思ったことを口にする。
「……レモンの味はしないんだね?」
「そりゃそうだろ」
「そうだよね、そんな気はしてたけど」
銀さんの目が細くなる。
「……なに?」
「いや、別に」
短く零した銀さんから視線が離せずにいる。
柔らかな感触がまだ残っている気がして、薄い唇がやけに目につく。
「銀さん、もっかいしてもいい?」
堪えきれなくて、そう聞いた。
銀さんの口元が緩む。
「……どうぞ」
銀さんはそう言うものの、意地悪だとすぐに気付いた。身体を空けて待つだけで、協力する気配がない。
酷いと思いはすれ、じゃあやめるのかと自身に問えば、やめれなかった。
ソファーに膝立ちになり、銀さんの肩に手をつく。
「目閉じてよ」
「仰せのままに」
じっと注がれる視線に居心地が悪くなり、要求すれば、瞼が閉じられる。
目の前に銀さんの顔がある。そう意識するだけで、じんわりと手の平に汗をかく。
ゆっくりと近づきながら、コクリと唾を飲み込む。
触れる直前、慌てて目を閉じた。柔らかな感触。加減が分からず、ただ触れるだけの接触になる。
いつ離れたらよいのか、もっと触れていて良いのか。
けれど息が続かず、距離を取る。
目を開けると、銀さんはこちらを見ながら嬉しそうに笑っていた。
「じゃあ、次、俺の番ね」
そう言うと同時に、腰に手を回され引き寄せられる。
反射的に目を閉じてしまうような、性急な手つき。
再び合わさった唇は接触面を広くする。
角度を変えて二度、三度。
「ん……ふっ」
呼吸のタイミングが分からず、声が漏れる。
たまらず苦しくなり、肩を叩く。
するとすぐに、腰に回されていた腕が緩み、唇が離れていく。
「っ、ん……!?」
その間際、唇をかすめ取るように、何かが通り過ぎていった。
見れば、銀さんはわざとらしく舌を出していた。
思わずペタリと腰を下ろし、口を手の平で覆いながら睨みつける。
「ごちそうさま」
けれど、銀さんはそう言って笑うばかりだった。
なんだか腹が立つ。
だから私は、再び身を乗り出して銀さんの唇を塞ぎ、べろりと一舐めしてやる。
「ごちそうさま!!」
そう言い放てば、銀さんは私と同じように口に手を当て、固まっていた。
しかし、そこが限界だった。転がるようにソファーから降り、バタバタと万事屋を飛び出す。
してやったという気持ちよりも羞恥の方が強い。
舌先がいつまでも銀さんの唇を覚えていた。